王都マグンは、サン・ストリート沿いの酒場「ルーザーズ・キッチン」。 「来た!」 普段通り郵便配達を終えたリブレが入店するなり、大声が飛んできた。見てみるとナイトのロバート・ストラッティが歓喜の表情で立ち上がっていた。 「ロバート、どうしたんだ」 「待ってたよ、リブレ!」 ロバートはリブレの元へと駆けつけるとその手をぐっと掴み、自分の座っていた席を振り返った。 「見ての通り、リブレは来たぜ。これでパーティの条件は満たすんだよな、ウェイン!」 奥で茶をすすっていた騎士団のナイト、ウェイン・ジェルスはにこりとして頷いた。リブレはそれを見てぞっとした。 イヤな予感しかしない。 リブレはすぐに逃げようと心に決めたが、ロバートは掴んだ手を話さなかった。 「ロバート、一体なんなんだよ!」 「詳しくは歩きながら説明するよ。急ぐんだ、とにかくいっしょに来てくれ! 稼げる話だぜ!」 「騎士団の手伝い?」 「ああ。なんでもウイングラビットが出たらしいんだ」 リブレの問いかけに、ロバートは興奮した様子で頷いた。 ウイングラビット。ウサギ型のモンスター。見た目はふつうのウサギだが、危険を察知すると羽を広げて空を飛ぶ。狡猾な性格で、スピードと体の小ささを利用した攻撃が得意。強さはバルーン(青)の約八百倍。 「あいつは小さくてすばしっこいくせに、ものすごい攻撃力を持っているからね。僕ら討伐部隊でも手を焼いているんだ。そこで、モンスターの位置を察知できるリブレの力を借りたいと思ってさ」 ウェインがリブレに笑いかけた。リブレはそれを見てぞっとした。 「で、でも騎士団の人でダメなのに、俺たちで大丈夫なのかな。やばくないかな。ひょっとしたら邪魔になるかもよ? ねえそもそも、騎士団の公務に参加しちゃっていいわけ?」 リブレは早口でまくしたてたが、ウェインはそれらをすべて論破した。騎士団は公務を確実に執行するため、冒険者らを臨時のヘルパーとして雇うことがある。何より公務の遂行が最優先という考え方だ。 そしてその報酬は、彼ら冒険者が普段のクエストでもらっている料の数倍の額になる。ロバートが興奮するのも無理のない話だった。 「な、うまい話だろ? 騎士団の手伝いなんて、ふつうは有力ギルドくらいじゃないと回ってこないからな。リブレはとにかくモンスターをさがしてくれさえすればいいんだ。俺もこないだクラスが上がったから、ウェインの口ききでアタッカーとして参加できるんだ。でも、それにはお前の存在が不可欠だった。いやあ、よくぞこのタイミングで戻ってきてくれたぜ!」 「だ、大丈夫かなあ」 不安な表情を浮かべるリブレをよそに、ロバートはうきうきとした様子で彼の背中を何度も叩いた。 三人は南門を出て、トンカ平原へと向かった。 しばらく歩いてたどりついたのは、小さな森だった。 ウイングラビットは昨晩からこの森に入り込み、騎士団員たちを苦戦させているらしい。そこらに青い鎧を着た団員たちがうろついている。 「討伐隊第十二師団、ウェイン・ジェルス。ただいま戻りました」 ウェインはその中でももっとも貫禄のある中年男性に声をかけ、拳を胸に持って行った。男も同じようにした。 「ご苦労。しかしウェイン、お前がいない間に少し面倒なことになった」 「どうしたのですか、師団長」 「討伐隊長が視察に見えることになったそうだ。今、こちらに向かっているらしい。討伐隊長の前で失態を犯すわけにはいかない。気を引き締めてかかれよ。隊長の前で討伐できるように、できるだけ速く目標を見つけるんだ」 ウェインはまたさっきの合図をして「了解」と言った。師団長は別の団員に声をかけられ、森の入り口へと向かった。 ロバートとリブレにはあまりピンとこなかった。 「ウェイン、どういう意味だ?」 「要は、偉い人が見に来るってことさ。その人の前で能力をアピール……つまりモンスターを討伐できれば、僕ら第十二師団の評価は上がる。