Usual Quest
ユージュアル・クエスト

サイドストーリー「アムルとレン〜自己中女がデレるまで〜」
2.「たのもうでござる」

 困惑。
 それ以外に言いようがない、という状況だった。

 私は、森の中を全速力で駆けていた。

「お、おーいっ! 一体どうしたのでござるか?」

 背後から、声が聞こえてくる。
 そう。私を追いかけてくるのは、あの男。
 あの土下座男である。


 昨日の、この男との出会いから約半日。
 腕を捕まれた私は、とっさに奴の腕を取り、身体を逆方向にひねらせた。
 驚きのあまり、渾身の一本背負いを決めてしまった私である。

 ドガンと奴の頭を地面に打ち付けた直後、私はぶんぶんと手をふりほどき、すぐに走って逃げ出した。
 当然のことである。野郎ごときが、許可なく私の身体に触ろうなどと……1千万年早い。
 まあ、それだけびっくりしたってのもあるけど。
 私は駆け足で家に戻り、すぐに鍵をかけると、奴が追ってきていないかを窓から確認。
 しばらくして、追っ手が来ないことを確認すると、ベッドに飛び込んでそのまま眠ってしまった。

 しかし翌朝、新たな1日に希望を抱いて開けた窓の先には、ヤツがいた。

「おはようでござる!」

 それも、満面の笑みで。
 どうやら、家の外で野宿していたらしい。
 私はここで、改めて感じた。

 こいつ、ちょっとおかしいぞと。
 なんかヘンなヤツに、当たっちまったぞと。

 心底後悔したが、それで状況が改善するはずもない。こういう時こそ、もっと前を向くべきだ。
 そうして私はここから、ヤツを完全無視することに決めた。
 こういう輩にわざわざ構ってやるのは、バカのすること。
 身支度を整えると、宝物の金のペンダントとお気に入りの赤いローブを身につけて、王都へ向けて出発した。

 しかしヤツは当然のごとく、私の後をついてきた。
 何度か声をかけられたが、無視。
 だが、それでも諦めない、謎の男。
 一体、なにが君をそうさせているの?
 そう聞きたいのをこらえて、ひたすら歩く私。
 だんだんウザくなってくる私。耐えられなくなってくる私。ジリジリしてくる私。
 「ファイアウォール」をドガっと撃って、全速力で駆け出す私。追ってくる男。

 そんなワケで、現状だ。

 だが、こんな不毛なマラソンを続けるつもりはない。
 鬱蒼とした森を抜けると、大きな城壁が見えた。
 王都だ。





 王都は、石造りの白い城壁と、その中心に建てられた大きな城がランドマークの要塞都市だ。
 この周辺に暮らす人々の生活の中心となる場所でもある。
 その大きさは、私が住む民家5、6軒の小さな集落を100個だとか、200個だとか。そのくらい詰め込んだものだと思ってもらえばわかりやすいだろうか。
 特に商業の発達ぶりはこの大陸内でも有数だそうで、そこかしこに店が軒を連ねているほか、城に続く「メインストリート」には無数の露店が立ち並ぶ。
 人口もおそらく5,000人を超えるだろう。

 だからこそ、奴をまくにはもってこいの場所なのだ。

「っし!」

 ひたすらに走りまくり、メインストリートに入った私は、思わずガッツポーズした。
 周囲は雑踏の中。人、人、また人。
 さっきの土下座マンは、もうどこにいるのかわからない。
 これだけ人がいれば、もう見つかることもあるまい。自宅に戻られたらやっかいだが、そうなればもう容赦はしない。その時に取るべき手段を講じるまでだ。
 私は満足して、とあるギルドの建物に向かった。
 就職先のあてが、ひとつだけあったのだ。

「悪いけど、うちじゃあ雇えないね」

 だが、現実は厳しかった。
 ギルドの窓口で、受付のオッサンは開口一番こう言った。

「ハア? なんでよ。ここはよくわからないような奴でも受け入れてるじゃない。しかも紙に名前書いただけで」
「アムルさん……あんたは『よくわかりすぎてる』んだよ。この間『トランセンド』のギルドマスターとケンカしてたよな? 商売上、あそこはウチとも付き合いがあるんでね。あんたを入れて角が立ったらまずい」

 聞いての通り、どこかのギルマスとトラブったことが原因らしい。
 ちなみに、そのマスターのことは全く覚えていない。よくあることなので、気にしてもいない。
 それに、ここで泣き寝入りするような私でもない。こういう時はとにかく粘る。ゴネる。泣き落とす。
 地獄の3連コンボを受けてみろ!

