「おいリブレ、起きろ」 グランがリブレの肩を叩く。リブレはうつろな目でグランを見た。 「なに……。おれ、つかれてんだけど」 「おうおう、かわいそうによ。あのウェインって野郎に付き合わされてるんだろう。好きでもない討伐クエストをよ」 「ああ。このままじゃ、ストレスで死んじまうよ」 グランは目を閉じて、ゆっくりと首を振った。 「さすがに、見ていられなくなってきたぜ。どうだ。この俺に、いい考えがあるんだが。話を聞いてみる気はないか」 そのとたん、リブレはグランに飛びかかった。 「ほんとか!」 「ああ。ちょっとばかし、リスクもあるがな」 「そんなの、かまうもんかよ! 教えてくれ。ぜひ教えてくれ! さすがグランだ。お前は最高の親友だよ!」 リブレはちょっと泣いている。 全く、バカなやつだ。 グランはリブレを突っぱねたあと、彼なりの考えを話し出した。 「なるほどな……! そりゃ、グッドアイデアだ」 リブレはすっかり元気を取り戻して言った。 「だろ? 誰も傷つかない、最高の方法だぜ。ただ、こいつには演技力も必要だ。お前一人じゃ無理だろうから、俺が手伝ってやる。ここからは有料サービスだけどね」 グランは半分冗談で言ったのだが、リブレは財布をごそごそとやり、硬貨を握って彼に手渡した。 「これくらいでいいか」 グランは手を開いて驚いた。一万ゴールド硬貨ばかりだ。それだけ本気だということだ。 「よーし。これだけもらっちゃ、俺もマジにならざるを得ないね。今夜じっくり打ち合わせをして、明日で一気に決めるぞ」 ふたりはグランの家へと向かった。 次の日、リブレはウェインの迎えを待たず、彼の家まで行ってクエストに誘った。ウェインは感動した様子で胸に手を当てた。 「ああ。ようやくわかってくれたんだね」 「う、うん。今日はこれをお願いしたいな。実はもう『ルーザーズ』に寄ってきたんだ」 リブレは依頼書を取り出した。ウェインの表情は、ことさら晴れやかになった。 「そういえばリノさんはどうしたんだい」 「ああ、ここに来る前に誘ったんだけど、今日はいいってさ」 そこに現れたグラン。 「……で、なぜ君が?」 「ウェインのだんな。場所から察するに、今日の相手はおそらくシェイムあたりですよ。だから火炎魔法が得意な俺が呼ばれたって訳です」 ウェインは少し目を細め、いぶかしげにする。グラン・グレンの悪名は、ロバートたちを通して彼の耳にも届いているのだった。 「まあ、確かにな。よし、すぐ支度をするから待っていてくれ」 ウェインはドアをしめた。 「こ、こんな感じでよかったか?」 リブレは息をついて言った。グランは静かに頷いた。 「お前にしちゃ上々だ」 「で、でもよかったのかな。リノにばれたら、怒られないかな」 リノにはすでに、今日のクエストは中止だと嘘を吹き込んでいる。彼女はリブレのみでは効率が落ちると考え、そそくさと帰宅した。 「ビビるんじゃねえ。その時はその時だ」 要するに、バレてしまうととても大変な事になってしまうわけではあるが、グランは自信満々でリブレの背中を叩いた。 「だがバレなきゃ、なかったのと一緒だ」 リブレたちは街道を通ってマタイサ方面へと向かった。今回の依頼は、この地区で畑を荒らすモンスターの討伐である。マタイサの町にも、独自の冒険者ギルドのような機関はあるものの、そのほとんどが町のガードとして駐在しているのが現状である。そのため町を離れた辺境まではカバーしきれない場合も多く、王都の騎士団や冒険者たちに依存している部分も大きい。 「きたきた。待ってたよ」 クライアントはここに居を構える農夫である。 「ナイトのウェイン・ジェルスと申します。なんでもモンスターに畑を荒らされて困ってらっしゃるそうですね」 ウェインは恭しく礼をした。