しかし、逆にとり逃がしでもしたら目も当てられないことになってしまうだろう。こいつは責任重大だ。リブレ、どうかよろしく頼むよ。早いところウイングラビットを見つけてくれ」 特定の団体に所属しないリブレにはよくわからない話だった。 「その、偉い人に見つけてもらえばいいんじゃないの? 強いんでしょ?」 「もちろん強いよ。騎士団内では現役最強の剣士って言われている。『ライトニング・ゲイル』……君の父君が城に来た時も、その討伐隊長だけが食ってかかったらしい。『ライトニング』は一部では伝説扱いだからね、ふつうだったら考えられないことさ。……とにかく、その人に気に入ってもらうために、僕らはがんばらなきゃならない。その人にモンスターを見つけてもらうなんてのは、僕らは無能ですと自分たちで言っているようなものだ。とにかくそれだけは避けたい。この際だから、成功報酬は倍にしよう。あとで師団長に相談してみるよ」 リブレとロバートは瞳を輝かせた。 しかし、ウイングラビットの捜索は困難を極めた。戦闘のエキスパートである騎士団の討伐部隊が一晩かけても見つからないのだから、当然のことではあった。ウェインはリブレのモンスター感知能力に期待していたようだが、森にモンスターそのものがかなり多く、事実上彼の能力は死に体と化してしまった。 「だめだ、知らない気配が多すぎるよ。一つずつしらみつぶしに探していくしかないな」 「リブレ、なんとか頼むよ。ちっこい気配とか、わからないのかい。あいつは小さいんだ」 焦るウェインをよそに、時間だけがいたずらにすぎていく。 そして、タイムリミットが訪れた。 「王都騎士団討伐隊・第十二師団、第十三師団は、外の見張りを除いて集合せよ! 繰り返す……」 先ほどの師団長の声が轟いた。モンスターがこれに驚いて逃げてしまうとか、そういうことはもうかまわないというくらいの大声だった。仕事を放棄してでも一度集合する。討伐隊長の視察というものには、それほどの重要さがあるようだ。 「くそっ、厄介なことになったなあ。リブレたちも今は騎士団の傘下だ、一緒に来てくれ」 悔しげな表情のウェインに連れられ、ロバートとリブレは森の入り口へと戻った。 「ローウェル師団長、わざわざ集合させる必要はないと言ったはずだ」 石に座っていた高背の剣士が、切れ長の目をいっそう鋭くさせながらゆっくりと立ち上がった。 「礼儀というものでございます。なあに、見張りがいれば逃がしはしませんよ」 マーク・ローウェル第十二師団長は胸を張ったが、剣士は彼のプレートの胸部分を掴んで引き寄せた。 「万が一の可能性というものを考えろ。ウイングラビットは小さなモンスターだが、攻撃力が高い。むしろ王都に近づいた時の危険度はオーガを上回る。街に危害が加わった時、貴様はその責任がとれるのか?」 じろりとにらまれ、マークはへびににらまれた蛙のように固まってしまった。 「め、めっそうもございません。イナフ・ストラウフ討伐部隊長」 イナフはぞろぞろとやってきた団員たちをにらんだ。彼らもその姿を見て固まった。 「貴様ら、公務執行を優先しろ! さっさと配置に戻れ!」 団員たちは逃げ出すようにして戻ってゆく。少し遅れてやってきたウェインたちは、その様子を遠目から見ていた。 「うわっ、なんだかメチャクチャ怖い人だな。さすが討伐隊を束ねるだけあるぜ。思ってたより若そうだ」 ロバートがぼそぼそと言った。リブレはちょっと近づきたくなさそうにしている。 「それにしてもあの人の鎧、すごいね。全身金ピカだ」 「王都騎士団、討伐部隊長イナフ・ストラウフ。年は僕らの少し上だと聞いたことがある。若年にして隊長職までのし上がった、若手のホープって奴だよ。あの鎧は本人の趣味らしい。騎士団の中じゃ『黄金の騎士』って呼ばれてる」 リブレはその言葉に反応した。 「へえ、『ルイス冒険記』に出てくる『白銀の騎士ジェイド』みたいだなあ」 そんな話をしていると、イナフがこちらを見ていることに気がついた。 