そして、夜がやってきた。 マグン王国は、王都から少し離れた先にある、小さな森。 イナフは、馬車をおりてカンテラに“魔力”をそそぎ込んだ。「魔具」が反応し、周囲が明るくなった。黄金の鎧が光を反射し、ぎらぎらと輝いた。 「リブレ・ロッシ! いるんだろうな!」 ざくざくと木の葉を踏む音と共に、入り口からリブレが現れた。 二人が対峙する。イナフはにやりとして、カンテラを足下に置いた。 「この魔具にはイーゴリの魔石が仕込んである。そんなにふるえなくても、モンスターは寄りつかんよ」 リブレはガチガチに震え上がっていたが、やがて言った。 「イナフさん……始める前に、す、すこし話をしませんか」 イナフは無視して剣を抜いた。金色の刀身が、うすく輝いた。 「もはやお前と話すことなど、何もない。剣を抜け」 「ま、待ってください!」 「ならば体に応えてもらうまで!」 イナフが剣をかまえ、突進する。リブレは横っ飛びして斬撃をかわしたが、イナフの聖剣「ガルズ」が輝き、突風を起こした。リブレは体勢を崩して倒れ込んだ。 「もらった!」 イナフは突きを放つ。 金属がぶつかり合う、高い音が響いた。 「話を……聞いてください!」 鞘から出した刀身で突きを受けたリブレは、かんしゃく玉を炸裂させてイナフがひるんだ隙に後ろへとんで剣を抜いた。イナフは追撃する。 「イナフさん、俺が例の技を使えば、みんなのことは保証してくれるんですね!」 二人の剣がぶつかりあう。 「もちろんだ! だが使わなければ、お前を破滅させる!」 「それと、もうひとつ!」 イナフが剣を横になぐ。リブレは跳躍してかわし、イナフの鎧を蹴って木につかまり、よじのぼった。 「降りてこい!」 「あなたのお兄さんのことを、パレットさんのことを話したいんです!」 イナフの顔つきが変わった。 「なに……」 「俺、いままで気づかなかったんです、あなたのことを。ごめんなさい。言われてました。パレットさんに……」 「何を言われた! 兄と会ったことがあるのか。こたえろ、リブレ!」 イナフは「ガルズ」を上方に振り、びょうと風を起こした。木の葉が散ったあと、リブレが降りてきた。 「パレットさんは、フィゲンの村まで剣のけいこに来てくれたことがあるんです。父と仲がよかったみたいで。ああ、改めてみると、よく似てる」 「……兄はお前の父に心酔していたからな。勇者になったのも『ライトニング』の影響だと聞いた。だが、そのせいで! そのせいで兄は!」 イナフは再び駆け出す。リブレは驚きつつも、イナフの剣を受ける。 「ちょっと、話を最後まで聞いて!」 「兄は死んだ! 勇者になるのはまだ許せた! だが、兄は……兄さんは僕との約束を破ったんだ!『ライトニング』のせいで! レイヴン・ステアのせいでっ! 兄さんは死んだんだ!」 イナフはリブレを蹴り飛ばすと、「ガルズ」を大きく二度振るった。木々が大きくひん曲がるほどの風が起き、リブレは吹き飛ばされて草むらにつっこんでいった。 「兄さんは、約束してくれたんだ。僕にいつかあの技を教えてくれるって。それなのにどうして、どうしてお前があれを!『またたき』を使うんだよ! どうして僕がこんなに悔しがるような、つらくなるようなまねをするんだよ!」 イナフはすっかり冷静さを失った様子で、「ガルズ」を地面に突き刺した。 「違うよ……イナフさん」 頬から出た血をぬぐいながら、リブレが歩いてきた。 「パレットさんはいつだって、あなたのことを大切に思っていた。何度も何度も話してくれましたから覚えています。……どうして俺がその『またたき』を使えるのかは、今となってはわかりませんけど……」 リブレは銀色の腕輪を取り出した。 「……きっとこの瞬間のためだったのかもしれませんね」 イナフは剣を引き抜いた。 「リブレ・ロッシ! 僕はお前とその技を倒して、兄を越える!」 魔具を持つリブレの手はがちがちとふるえていた。しかし、必死の形相でこちらをにらみつけるイナフを見て、小さく頷いた。 「あなたは、パレットさんを越える必要なんてない! あなたが追っているものは、全て幻なんだ! パレットさんの願いは……」 リブレは、ぎりと奥歯をかんで腕輪をはめた。 「そんなんじゃ、ないんだよっ!」 リブレの周りに紫色の“魔力”がほとばしった。 イナフはリブレの名を絶叫して「ガルズ」を構える。 リブレはうめきながら頭を抱え、やがてその場にしゃがみこむと、剣をさやに納めた。 イナフはその一挙一動に、兄の姿をみたような気がした。 リブレが顔をあげる。 決着は、一瞬だった。 ざし、と鉛色の刀身が、地面に突き刺さった。 リブレは、根本から折れてしまった剣をその場にぽいとすてて振り返った。 「パレットさんの願いは……」 イナフ・ストラウフの金色の鎧が、まっぷたつになってがらがらと崩れ落ちた。同時に、イナフが仰向けになって倒れたが、その体には傷一つついていなかった。 「『妹』であるあなたの幸せ、ただそれだけだった」 イナフはしばらく呆然としていたが、やがてさらしを巻いた胸を隠した。 「……知っていたのか、僕のこと」 「パレットさんの名前を聞くまではわかりませんでした。