今日は騎士団の鎧ではなく銀色のブレストアーマーをつけているが、ばっちり決まっている。誰の目にも熟練した冒険者に写ることだろう。 「そうなんだ。この辺りまでには、滅多にこないんだけどねえ。何日か前から、シェイムが出てくるんだよ。たぶん今もこの近辺にいるはずだから、どうか退治して欲しい」 「お任せください」 ウェインは自信満々に言った。 三人は農夫の畑をぐるりと回って、周辺の林へと入った。 「……いるね。近くに二匹ほどだ」 すぐにリブレがモンスターの気配を察知して、指をさした。ウェインは満足げに頷く。 「さすがはロッシ君だ」 「なら、二手に別れよう。リブレはあっち。ウェインさんと俺はこっちだ」 リブレとグランはいっしゅん、目をあわせる。 「頼んだぞ」 「ああ、まかせな」 こうしてふたりの作戦は始まった。 「いいのかい、ロッシ君を一人にしてしまって」 ウェインは少し心配げに言った。 「大丈夫ですよ。あいつでもシェイムくらいは簡単に倒せますから」 もちろんでまかせである。今ごろ彼は、エンカウントしないように注意深くモンスターを探すふりをしているはずだ。 「問題は、あんたですよ。だんな」 十分にリブレと離れたところで、グランは足を止めた。 「なんだって。それはどういう意味だい、グラン・グレン君。僕はナイトだぞ」 ウェインはあからさまに機嫌を悪くして振り返った。グランはそれを見て、巧みに笑顔を作る。 「い、いえ。勘違いされたのでしたらすみません。だんなにかかっちゃ、シェイムなんてカモでしょう。問題は、このままリブレと一緒にいることです」 「なぜだい。僕は彼を立ち直らせたいと考えているんだが、それのどこが問題なんだ」 グランはうつむいて、悩むしぐさをした。 しめしめ。騎士団員だけあって、くそまじめで単純だ。 「うーん。いま、言うべきことなのか悩むところですが……」 「言ってくれ。ぜひ知りたいね」 ウェインが詰め寄ってくる。グランは手を叩き、大きく頷いた。 「わかりました。だんなには借りもありますからね。教えましょう。リブレね……あいつ」 グランはここでワンテンポ置いた。ウェインはじっと彼を見据えた。 「ゲイなんです」 これがグランの提案した作戦である。ウェインは「へっ!?」と素っ頓狂な声をあげた。 「まさか。そんな風には見えなかったぞ」 「そんな風に見せなかった、が正しいでしょう。あいつ、スゴく我慢してましたからね……。ウェインさんのことがタイプみたいで。近頃は毎日相談されるんです。『ねえ、ウェインさんってストレートなのかな』ってね」 ウェインは目をこわばらせ、一歩下がった。 「うそだろ」 「こんなくだらない嘘、つくわけないでしょう。だんな、このままだとあんた、リブレに迫られますよ。そろそろ、手を切っておいた方がいいんじゃないですかね」 ウェインはなにも言うことができない。グランはわざとらしいため息をついた。 「実を言うと今日は、これを言うためについてきたんです。だってだんなはストレートでしょう。俺はあんたが花売りセーナの常連客だったことも知ってますからね。おっと、シェイムが見えてきましたよ。とにかく、今日で手を切るべきです。俺は警告しましたからね」 シェイムに向かって魔力≠練り始めたグランは、横目でウェインを見た。俯いて座り込んでいる。 はは、ショックで戦意すらわかねぇか。 あとは、合流してからリブレが奴に迫る演技をすれば、一件落着だ。 しかし、ウェインは大声をあげて立ち上がると剣を抜き、シェイムに向かってひと突きした。 「なんてことだ!」 ウェインは叫びながら、もう一度シェイムに斬撃をあびせた。この二度の攻撃で、シェイムは絶命して消えてしまった。 グランは魔力≠フ錬成を止めた。 「さすがですね。でもお気の毒に。