Usual Quest
ユージュアル・クエスト

31.「ウェインとリブレ」後編

「おいリブレ、起きろ」
 グランがリブレの肩を叩く。リブレはうつろな目でグランを見た。
「なに……。おれ、つかれてんだけど」
「おうおう、かわいそうによ。あのウェインって野郎に付き合わされてるんだろう。好きでもない討伐クエストをよ」
「ああ。このままじゃ、ストレスで死んじまうよ」
 グランは目を閉じて、ゆっくりと首を振った。
「さすがに、見ていられなくなってきたぜ。どうだ。この俺に、いい考えがあるんだが。話を聞いてみる気はないか」
 そのとたん、リブレはグランに飛びかかった。
「ほんとか!」
「ああ。ちょっとばかし、リスクもあるがな」
「そんなの、かまうもんかよ! 教えてくれ。ぜひ教えてくれ! さすがグランだ。お前は最高の親友だよ!」
 リブレはちょっと泣いている。
 全く、バカなやつだ。
 グランはリブレを突っぱねたあと、彼なりの考えを話し出した。

「なるほどな……! そりゃ、グッドアイデアだ」
 リブレはすっかり元気を取り戻して言った。
「だろ? 誰も傷つかない、最高の方法だぜ。ただ、こいつには演技力も必要だ。お前一人じゃ無理だろうから、俺が手伝ってやる。ここからは有料サービスだけどね」
 グランは半分冗談で言ったのだが、リブレは財布をごそごそとやり、硬貨を握って彼に手渡した。
「これくらいでいいか」
 グランは手を開いて驚いた。一万ゴールド硬貨ばかりだ。それだけ本気だということだ。
「よーし。これだけもらっちゃ、俺もマジにならざるを得ないね。今夜じっくり打ち合わせをして、明日で一気に決めるぞ」
 ふたりはグランの家へと向かった。

 次の日、リブレはウェインの迎えを待たず、彼の家まで行ってクエストに誘った。ウェインは感動した様子で胸に手を当てた。
「ああ。ようやくわかってくれたんだね」
「う、うん。今日はこれをお願いしたいな。実はもう『ルーザーズ』に寄ってきたんだ」
 リブレは依頼書を取り出した。ウェインの表情は、ことさら晴れやかになった。
「そういえばリノさんはどうしたんだい」
「ああ、ここに来る前に誘ったんだけど、今日はいいってさ」
 そこに現れたグラン。
「……で、なぜ君が?」
「ウェインのだんな。場所から察するに、今日の相手はおそらくシェイムあたりですよ。だから火炎魔法が得意な俺が呼ばれたって訳です」
 ウェインは少し目を細め、いぶかしげにする。グラン・グレンの悪名は、ロバートたちを通して彼の耳にも届いているのだった。
「まあ、確かにな。よし、すぐ支度をするから待っていてくれ」
 ウェインはドアをしめた。
「こ、こんな感じでよかったか?」
 リブレは息をついて言った。グランは静かに頷いた。
「お前にしちゃ上々だ」
「で、でもよかったのかな。リノにばれたら、怒られないかな」
 リノにはすでに、今日のクエストは中止だと嘘を吹き込んでいる。彼女はリブレのみでは効率が落ちると考え、そそくさと帰宅した。
「ビビるんじゃねえ。その時はその時だ」
 要するに、バレてしまうととても大変な事になってしまうわけではあるが、グランは自信満々でリブレの背中を叩いた。
「だがバレなきゃ、なかったのと一緒だ」

 リブレたちは街道を通ってマタイサ方面へと向かった。今回の依頼は、この地区で畑を荒らすモンスターの討伐である。マタイサの町にも、独自の冒険者ギルドのような機関はあるものの、そのほとんどが町のガードとして駐在しているのが現状である。そのため町を離れた辺境まではカバーしきれない場合も多く、王都の騎士団や冒険者たちに依存している部分も大きい。