「ダメ」
「それもダメ」
「なにを言っても、ダメなものはダメだ」

 しかし、きっぱりこう言われてしまった私である。

 なぜだ!
 確かにギルマスとケンカしたのはよくなかったのかもしれない。でもそれは、そいつが無能だったからだろう。理由は覚えていないが、どうせ私の足を引っ張ったに決まっている。

「逆だ。あんたがクエストの報酬にケチをつけて、クライアントとの関係を悪化させたのが原因だと聞いた」

 口に出ていたか。

 ともあれ、私はこの屈辱の結果に、思わずうつむき、唇を噛んでしまう。
 ここがダメだとすると、ほかの場所は望みがもっと薄い。
 このままでは、この私が無職だと……?
 こんなこと、あってはならない。なんとかしなければ。
 だが、これ以上手がない。
 耐え難い屈辱だ。こんなギルド、燃やしてやろうか。
 いやいやダメだ、そんなことしたら、すごくスカっとするかもしれないが犯罪者の仲間入りだ。
 一端、退くしかないのか。

 そう思った時だった。


「たのもうでござるッッッ!」


 目の前のドアがいきなりドカッとあいたので、心臓が飛び出るかと思った。
 そう、あの口調で丸わかりだが、ドアを開けて出てきたのは、例の土下座男だった。

「な、なんだお前は?」

 たじろぐオッサン。けっこう大きな音だったから当然である。私もドキドキしている。
 なぜ、ここにこいつが。

「拙者、レン・アオカと申す者! ワケあってこの街にやってきた! しかし、旅を続けるための路銀がないのでござる! 大至急このギルドに入り、クエストを受注したい!」
「……そうか。そういうことならこの用紙に名前を書け。そしてもっと声のボリュームを下げろ。アムルさん、あんたは帰ってくれないか」

 ……なんだ、そういうことか。
 私はもう、とぼとぼと帰るしかない。
 だが男は、そんな私の後ろ姿に向かって言った。

「拙者、いっしょにクエストをする魔術師を探しているでござるよ。タイミングよくそこにいる、黒い髪で豊満な胸のおぬし、ちょっと手伝ってはくださらんか?」





「……どういうつもり?」

 再び街道へと舞い戻った私は、前を歩く男……レン・アオカに声をかけた。
 レンは振り返ってにこりとした。

「ようやく、口を利いてくれる気になったようでござるな、アムルどの」
「はぐらかさないで。一体なにが狙いなの?」

 レンはあの後、私をクエストの同行者に指名した。
 同行者はギルドの関係者でなくても問題ない。さすがのオッサンも認めざるを得なかったようだ。

 だが、誰の目にもモロバレだった。
 この男は、どうやったのかは知らないが、私の居場所を突き止めた。そして、ドアの外で私とオッサンの話を聞き……あのギルドに入ったのだ。……私のために。

 しかし、いったい、なぜ?
 そんなことをしてどんな得があるというのだ。

「狙いなどない。だが得ならあるでござるよ」

 またしても口に出ていたらしい。

「拙者はおぬしに、どうしても助けてもらった礼がしたかったでござる。だから困っているところを助けけられて満足でござる」

 それでストーキングしていたのか。

 全く理解に苦しむ。
 そんなことをして何になるというのだ。

「礼、ね……そりゃまた、奇特なことで。こっちは礼なんか言わないわよ」
「……おぬし、そうとうヒネてるでござるなあ」
「あれだけ逃げても追いかけてくるあんたに言われたくないわ」
「せっかくの巨乳が泣いているでござるよ」
「んなっ……! それは関係ないでしょ!?」

 ともあれ。
 依然、この男が怪しいことには変わりないが、クエストを引き受けた以上は、やることに決めた。
 ほかにやることもないし、あのオッサンが苦々しい顔をしていたから、かえってやる気が出てきた。

「それで、今からやるのはどんなクエストなの」
「畑仕事でござる」
「はあ!?」

 思わず、大声を上げてしまった。
 ギルドのクエストは、基本的にそのほとんどがモンスター退治。だから冒険者は魔法を覚えたり、武装して技を磨いたりしているのだ。モンスターを倒すことこそが、クエストと言ってもいいだろう。
 それなのに、である。

「……なによ、これ」

 私の目の前に広がっているのは、広大な畑。
 深緑の葉をつけた作物が、延々と植わっている。

「見てわからないのか。この辺りで特産のトマーヤ芋だ」

 そういうことじゃないのだが、初老くらいのじいさんが言った。
 依頼主らしい。

 そう。レンが受けたクエストは……芋掘りだった。

「これを抜けばいいのでござるな」
「そういうことだ。わかったらとっとと始めろ」

 じいさんはピシャっと言って、遠目にある自分の家に戻り始めた。

「ちょ、ちょっと待ってよおじいさん。いくつくらい抜けばいいの」
「全部だ。早くやれ」

 こいつ、もうろくしてやがる。
 このじいさん……もといくそじじいは、全部抜けと言う。
 だが、わかっているのか。ここは「広大な畑」だ。見渡す限り、すべて畑なのだ。
 誰がどう考えても無理に決まってる。

 さすがのレンも少し驚いたようだ。

「ぜ、全部でござるか。依頼にはそんなことは……」
「そうだ。何度言わせるつもりだ。早くしないとギルドに連絡して、帰ってもらうことになるぞ。少しでもおかしなことを言ったら、通報するからな」

 なんとなく、察しがついた。
 あのギルドのオッサンだ。あいつが私たちに面倒なクライアントを回したのだ。
 依頼と違うクエストをさせるのは本来、法律違反だ。だが、王都内ならまだしも、騎士団はこんな辺境のいざこざじゃ取り合ってくれもしない。
 それをいいことに、このくそじじいはやりたい放題なのだろう。

