Usual Quest
ユージュアル・クエスト

43.「リブレ改造計画」後編

「今回は、これを使う」
 グランはかごから、黄色いバルーンを両手で押さえて取り出した。ロバートとアイは思わず身構えて、武器を手に取る。
「バカッ、早とちりすんな。黄色のバルーンを一人で押さえられるわけねえだろ。こいつは、青いヤツを着色したんだ」
 リノが頷く。
「なるほどね。青バルーンならどこにでもいるし、リブレでも簡単に倒せるから、感知したところで大して気にしないわ。幸い、ウィンザムなんかも近くにいないみたいだし」
「そういうこと。あとは俺たちが麻痺でもしている演技をすればいい。俺が先導するからみんなで合わせてくれ」

 グランの計画は完璧だった。これなら、さすがのリブレでも戦わざるを得ない。
「リブレ。あんたが倒すのよ。アイちゃんは状態がひどくて、全く動けないみたいなの」
 リノがまっすぐな瞳でリブレを見つめる。アイは表情を見られないように、うつ伏せになってその場に寝ころんでいる。
「リブレ、たのむ」
 ロバートがさらに畳みかける。
 リブレは汗をかきはじめた。バルーンはふわふわとこちらに近づいてくる。
 三人は固唾を飲んでその様子を見守った。
「みんな……安心してくれ。誰一人死なせやしない」
 リブレは決意を固めた表情でつぶやくと、背中のロング・ソードを引き抜き、正元に構えた。
 リノは思わず顔をほころばせた。
 やった。リブレがついに、モンスター恐怖症を克服するのだ。
 と、思ったのもつかの間。リブレは懐からいつものかんしゃく玉を取り出し、それを上空に投げて剣で一閃した。
 例によって、煙幕がぶわりと吹き出す。
「わあっ、リブレ、なにやってんだ! 俺たちは麻痺してるんだぞ!」
 リブレはリノをかつぎ上げた。
「今のうちに、全員運び出す! なーに、相手はバルーンだ。意識を別方向に向ければギリギリなんとかなる!」
 リブレは続けて、別のかんしゃく玉を投げて剣の峰で打ち、後方に小さな爆発を起こさせた。バルーンは驚いてそちらを振り返った。
「よし! まずはリノからだ!」
 リノは表情を失って、リブレの顔を杖で殴った。ふわりと着地した彼女は、こけたまま困惑するリブレをよそに、てくてくとバルーンの方まで歩いて行くと、思いきり蹴りとばして破壊した。
「はい、終わり。帰るわよ」

 こうして、リブレ改造計画は暗礁に乗り上げた。けっきょく彼らは、ロバートが何度も口にしていた「リブレはリブレで役に立っているのだから、今のままでよい」という結論に落ち着いた。
 リノだけはどうしても諦めがつかない様子だったが、以前だましたことも手伝ってか、さすがのリブレも警戒するようになっており、諦めざるを得なかったようだった。

