マグン王国は、王都マグンの南ゲート前。 「それじゃあ、ここで解散にしようか」 先頭を歩いていたパイカーのレスター・モスが振り返った。 「そうですね、換金するものなんて何も取れませんでしたし」 セーナは強い口調で、後ろにいる人物を見ながら言った。レスターは苦笑する。 「ああ、惜しかったな。あと一歩だった」 「あの時、リブレさんが逃げたりしなかったら、倒せましたよ、あのモンスター。ちょっとリブレさん、聞いてます?」 最後尾にいるリブレは汗をかきながら、宙に向かって口笛を吹いている。 隣にいるロバートがあわてて取り繕う。 「まあまあ。そもそもモンスターを見つけたのはリブレだったんだぜ。こいつがいなきゃ、まず出会うことすらなかったんだ」 「そうは言っても、ありゃないわ。モンスターに背を向けて逃げ出す剣士がどこにいるの」 ミランダが肩をすくめる。 「こ、ここにいる……なんちゃって」 リブレのこの一言で、場の雰囲気はすっかり凍り付いた。 本日行われた魔石狙いの狩りは、セーナ、ミランダ、ロバート、リノといったお決まりのメンバーのほか、ランサーギルドで活躍中のレスター・モスが参加したことによって大きな戦果が期待されていた。 しかし、例によってモンスター探知係として召集されたリブレ・ロッシが、それを全て台無しにした。 彼は大物モンスターを前にして、かんしゃく玉を投げて逃げ出してしまったのである。その行為は同時に、苦戦を強いられていたモンスターが逃げる機会も作ってしまった。 「と、とにかく解散! お疲れさま!」 リノがぱんと手をたたいて、場の空気を打ち消す。レスターはリブレを見る。 「ロッシくんだったかな」 「は、はいっ。なにか」 「君のことは友達からいろいろと聞いていたが……噂通り、おもしろかったよ。ただ、君との狩りはしばらく遠慮したい。それでは、お疲れさま」 レスターが鼻をならすのを見て、リブレはなぜか空笑いをした。彼はそれを無視するように、セーナと一緒にさっさと歩いて行ってしまった。 リノたちの視線が、リブレに突き刺さる。 リブレは涙目になっている。 「えーと、その。みんな。なんか、ゴメンね。なんていうか、生きててゴメンね……」 ロバートはリブレの肩をたたく。 「気にすんなって。レスター・モスなんて大したことなかったじゃねえか」 リノが瞳をぎらつかせながらよってきて、杖でリブレの頬を突っつく。 「ロバート、甘やかさないで。リブレ、あんたねー。今日のは本当に最悪だったわ。おかげで、私たちまで恥かいたじゃないの。あと、なんで今のを言い返さないの。あんたもとりあえず最低限の貢献はしたんだから、そのくらいの権利はあったのよ」 「そんなこと言ったって……あの人、アイより上のクラスなんでしょ? そんな人に逆らっても、いいことないよ」 リノは杖でリブレの頭をひっぱたいた。 「ギルドにも入ってないくせして、そんなの気にするな!」 「リノ、もういいじゃん。とりあえず『ルーザーズ』で打ち上げやろうよ」 四人は「ルーザーズ・キッチン」へと向かった。 「それにしても、どうにかならないものかしらね。リブレの逃げ癖」 テーブルについて食事を始めながら、リノが言った。 「リブレはリブレで、立派にやってるじゃないか。俺たちが助けられてるのは事実だろ」 などとフォローを入れながらも、ロバートはフォークを置いてあごをなでた。 「でもな。確かにあいつ、本気になるとスゴいんだよ。こないだなんて猫を追いかけて、屋根まで飛んで行ったんだぜ。『フライング』の魔法もなしでだ」 当のリブレは、カウンター席でグランと話を始めている。楽しそうにげらげら笑っているところを見ると、すでに酒が入っているらしい。 ミランダはそれを見てため息をついた。 「確かに、前にも本のことでキレたことがあったっけ。でも、逃げる癖をどうにかしても、実力も大したことないんじゃないの」 「そうでもないわ。あの子、シェイムを一刀両断にしたこともあるのよ」 そんな話をしていると、エプロン姿のグランが料理をもって現れた。 「ほい、アルタ肉串と二十五番おまち」 「なによグラン、借金は全部返したんじゃないの」 グランは口をへの字に曲げた。 「ちっ、うるせーんだよデカパイ。あのクソマスターの野郎、つけの額を計算間違いしてたんだとよ。おかげでしばらくはこの有様よ」 全部グランの自業自得なのだが、誰もつっこまなかった。 「そんでなになに。お前ら今、リブレの話をしてなかった?」 リノが今日のことを簡単に話すと、グランはうんうんとうなった。 「……そうだな。実際あいつ、マジギレさせると怖いぜ。まあ、ビビりが入る方が先だから、そこまで行くことのが稀だけれどな」 「それを有効利用できないかって話をしてたのよ」 グランはしばらく考えて、人差し指をたてた。 「簡単じゃねえの。