Usual Quest
ユージュアル・クエスト

サイドストーリー「アムルとレン〜自己中女がデレるまで〜」
10.「わかってみようと思ったんだ」

 どうやら、間に合ったらしい。
 全身全霊の力で放った「ファイアウォール」は、まだ私の背後でごうごうと炎の柱を立たせている。
 しばらくは近づけないはずだ。

「アムルどの……」

 眼前には、すっかりボロボロになって倒れ込んでいるレン。
 声を聞いて安心したが、出てきた感情は怒りだった。

「このバカッ! いったい何考えてんのよ!?」

 言いつつも、回復魔法を重ねがけする私である。
 こいつのことだ、すぐに動けるようになるだろう。

 だが、レンの表情は曇ったままだ。

「なぜ、ここまで来てしまったのだ。来るなと書いたはずでござる」
「『今から最愛の妹を殺すけど、自分も死ぬかもしれないから来るな』……なんて手紙を残されて、見捨てられるとでも?」

 レンはもしかしたら、後腐れがないように手紙を残したのかもしれない。
 だが、私にとっては逆効果だった。
 私は手紙を見てすぐ、お隣の農家の納屋から馬を拝借し、ここまで来てしまった。
 途中の川も、すごく怖かったがお馬さんの力で渡ってきた。

「……拙者は、こんなことをしてもらうためにあれを書いたのではない! そしてこれはお主が介入できるようなことでもない。さあ、今からでも遅くはない。帰ってくれでござる!」
「うるさいんだよ」

 常人離れしたスピードでサクっと体力を回復させたレンが言うが、ぺしりとその頭をはたく。

「確かにさ……ちょっとどうかなって思ったよ、アンタの話。わざわざ嘘ついてたのもムカつくし、そもそもの目的が、妹さんを殺すことだったなんてさ……。しかも、自分も死ぬ気だなんて。手紙見た時は、正直引いたよ」
「ならば、なぜ」
「確かに私には理解できない。おかしいと思う。でも……」

 きっと彼は知っていたのだ。
 「家族を殺す」という気持ちを持つことの苦しさを。
 だからこそ、両親を憎む私に対して、あんなに食い下がってきたのだろう。
 そして、私はこの数週間で理解した。
 自分の考えがいつでも最良とは限らないことを。
 だからこうして、ここまで来たのだ。

「少しくらい『わかってみよう』と思ったんだよ。理解できないからこそ、ね。それに私は、知っての通りわがままなの。アンタがこのままいなくなるだなんてこと、耐えられないよ」
「アムルどの……」
「少しだけ手伝ってあげる。でも、ヤバくなったら『リターン』ですぐ逃げるからね。わざわざクソ高いスクロール、持ってきたんだから」

 炎の壁がようやく消える。
 先には、あの「魔人」……いや「黒者」と呼ぶべきだろうか。やつがたたずんでいた。
 ものすごいプレッシャーだ。
 いっきに空気が張りつめる。
 しゃ、シャレになってないわ、これ。
 この勢いのまま、少しくらいはいけるかなと思ったけど、絶対に無理。体中の細胞すべてが逃げろと叫んでいる。

「逃げるわよ!」

 私はレンの手を取って駆けだした。
 直後、さっきまでいた場所の地面がどかりと弾けた。
 「黒者」が放った攻撃だ。どうやら握っている刀のようなもので、錬成した“魔力”の塊を、そのまま斬撃として投げつけているらしい。
 ムチャクチャだ。どんな“魔力”があればこんなことができるのだろう。

「ちょっ……アムルどの! 言っていることとやっていることが矛盾しているでござる!」
「バカッ! おかしいでしょ、あの“魔力”の高さ! こんなのさっさと逃げて、騎士団におまかせしちゃいましょう。そうすれば妹さんの望み通りになるじゃない!」
「そうはいかぬよ! アスカは拙者が!」
「だーかーら、それができないから逃げるんでしょうが!」
「やっぱり帰ってくれでござる!」
「やだ!」

