「アムル、飛び出しすぎだ!」 真昼の街道沿い。 バズールの声が、後ろから聞こえた。 しかし、私はその言葉を無視する。無視して走る。 飛び出しすぎていることは承知していた。 私は、少し先で弓を構えている女戦士に向かって杖を構えた。 「リーザ、伏せて!」 「えっ!?」 言いつつも、伏せてくれるリーザ。 私は“魔力”を練り、拳大の火の玉を数個作る。 「『ファイアボールズ』!」 炎の玉たちが、リーザの頭上を越えて飛んでいく。 その先には、何もいない。 しかし、魔法は直撃した。 そこには、姿を消していた鳥型モンスターのニルートがいたのである。 燃え上がるモンスターを見て、リーザは驚きの声をあげる。 「アムル、どうしてわかったの?」 「へへへ。なんだか最近、モンスターの気配がわかるようになったんだよね。なんとなくだけど」 「さっすが! ここんところ、アムルに助けられっぱなしね。ありがとう」 ここんところというか、けっこう前からそうなのだが、まあいいだろう。 「す、すまねえ」 後ろから声を掛けてきたのはバズールである。 「アムル、さっきはニルートに気づいて陣形を崩したんだな……。俺が先に気づくべきだったのに、むしろ邪魔しちまったな。悪かった」 バズールは申し訳なさげにうつむいてしまった。 私は、あごを撫でてから応えた。 「……いいんだよ。陣形の方に気を配るのも重要よ。だってニルートは、どこから来るかわからないんだからさ」 「その通りでござる」 突如として、上空から声。 「数匹、見落としがあったぞ」 空からすたりと着地してきたレンが刀を鞘に納めると、数体のニルートが、地上に姿を現した。……ただし、死体だが。 「アムルどの、油断しすぎでござる。ついでに言うと、モンスター察知の力に頼りすぎでござる。お主のそれは、まだ完璧ではない。どちらかと言えば、バズールどのの判断の方が正しい」 「なによ。教えてくれるワケでもないのに、偉そうに講釈垂れないで」 「何を言う! それは拙者の依頼を断るお主が悪いのではないか! 拙者の願いを叶えてくれるならいくらでも……!」 「やだ! なんでアンタにオッパイ触らせなきゃなんないのよ!」 「ひと揉みでいいのでござる! 頼むから!」 「もう、やめなって。朝から何回その問答を繰り返すのよ」 とうとうリーザが仲裁に入った。後ろではバズールも呆れた様子でこちらを見ている。 あれから数日。 結局レンは、まだ本国に帰らずにいる。 元々、死にに来たワケだから当然だけど、本国にやり残したことは特にないそうだから、好きに暮らすそうだ。 もちろん、時折寂しげな顔というか、「やり切った」みたいな表情で空を見つめだしてしまうことも多いので、そういう時は尻に蹴りを入れてやるようにしている。 まだまだ妹さんのことから立ち直るには時間がかかるだろうが、レンのことだから問題ないだろう。 そして私はというと、「トランセンド」の誘いを蹴って、リーザたちとクエストしているところだ。 確かにメガネ……ヘイブンの出してきた条件は魅力的だったが、「トランセンド」には私の知らないルールがあった。ギルドメンバーは基本的に、ギルド側が決めた依頼以外を受けてはいけないというのだ。 そうなればリーザたちとクエストができなくなってしまう。 ……せっかくなので、楽しい方を選んだわけだ。これなら芋畑の仕事も続けられるしね。 ただ、ヘイブンはそれでも協力関係を続けたいと言ってきてくれた。今後も委託という形で、私個人にクエストを回してくれることになった。 報酬は減ってしまうが、私にとってはこっちの方が遥かに都合がいい。喜んで委託契約を結んできた。 それに私には、新たな目標ができた。 「アムルどの。もちろん拙者は、この能力でお主がやろうとしている両親探しに手を貸したいとは思っている。復讐ではなく感謝を伝えるためとは立派なこと。しかし……オッパイを揉めないとなると」 「また蹴られたいの?」 「……もしかしたら、知らなくてもいいようなことを知るはめになるかもしれぬ」 「別にいいのよ。それはそれで。私は納得したいだけなの」 「まったく自己中でござる」 「ん? 『ファイアウォール』の方がいいのかな?」 「もう、やめなさいよ!」と、再びリーザ。 「とにかく。今のでクエストはクリアできたんだから、王都に戻って飲みましょうよ。サン・ストリートにすっごくおいしいお酒を出す店を見つけたの」 「ああ、あの汚いトコでしょ。何回か行ったことあるけど、騒がしい常連客が多すぎてゆっくり飲めないわよ」 「おっ、いいじゃん。そういうところ好みだなあ。レンさんはお酒、いけるのかい?」 「拙者はあまり得意では……」 「とか言ってこいつ、結構飲むわよ」 「さあ、いこいこ」 私たちは帰途につく。 道を歩きながら、私はふと思った。 なんだか、たった数週間で全てが変わってしまったような気がする。 生活している場所は、何も変わっていない。使っている武器や、魔法。着ている服だって同じままだ。王都のカビ臭そうな城壁や、空の青さ、太陽のまぶしさも、変わっていない。 それでも、全てが、変わってしまったような――。 「どうしたのでござるか?」 レンが声をかけてきた。リーザとバズールは、かなり先を歩いている。 「なんでもない」 「さっきのこと、まだ怒っているのでござるか? だとすればすまぬ。あれはちょっとしたジョークで……」 私は、そこまで言われて思わずくすりと笑ってしまった。 レンは、いぶかしげにこちらを見た。 「……なんでござる?」 「な、なんでもないって」 きっと変わったのは、私の心の中なのだろう。 寂しげに謝ってきたこの変態男の顔に、ちょっぴりときめいている、私の心なのだろう。 「あのさ、レン」 「ん?」 「どうも、ありがとう」 「……どういうことでござる? わけがわからぬ」 私には、確かに協調性がないかもしれない。 それでもきっと、少しずつ変わろうとしている。 この、奇妙な男の登場によって。 「いいのいいの。さ、行こう!」 「もう、説明してくれでござる! やっぱりアムルどのは自己中でござる!」 レンの手を取り、走り出す。 それだけでも、なんだかうれしくて、思わず笑ってしまった私である。 (完) |