「どうにも、君の友人は何も言いたくないらしくてね。そこで、君のことを思い出したわけだ。顔と名前をまったく覚えていなかったから、ここにたどり着くまで難儀したよ、ジェルス君」 イナフは、討伐隊詰め所の一室に赴いていた。彼の目の前には騎士団・討伐隊第十二師団のウェイン・ジェルスが腰掛けている。 「それで、どうなんだ。君ならリブレ・ロッシがどこにいて、どんな男なのか、教えてくれるよな?」 ウェインは何も言わず、頷いた。すぐ横には、ものすごい形相で彼を睨む、上司のローウェル師団長が座っている。この状況では頷くしかなかった。 「彼……リブレは、前にお会いした時にお話した通り、モンスター捜索のエキスパートです。ものすごく勘が強くて、自分の知るモンスターなら位置までわかります。それで……」 イナフはそこで目の前の机をこんこんと叩き、ローウェル師団長に退席を要求した。ローウェルはそそくさと退席し、部屋のドアを閉めた。 イナフはそれを確認してから、ウェインをじっと見た。 「それで……君はあの時、ベアの首が吹っ飛ぶのを見たよな?」 ウェインはしばらく言いにくそうにしていたが、イナフが机をどんと叩くと、やがて頷いた。 「……ええ」 「やつは普段から、あの技を使うのか?」 「いえ、あの時が初めてでした。……というよりも、リブレはあの時のことを何も覚えていないようでした。リブレは本来、あのレベルのモンスターを倒せるほどの人物ではありませんから」 「嘘をついているのか? やつは確かにベアを一瞬で倒したのだぞ。君らに実力を見せていないだけではないのか」 ウェインは首をふった。 「いいえ。彼は……おせじにも、強いとは言えません。基本的には戦闘にも参加しなくて、すぐ逃げちゃうんですよ。とても『ライトニング』の息子とは思えませんよね、はは……」 イナフはその言葉を聞いた瞬間、いすから立ち上がってウェインの肩を掴んだ。 「ら……『ライトニング』!? 『ライトニング・ゲイル』か!?」 ウェインはたじろいだ。 「た、隊長……ご存じなかったのですか? リブレは『ライトニング』の息子ですよ」 イナフは彼を突き飛ばすようにして放し、目を見開いた。 「ライトニング・ゲイル」。騎士団の伝説とも呼ばれる剣士である。 「そうだったのか……なるほど、なるほどな……全部、つながったよ」 イナフはうつむいたあと、自分の剣を抜いた。ウェインは腰を抜かして倒れた。 「ウェイン・ジェルス。きさまに命令する。今から十秒以内にリブレ・ロッシの住処を教えろ」 王都マグンはサン・ストリート沿い、リブレの自宅。 「……そんなわけだ」 重々しい口調で話を終えたロバートは、机で手を組んだ。視線の先のベッドではリブレが眠っている。リノは息をついた。 「つまり、リブレは以前にもベアを瞬殺したことがあったわけね」 ロバートは頷いた。アイは首をすくめる。 「実際見たはずなのに、未だに信じられないよ。ベアって、あたしらパイカーが四、五人集まってようやく勝負になるレベルのモンスターなんだよ。それに、明らかに様子がおかしかったよ」 グランはベッドの横に寄りかかるようにして立っている。 「そういや、こいつはベアの話を絶対にしたがらなかったな。強いモンスターだから、当然だと思ってたけどよ……あんなの、見たことねえぞ。一体何があるってんだ」 「事情はどうあれ、さっきリブレが使った技を、騎士団のイナフって人が見たがって、色々とかぎまわっているわけね?」 リノの問いに、ロバートは再び頷いた。 「ちょっと前、とうとう俺のギルドにまで押しかけてきてよ、リブレについて、ベアを倒した時の技について教えろって言い出したんだ。リブレのやつが避けているって話を聞いていたから、何も知らないって嘘をついてやったんだけどよ……リブレのやつが勇者採用試験に合格しはじめて……」 グランが腕をくむ。 「なるほどね、謎がとけたぜ。やっぱりイナフの野郎が合格させてたわけだな」 「グラン、あの人に会ったことがあるのか?」 「まあね。でも、よくわからねえ。どうしてイナフは、その技にそこまでこだわるんだ?」 全員が黙った。 仮説はいくらか思いつくが、結局のところ議論しても答えはでない。 沈黙を破ったのはロバートだった。 「とにかくよ……。リブレのやつ、なんだかおかしかったろ? だから……できる限りその技と、ベアのことについては触れさせたくねえんだ。あれはきっと、触れちゃいけねえものなんだ。リブレがリブレでなくなっちまうみたいで、怖いんだよ。だから試験なんて今すぐやめさせよう。