Usual Quest
ユージュアル・クエスト

サイドストーリー「アムルとレン〜自己中女がデレるまで〜」
3.「わかってくれたでござるか」

 しばらく走って、私はレンが言っていたことが真実だったと知った。
 川にかけられた橋に、馬車が横倒しになっていたのだ。
 周囲にいくらかの人と、モンスターの影が見えた。
 ……何人かは戦っている。今まさに戦闘中だ。

 私たち冒険者は、こういう時の判断力が自然と磨かれている。
 だから、モンスターのある程度の形や色を見ただけで、そいつらが自分たちにとって危険かどうか、ただちに判断できる。

 今回は……正直、最悪だった。

 灰色の大型トカゲ・バジリスクが2体。
 そして、緑色の同型「グリーンバジリスク」が1体。

 バジリスクは、よく戦う相手だ。昨日私たちが戦っていた時のように、複数人いないと苦戦するが、距離をとりながら注意すればソロでも倒せない相手ではない。
 だが、問題は緑色のほう。
 こいつは単なる色違いではない。
 力の強さ、動きの俊敏さ、そして頭の回転のよさ。すべての能力が通常のバジリスクの5倍だと言われているレアなモンスターだ。

 はっきり言おう。私はこいつを倒せたことが一度もない。
 姿を見たら、逃げておく。
 そういうレベルの相手である。

「アムルどの! このままつっこんで加勢するでござるよ!」
「ちょ……ちょっと待って!」

 私は、思わずレンの手をふりほどいてしまった。
 レンは驚いた様子で振り返った。

「アムルどの!?」

 背中から汗がたらたらと出てくる。
 先には、バジリスクに苦戦する人たちが見えた。
 ……それでも、立ち止まらざるを得ない。
 そういう状況だ。

「……グリーンバジリスクよ。あいつの強さ、わかってるの? こ、この人数じゃあ……」

 歯切れが悪くなってしまったが、言いたいことは伝わったはずだ。

 そうだ。
 はっきり言って、行くべきではない。
 あの人たちに協力したところで、何かが変わる訳ではない。
 必死でがんばれば、なんとか逃げることくらいはできるはずだ。
 私たちが無理にこの案件に関わる必要はない。

「強さは知らぬ。危険なのでござるか」
「え、ええ」
「そうか……」

 どうやら、わかってくれたらしい。
 しかしレンは、腰に下げていた細身の剣の柄に手をかけた。

「ならば! なおさら助けなければならぬよ、アムルどの!」

 わーこいつ、わかってねえ!

「なんでそうなるのよ!?」
「あの人たちが、困っているからでござる! それ以上の理由は、必要ない!」

 レンは橋に向かって走り出した。
 狂っている!
 どうして、またしてもそんな判断をするのだ。
 クエストでもなんでもないのに。なんの得にもならないのに!

「バカッ! アンタが死んだら、クエストはどうなるのよ! 待ちなさい!」

 大声で呼んだが、聞こえている様子はない。
 剣を鞘から抜いて、レンが走る。
 大地に踏み込み、橋へと跳ぶ。
 先には、バジリスクが1体と、その攻撃を剣で受け止める人がひとり。
 戦いがはじまる。

 ダメだ。あいつが強いとはとうてい思えない。このままではおめおめと殺されるだけだ。
 せめて、魔法で援護くらいは――!


 そう思った瞬間。
 バジリスクが、ぱたりと倒れたのが見えた。

「え……」

 すたりと着地する、レン。
 その刀身には、すでに血がべっとりとついている。
 戦っていた人は、異変に驚きの顔を見せた。

 ――こちらに、ボトッと何か飛んできた。

 バジリスクの、首だ。

 2体目のバジリスクが飛び出し、レンの背後を狙って攻撃する。
 危ない! 
 しかし彼は持っていた剣を背中方向に向けると、攻撃をがちりと受け止めた。

 そこで、1人と1体の動きが、ぴたりと止まった。

 と、思ったのもつかの間。
 再び、バジリスクがぼとりと倒れた。
 レンは、剣を振って血を払う。
 すでに、攻撃していたらしい。

 彼が何をしたのか、ここからでは全くわからない。

「デント、逃げろッ!」

 そこに突然、誰かの大声。
 声の方を見やると、1人の少年が、ものすごい勢いでこちらに走ってくるのが見えた。その背後には……グリーンバジリスクが追ってきている!

