王都マグンは、サン・ストリート沿いの酒場「ルーザーズ・キッチン」。 「いやー、つっかれたあ」 入店するなり、指定席と決めている隅のテーブルにどかっと座ったミランダは、大きく伸びをした。 「半日やって、魔石三つか。稼ぎとしちゃ十分すぎるな」 ロバートも同じようにして向かいに座る。 「やっぱ、あんたがいると違うわねー、ウェイン。今日は助かったわ」 「いや、そんなことないよ」 ナイトのウェイン・ジェルスは、ほほえみながらロバートの横に腰掛けた。 「おう、ウェインじゃないか。珍しいな。騎士団は忙しくないのか」 注文を取りに来たマスターに、ウェインは礼儀よく会釈をした。 「今日は非番なんです。近頃は強力なモンスターが近辺に現れないので、なんだか力が有り余っちゃって」 「ははっ、そいつは関心なこった。それに比べて、あいつらときたら……」 マスターはうんざりとした様子で視線を別のテーブルにずらした。 「グラン、俺は見た。さっきのはいかさまだ」 リブレはカードをテーブルに叩きつけた。当のグランはしらじらしく首をかしげた。 「何が?」 「おい、とぼけるなよ。今のはさすがにわかった。ローブの袖からカードが見えてたぞ。じゃなきゃこんな役、二回連続でできるわけないじゃないか」 「バカ言うなよ。今のは俺の剛運がなしえた技だ。言ったろ、今回は男と男の真剣勝負だって。俺の誓いにケチをつける気か」 「なーにが、真剣勝負だ! もうこっちは六連敗してるんだぞ。こんなの、いかさまに決まってる!」 「男らしくないなあ、リブレ君は。悔しかったら次の勝負で取り返してみろっての」 「ちょっと。確かあのふたり、今朝からあそこにいたわよね」 ミランダの問いかけに、マスターはため息をついた。 「問題はそこじゃない。遠目から見てるとギャンブルをしてる風なんだが、実はあの二人、金なんて賭けてないんだよ。今は二人とも一文無しみたいなもんだからな。あいつらはもう半日以上、ここでただカード遊びをしているんだ。ほんとにもう、なんというか……ウェイン、お前の爪の垢でも煎じて飲ませてやりたいよ」 「彼か……」 ウェインはそう呟くと席を立った。 「だーっはっは、残念! こっちの役は『スパーチャ』だ。またリブレの負け」 「ち、ちくしょう! やっぱりいかさまだ。そうに決まってる!」 リブレは悔しそうに頭をかきむしった。グランはその様子を見て、けらけらと笑いながらカードを切り出した。 「証拠はねーぞ。さあ、これで五十九対二十三だ。どこまで差が開くかなー」 「ちょっといいかい」 テーブルの前にウェインが現れた。 「えーと……あんた誰?」 きょとんとした様子でグランが問うが、返答は返って来ない。彼の視線はリブレの方に向けられている。 「あっ、ウェインさん。久しぶり」 「ロッシ君も。元気そうだね」 リブレは、グランにウェインのことを簡単に話した。 「ふーん。そういや見覚えあるな。騎士団員さまが、こんなクズのたまり場に何の用かねえ」 ウェインはグランの軽口を無視して、リブレの肩に手をかけた。 「ロッシ君、やはりもったいないぞ。才能を有効に活用しないなんて」 「才能? ああ、探知能力のことですか」 ウェインはことさら強く、リブレの肩をつかんだ。 「そうだよ。君の意志は尊重したいと思っている。だが……諦めきれない。こんなにすごい奴が近くにいるのに、くすぶっているだなんて」 リブレは若干困惑しながら、視線をくれたまま首をひねった。 「えーと……なにを言っているのか、よくわからないんですけど」 「よし、決めたぞ。まだ昼すぎだ。今から一緒にクエストに行こう。なんとかして君を立ち直らせたい」 ウェインはクエスト募集の張り紙があるコルクボードまで歩いていき、一瞥してから、その中の一つを手に取った。 「マスター、これを引き受けます。メンバーはふたり。僕とロッシ君だ」 「ちょっと! 離してくださいよ」 トンカ平原の街道を、引きずられるようにして歩くリブレは叫んだ。 「君が僕の言うことを聞かないからだ。クエストにちゃんと来ると約束してくれれば、手は離すよ」 ウェインは憮然とした様子で彼の腕を取っていた。 「無理ですよ、キーバライの森でウィンザム狩りだなんて。今日は霧だって出てるらしいじゃないですか」 ウェインはことさら強く腕を引っ張った。 「無理じゃない。ウィンザム程度なら僕一人でもじゅうぶんだ。そしてなにより、君の能力なら視界が悪くても敵を倒せるじゃないか。どうしてそれを利用しないんだ」 「……わかりましたよ。じゃあ、付き合いますから離して下さい」 「よし」 ウェインは手を離した。 だが、その刹那、リブレはかんしゃく玉を地面に炸裂させて逃げ出した。 「待て!」 