Usual Quest
ユージュアル・クエスト

69.「決意」その2

 王都マグンは、サン・ストリート沿いの酒場「ルーザーズ・キッチン」。

「まったく、おかしなこともあるもんだな」
 マスターがカウンターから顔を出した。左手に持つトレーには、大きなケーキが載せられている。
「待ってました!」
 マスターがテーブル席に向かうと、リブレが大喜びでそれを出迎えた。席にはリノとアイが腰かけている。
「何かの間違いじゃないの?」
 リノが訝しげな表情で言った。アイも、同じような顔をしている。リブレはそれを見て肩をすくめた。
「リノ、それって嫉妬かい? 事実だよ。さあ祝おう! リブレ・ロッシ、勇者選抜試験・第四次審査突破!」
「おめでとー」
 あまり気持ちのこもっていないお祝いの言葉と共に、三人はケーキを切り始めた。切り分けが一番速かったアイは、さっそくクリームたっぷりのケーキを口に運んだ。
「それにしてもおかしいよね。まさか四次審査も通っちゃうなんて」
「おかしくないさ」
 リブレはすぐに反論する。彼が切っているケーキの部分は形が崩れてしまい、すぐ隣のリノが顔をしかめた。
「私もアイちゃんと同感。おおかた、なんらかの力が働いてるのよ。お父さんも勇者だし」
「とうさんは関係ないよ」
 背後からミランダが現れ、ケーキをフォークで突き刺してぱくついた。
「どちらにせよ、今度の試験で勇者になれるかどうか決まるんでしょ。リブレ、可能性がないわけじゃないんだからがんばって、ね。万に一つ勇者になったら、まず私に教えなさいよね」
「なんだよ、みんなして。まるで俺が実力で受かったわけじゃないみたいじゃないか」
 ミランダが笑いながらもう一回、ケーキを取った。
「事実そう思ってるのよ。だって三次の時、あんた帰ったんでしょ。それで受かるってのは、単に試験官がおばかちゃんだったのか、何かあるに決まってるでしょ」
「何があるっていうんだよ。まったくもう、疑り深いんだから。どちらにせよ、次を受かれば晴れて勇者だ。もう少しでルイスになれるんだ!」
 アイたちはため息をついた。

 そこに、ロバートが現れた。少し暗い顔をしている。
「おっ、ロバート。ケーキ食べないか? お祝いしてるんだ」
 リブレの問いかけに、ロバートは少しばかり体をはねさせた。
「リ、リブレ? 採用試験、また通ったのか?」
 リブレは得意げに頷いた。ロバートは少しばかり間をあけてから、わははと笑った。
「よ、よかったなあ! でも、俺はいいや。わりいな」
 彼はカウンターへと向かっていった。リブレ以外の三人は首をひねった。
 カウンターに腰掛けたロバートは、頭をかかえて突っ伏した。……と思えば、頷いて席を立とうとし、少し硬直して首を振り、また座った。
「だめだ、俺には言えねえ」
「何を言えないの?」
 後ろからリノにつつかれ、ロバートはびくりとした。
「なにか知っているみたいね。話しなさいよ」
 ロバートはゆっくりとかぶりをふった。
「い、言えねえ。今のリブレには言いたくない」
 リノは無表情で言った。
「つまり、今回の試験の合格には何か裏があって、あんたはそれを知っていながら、何も言わずに高見の見物を決め込んでいるってわけね」
「ち、違う!」
 ロバートがとつぜん大声を出したので、さすがのリノもびっくりしたようだった。
「……わりい。とにかく、今はあのままにしといてやってくれ」
 ロバートの視線の先には、笑顔で剣を担ぐリブレがいた。口にまだクリームがついている。
「リノ、クエストに行こうよ! そろそろグランも来るはずだよ」
 リノは頷いて、きびすを返した。
「友達思いなのはいいけれど、たとえ残酷な話でも、きちんと話してあげたほうがいいと思うわ」
「……わかってるさ」
 ロバートは振り返りもせずに言った。
「ばかね」
 リノがかすかにつぶやいた。

「グラン、ずいぶんおそかったな。もう少しで置いていくところだったよ」
 南ゲートを馬車でくぐりながら、リブレは隣に座るグランへ声をかけた。
「……ああ。悪かったな」
 リブレは肩をすくめた。
「やけに素直だな。グラン、何かあったのか?」
「いやあ、なんでも、リブレ・ロッシって男を探してるってあんちゃんに会ってよ」
 沈黙。リブレはおそるおそるたずねた。
「それって、金髪の……?」
「するどい目をした、ちょっと怖い感じのやつ。騎士団って言ってたぜ」
 リブレが馬車から落ちそうになったので、グランは慌てて彼の服を掴んだ。
「落ち着けよ。話してる時はわからなかったけど、たしか前に町中で剣をつきつけて来たイカレポンチだよな。もちろんお前のことは話さなかったぜ。なんであんな野郎に追い回されてんだ?」
「それが……よくわからないんだよ。前に、ロバートと一緒に騎士団の手伝いをしたのは話したろ? それから目をつけられて、ずっとなんだ」
 グランは腕を組んだ。
「なんにせよ、あいつはちょっとふつうじゃねえぞ。リブレ、お前あいつに何をしたんだよ」
「うーん、実はよく覚えてなくてさ」
「覚えてないだぁ? どういうこった」
 グランがさらに問いただそうとした時、街道で待っていたリノとアイが馬車に乗り込んだ。
「何してたのよ。はやく行きましょう」
 リブレが馬をけしかけ、馬車は街道を走り出した。