すみません、イナフさん……あなたとは、もっと早く話をするべきだった。パレットさんは……女性であるあなたが騎士団に入ることをあまりよく思っていなかった。だからきっと、技も使って欲しくなかったんだと思います」 イナフは、空を見つめながら、少しだけ笑った。 「……そうか。兄の意思を汲んだつもりだったが……がんばってきた意味がなかったな」 リブレはあわてて手を振った。 「い、いえいえ! そんなことないと思いますよ。だってイナフさんって、すごく偉くなったんでしょう。今となってはパレットさんだって、喜んでるに決まってますよ」 イナフは、腕で自分の顔を隠した。 「リブレ・ロッシ。何はともあれ、きさまは技を使ってくれた。約束は守る。……だから、すこしひとりにしてくれないか」 リブレは頷いて去っていった。 イナフは、なぜだか晴れやかな気持ちだった。 「兄さん……。あなたが何も言ってくれないから、僕はこんなところまで来てしまったよ。でも、よくわかったよ。僕にはとうてい、あの技を使いこなせない。僕はあなたやリブレみたいに、優しくはないからね」 彼女の涙は、耳を伝って地面に落ちた。 「グラン、サンキュー」 帰り道の馬車で、リブレは腕をさすりながら言った。腕輪はグランが魔法で破壊した。 グランは鼻で笑った。 「がちがちだったな、リブレ。でもよく腕輪をはめたぜ。それにしてもイナフの奴、女だったのな。全くわからなかったぜ。あと『またたき』だっけか? すげえぞ、あれ。お前が剣を抜く時、ものすげえ量の“魔力”が出ていた。剣がもたなかったのも無理ねえし、あの異常な動きにも合点がいったよ。パレット・ストラウフの必殺剣は“魔力”で身体能力を一気に増幅させる技だったわけだ」 「へえ。よくわからないけど、めちゃくちゃスゴい技なんだな。できればもう使いたくないけどね。今回は気も失わなかったし、レイヴンさんに感謝だな」 グランはその後、しばらく無言だったが、目を外して言った。 「……なんというか、あんまりお前に言いたくないけどな……『レイヴンの魔具』がこういう風に使ってもらえるのは……その、うれしいもんだよ。礼を言うのはこっちの……」 そこでどさり、と音がした。 グランが振り返ると、リブレが馬車から落ちていた。 王都マグンは、街と国のシンボルであるマグン城。 「リブレ・ロッシが来ていない!?」 イナフ・ストラウフが声をあげた。通常の団員と同じ青い鎧を着用している。 団員は困ったように言った。 「ええ。第五次試験は、ご存知のように王との面談なのですが……。すでに一時間の遅刻です。王もこの無礼におかんむりでして、彼は試験に失格となりました」 イナフは思わず肩の力が抜けてしまった。前日、自分を倒したのだ。意気揚々とやってくると思っていたのだが。 「リブレ・ロッシ……兄に似た、尊敬すべき男だと思っていたが、そんなことはなかったようだ。やはり君という奴は、勇者というものを、騎士団というものをナメくさっていたわけだな」 イナフは肩を震わせた。 「見ていろ……いつか絶対にその鼻っ柱をへし折ってやるぞ。そして屈服させてやる。私の前にひざまずかせて、なんでも言うことを聞く召使いにしてやるんだ。それで私の家に置いて、一緒に……」 イナフはそこで、はっとして自分の口を抑えた。 そんな、ばかな。 「ほんとにもう、なんでこうなるんだよ」 リブレはベッドで寝込みながらぼやいた。治療魔法をかけるリノがけだるそうに言った。 「ダメね、これ。体にものすごい量の疲労が蓄積してる。ちょっとやそっとの魔法じゃ動くのも難しいわ。たぶん三日はこのままよ」 ロバートは頭をかいた。 「なんで、そんなことになったんだ? リブレ、前に技を使った時はすぐに動いてたじゃないか」 グランが笑った。 「たぶん、一日に二度も使ったからだな。あの量の“魔力”を消費するんじゃ、体にガタが来て当然だぜ。リブレ、お前って奴は、ほんとにタイミングが悪いよなぁ!」 アイがグランをひっぱたく。 「ばか。リブレはあたしたちのために、わざわざイナフさんと戦ってくれたんだよ。あたしたちのために採用試験まで棒に振ることになっちゃって……どうもありがとね、リブレ」 「待ってよみんな、どうしてもうダメみたいな言い方するんだよ。最終試験は今日なんだ! 今日回復すれば大丈夫なんだよ! なんとかしてくれよ!」 ミランダがリブレのベッドから、酒瓶を取り出した。 「何言ってんの、もう夜よ。次にがんばんなって。それにしてもリブレ君ときたら、またお酒をためこんでたのねん。ねえみんな、今日はここで飲もう!」 全員が勝手に酒盛りを開始する。リブレはベッドの上で叫んだ。 「こんなのひどすぎるよ! せっかくかっこよくきまったのに、こんなのってないよ!」 グランはグラスに酒をついだ。 「だから何度も言ってんだろ、みんなお前に感謝してんだよ。それでいいじゃねえかよ」 「よくないよっ! ちくしょう、お前らみんな、呪ってやるからな!」 「リブレ・ロッシに、乾杯!」 悲鳴とともに、グラスががちん、と鳴った。 |