Usual Quest
ユージュアル・クエスト

71.「決意」その4

 ロバートが立ち上がった。
「イナフ!? どうしてここがわかったんだ?」
「騎士団のジェルス君が情報提供してくれたんだよ、ホラふきのロバート君」
「くそっ! あいつ、約束を破りやがって」
 イナフはロバートをおしのけて、リブレに視線を向けた。
「リブレ・ロッシ。きさまのなめくさった態度にはもう我慢ならん。私と決闘しろ! そしてあの技を使ってみせろ!」
 リブレは返答しない。代わりにリノが答えた。
「とつぜん、失礼な人ね。リブレは、その技を自由には使えないのよ」
「君には聞いていない。リブレ・ロッシ。さっさと答えろ」
 リブレは、ふるえながら言った。
「……できません」
 イナフは大声を出して地団駄を踏んだ。
「なぜだ!? なぜ私にあの技のことを隠す!? こちらには見当がついているぞ。貴様はあの『ライトニング』の息子だそうだな」
「その技については、別に隠しているわけじゃないんです。俺だって……ついさっき知ったばっかりで、まだ混乱していて……。父さんのことだって関係ありません。……どちらにせよ、俺にはできません」
 イナフは頭をかきむしった。
「わけのわからんことを言うな! そうやってまた、私を愚弄するのか……。よかろう、それなら考えがある」
 イナフはリブレに向け、びしっと指をさした。
「貴様から仕事を奪う。私の権限が許す限り、貴様がクエストを受けるのをあらゆる方面から妨害してやる。もう、ここで生きていくことはできなくなるぞ」
 しかしリブレは表情を変えない。
「……そうなれば、ここから出て行くまでです」
 イナフは怒りでぷるぷるとふるえた。だが、ふっと笑った。
「それが貴様の本心でないことはわかっている。全く大した男だよ、貴様は。それでは、こうしよう。ウェイン・ジェルスやロバート・ストラッティ。そしてこの場にいる名前も知らない君たち全員のギルドにかけあって、同様の妨害を行うとしよう。全員だ。君たちは全員、職を失う」
 アイたちは思わずぞくりとした。
 騎士団の部隊長。彼クラスの人間なら、おそらくそれができる。
 さすがのリブレも、それを聞いて狼狽した。
「そんなっ! みんなは関係ないじゃないですか!」
「おう、よしよし。ようやくいい反応が返ってきた。それだ、それを待っていた。ではリブレ、私はそうすることに決めたぞ。やる気になったか?」
 リブレは返答に迷っている。彼の体はがちがちとふるえていた。イナフは少しばかり困惑した。
「なんだ貴様、本当に恐怖しているのか? 自分の強さを隠すことに何の意味があるというのだ。それでも『ライトニング』の息子なのか? 全く理解に苦しむが、それほどまでに隠す必要があるのならば、猶予と場所を設けてやろう。今晩、貴様と初めて会った森で待つ……もし逃げたら、友人たちとお前は路頭にさまようぞ、いいな」
 イナフは部屋を見渡して、グランと目があった。
「朝の魔術師か。偶然だな、まさか貴様もリブレの仲間だったとはな」
 グランは鼻をならした。
「だったら、なんだってんだよ」
「運命じみたものを感じるよ。レイヴン・ステアに『ライトニング』……。両方とも、私が大嫌いな人物だ」
「……話は終わったんだろ。とっととうせろ」
 イナフは少し笑ってから、背を向けた。ロバートが必死に事情を説明しようとしたが、イナフはそれを完全に無視して出て行ってしまった。
 全員が黙り込んだ。
 リブレはただ、ふるえている。リノはそれ見て席を立った。
「みんな、行きましょう。リブレには少し、時間が必要だわ」


 王都マグンは、サン・ストリート沿いの酒場「ルーザーズ・キッチン」。
「なんだか大変なことになっちゃったね」
 アイがため息をついた。ロバートはいらついた様子で、テーブルを叩いた。
「イナフのくそったれ。こうなっちまうともう、どうすればいいのかわからねえ……」
「なんだ、おまえら。ずいぶん暗いな」
 マスターがオーダーの用紙を持って現れた。それまで無言だったリノが事情を簡単に話すと、マスターは驚いた様子だった。
「リブレが……!? それに、イナフ・ストラウフだって……!」
「マスター、やっぱり何か知っているのね。イナフ・ストラウフ……ちょっと前に、リブレを探しに来た人よね。あの時マスターは、確か別の人の名前を呼んだ。何か、明らかに焦っていたわよね」
 マスターは少しばつが悪そうにしている。
「ああ……。知り合いに見間違えたんだ。あまりにも似ていたからな」
「それってパレット・ストラウフだろ」
 端に座っていたグランがぼそりと言った。マスターは彼を見た。
「グラン、どうしてその名を?」
「イナフの奴が店に来た時、名前を言ってたじゃねえかよ。そんでもってよ、俺もこの名前だけはよく知ってるんだ……マスター、教えてくれ。そのパレットは、あんたと知り合いだったんだな?」
 マスターは言うべきかどうが迷ったようだったが、やがて頷いた。
「……年は離れていたが、いい友人だった」
 グランは、ゆっくりと席を立った。