 本日のクエストは、マスターの依頼によるルハーナ湖の水採取である。パーティ四人は、馬車で山道を進んだ。
「このクエスト、確か前にやった時はレイスに会ったよな。嫌な思い出だぜ」
 グランがつぶやく。リノがにやりとする。
「あんたにはとくにそうでしょうね。レイスに呪われて、真人間になっちゃったりして。でも今考えると、アイちゃんとはあの頃から相思相愛だったのね。必死に守ってたし」
 アイはもじもじとした。
「あれは、うん。うれしかったな。呪われたグランは、はっきり言って気持ち悪かったけれどね」
「んーだと、てめえ。そういえばお前ら、よってたかって俺のことぶん殴ったよな! まだあの恨みは忘れてねえぞ! おいリブレ、殴らせろ!」
 グランが振り返ると、リブレは少ししらけた様子だった。
「なあ君たち……もう少し静かにしてくれよな。俺が勇者になったら、これが最後のクエストになるかもしれないんだぜ」
「バーカ、なに気取ってやがんだ。例の勇者試験のことかよ。お前が合格なんて、ありえねーっての」
 グランは笑いながら言ったが、リブレはむすりとした。
「……グラン、俺はこれでも本気で合格をねらっているんだ。お前の冗談はたまに笑えないぜ」
 グランは目をするどくさせた。
「それ、まだ言ってんのか? 気持ちはわかるけどよ、これまでの合格は間違いなくお前の実力なんかじゃねえぞ。絶対になにか裏があるに決まってる。たとえば、例の騎士団のイナフ。あいつが手を回してるんじゃねえのか。そんなんで受かって、うれしいのかよ?」
 リブレはかっとして、グランの胸ぐらをつかんだ。アイとリノが制止したが、リブレは聞かない。
「言っていいことと悪いことがあるぞ!」
「本当のことを言ったんだ、何が悪いんだよ。自分でおかしいと思わねえのかよ。勇者って言葉に浮かれて、頭がわいちまってるんじゃねえか」
「こいつ!」
 リブレが拳を固めたその時、彼はぴくりとして背中の剣を抜いた。グランは少しうろたえた。
「お、おい! 武器はナシだぜ!」
「違うよグラン。けんかはやめだ……。モンスターが来る!」
 アイは「待ってました」とばかりにランスを構えたが、リブレはそれを手で制した。
「だめだアイ、手を出しちゃ……」
「なに言ってんだいリブレ、霧もないし、別に精霊ってワケじゃないんだろう?」
「とにかく、だめだ! すぐに逃げる準備を!」
 リブレの様子を見て、グランは魔法の詠唱に入った。
「リブレ、どっちだ!? いつも通りに煙幕行くぜ」
「グランも、やめてくれ! とにかく逃げるんだ! 頼むから逃げてくれ!」
「……リブレ、なんかさっきから、言ってることがおかしいぞ? 逃げるために煙幕を出すんだろ」
 リブレは異常に汗をかいて、少しふるえている。
 何かがおかしい。三人がそう思った時、遠目の草むらから物音がした。

 凶暴そうな鳴き声と共に、毛むくじゃらの体躯が姿を現した。
 パーティは思わず凍り付いた。
 ベア。この近辺では最強クラスのモンスターだ。
「どうしてこんなところに……あたしたちだけじゃ……!」
 アイはランスをしまい、撤退しようと心に決めた。彼女はすぐにリブレを見た。普段なら、すでにかんしゃく玉が爆発しているタイミングなのだが。
「おいリブレ、なにやってんだよ! はやくかんしゃく玉投げろって!」
 グランが“魔力”を集中させたままリブレを見る。
 彼は目の前のモンスターを見て、腰を抜かして尻餅をついていた。ただ、怖がっているようでもなく無表情で、目もうつろだ。
「おい、リブレ……? どうしたんだ……!」
 彼の声は届いていないようだった。 
「グラン、詠唱を解かないで!」
 リノが“理力”の塊を発射し、ベアの近くにあった木を撃つと、アイに運動能力補助魔法をかけた。
「私が陽動するから、アイちゃんはリブレを馬車に乗せて。グランも魔法で足止め! 気を抜いたら、死ぬわよ!」
 アイ、グランは頷くまでもなく、即座に行動に移る。リノの言う通りだ。
 リノとグランは交互に魔法を発射しながら、ベアの注意を横方向に引いて誘導していく。アイはそのすきに、リブレにかけよった。
「リブレ、どうしたんだい!」
 だが、リブレは宙を見つめて、狂ったようにぶつぶつ言っている。アイが揺らしても反応がない。
「リブレ、リブレ!」
 アイが必死に言うと、リブレは突如として立ち上がった。
「リブレ、大丈夫?」
「……さなきゃ」
 リブレはぼそりと言った。アイが目を見開いたとき、すでに彼の姿は消えていた。

 リノとグランは魔法を遠目からぶつけてベアの気を引いていた。
「なあ、このままどうしようってんだよ! 俺らの魔法力全部使ったって、倒せる相手じゃねえぞ!」
「わかってるわよ、そんなこと! とにかく、今は足止め! ったくもう、リブレ! 肝心な時に使えないんだから!」
 その時。とんとリノの肩に手が置かれた。リブレだった。
「リブレ、おそ……」
 リブレの姿は、振り返ったリノの目の前からすぐに消えた。

 その直後、どさりと、背後から音がした。
 首をはねられたベアが倒れる音だった。
 リブレはしゃがみこんだ姿勢で血だらけの剣を鞘に戻すと、その場に倒れた。

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