 口げんかしながらも、ドカドカと攻撃されている私たち。
 だが、どうにも当たるような気配はない。

「何よ、てんでへたくそじゃない」
「違う、逃げるコースを誘導されているでござるよ!」

 私たちが走る先には……巨体が待ちかまえていた。

「またオーガ!?」
「アムルどの、手を離して。あいつならなんとか倒せる!」
「ダメよ、止まったら『黒者』に攻撃されるわ」
「大丈夫だから、離してくれでござる!」
「やだ! 私も巻き添えなんてゴメンよ。考えがあるから、心配しないで!」
「信用できぬ!」

 言い合いながら走る私たち。待ちかまえるオーガがどんどん近づいてくる。
 私はヤツの眼に「フラッシュ」を撃つため“魔力”を練る。

 だが、その時。
 あろうことか、レンが私の手を無理矢理ふりほどき、小刀を抜刀した。

「『空風』!」
「あっ!」

 私が“魔力”を込めた手と、彼の刀とが交錯する。
 瞬間、周囲から光が漏れた。

 必殺剣「からっ風」。
 一度の攻撃で相手を何度も切り刻む、レンの得意技だ。

 だが、今回は少しばかり様子が違っていた。
 レンの小刀が、青白い光を纏いながらものすごい勢いで伸びてゆき、周囲の地面を弾けさせながらオーガを一刀両断。
 直後、オーガは砂になって消えた。

「なっ……!」
「伏せて!」

 なぜか硬直したレンを突き飛ばし、地べたに倒れ込む。
 背後の木々が爆発した。「黒者」の攻撃だ。

「すごいわね。今のが魔具の力で完成した必殺技なの?」

 レンは答えない。彼は自分の手を見ている。
 よく見ると、小さくふるえている。

「ちょっと、どうしたのよ?」

 やがて彼は言った。

「自然の剣技と“己力”の組み合わせ……! そうか、そういうことだったのか! わかったでござる、わかったでござるよ!」

 彼は即座に立ち上がると、私の体を引き上げ、そのまま走り出した。

「アムルどの。どうやらお主との出会いは、運命だったらしい。感謝する」
「なんなの。ちゃんと説明しなさいよ! 魔具の力じゃないの?」
「魔具はとっくに壊れているのでござる。ちょっと“己力”……“魔力”を練ってくれでござる」

 言われた通りに“魔力”を練る私。
 レンは小刀――よく見たら折れた刀だった――を抜いた。

 そのとたん、周囲からごうごうと音が聞こえた。
 髪と服が、異様にふわふわと揺れる。
 走っているからじゃない。

 風だ。私たちを中心に、風が起きているのだ。

 遠目から「黒者」が剣を振るのが見えた。
 こちらに向けて、例の“魔力”の塊が放出される。
 とっさにコースを変えて避けようとしたが、レンが私の手を強く掴んでそれをはばむ。

「ちょっ……!」

 言い終わる前に“魔力”の塊は私たちの目の前で消え去った。
 どうやら、強力な結界のようになっているらしい。
 信じられないほど強い“魔力”のような何かが、走る私たちの周囲に集まっている。

「なによ、これ!?」
「お主の“己力”と、拙者が呼び出す自然の力。それらが混じり合っているのでござる」

 そうか。
 私の“魔力”が、レンにとっての魔具と同じ役割を果たしているのか。

 私たちは立ち止まった。

「アムルどの、力を貸してくれ。ありったけの“魔力”を、ここで練り上げて放出してほしい。アスカのために」

 私は黙ってうなずき、杖を構えて全力で“魔力”を錬成する。
 呼応するかのように、レンの刀から輝く刀身が現れた。
 彼は刀を振りかぶり「黒者」を見据える。

 どんどんと風が強くなる。
 だが、不思議なことに気分は悪くない。
 荒々しいはずなのに、なぜか心地いいのだ。

 それを見て「黒者」が叫んだ。
 まるで、私たちを拒絶するかのように。

 「黒者」は、走って湖の方へと向かう。
 水面に足が触れたが、「黒者」はそこを踏みしめた。
 湖の上を、走っている。

 やがて、湖の中央付近にまでたどり着いたヤツは、こちらを向いた。

「水上か。どうやら落雷を拡散させて応戦する気らしい」
「ちょ、ちょっと待って。まさかあそこまで行くの!?」
「問題ないでござる。ここまでの風の力があれば――」
「えっ……ちょっと、マジで?」
「大丈夫でござる」