 王都マグンは、トンカ平原の街道から少し離れた、ある小さな森の中。

 リブレは、高い木にのぼって夕日を眺めていた。遠目にはマグン城と、それを囲む王都の城壁が見える。普段ならばすでに家に向かわねばと焦るべき時間帯だったが、きょうはそんな気分になれなかった。
 ゆるやかな風が髪をなでている。橙色の光が、ゆったり体を温めている。それでも、決して心地よくはなかった。
「よお」
 木の下から声が聞こえてきた。グランだ。
「家にいねえもんだからよ、探したぜ。どうせここかマタイサあたりだろうとは思っていたけどな」
 リブレは見向きもせず、太い枝に腰掛けた。
「おい、こら。シカトしてんじゃねーぞ」
 リブレは耳をふさいだ。……が、空気のはじける音と共に、グランが目の前に現れた。「フライング」の魔法だ。
 グランは何も言わず、リブレが座っている枝とは逆側の枝につかまって腰かけた。
「へえ、案外頑丈なのな。景色もいいじゃねえの。木登りなんて恥ずかしくてやる気にもなんねーけど、ここは悪くねえな」
「……何しに来たんだよ」
 リブレはようやく言った。グランはわははと笑った。
「べつに。ずいぶん凹んでたみたいだしよ、久々にマリーちゃんのとこにでも誘おうかと思っただけだよ」
「……どうせみんなに言われて、俺を責めに来たんだろ」
「はあ? このグラン・グレンが、そんなことすると思うか?」
「そんなの、当然じゃないか!」
 リブレは大声でまくしたてた。
「俺だったらそうするよ!『リブレ、なんとしてもあいつとの決闘を受けてくれ、じゃないと俺たちが迷惑をこうむるんだぜ、だからなんとかがんばって戦ってくれ』ってな!」
 グランは笑った。
「その逆だよ。リブレよう、俺は思うのよ。このまま逃げちまえばいいんじゃねえか?」
 リブレは意外そうにグランを見た。 
「イナフの奴は、見た感じお前だけにめちゃくちゃ執着している。そのお前がいなくなっちまえば、わざわざ手間暇かけて、ロバートだとか、名前も知らないアイやリノのクエストを妨害だなんてしねえよ。俺だったらそんなの、めんどくさくてやってられねえからな。どーせ割を食うのは、同じ騎士団のウェインのくそやろうくらいだろ。どっちにしろ俺は、元から無職みてえなもんだし。正直、どうでもいいぜ」
 リブレは思わず言った。
「……お前、本気で言ってるのか?」
「まあな」
 グランが普段とまったく同じ調子でこたえたので、リブレは頭を抱えた。
「まったくもう! 俺がこんなにも悩んでるのに! なんだかばからしくなってきたよ!」
「はっはっは。悩んでるってことは、俺みたいに逃げちまおうだなんて決めつけねえで、みんなのためにどうしようか考えてるってわけだな」
「当たり前だろ!」
 グランはそこでポケットをまさぐった。
「じゃあ、こいつを使えよ」
 リブレは、手渡されたものを見た。にぶい銀色をした腕輪だった。
「なんだよ、これ」
「『レイヴンの魔具』だ」
 リブレは、はっとしてそれをもう一度見た。
「レイヴンって、確かお前の師匠の……」
「そう。前に話した、大バカ天才野郎の魔具だ。今日、露店で見つけた。それ、下の部分の装飾を失敗してるだろ。昔の俺がやったの。ミスっちまったんだけど、怒られるのも面倒だったから、黙って出しちまったんだよな。だから見た瞬間にわかったよ」
「……たしかお前は、これを人に使わせないために、そして破壊するために、王都に来たんじゃなかったのか?」
「もちろん。だが、そいつは今のお前の役に立つ。だから壊すのはその後だ」
 リブレは、おそるおそる聞いた。
「これは、使うとどんなことが起こるんだ?」
 グランは自分の頭に、指をつきたてた。
「対象者の“魔力”を増幅して、シグナルを狂わせる一種の操術をかける。本当は“魔力”を一時的に底上げして、属性能力の耐性とか適正なんかを見るための物なんだけど、それを応用して……おい、頭を抱えるな。……つまり、ものすごく端的に説明するとだな、お前はこれをつけた瞬間、たぶん『くまさん』の幻を見る」
 リブレはつばを飲んだ。
「どういう意味だか、わかるよな?」
「ああ……まったく、なんてものを作るんだ。そのレイヴンって人は」
「同感だね。リブレよお、俺はお前に、こんなもんを無理してまで使って欲しいとは思わねえ。でもよ……」
 グランは木を降りた。
「何にも説明もしやしねえ、あのバカ野郎をぶっとばして欲しい。そうは思うぜ。あいつの兄貴は、パレット・ストラウフ。レイヴンと旅に出て死んだ勇者だ」
 リブレはその名前に反応した。
「えっ、パレット……?」
「知ってるのか?……どっちでもいいけどよ、イナフの奴は、どういうわけか、お前の例の技と自分の兄貴を重ねちまってるんだ。だから、どうにかしてそれを拝みたいんだろうよ。あのボケ、これを最初に説明すりゃ、ここまでこんがらがったりしなかったろうによ。お前と同等の不器用さだぜ」
「パレット、ストラウフ……。イナフ、ストラウフ……そうだったのか」
 リブレも木から降りた。すでに森から出ようとしていたグランは、振り返った。
「なんだよ、お前。泣いてんのか?」
 リブレは、少し笑いながら涙を流していた。
「グラン、これ借りるわ。やるよ。もう、やるしか、なくなっちゃったから。みんなには、ちゃんとやるから、来ないように伝えてくれ」

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