「きたきた。待ってたよ」
 クライアントはここに居を構える農夫である。
「ナイトのウェイン・ジェルスと申します。なんでもモンスターに畑を荒らされて困ってらっしゃるそうですね」
 ウェインは恭しく礼をした。今日は騎士団の鎧ではなく銀色のブレストアーマーをつけているが、ばっちり決まっている。誰の目にも熟練した冒険者に写ることだろう。
「そうなんだ。この辺りまでには、滅多にこないんだけどねえ。何日か前から、シェイムが出てくるんだよ。たぶん今もこの近辺にいるはずだから、どうか退治して欲しい」
「お任せください」
 ウェインは自信満々に言った。

 三人は農夫の畑をぐるりと回って、周辺の林へと入った。
「……いるね。近くに二匹ほどだ」
 すぐにリブレがモンスターの気配を察知して、指をさした。ウェインは満足げに頷く。
「さすがはロッシ君だ」
「なら、二手に別れよう。リブレはあっち。ウェインさんと俺はこっちだ」
 リブレとグランはいっしゅん、目をあわせる。
「頼んだぞ」
「ああ、まかせな」
 こうしてふたりの作戦は始まった。

「いいのかい、ロッシ君を一人にしてしまって」
 ウェインは少し心配げに言った。
「大丈夫ですよ。あいつでもシェイムくらいは簡単に倒せますから」
 もちろんでまかせである。今ごろ彼は、エンカウントしないように注意深くモンスターを探すふりをしているはずだ。
「問題は、あんたですよ。だんな」
 十分にリブレと離れたところで、グランは足を止めた。
「なんだって。それはどういう意味だい、グラン・グレン君。僕はナイトだぞ」
 ウェインはあからさまに機嫌を悪くして振り返った。グランはそれを見て、巧みに笑顔を作る。
「い、いえ。勘違いされたのでしたらすみません。だんなにかかっちゃ、シェイムなんてカモでしょう。問題は、このままリブレと一緒にいることです」
「なぜだい。僕は彼を立ち直らせたいと考えているんだが、それのどこが問題なんだ」
 グランはうつむいて、悩むしぐさをした。
 しめしめ。騎士団員だけあって、くそまじめで単純だ。
「うーん。いま、言うべきことなのか悩むところですが……」
「言ってくれ。ぜひ知りたいね」
 ウェインが詰め寄ってくる。グランは手を叩き、大きく頷いた。
「わかりました。だんなには借りもありますからね。教えましょう。リブレね……あいつ」
 グランはここでワンテンポ置いた。ウェインはじっと彼を見据えた。
「ゲイなんです」
 これがグランの提案した作戦である。ウェインは「へっ!?」と素っ頓狂な声をあげた。
「まさか。そんな風には見えなかったぞ」
「そんな風に見せなかった、が正しいでしょう。あいつ、スゴく我慢してましたからね……。ウェインさんのことがタイプみたいで。近頃は毎日相談されるんです。『ねえ、ウェインさんってストレートなのかな』ってね」
 ウェインは目をこわばらせ、一歩下がった。
「うそだろ」
「こんなくだらない嘘、つくわけないでしょう。だんな、このままだとあんた、リブレに迫られますよ。そろそろ、手を切っておいた方がいいんじゃないですかね」
 ウェインはなにも言うことができない。グランはわざとらしいため息をついた。
「実を言うと今日は、これを言うためについてきたんです。だってだんなはストレートでしょう。俺はあんたが花売りセーナの常連客だったことも知ってますからね。おっと、シェイムが見えてきましたよ。とにかく、今日で手を切るべきです。俺は警告しましたからね」
 シェイムに向かって魔力≠練り始めたグランは、横目でウェインを見た。俯いて座り込んでいる。
 はは、ショックで戦意すらわかねぇか。
 あとは、合流してからリブレが奴に迫る演技をすれば、一件落着だ。