「アムルどの、彼を!」

 レンの声がとぶ。
 足ががくがくと震える。胸の鼓動が一気に高鳴る。
 無理だ。あいつと戦ってはいけない。

 でも……子供が目の前で殺されるなんて、絶対に見たくない!

「くそっ!」

 私は前を向いて“魔力”を練る。
 勝負は一瞬だ。やるしかない!
 向かってくる私にひるんだのか、少年の動きが一瞬だけ、止まりそうになる。

「止まるな、走れっ!」

 そう叫んだが、かえってビックリさせてしまったらしい。少年は明らかにスピードをゆるめてしまった。
 私は、ええいままよと走り出す。

 意識を集中させて、少年をがっしと腕でキャッチ。
 した瞬間、杖に“魔力”を込める。

「『フラッシュ』!」

 杖から強烈な光が発せられる。
 「フラッシュ」は光で相手を攪乱させる魔法だ。
 グリーンバジリスクの声が聞こえる。少しでもひるんでいてくれ。
 目を閉じていた私は、少年を抱えて反対方向に走る。

 走る、走る。
 とにかく走る。
 苦しい。今日は2度目だ。さすがにきつい。

 だが、後方から足音が聞こえる。
 バジリスクは執着心が強いモンスターだ。
 走るスピードが5倍とまではいかないだろうが、やはり速い。
 この少年を抱えている状態じゃ、追いつかれる。

 気づけばだんだんと、川が近づいてくる。

「飛び込め!」

 誰かの声が聞こえる。
 だが、一気に血の気が引く。
 飛び込む。確かに、そうすべきかもしれない。バジリスクは、泳ぐのはそう得意ではない。逃げきれるかもしれない。

 でも――。

 私は、自分のペンダントを見た。

 ……できない、それだけは。

 私の身体は、川を目前にして、ほとんど自動的に止まってしまった。

 足音が近づく。
 ダメだ。
 やられる。

 おしまいだ。

「よくがんばった、アムルどの」

 その時、背後から声が聞こえた。

「レン!」

 高い金属音。
 振り返ると、レンがグリーンバジリスクの攻撃を受け止めていた。
 彼は、なぜかこちらを見ている。

「あとは任せるでござる」

 ちゃんと相手を見ろ! と言いたかったのだが、驚いて声が出なかった。
 なぜならレンは、こちらを向いたまま、何度も何度も敵の攻撃をいなしていたのだ。
 向きを変えて対面しても、不自然なほど相手を見ていない。しかし、彼は攻撃を確実にさばきながら、バジリスクを斬りつけて遠くに追いやる。

 ある程度私たちとの距離が離れたところで、彼は鞘に剣を納刀した。

「『空風からっかぜ』――」

 レンが剣を鞘走らせた、その瞬間。
 グリーンバジリスクは、バラバラに斬り刻まれて絶命した。





 私は座り込んだまま、しばらく動けなかった。
 まだ心臓がバクバクしているし、息も荒い。身体全体が熱くて、脚がジンジンする。

「う……」

 腋の辺りから、声が聞こえた。
 先ほど助けた少年だ。
 彼はぼおっとした様子で、こちらに目を向けている。
 そうだ、彼の首を締めたままだった。
 離してやったが、彼は表情を変えない。

 一体どうしたのか……と思ったのもつかの間。
 少年は私の体にガッと抱きつき、大声で泣き始めた。

 ……びっくりした。

 怖かったのか。そりゃ、そうだ。
 正直、私もちょっぴり死を覚悟した。
 なんとなく、少年の頭に手を置いてしまう。

「デント、デント!」

 少年の名を呼んで、誰かが近づいてくる。父親のようだ。
 デントはその声にすぐさま反応し、父親に向かって走って抱きついた。

「よかったでござるな。それによく、あそこで決断してくれたでござる」

 レンが近づいてきた。

「フ、フン……単なる気まぐれよ」
「そして、意外に優しいのでござるな。あの少年を見る視線から、あふれ出る母性を感じたでござる」
「ちっ……ちがわい!」

 それにしても驚きだ。
 この男、あのグリーンバジリスクをいとも簡単に倒してしまった。
 あんなことができるのは王都でもそう多くないはずだ。ギルドの筆頭冒険者とか、騎士団の師団長とか。そういうクラスの人間が使うようなたぐいの技に見えた。
 なんにせよ、人は見かけによらないものである。