「そこの二人! なぜ騎士団の鎧を着ていない。ひょっとして冒険者か。名前、所属ギルド、職位を言え!」 イナフは金色の鎧をがしゃがしゃと揺らしながら歩いてきた。ロバートとリブレはひるんだが、ウェインが前に出た。 「彼らはモンスター捜索のスペシャリストです。今回助っ人として公務に参加しています」 イナフはウェインを押しのけた。 「貴様には聞いてない。おい、早く言え」 しぶしぶ、ロバートは自分の名前を告げた。 「ギルドは」 「ろ……『ロイムル』です。職位はナイトです」 イナフはそれを聞いて鼻をならした。 「なるほど。ではよほどのコネがあるか、本当にモンスター探しが得意かのどちらかだな」 ロバートは下唇をぐっと噛んだ。「ロイムル」は王都のギルドの中ではまだ中堅と言ったところである。何よりイナフの言う通りだ。 「それで、もう一人の方は」 イナフがリブレを見た。ウェインが汗をにじませた。 ロバートへの反応を見る限り、リブレが『職なし』だと知られるのはまずそうだ。 「か、彼はですね……」 「何度も同じことを言わせるな。私はこの男に聞いているのだ」 イナフは振り返りもせずに、少し声を低くして言った。ウェインの抵抗はむなしく終わった。 ウェインは手を口元に持って行き、ぱくぱくと開いてリブレにジェスチャーした。 「なんでもいいから、嘘を言ってくれ」という合図だ。 リブレもこの状況を鑑みれば、すぐに理解するだろう。 案の定、リブレは小さく頷いた。ウェインはほっと胸をなでおろした。 リブレは頭をかきながら口を開いた。 「リブレ・ロッシです。職位とか、ギルドとかは、ないです」 ウェインはその場にずっこけた。 イナフは眉間にしわを寄せた。 「なに。なぜそんな奴が騎士団の公務に参加している」 「た、隊長! 彼は生粋のモンスター捜索のプロです。ですから、特定のギルドに所属することなく、幅広く活動しているのです」 ウェインは苦し紛れに出まかせを言った。イナフはリブレを品定めするようにして見下ろした。 「確かにな……今時ギルドに所属していない剣士とは珍しい。だが、近頃はそうした無能のごろつきが、うまい汁を吸いにやってくるなんて話も耳にする。私はそういうクズが大嫌いでね」 イナフは腰に下げたロング・ソードを抜いた。刀身まで金色である。ウェインとロバートは思わずぞっとした。リブレも身構えた。 「リブレ・ロッシと言ったな。貴様を試す」 イナフは剣を真上に掲げた。 「上に一匹いるのはわかるな。モンスターの名前を言い当ててみろ」 「えっ!?」 リブレは困惑した様子で声をあげた。 ウェインはまたしても焦りを覚えた。 まずい、リブレはこの森のモンスターがほとんどわからないようだった。彼にはきっと答えられないのだ。 沈黙が訪れた。 「どうした、ロッシ? まさか答えられないのか?」 ウェインとロバートがどうにかしなければ、と考えた矢先、リブレはあっさりと言った。 「……答えられるわけないじゃないですか」 ウェインたちは思わず目をつぶったが、イナフはそれを聞いて剣を納めた。 「さっさと行け。だが調子に乗るなよ。貴様らが詐欺師とわかったらすぐに牢獄行きだからな」 イナフはきびすを返して去っていった。 しばらくして、ロバートが汗をぬぐった。 「ひゃー、怖え人だな。マジで斬りかかってきてもおかしくなかったぞ、ありゃあ。でも、リブレはなにも答えられなかったのに、どうして剣を納めたんだ?」 リブレはまだ少し困惑した様子だった。 「答えられなくて当然だよ。だって、本当になにもいなかったんだもの」 ウェインたちは驚愕した。 「かまをかけられていたわけか。いやしかし、トラブルにならなくてよかったよ。隊長は冒険者の助っ人をあまりよく思っていないみたいだね。とにかく、急いで捜索を再開しよう。悪いけれどこうなった以上、うかつな行動は謹んでくれよ。僕らはたぶん、今のでマークされただろうから」 三人は再び森に入っていった。 |