 そんなことも話題に上らなくなったある日のこと。
 リノとグランの二人は、ジョセフに頼まれて露店の相場チェックをするためにメーンストリートへと赴いていた。
「おいリノ、見ろよこれ」
 グランがリノの肩をたたく。視線の先には、ピカピカのガントレットが置いてあった。
「ブッフェ工房のモデルね。型落ちだけれど」
「値段見てみろ、笑っちまうぜ」
 値札には「6000」と書いてある。リノもそれを見て目をしばたいた。
「なによこれ。相場と比べてゼロがひとつ足りないわ。いくら片方だけだってそんな……書き間違えてるんじゃないの?」
 商人は目をそらした。それだけで、この商品がどんなものなのか二人には十分に伝わった。
「おおかたニセモノか、呪いのガントレットってところだろ。でもおっさん、この値段じゃ逆に触るのすら警戒したくなっちまうぜ。こんなの買うのは、よっぽどのアホだけだな」
「おい、さっきからうるさいぞ。買わないんだったらとっととうせろ!」
「そうだな、ここはどうやらアホ専用の店みたいだし、おいとまするよ」
 商人に追い払われたところで、二人はとりあえず一息ついた。
「とくに大きな変動はなさそうね。これでおしまいにしましょう。グラン、最初にも言ったけれど、報酬は八:二だからね。元々、私が頼まれてるクエストなんだから」
「何度もうるせえやつだな、わかってるよ。こっちは参考書が手に入れば文句ねえんだ。とっととジョセフんとこに行こうぜ」
 二人がサン・ストリートに向かい始めたとき、後ろから大声が飛んできた。
「おーい、グラン、リノ!」
 振り返ると、満面の笑みでこちらに走ってくるリブレの姿があった。
「リブレ、何はしゃいでんだ」
「へへへ、これを見てくれよ」
 リブレが自慢げに左腕に抱えた包みをほどくと、さっきのガントレットが現れた。
 冷たい風が吹いた。
「ブッフェ工房の装備だぜ。さっき見てきたら六千ゴールドで売ってる店があってさあ! たぶん値段をつけ間違えたんだ。いやあラッキーだよ。これを転売すれば大儲けだ!」
 装備品として使う気が毛頭なさそうな言い方はとりあえず置いておいて、二人は思った。アホがいた。
「あのー、リブレ君? それさ……」
 グランが言いかけたところで、リノが彼を手で制した。
「リブレ、よかったじゃない。一回、装備してみれば?」
「うーん、確かにいい装備だけど、俺にはちょっと合わなさそうなんだよね。重いし、じゃまになりそうだ」
「でも、似合いそうじゃない」
 リブレはそれを聞いて、まんざらでもなさそうにガントレットをいろいろな角度から見定めはじめた。
「どういうつもりだ、リノ」
 グランは小声で言った。
「チャンスだわ。もしあれが呪われていて、それがうまくはまれば、リブレのモンスター恐怖症が克服できるかも」
「そんな都合のいい話があるかよ。それに、リスクがでかすぎる。俺だったらあのガントレットは絶対に装備しないね」
「らしくないせりふね。覚えてないの? あんただって呪いで一時期まじめになったじゃない。それに、私なら除呪の術が使えるわ。もしマズそうなら、すぐに止めちゃえばいいのよ。とにかく、試しにつけてもらいましょうよ」
 それを聞いてグランも納得の表情を浮かべた。少し前、王都に絶世の美女が現れた時にも、そのあまりの美しさに「呪いで姿が変わった人間、またはモンスターではないか」などという噂が立っていた。もっとも現在はぱったりと姿を見せなくなってしまったし、遠方に住んでいるという証言を得た人間もいるので、真相は定かではないのだが。
「そうだなリブレ、それ案外イケてるぜ。つけたところを見せてくれよ」
 グランも乗ったとばかりにリブレをはやしたてはじめた。リブレはますますこのガントレットが気に入ったようだった。
「よーし。それじゃあ」
 リブレはガントレットを右腕にはめた。リノとグランはその様子をじっと見守る。
 リブレは手を握ったり、こんこんと甲の部分を左手でたたいたりして、装備の感触を確かめた。
「うん、思ったより悪くないなあ。どう?」
 リノたちは安堵と失意を入りまじらせた息をもらした。
「リブレ。たぶんそれ、ニセモノよ」
「えっ?」
「あと似合ってない。お前、布の服にそれはねえよ」
「えっ?」
 リブレは困惑する。
「なんでそんなこと言うんだよ。つけろって言ったのは二人じゃないか」
 グランはにやりとして肩をすくめた。どうやらリブレをからかう方向にシフトすることにしたらしい。
「つけてる人が悪いのかな。それによく見たらイマイチなデザインだなって……なあリノ?」
「ええまったく、そのガントレットもかわいそうね」
「二人とも、ひどいよ……」
 グランはけらけらと笑っている。が、リブレがふるえだしたのを見て、それをやめた。
「ひどいよ……君たちが言うからつけたんじゃないか……こんなのってないよ……」
 リブレはうつむき、かぶりを振りながら後ずさりした。
「お、おいリブレ、そんなに落ち込むなよ。お前をバカにするのなんて、いつものことだろ?」
「ひどいよ……グランなら、そんなこと言わない。わかったぞ。お前、ニセモノなんだろう」
 リブレは背中からロング・ソードを抜いた。周りを歩いていた人間たちがどよめいた。
「お、おい、なにやってんだ! 俺ならここにいるだろ!」
「グランをどこにやった。言わないとたたっ斬る!」
 かっと開かれたリブレの瞳の色が、紫色に変色していた。リノがそれを見て驚いた。
「呪いだわ。まさかの大当たりね」
「んなこと言ってる場合か! さっさと押さえねえと」
 言い終わる前に、剣を振りかぶったリブレが襲いかかってきた。グランはとっさに身をよじって斬撃をかわす。
「おいっ! バカっ! やめろっ! うおっ! 危ねえだろっ!」
 グランがわめくたびにリブレの攻撃がとんだ。リブレは鬼のような形相をしながら、本気で斬りかかっている。
 リノはそれを静観している。
「思った通り、すごいわ。動きがまるで別人よ」
「見てねえでさっさと除呪してくれよ! これ、どう見てもヤバい呪いだぜ!」
 グランがよそ見をしたところで、リブレは彼に体当たりを食らわせ、バランスを崩したところに前蹴りを入れた。グランは近くにあった露店へと派手な音をたてながら飛び込んでいった。
「さあ言え、グランをどこにやった」
 今度はリノがにらみつけられた。リノはため息をついて除呪の準備を始める。
「ちょっと待ってなさい。すぐに会えるから」
 リブレはそれを聞いて口元に手を当てた。
「なんだって……? あっちに連れ去られたのか」
 会話が成立していない。さすがのリノもまずいと感じたのか、少し汗をにじませ始めた。
「リブレ、頼むからそこを動かないで! ね!」
「グラン、待っていろ! 俺が助け出してみせる!」
 リブレは剣を握ったまま、走り出した。
「ちょっと! そっちはメーンストリートよ!」
 リノは慌てて彼に追随した。