もう、このまま帰ったほうがいいんじゃ?」 ウェインは振り返った。 満面の笑みだ。 「とんでもない! こんなにうれしいことってないよ。実は僕もなんだ。僕も彼が好きなんだ」 今度はグランが素っ頓狂な声をあげる番だった。 「えっ! だってあんた、セーナの」 「ああ、彼女かい。彼女も好きさ。男性にも女性にも、魅力的な人はいるからね。僕には性別などという隔たりがないのさ」 早い話が、ウェインは両刀だったのだ。 グランはこの予想外の展開に、うろたえるしかなかった。 「えっ、えーと! ちょっと待ってくれ! 今のナシ! リブレはえーと、その!」 「おーい、二人とも。首尾はどうだい」 そこに現れたリブレ。 グランは額から汗を垂らした。 まずい! 「おお、ロッシ君。待ってたよ。今さっき、一匹目を倒したところさ」 「へぇー、さすがウェインさんですねえ。すてきだな」 リブレはさっそくとばかりに、少しぎこちない演技を始めた。 グランは演技をやめるように、後ろから首をぶんぶん振ったが、伝わっていないようだ。 こんな状況を予測していなかった上、リブレを演技に集中させるため、サインなども特に決めていなかったことが災いした。 「ウェインさん、この奥にもう一匹いるみたいですよお。一気にせめたてましょう。僕たちの力で」 リブレは笑みをうかべた。グランは思った。なんで、こういう時に限ってテンパらねえんだ、このバカは。 「そうだ、僕とロッシ君の力で」 ウェインはリブレの肩を組んだ。さすがのリブレも、様子がおかしいことに気づき始める。でも、ここでがんばらなきゃ、この状況は終わらないのだ。リブレも彼に密着するようにして対抗した。 「リブレ、やめろ。作戦は失敗だ!」 グランは思わず叫んだ。こうなってはもう、作戦どころではない。 「なんだよグラン。……もしかして嫉妬してるの? 僕たちに」 しかし、リブレはそれすら理解していない。ゲイの演技に集中している。 「なんでそういう時に限ってちゃんとできんだよ、ボケ! 失敗だっつってんだ!」 「……彼はなにを言っているんだい、ロッシ君?」 「さあ。なんなんでしょうねえ。きっと僕たちに嫉妬してるんですよ」 リブレは、「どうだ、やればできるだろう」とばかりに、グランに向かってウィンクした。完全にゲイになりきっている。二人は腰に手を回しはじめた。 グランはふっと表情に力を失わせた。 「あー……。もう、いいか。おいお前ら、俺帰るわ。じゃあな」 グランは逃げだした。 リブレたちは首尾よくシェイムをしとめることができた。 「ありがとう、リブレ君。君のおかげだ」 あぜ道を歩きながら、ウェインは手を差し出した。リブレはそれをがっちりとつかんだ。 我ながら、完璧な演技だ。グランが安心して帰ってしまったのも頷ける。 ラストに、グランに教わった畳みかけのせりふを言おう。これで終わりだ。 「いえいえ。……どうです。今夜このまま僕と一緒に」 ウェインは待ってましたとばかりに手を強く握りしめた。 「ああ、もちろんだ。僕はようやく、最高のパートナーを得ることができた。好きだよ、ロッシ君……いや、リブレ!」 リブレは、視線をずらさずに首だけひねった。 「へっ?」 グランとの計画では、ウェインはここで逃げてしまうはずだったのだが。 リブレの脳裏に、ようやく最悪の事態が浮かんだ。 「あ、あはは。冗談。今のは冗談ですよ」 手を離そうとするが、ウェインは力強く彼を引き寄せた。 「なんだい。そっちから誘っておいて」 「ま、まさか。ウェインさん、あんた、マジに」 「僕を本気にさせたんだ。もう逃がさないよ」 リブレは恐怖の表情を見せ、口を開いた。 その顔は、彼がモンスターに追いつめられた時のそれとよく似ていた。 「あーーーっ!」 叫びは夕日の中に消えていった。 |