 しかし、ウェインは大声をあげて立ち上がると剣を抜き、シェイムに向かってひと突きした。
「なんてことだ!」
 ウェインは叫びながら、もう一度シェイムに斬撃をあびせた。この二度の攻撃で、シェイムは絶命して消えてしまった。
 グランは魔力≠フ錬成を止めた。
「さすがですね。でもお気の毒に。もう、このまま帰ったほうがいいんじゃ?」
 ウェインは振り返った。
 満面の笑みだ。
「とんでもない! こんなにうれしいことってないよ。実は僕もなんだ。僕も彼が好きなんだ」
 今度はグランが素っ頓狂な声をあげる番だった。
「えっ! だってあんた、セーナの」
「ああ、彼女かい。彼女も好きさ。男性にも女性にも、魅力的な人はいるからね。僕には性別などという隔たりがないのさ」
 早い話が、ウェインは両刀だったのだ。
 グランはこの予想外の展開に、うろたえるしかなかった。
「えっ、えーと! ちょっと待ってくれ! 今のナシ! リブレはえーと、その!」
「おーい、二人とも。首尾はどうだい」
 そこに現れたリブレ。
 グランは額から汗を垂らした。
 まずい!
「おお、ロッシ君。待ってたよ。今さっき、一匹目を倒したところさ」
「へぇー、さすがウェインさんですねえ。すてきだな」
 リブレはさっそくとばかりに、少しぎこちない演技を始めた。
 グランは演技をやめるように、後ろから首をぶんぶん振ったが、伝わっていないようだ。
 こんな状況を予測していなかった上、リブレを演技に集中させるため、サインなども特に決めていなかったことが災いした。
「ウェインさん、この奥にもう一匹いるみたいですよお。一気にせめたてましょう。僕たちの力で」
 リブレは笑みをうかべた。グランは思った。なんで、こういう時に限ってテンパらねえんだ、このバカは。
「そうだ、僕とロッシ君の力で」
 ウェインはリブレの肩を組んだ。さすがのリブレも、様子がおかしいことに気づき始める。でも、ここでがんばらなきゃ、この状況は終わらないのだ。リブレも彼に密着するようにして対抗した。
「リブレ、やめろ。作戦は失敗だ!」
 グランは思わず叫んだ。こうなってはもう、作戦どころではない。
「なんだよグラン。……もしかして嫉妬してるの? 僕たちに」
 しかし、リブレはそれすら理解していない。ゲイの演技に集中している。
「なんでそういう時に限ってちゃんとできんだよ、ボケ! 失敗だっつってんだ!」
「……彼はなにを言っているんだい、ロッシ君?」
「さあ。なんなんでしょうねえ。きっと僕たちに嫉妬してるんですよ」
 リブレは、「どうだ、やればできるだろう」とばかりに、グランに向かってウィンクした。完全にゲイになりきっている。二人は腰に手を回しはじめた。
 グランはふっと表情に力を失わせた。
「あー……。もう、いいか。おいお前ら、俺帰るわ。じゃあな」
 グランは逃げだした。

 リブレたちは首尾よくシェイムをしとめることができた。
「ありがとう、リブレ君。君のおかげだ」
 あぜ道を歩きながら、ウェインは手を差し出した。リブレはそれをがっちりとつかんだ。
 我ながら、完璧な演技だ。グランが安心して帰ってしまったのも頷ける。
 ラストに、グランに教わった畳みかけのせりふを言おう。これで終わりだ。
「いえいえ。……どうです。今夜このまま僕と一緒に」
 ウェインは待ってましたとばかりに手を強く握りしめた。
「ああ、もちろんだ。僕はようやく、最高のパートナーを得ることができた。好きだよ、ロッシ君……いや、リブレ!」
 リブレは、視線をずらさずに首だけひねった。
「へっ?」
 グランとの計画では、ウェインはここで逃げてしまうはずだったのだが。
 リブレの脳裏に、ようやく最悪の事態が浮かんだ。 
「あ、あはは。冗談。今のは冗談ですよ」
 手を離そうとするが、ウェインは力強く彼を引き寄せた。
「なんだい。そっちから誘っておいて」
「ま、まさか。ウェインさん、あんた、マジに」
「僕を本気にさせたんだ。もう逃がさないよ」
 リブレは恐怖の表情を見せ、口を開いた。
 その顔は、彼がモンスターに追いつめられた時のそれとよく似ていた。
「あーーーっ!」
 叫びは夕日の中に消えていった。

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