 メーンストリートに武器を抜いた人間が現れると、大抵すぐに騒ぎが起こる。しかし、だいたいの場合その時点で正気の人間は武器を納めてしまう。なぜなら見張りの騎士団が飛んでくるからだ。
 だが今回の人間は正気でなかった。リブレは必死になって、どこかに連れ去られたグランを探している。当然、あたりはすぐに騒ぎになり、青い甲冑を身につけた数名の騎士団員が、人混みをかきわけて駆けつけてきた。
「そこの剣士、止まれ!」
 その中で一番貫禄のある男が叫んだ。普段のリブレだったらそこで縮みあがってしまっただろうが、彼は凶悪な目つきで男をにらみつける。
「グランをどこにやった!」
 男はその様子を見て、少し意表をつかれた顔をした。
「なんだ、なにを言っている?」
 隣にいたフードを被った男が、リブレの瞳を見て口を開いた。
「アイザッグ隊長。彼はどうやら呪われているようです。瞳の色と、先ほどの言動からBの五、あるいは六型と推測できます」
 アイザッグと呼ばれた男は頷いた。
「では、我ら騎士団の管轄というわけだ。ハッター、グレーブの二名は、すぐ除呪の準備に入れ。ほかの三名は奴を取り押さえろ!」
 団員たちはそれぞれの武器を手に声をあげて、リブレに向かってゆく。
 しかしリブレは三人の攻撃をことごとく剣でパリーし地を蹴ると、彼らの頭を順に蹴りつけて地面へと叩き伏せてしまった。
 アイザッグは目を見張った。
「なっ、なんだこいつは! ハッター、指令を変更。捕縛用呪文に切り替えろ」
 先ほどのフードの男は、後方で理力≠練っている。
「隊長、しばらくかかかります」
「よし、俺が時間を稼ぐ!」
 アイザッグが剣を抜いた。リブレはさっき倒した男たちを踏みつけながら、ゆらゆらと前進する。
「おまえだな。おまえがグランを」
「その構え、どこかで見たことがあるな。まあいい。マグン騎士団は治安維持部。第十五隊隊長リカルド・アイザッグ、参る!」
 二人は刀身を打ち合わせた。