リノが前やってたみたいに、また『勇者の魔具』みたいなのをこしらえて、勘違いさせちまえばいいじゃねえか」 リノはそれを聞いてグランのことをにらみつけた。グランもそこで「おっと」と口をふさいだ。二人はそれが原因で、過去にオーガに追いかけられたことがある。 「それは、さすがにもう通用しないと思うわ。あいつ、衝撃のあまり気絶までしたのよ」 「と、とにかくだな。リブレは単純バカだろ。それをもっとうまく利用すりゃいいんだよ」 「たとえば?」 グランは腕を組む。そこで、リブレの声がとんできた。 「おいグラン、なにやってるんだ! ビールおかわり!」 「見りゃわかんだろ。ちょっと待てや、アホ! ……悪いがこの話はまた後で」 グランは仕事に戻りながら思った。 確かにこいつ、うまく利用すれば化けるかも。 翌日、リブレとグラン、そしてロバートは、簡単な運搬クエストを受けた。先日、マタイサの自警団と関わったことで、物資運搬のクエストを回してもらえるようになったのである。 その帰り道の街道で、先頭を歩くリブレが声をあげた。 「二人とも、少し行ったところにモンスターがいるみたいだ。念のため、遠回りしよう」 グランはそれを聞いて瞳をぎらつかせた。 「ロバートよう。昨日の件、ちょっと試してみようぜ」 「昨日のって、リブレのことか。何か思いついたのか?」 リブレはすでに街道を離れて遠回りしにかかっている。 「いくつかな。まずひとつめだ。適当に話を合わせてくれ」 グランはリブレを呼び止めた。リブレはいらついた様子で戻ってくる。 「遠回りしようってさっき言っただろ」 「その必要はねえ」 「あるよ。エンカウントしたらどうするんだ」 グランはほほえんでリブレの肩をたたく。 「お前だったら、倒せる気がするんだ」 リブレはなにをばかな、と眉間に皺をよせた。 「いきなりなんだよ」 「いやね、さっきロバートとも話してたんだよ。最近お前、なんかたくましくなったってさ。なあ」 グランはロバートに視線をやる。 「あ、ああ。そうだな。なんだか頼れるオーラというか、そういう類のもんが出てるよ。近頃は特に」 「そうそう、オーラ出てる! なんていうの、こいつはひと味違うぜって雰囲気が伝わってくるよ。まるで勇者ルイスみたいにな」 リブレはそれを聞いて、表情を緩ませた。 「えっ……ほんとに? 出てる? ルイスみたいなオーラ出てる?」 グランとロバートは「なんてチョロさだ」と半ば呆れつつも、リブレをほめちぎり続ける。 「そうなんだよ、リブレ。お前、いつの間にか成長したんだよ。なんつーの、勇者たる素質って奴かな」 「そうそう! 今だったらそこらのモンスターなら一発で倒せるんじゃないかな。もしそうしてくれると、助かるな。魔石が手に入れば、グランの借金も返せるし」 リブレは話を聞くうちに強気な表情へと変わっていった。もはや、完全にふたりの話を真に受けている。 「そうか……やはり、そうだったのか。実は俺も、そんな気がしていたんだ」 バカじゃねーの、と言うのをグランはこらえた。 「だからさ、この先にいるモンスターっての、倒してみねえ?」 しかしリブレはそこできびすを返した。 「確かに、行けるような気もしなくもないけれど、それとこれとは、話が違うよね。とりあえず今日は戻ろうよ。リスクは最小限に押さえるべきだって。倒すなら明日でもできるじゃない」 ロバートとグランは心の中でずっこけた。 ちなみにその翌日の「明日」にもグランが同じことを試してみたが、結果は同じだった。 「と、言うわけで失敗した。ありゃ、性格が根本的にダメだな」 グランが食器を拭きながら言った。 「リブレって確か、お父さんから受けた特訓かなんかで……モンスターの巣に投げ込まれたのがトラウマになって、今みたいになったんだよね。それを治すだなんて、ちょっと無理があるんじゃないのかい」 アイはハンバーグをナイフで切り、口へと運んだ。 「そうだね。おめーの色気のなさといっしょだよ。朝からハンバーグなんて食ってて、よくもまあ、胃がもたれないもんだね」 「ぶっとばすよ」 「それでグラン。いくつか方法があるって言ってたよな」 ロバートの問いかけにグランはにこりとした。 「ああ。ふたつめは、魔法を使うことだ」 「ちょっとグラン。わかってるとは思うけれど、精神介入型の幻・操術魔法は高等技術よ。私を頼られても困るわ」 リノがジョッキを置いた。グランは指をたててちいさく振った。 「はいリノちゃん、話は最後まで聞こうね。……実は、この間偶然、操術魔法を使えるようになっちゃったんだよね。もともとは『陽炎』を改良しようとしている時にできた失敗作なんだけどさ。こいつをリブレに試してみようと思う」 「へえ。どんな魔法なんだい?」 そこで、ちょうどリブレが入店してきた。グランは「まあ見てろ」と自信ありげに拳を作った。 「おっ、なんだよみんなそろいもそろって。