ウェインは彼をつかみにかかったが、すでにかなりの距離をつけられている。 ウェインはため息をつくと、腰のポケットからスクロールを取り出した。 「『リターン1』」 開いたスクロールに手を当てると、リブレがものすごい速さで飛ばされて戻ってきた。 「……魔法も使えるんですか」 「簡単なものだけさ。さて、クエストを続けようか」 ウェインはさわやかに笑った。 リブレたちが「ルーザーズ・キッチン」に戻ったのは、その日の深夜だった。 リブレは無言でカウンターに腰掛けた。ウェインも少し機嫌が悪そうだ。マスターが水を持ってきた。 「どうだった」 「クエストは僕がなんとか。でも彼はだめでした……。ロッシ君ときたら、剣すらほとんど抜かなかったんです」 リブレは水をいっきに飲み干した。 「あんたがいきなりクエストに行くなんて言うからだよ。むちゃくちゃだ」 「なんてことをを言うんだ。僕は君のためを思って」 「まあまあ、やめろよ二人とも。ほら、報酬だ」 マスターは硬貨の入った袋をカウンターに放った。ずしん、と重い音が響いたのを聞いて、リブレはすぐにそれを開いた。 「……うそだろ。なんて額だ!」 「ウェインの職位はナイトだし、今回のクエストもそこそこ金を持ってる行商人からの依頼だったからな。それくらいで妥当だよ。まあ、郵便配達で食いつないでるお前にとっちゃ、驚きかもしれないが」 「どうだいロッシ君。君と僕で組めば、このくらいはちょろいもんなんだ。君さえ本気を出せば、もっと時間も短縮できるだろう」 リブレは、しばし報酬を見つめていたが、それを放るようにして席を立った。 「ともかく、もう勘弁してください。怖いのはごめんなんです」 「ロッシ君!」 リブレは店を出た。ウェインはため息をついた。 「くそう……」 「なんだ、やけにこだわるじゃないか。ふつうはあきれるところだと思うが」 マスターはグラスに酒をつぐ。ウェインはそれを受け取った。店内にはもう二人だけで、カウンター以外の照明も落とされている。 「彼は『ライトニング』の息子なのでしょう」 「……知ってたのか」 「ええ、この間、突然城にやってきたでしょう。その時に、息子がどうとか言ってましたからピンときたんです。『ライトニング』は昔から、僕のあこがれなんです」 ウェインはグラスをゆらした。 「『ライトニング』の息子は、息子らしくあるべきです。僕は諦めませんよ」 翌朝、リブレの家のドアがノックされた。寝ぼけ眼のリブレがドアを開けると、ウェインが立っていた。 「うわ!」 「やあ、おはよう」 リブレは警戒してドアを少し閉じた。 「なんですか、ウェインさん。今日は仕事じゃないの」 「ああ、有給を取ったんだ。また君と、クエストでも行きたいと思ってね」 リブレは天をあおいだ。 「昨日言ったじゃないですか! 俺はもう、つき合えません!」 「そう言うなよ。じつは助っ人もいるんだ」 ウェインの後ろから、リノが現れた。 「おはよう、リブレ」 「なんだよ、リノまで。俺が討伐クエストに行かないのは、よく知ってるでしょ」 「なによリブレ、もしかして来ないの? じゃあ、私とウェインさんの二人で行くけど」 「行かないよ」 リノはにこっと笑った。 「なによリブレ、もしかして来ないの?」 「行かないって」 リノの表情は変わらない。 「なによリブレ、もしかして来ないの?」 しかし、イントネーションが確実に変わってきている。だが、それでひるむリブレでもない。うやむやになってはいるものの、事実上リブレはリノに一度ふられているのだ。おそれることはない。 「行かない」 とうとうリノがリブレの首根っこをつかんだ。 「なによリブレ、もしかして来ないの? あんたが来なくちゃ、ウェインさんも来てくれないのよ。こんなおいしい状況を手放したら私、久々にすごく怒っちゃうかも……」 最後の方は、リブレにしか聞こえないくらいの小声だった。彼はとうとう降伏した。 この日だけならばまだよかったのだが、この状況は一週間程度続いた。 「なあ、あれ、どったの」 死んだ目をしながらカウンターに寝そべっているリブレを見て、グランはリノに声をかけた。リノは上機嫌で事の次第を話した。 「なんだよ。あれからずっとあの騎士団野郎と一緒にクエストしてたのか」 「うん。リブレには悪いけど、すごくありがたいわ。あのウェインって人、騎士団員だけあってすごく強いのよ」 「で、肝心のリブレはどうなんだ」 「てんでダメ。最近はわざとモンスターの居場所を間違えたりして妨害したりしてるわ。全く、迷惑な話ね」 リノのことはとりあえず置いておいて、グランは思わず笑った。端から見ればおいしい状況のはずなのに、討伐クエストがそこまで嫌だと言うことなのだろうか。 仕方がない。だったら、このグラン・グレンがひと肌脱いでやらあ。 |