 ハッターは信じられない気持ちでその戦いを見ていた。誰とも知れない冒険者風情に、隊長が押されている。
「ハッター、はやくしろ!」
 アイザッグが悪態をついた。ハッターは自分と相棒のグレーブの間に作られた捕縛用の理力°間を見て、錬成は充分だと判断する。
「隊長、いけます!」
 リブレとつばぜり合いをしていたアイザッグが、その声を聞いて後ろに下がった。ハッターとグレーブは息を合わせて捕縛用の魔法を放つ。
 リブレはとっさに上空へと飛んで魔法を逃れようとした。しかしハッターが腕を突き上げると、魔法はそれを追ってとうとう彼の体を捕らえた。
「よし!」
 アイザッグが拳を握る。リブレは地面へと落ちた。ハッターとグレーブは駆け足でその場へと向かい、除呪を始める。
「やれやれ。終わったら回復してくれ。呪われているとは言え、久々のやり手だった」
「了解。グレーブ、呪いの判別は」
「ハッターさんのおっしゃる通り、Bの五型のようです。これならすぐに……」
 しかしそこで、リブレが動き出した。グレーブはそれを見て驚愕の声を上げた。
「ま、まさか。この中で動けるっていうのか。そんなバカな」
「グレーブ、落ち着け!理力≠乱すんじゃない」
 リブレを包んでいる魔法の空間が小さくなっていく。アイザッグは先ほどリブレにやられた団員たちをけしかけ、彼を押さえつけようと試みたが、リブレはそれらをすべてはねのけて立ち上がった。
「グラン、待っていろ。俺が、救ってみせる」
「な、なんなんだよ、こいつ……」
 団員の一人が恐怖におびえながら言った。
 アイザッグも同じ気持ちだった。奴も消耗しているが、自分はそれ以上だ。このままでは、この男を押さえることができない。
 そうなればもちろん減給は免れないだろうし、同僚たちからも笑いものにされてしまう。それに妻になんて言えばいいんだ、俺は無敵の騎士団員だって、もう百回は言ってしまった。あこがれだった治安維持部からマグン城勤務への道も閉ざされてしまうだろう。
 どうしてこんな男が、よりにもよって俺が見回りをする日に現れやがったんだ。
 ああ、神がいるならば救ってくれ。
 アイザッグは願った。すると、それはいとも簡単に現れた。
「『操炎』!」
 グランはリブレの頭を掴んで叫んだ。リブレはその場に倒れた。
「リブレ、そのまま剣を横に置いて就寝!」
 リブレは指示通り、石畳の上で眠り始めた。
「騎士団員のみなさん、ありがとうございました。これで呪われた友達を助けることができました。本当にありがとうございます。さすが、王都の騎士団は世界一ですわ!」
 リノとグランは大急ぎでリブレを運んでいった。
 アイザッグたちはぽかんとしたまま、しばらくその場にたたずんでいた。
「本部に報告……しますか?」
 ハッターが沈黙を破った。
「……今回はいいだろ。なんか無事に収まったみたいだしな。さあ、業務に戻ろう」
 アイザッグは内心ほっとしながら、持ち場に戻った。

「なんだか、おもしろい夢を見たんだ。俺がふとしたことから呪われちゃうんだけどさ、メーンストリートまで行って、騎士団相手に大立ち回り。騎士団長をあと一歩というところまで追いつめちゃうんだ。でも、惜しかったよなあ。そこで夢がさめちゃって」
 リブレはビールを飲みながら、自慢げに手を広げた。
「あーそう、それは、よかったなあ。やるじゃねえか」
 グランはぎこちない返事を返した。
「リブレは、おもしろい夢を、見るのね」
 除呪を終えたリノもぐったりしている。
 二人は同じ答えに至った。

 リブレの改造は、もうやめよう。

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