今日はクエスト行かないのかい」 「リブレ君、郵便配達ご苦労さま」 「グラン、いい加減復活してくれよ。近頃は街道を歩くのもストレスになってきたんだ。そろそろ代わりを探しちゃうぜ?」 「そりゃ大変だ。そんなあなたに……こんなの、どうっ!?」 グランは腕を組んで魔力≠練ると、カウンターから身を乗り出して、リブレの頭を手のひらで一突きした。 「『繰炎』!」 ごう、と一瞬風が起こり、リブレは気を失ったようにカウンターへと突っ伏した。アイたちは固唾を飲んでそれを見守っている。グランは満足げににやつく。 「ほい、成功」 リノが苦々しい表情で彼を見る。 「今ので!? ふつうは何段階か分けてやるのよ、繰術って。ありえないわ」 「このグラン・グレンを、常識の範疇で語るなよ」 「それでこれ、どうなるんだよ?」 「しばらく俺の言うことをなんでも聞く人形になるんだ。スゲーだろ?」 「えっ、それって確かにすごいかも……で、でも、あたしにかけたらぶっとばすからね。絶対ぶっとばすからね」 アイがちょっと頬を染めて言った。 グランはそれを無視してぱんと手をたたいた。 「リブレ、起きろ!」 するとリブレはがばりと起きあがった。目は閉じられている。 「す、すげえ。本当に起きあがった! これならいけるぞ、グラン!」 ロバートが瞳を輝かせた。だが、リブレはそのまま後ろ向きに倒れてしまった。 「あちゃ。これ、操作が難しいんだよな。ほんとに言った通りの行動しかしねえからさ。リブレ起立!」 リブレはその場に立ち上がろうとするが、いすに引っかかってまた転んだ。リノは額に手を置く。 「くそ。もう少し右! そう、そこでストップ! よし起立! あっ、違う! もうちょっと重心を前に!」 リブレは生まれたての子鹿のように膝をぷるぷるとふるわせている。グランは必死に操作を続ける。 「倒れるな! 右足を前に出してバランス! よしそのまま! 直立! 右向け右! 右足前へ! 左足前へ!」 リブレは右足と左足を同時に前に出し、仰向けに倒れてカウンターに頭をうちつけた。グランが次の指示を出す前に、彼はむくりと上体を起こした。 「……あれ? 俺、なんでいすから落ちてるんだ?」 「ちっ、時間切れか。猫とか犬だと、もうちょっとうまくいったんだけどなあ。まあ、操作に慣れればいい感じになるんじゃねえかな」 ロバートは遠い目をしていた。 「ま、まあ、とりあえず立てるようになることからだな。あっ、今後俺には、かけないでね? はは……」 「期待した私がバカだった。あんなの、モンスターの前でかけられたら間違いなく死ぬわよ。人間の行動ひとつひとつを全て口頭で操作するだなんて無理があるわ」 「あ、あたしには絶対かけるなよ。変なこと考えたら、承知しないからな」 アイだけ少しテンションが上がっていた。 「ふう、こんなもんかね」 数日後、一行はキーバライの森での薬草採取クエストを受けた。かごいっぱいになった薬草を見て、アイが汗を拭く。 「それで。私をこんなつまらないクエストに呼んだからには、それだけの価値ある方法が見つかったってことよね、グラン」 渋々クエストにつきあったリノが、いぶかしげにグランを見る。 「ああ、そう睨むなって。みっつめは、ちょっと過激に行こうと思う」 「なんだお前ら、まだそれやってたのか? リブレはリブレでがんばってるんだから、もういいじゃないか」 ロバートが引っこ抜いた薬草をかごに投げて言った。その先では、リブレが一心不乱に薬草を抜いている。かんしゃく玉の製造という趣味を持っていることが証明している通り、彼は細かい作業が好きなのだろう。笑顔さえ見せている。 「あんたね、このままじゃ損したままなのよ。最後まで協力しなさいよ」 「そんな、損得なんかで……」 リノの眼力に負け、ロバートは口をつぐんだ。 リブレから少し離れ、グランはこそこそと三人に計画を話し始めた。 「リブレ、リブレッ!」 グランの声がとんだ。リブレは作業をやめ、立ち上がる。 「グラン、どうしたんだ?」 グランは荒い息を吐きながら、その場によろよろと倒れた。リブレはあわてて彼に駆け寄る。 「どうした、いったいなにがあった!」 「今すぐ作業をやめろ。どうやら、ここらには麻痺の毒草も群生していたみたいなんだ……おかげでこのざまだよ」 グランは苦しそうに地面へと寝そべった。リブレは必死に彼を揺する。 「大丈夫か!」 「しばらくは動けなさそうだが、命に別状はねえ。それより、みんなを……」 グランが弱々しく指を指す先には、ロバートたちが同じようにへたばっていた。 「みんな!」 「リ、リブレ……助けてくれ。この先にモンスターがいるんだ……」 「大丈夫だよ、ロバート。この近くにモンスターがいるとしても、青バルーンとかゴブリンくらい……」 その時、リブレは見た。 彼らの後方に黄色バルーンがいる。 「そんな、まさか」 リブレは明らかな動揺を見せた。 |