あのイナフって野郎は、リブレをおかしくしちまう……そんな気がするんだよ」 リノは彼をにらんだ。 「それはエゴよ、ロバート。どちらにせよイナフって人はその技をどうにかして見ようとするはずだし、リブレはいつか、この問題と対面しなきゃならないわ」 「そんな言い方ねえだろ! そこをどうにかするのが、友達ってもんじゃねえか!」 ロバートがこめかみに青筋をたてながら机をたたいた時、奥から布ずれの音がした。 リブレが、上体を起こしていた。彼の体はまだふるえている。 「リブレ、大丈夫か?」 ロバートが聞くと、リブレは頷いた。 「み、みんな、どうしたの? そんな怖い顔、しちゃってさ」 アイが驚く。 「リブレ、覚えてないのかい?」 「な、何をだい? なんだか、体のふるえが止まらないや……。そういや、クエストは、どうなったの?」 ロバートがおおげさに笑った。 「リブレ! お前、モンスターにびっくりして気絶しちまったんだってよ! まったく、しょうがねえよなあ!」 リノが立ち上がって、ロバートの頭を杖で叩いた。ロバートはすぐに反論しようとしたが、リノは無表情のまま、彼をじっと見た。ロバートは思わずひるんで、けっきょく諦めたようだった。 「いまのは半分嘘よ、リブレ。私たちは、さっきのクエストの途中でベアに遭ったの」 その単語を聞いた瞬間、リブレの目が大きく開き、彼はベッドから跳ね起きた。 「べ……! べア……!」 リノはため息をついた。 「頼むから、落ち着いて聞いて」 「い、嫌だ! その単語は、この世でもっとも嫌いなんだ! 次にその単語を口にしたら、いくらリノだって、許さない」 リブレの目は本気だった。リノは頷いた。 「わかった。じゃあ今の単語は使わないから、教えてちょうだい。どうしてそんなに、嫌いなの?」 「……言いたくないよ」 「じゃあ、どうして言いたくないの?」 リブレは首をふった。 「やめてくれよ! なんでそんなことを聞くんだよ! みんな、出て行ってくれよ!」 リノは、リブレの頭を掴むと、横っ面をひっぱたいた。 「おおバカもの! 一人で、抱え込むんじゃないっ!」 リノの怒号に、その場の全員が体を跳ねさせた。 「リブレ、何があったか知らないけれど……少しは私たちにも共有させてちょうだい。このままじゃあんた、この問題から逃げられないのよ。だから話して。そして、問題と向き合って。そこからなら、私たちでも手伝えるの」 リブレの表情が、少しだけ変わった。 「……わ、わかったよ。なんだか、みんなにも迷惑をかけたみたいだし、話だけは聞くよ……でも、できる限り今の単語は使わないでね」 リノは今日起こったことを、ロバートはしぶしぶ、前回のことを簡単に話した。話を聞き終えたリブレは、汗をたらし、さっきよりも体を震わせている。 「ってことは……俺が『くまさん』を倒したってことかい? それも二回も?」 リノはリブレのことを考え、ベアのことを「くまさん」と称して話した。 「そうよ」 リブレは頭をかかえた。 「い、意味がわからないよ。だって『くまさん』って、この近辺でも最強クラスのモンスターでしょ。みんなだって知ってるだろ……ひとりで勝てる相手じゃない」 「でもあたしらは事実として、あんたが『くまさん』を倒すのを見たんだよ。あの時のリブレは、明らかにおかしかった。あたしが声をかけたの、覚えてるかい?」 アイの問いかけに、リブレはかぶりをふった。アイは少しばかり間を置いてから、頷いた。 「じゃあこれは覚えてる? 『しっかり、やらなきゃ』」 リブレがその言葉に、少しばかり反応した。 「あんたは『くまさん』を見た時、ぼそっとそう言ったんだ」 「『しっかり、やらなきゃ』……おまじないの言葉だよ。修行時代の」 リブレは少年時代、元騎士団の父親から激しい修行を受けていた過去を持つ。修行は結果としてリブレの恐怖心ばかり増長させ、彼は現在の性格とモンスターの探知能力を手に入れた。 「父さんが、いつも言うんだよ。『しっかりやれ』って。それで、モンスターの巣に投げ込んでさ……あの頃は自分の世界がほんとうに狭かったから、そう言い聞かせるしかなかったんだ」 リノが頷いた。 「どうやら話が見えてきたわね。リブレ、最後の質問よ。あなたはその修行の際、きっと『くまさん』に襲われたのね。そして、それが強く強く、トラウマになっている」 リブレは答えはしなかったものの、目をふせた。 そう考えるのが妥当だった。 「リブレ・ロッシ!」 その時、ドアが勢いよく開けられ、一人の剣士が入ってきた。 「ようやく会えたな」 その場にいる全員が声をあげた。 イナフ・ストラウフが現れた。 |