 私たちは、歩いて湖へと足を踏み出した。
 レンが水の上に立つと、足下に“魔力”の輝きがまたたく。確かに、問題なさそうだ。

 ここまで来たのだ。もうやるしかない。

 おそるおそる、足裏を水面につける。
 すると、私も同じように立つことができた。

 2人で立つと、風がさらに強くなる。
 それを見て、「黒者」が再び声をあげた。

「興奮するのもわかる。これは紛れもなく、拙者たちの剣技の神髄だ。最後にこれを見せられて、よかった」
「レン……」
「ゆくぞ。頼む、アムルどの!」
「わかった! はああああっ!」

 レンの合図に合わせ、ありったけの“魔力”を放出する。
 つむじを巻いていた風がさらに勢いをつけ、竜巻を起こした。
 レンが、ギュッと私の手を握る。
 私も、思い切り握り返した。

 「黒者」が、こちらに近づきながら剣を何度も何度も振り下ろす。
 “魔力”の塊は、すべて私たちの起こした「風」に弾かれた。
 上空が何度も輝く。
 落雷攻撃がこちらに効いている様子は、ない。

 レンと私は、前進する。
 「黒者」に……アスカさんに向かって。
 この呪縛から解放してあげるために。
 ……この呪縛から、解放されるために。
 未来に向かって、走り出す。

 「黒者」が目の前にまで迫った。
 荒々しい“魔力”。のっぺりとした黒い体。光を反射してぎらぎらと輝く、黒い瞳。
 瞳以外は、まさしく「真っ黒」だった。
 口を開いた先にも、闇が広がっている。
 こいつはもはや、闇そのものだと言っても過言でないだろう。



 こんな風になるのなら。
 私も、レンと同じ道を選ぶかもしれない。




「『春一番』!」




 ルハーナ湖をどかりと踏み、一閃。
 今まさに剣を振ろうとした「黒者」に、一筋の輝く線が入る。
 レンが刀を振り切ると、風は一瞬にして止んだ。

 「黒者」は、動きを止めた。
 先ほどの線から、ちらちらと光が溢れ出す。
 かと思うと、黒い体がボロボロと朽ちてゆき、さらに強い光へと変わりだした。
 光は、上空へと向かっていく。

「アスカ!」

 レンが叫ぶ。
 「黒者」に反応はない。
 ただボロボロと、輝くのみだ。


 そうして「黒者」は、天へと消えていった。





「終わった……」

 刀をぼちゃりと落とし、レンが静かに言った。

「レン」
「これで、よかったのだろうか」

 「黒者」は、今和の際に正気をとり戻したわけではない。奇跡が起きて、人間に戻ったわけでもない。一言でも何か感動的な言葉を残したわけでも、ない。
 モンスターとなった彼の妹は、ただ消えていった。死んでいった。
 ただ、殺しただけかもしれない。
 やってはいけないことをしたのかもしれない。

 それでも、レンはやろうと決めたことを、やりきった。
 彼の表情に、ほんの少しだけ安堵感みたいなものが見て取れるのは、決して不思議なことではないだろう。

「さあね。それは、あんたが決めることじゃないの」
「……そうでござるな」

 彼はちょっぴり悲しげにほほえんだ。

 と、同時に背が縮んだ。

「えっ?」

 足下を見ると、先ほどまで輝いていた“魔力”の光が薄くなり、レンの足がずぶずぶと沈み始めているではないか。

「ちょっとレン、沈んでるけど」
「……どうやら、アムルどのも拙者も、力を使い果たしたらしいな」
「いやいやいや、冷静に何言ってるのよ! 沈む前に早く戻りましょうよ!」
「そうしたいところだが、まったく体が動かせん。さっきの技の反動でござろう。アムルどのもそうなのでは?」

 確かに、言われてみるとほとんど体が動かないし、私の体も沈み始めているではないか!