 私は、すっと肩から力を抜いた。
 無駄だ。このクエストはやる意味がない。

 そう思ったら、また心の燭台に火が灯った。

「……おじいさんさあ。それはちょっと好き勝手しすぎなんじゃないの?」
「なんだ? 文句があるのか?」
「もちろんよ。こんなのばかげてるわ」
「なんだと。もう一度言ってみろ」

 じじいと私の距離が詰まる。
 同時に、燭台の炎がぼうぼうと、燃えていく。
 また、燃えていく。

「いいわよ。こんなクエスト、こちらから――」
「――了解したでござるよ」

 ずいと、レンが前に出た。

「すぐに始めるでござる。ほかにやってほしいことはあるでござるか?」
「抜いたら、近くの川で洗ってこい。そしたらここに並べておけ」

 私は何度も抗議の声を上げようとしたが、そのたびにレンが私を後ろにおいやった。
 じいさんはフンと鼻をならして、去っていった。

 私はありったけの怒りを込めて、レンをにらみつけた。

「アンタ……どういうつもりよ」

 だが、例の笑顔を崩さないレン。

「どうもこうもないでござる。依頼を受けた以上、やるのでござる」
「バカじゃないの!? あんなむちゃくちゃな依頼、できるわけないじゃない!!」
「まあ、それはそうでござるが。そんなこと、あちらのご老人も承知なのでは? きっと拙者たちが信用できるかどうか、試したのでござろう」

 そんなワケ、あるわけない。
 どれだけ都合のいい解釈なのだ。
 つきあっていられない。

 燭台に、ふたたび火が灯る。

「そもそも、さっきのジジイのことといい、ギルドのオッサンのことといい。どうしてそうやって自分が損をするような判断ばかりするの? そんなことをしたって、あっちがつけあがるだけ。そうして最終的には裏切られるだけよ。他人のことより自分のことを優先すべきだわ」

 言いたいことを思い切り言ってやった。
 の、だが。
 レンはとたんに真顔になった。

「なるほど。アムルどのにはそんな風に映っているのでござるな。だが、そういう訳でもないのでござるよ?」
「どういうことよ……?」

「確かに損しているように見えるかもしれぬ。だが拙者は、実は自分のためにやっているのでござる。誰かのために何かをすることは、巡り巡って自分の得になることもあるのでござる。だから、けっこう楽しいのでござる」

 ……?
 わけがわからない。

「わからなければ、それでもいいのでござるよ。……それにアムルどの。別に辞めてもいいでござるが、そんなことをしたら、あのギルドの御仁はどう思うでござろうな?」

 ニヤニヤとするオッサンの顔が浮かんだ。
 正直、そちらの方がイヤだ。
 ……仕方がない。
 私は腰を落としてつたを掴んだ。
 こいつの言っていることは意味不明だが、やるしかないことには変わりない。
 もう少しだけ付き合ってやるか。





「ふう、ひとまずこんなところでござろう」

 それから1時間。
 芋の山を積んだ台車を見て、レンが汗を拭った。
 全部はもちろん無理だったが、かなりの数を抜くことができた。
 農業をやったことがあるのか、レンの作業は非常にこ慣れていた。私の方は……まあ、お察しだ。何度もオッサンの顔がちらついたので、ある程度はまじめにやったつもりだ。

「どのタイミングであのジジイに言いにいくのよ。どうせまた文句を言われるだけじゃないの?」
「まあまあ。とりあえず、これを洗えば街に出荷できるはず。そこまでやっておけば文句は言われぬよ」

 私たちは、少し先にある川に向かって台車を押し始めた。
 の、だが。
 レンはすぐにその手を止めた。

「なによ。やっぱりやる気なくなったの? 私は賛成よ」

 見ると、彼は頭に人差し指をつけて、目を閉じていた。
 声をかけても動かない。
 一体どうしたのだ、と思ったところで、彼は目を開く。
 そして、少し神妙そうな表情で、こう言った。

「この先に、モンスターがいるでござる。そしておそらく――人が襲われている」
「……はあ?」

 私は首をかしげた。
 そんな雰囲気は、まるでない。少し先に小川と、ちょっとした森が見えるだけである。可能性があるとすればその先だが、だとしても距離が離れすぎている。目視でわかるはずがない。
 それに、ありえないことなのだ。この近辺は危険なモンスターがそう寄りつかないし、モンスターを処理する自警団もあるから、王都に依頼されるクエストだってそう多くない。だからこそ、こんなでかい畑だって成立するのだ。

 いったい、何を言い出すのだろう。
 だが彼は、ほんの少しばかり汗までかいていた。

「まずい。急がねば」
「急ぐって、どこに」
「あの川の向こうでござる。アムルどの、芋洗いはすまんが中止でござる! 急ぐでござるよッ!」

 いきなり、何を言い出すのやら。
 この男、やっぱり頭がおかしいのだろうか。

 しかしレンは台車をおくと、私の手をがしりと掴んだ。

「ちょ、ちょっと何するのよっ!」
「早く!」

 私たちは、川に向かって駆けだした。

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