「お、おふたりとも。けがはありませんか」

 声をかけてきたのは、馬車に乗っていた連中だ。
 6、7人程度。けがをしている人間もいるが、全員無事らしい。
 ……あの状況を考えれば、ほとんど奇跡だろう。

「大丈夫でござるよ」
「このたびは、本当にありがとうございました。すごくお強いのですね。おふたりがいなかったら、どうなっていたことか。どうか礼をさせてください」

 デントの父親が、頭を下げる。
 レンはそれを手で制した。

「あいや、結構でござるよ」
「そうはいきません。この先に私の家があります。お疲れでしょうし、ぜひお立ち寄りください」

 父親はそう言って、私たちがやってきた方向を指さした。
 え。それってもしかして……。

「そ、それって、この先の、大きな畑がある……?」
「そうです。私らは農家でして。トマーヤ芋を作っています」
「が、頑固そうなおじいさんが住んでる?」
「おや? 父をご存じなのですか?」

 レンと私は、顔を見合わせた。

「デント!」

 数十分後、件のジジイの家。
 開口一番、あのくそジジイが叫んだ。
 彼はデントの膝に小さな擦り傷を発見すると、即座に救急箱を取り出し、治療を始めた。
 先刻の態度からは、まったく信じられない行為だ。

「父さん、そういう訳で……このおふたりが私たちを救ってくれたのです」

 父親から事情を聞いたくそジジイは、目を見開いた。
 レンが前に出た。

「依頼をほっぽりだしてしまったことは謝るでござる。今回、クエストの謝礼はいらぬ」
「ちょっと、レン!」

 何を言い出すのだ、このバカは!
 しかし、ジジイはしばらく黙ったまま、私たちを見ていた。

 そして静かに言った。

「とんでもない。……わしはあんたらのことを勘違いしていたようだ」

 じじいは、ゆっくりと頭を下げた。

「さっきはすまなかった。近頃、まじめにクエストをやらん輩が多くて困っていたのだ。だからつい……。デントはうちの大事な跡取りだ。守ってくれて本当に助かった」

 正直、面食らった。
 あのくそジジイが、きちんと謝った上で、礼を言ってきたのだ。

 それ以上に驚いたのが、その後に出たあちらからの提案だ。
 ジジイたちは今後、芋掘りのクエストを私たちに継続して依頼したいと言い出した。
 さらにその報酬は、なんと倍額にアップ。
 しかも、芋掘りのシーズンが終わったあとも、近くの自警団の手伝いを継続して斡旋してくれるという。

 つまり、私の職に関する危機は、これでひとまず去ったということになる。

「見た? あのオッサンの顔。最高だったわね! はっはっは!」

 帰り道。ギルドでのやりとりを終えた私は思わず高笑いしてしまった。
 今後の仕事は、あのギルドのオッサンを通さなくてもいいということになったので、その件について報告した。
 眉間にしわを寄せて、当てが外れたと悔しがるオッサンの顔といったらもう、傑作であった。

 レンはにこりと笑った。

「……わかってくれたでござるか? 人助けは、自分の得になるのでござる」

 自信満々の顔で、彼はそう言う。
 それにしては出来過ぎだとは思うが、確かに、今回はこいつの言う通りになった。今回に関しては、この男の考え方のほうが正しかったのかもしれない。
 ……もちろん、私の考えはこれくらいでは変わらないが。
 少しばかり考えてしまう。

 あの少年に抱きつかれた時の、あの暖かさ。
 すごくすごく、久しぶりの感覚だった。

 悔しいので言いたくないが……ほんの少しだけだが晴れやかな気持ちになったのは確かだ。

「それにでも、困ったでござる。拙者、この先の宿のアテがないのでござる。この王都はどこも宿が高すぎて、泊まれないでござるよ」
「そ、そう」
「どこかに、安め……それもタダで泊まれるようなところはないのでござろうか? できれば、今後しばらく一緒に仕事をするアムルどのと連絡が取りやすい場所がいいでござる。あーあ、誰か、人のために動けるような御仁はおらぬものかなあ」

 ……ちっ、こいつ……。

「……仕方ないわね……だったら、その……うちの庭、広いからさ……」
「おおっ、いいのでござるか!?」
「べ、別に! そんな風に言われたからじゃないし、あんたのことを信用したとかって話でもないわ。……あくまでもビジネス上の関係として、合理的に判断して……」
「ありがとうでござる! さすが巨乳は違うでござるよ、アムルどのー!」
「ちょっ……ヤメロ! 抱きつくな!」

 こうして、私のところに奇妙な男がやってきたのであった。

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