「ちょっと! マジでどうすんのよ、これ!」
「落ち着くでござる! 今拙者も考えている! 考えているから!」

 言っている間にも、じわじわと足が入水していく。
 足が、だんだんと冷たくなっていく。
 血の気が引き、一瞬失神しそうになる。
 これじゃ、水没する前に死にそうだ。

「レ、レン……あんたどうにか泳げないの」
「す、すまん……。どうにもならん」
「ふっざけんな! どうしてこうなるって予想できなかったのよ!?」
「わかるわけないでござろう!? アムルどのだって止めなかったではないか!」
「元はといえばアンタが!」
「拙者だけのせいではない!」

 口論しながら、私たちは湖に落ちた。

 なんとも言い難い、不快感。悪寒。冷たさ。
 耳に鼻に、水がゴボゴボと入ってくる。

 最後の最後に、こんな目に合うなんて。
 こんなの、アリかよ。

 なんとか脱出したいが、元々私の体は水中で思い通りに動けるようにできていない。
 レンが沈んでいくのが見える。あまり動いていない。動けないのだろう。

 だんだん、息が苦しくなってくる。
 体は、少しずつ湖の底――闇に、取り込まれていく。


 今度の今度こそ、終わった――。



 私の人生、これで終わりだ―――。


 
 息が続かない。限界だ。
 ごぼり、と、水を飲んでしまう。
 泡がのどから這い出て、水上へと上がっていく。

 ああ。

 あんな風になれたら、どんなにいいだろう――ー。

 目の前が暗くなっていく。
 全てが、終わる。

 闇が私を飲み込んで、全てを黒く染めていく。
 命が、奪われる。
 この、温かい水中で。


 ……温かい?


「アムルどの!」

 聞き覚えのある声。

「アムルどの、目を開けてくれ!」

 なぜ。なぜこんな声が聞こえる。幻聴か?

「ええい、仕方がない。人工呼吸だ! まずは胸を揉みしだく!」
「待てや! どさくさに紛れて何しようとしてんだ!」

 ……あれ?

「おお、生きておったか! 心配したぞ」

 目の前に、レンの顔。
 とてつもない、違和感。
 なぜだ。
 さっきまで、水中でもがいていたはずなのに。
 服はビチョビチョに濡れている。
 だが、苦しくない。

 ヤツの顔をどけ、体を起こす。

「なに……これ」

 そこは、深い青色の丸い空間だった。
 ぬっと、何かが目の前を通った。
 魚だ。

 つまりここは、水中。
 私たちは、泡のようなものに包まれていた。

「なんで……?」
「胸を見るのでござる」

 言われるがまま、胸元を見る。

「っ!」

 言葉に、ならなかった。

 輝きを放っていたのは、鳥の形をしたネックレス。
 両親が残した、私の宝物だった。

 そんな。
 うそだ。
 どうして。

 どうして、このネックレスが。

「見た目ではわからなかったが、どうやらそれは、水に反応する魔具だったようでござるな」

 ネックレスが、水に反応する、魔具。

「それって……」
「ああ。アムルどの、やはりそうだったのでござる」

 そんな。
 そんなことって。

 つまり、私の両親は。

「ご両親は、お主が生き残る手段を用意していた。つまり、お主が川に捨てられたのはきっと、何か理由があったのでござろう。今となってはわからぬが……お主は『いらない人間』などではない!」

 そう言われた瞬間、自然と涙が、つうと流れた。

 そうだったのだ。

 私は、いらない人間なんかじゃなかった。
 いらないから、捨てられたんじゃないんだ。

 そう考えたら、心がいっぱいになって、涙が溢れてきた。
 手で受け止めたが、どんどん流れてくる。
 止まらない。
 ぜんぜん、止まらない。

「そ、そんな……今さら! なんだっていうのよ……。私が、どんな思いで、ここまでやってきたのか……! ふざけんな……ふざけんなよおおおお!」

 泡は、地上に出てもしばらく空中を漂っていた。
 東から差し込む朝日を見ながら、私は泣いた。

 こんなにもうれしいのに、涙が出るなんて不思議だった。おかしいと思った。

 それでも、涙は止まらなかった。

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