王都マグンは、南ゲートから少し行ったサン・ストリート。 酒場「ルーザーズ・キッチン」に、ある男が入ってきた。ずる賢そうで、狐を思わせる顔をしている。身につけているものはこざっぱりしていて、誰が見てもけっこうリッチな風貌だ。 男はきょろきょろと酒場内を見回した。誰かを探しているようだ。 男の視線がある地点で止まった。表情が明るくなり、その先へと向かっていく。 そしてお目当ての人物に声をかけた。 「リブレ・ロッシさんですか」 リブレは、突然の訪問者に驚きを隠せなかった。 今まで、こんな金持ちそうな人に声をかけられたことはなかった。いや、一回だけあっただろうか。確かあの時はすりに間違えられたのだ。 「お、俺はやってない!」 「まだ、なにも言ってないでしょ」 隣に腰掛けるリノ・リマナブランデがあきれたように言った。 「あの、リブレさんですよね」 「ええ、リブレ・ロッシはぼくですけど」 「私、マタイサで商人をやっているアスバル・キャンドラーと申します。あなたに、ぜひクエストをお願いしたい」 リノがぶどう酒を吹き出しそうになる。 アスバルの話によると、現在とあるクエストを進めたいと考えているものの、どうにもマタイサでは適任者が見つからない。そんな時、ふらりと寄ったマグンで、リブレの噂を聞いたのだという。 「なんでもリブレさんは、お強い剣士だそうで」 既にこの時点で間違えている。 「戦いの中でモンスターごとの呼吸を見極め、どんな奴でも一刀両断。さらに熟練から来る勘で、エンカウントを避けてクエストを運ぶことができると」 「え、えーと」 どう返していいものか。明らかに誰かから嘘を吹き込まれている。 「あのですね、ぼくはそんな……」 「リブレさん、ここにいたんスか! 探しましたよ!」 訂正しようとしたところで、グラン・グレンが現れた。リブレはすべてを理解した。 「どういうことだよ」 アスバルの馬車の中で、リブレはグランをにらみつけた。グランはにやりとした。 「あのおっさん、クエストを探してたんだよ。城門の辺りで偶然会って、聞かれたんだ。『適任者はいないか』ってね。ちょうどいい奴がいたから、そいつを紹介したら、おっさんは大喜びで酒場に向かっていった」 「つまり、嘘を言ったのね」 リノがだるそうに言った。 「嘘じゃないさ。あのおっさんはエンカウントがとにかく嫌らしくて、モンスターの気配がわかるくらいの熟練者を探していたんだ。リブレはそれができる。つまり適任」 「本気で、そう思ってるのかい。グラン?」 アイ・エマンドもあきれ顔だ。 「いいじゃねえか。バレなきゃ大丈夫だろ。アイがモンスターを倒して、リブレがエンカウントを防止、リノはおっさんの護衛。完璧なパーティだよ。ばれっこない」 三人ともあきれてなにも言えなかった。 「いいですか、みなさん。本日の依頼の確認をします」 アスバルが部屋の中に入ってきた。 「本日お願いするのは、ヴァーレン下水道での物探しです」 リブレはぎょっとした。ヴァーレン下水道と言えば、強いモンスターが沢山生息しているダンジョンだ。少なくともリブレとグランの二人だけでは最初のエンカウントで全滅だろう。 「なにを探すんですか」 アイも少し青くなっている。このパーティでは荷が重いと感じているのだろう。グランは、にこにこしたままだ。リノは、理力≠回復するための種がいくつあるのかチェックする。 「みっつか。きっと誰か死ぬわね」 アスバルに聞こえない程度の小声で言った。リブレとアイはさらに青くなった。 「探してもらうのは聖剣です」 リブレは帰りたくなった。言葉の響きがもう重すぎる。 「へえ、聖剣があるんですか、あそこに」 聖剣。精霊から祝福を受けた聖なる剣。精霊は人間を嫌っているのでそんなことはしないのだが、なにかしらの儀式を行った時に、たまたま剣が落ちている、などの偶然が重なると誕生する。攻撃力は飛躍的に高まり、高レベルパーティになると必須の装備である。もちろん貴重なので、聖剣を作るために精霊を捜し求める「聖剣ハンター」という危険な職業も存在する。 「そういう噂が前々からあってね。でもヴァーレン下水道なんて誰も行きたがらないだろう。『勇者』パーティでも来ない限りは」 「そうですねえ。でもご安心を。リブレさんは昔から『勇者』志望で、レベルも条件を満たしています。ですよね、リブレさん」 しらじらしい口調でグランが言った。リブレはあたふたしつつも、返答してしまう。もう、だまし通すしかない。ただ、「勇者」の条件であるレベルには、ダブルスコア以上で届いていない。 「そ、そうだっけ……?」 アイが我慢できずに言ってしまった。グランは彼女をにらみつけた。 「だって、グラン、こんなの無理だよ」 「な、なに言ってるんだよ。おっとアスバルさん、この女が言ってることは気にしないでください。ちょっと、ヘンなんです」 アイは大声でグランの名を叫んだ。 「おい落ち着け、アイ。そ、それでアスバルさん、報酬のことなんですが」 アスバルは笑顔をこぼした。 「ああ、そうでしたね。もちろんご用意しています。百五十万ゴールド程度でいかがですか。今回は私の護衛を最優先として、もし聖剣が獲得できなくても半分支払います。そのくらいの覚悟がないと、あんなところ行けませんからね」 全員絶句した。アスバルは不思議そうに四人を見回す。 「す、すみません。私、相場をよく知らないものですから。もしかして少なすぎですか」 「い、いえ、今回はそのくらいでよしとしますよ」 グランはふるえた声で言った。 アイはランスを磨き始めた。 かくして一攫千金のチャンスをつかんだ四人は、ヴァーレン下水道へとたどり着いた。 「隊列を確認しておこう。一番前がアイ、次がリブレさん。後ろに俺、アスバルさん。しんがりがリノだ」 「リブレさんが一番強いんでしょう。前衛じゃないのかい?」 アスバルが聞くと。グランは苦し紛れにけたけたと笑いだした。 「いや、あの。リブレさんの手を煩わせるような相手がいるかどうか、怪しいもんですから。それにこのデカブツ女は盾みたいなもんです」 アイがふくれる。 「それと……」 アスバルはリノを見る。 「この少女は、未成年では。こんな少女を連れてきて、大丈夫ですか」 「大丈夫ですわ、おじさま」 リノはすごくうれしそうにほほえみながら言った。 「ああ、リノはそんな見てくれだけど、このパーティでは一番年う」 リノは詠唱潰しの魔法を唱えた。 「アイ、いる。ちょっと先に。ここで曲がろう」 「了解」 五人は厳戒態勢で薄暗いダンジョンを進んだ。幸いエンカウントはここまでない。 「いやあ、すばらしいですな、リブレさんの指示は。まだモンスターのモの字もない」 アスバルはご満悦だが、リブレとアイは気が気ではなかった。もしも一度でもミスをすれば、命に関わるのだ。 「ちょっとリブレ、大丈夫? 顔色悪いよ」 「アイもね……。くそ、今すぐにでも逃げ出したいよ。ここはヤバすぎる。あのおじさん、どうしてついてくるんだろう。時間をつぶして報告だけするつもりだったのに」 「そりゃ、ネコババされないためじゃねえか。聖剣なんて、モノによっちゃ一本で億万長者だぜ」 グランはこそこそと会話に参加した。 「俺はこんなのやりたくなかったよ。金だっていらない。お前のせいだからな」 「なんだって、リブレ先生はお金いらないんだ。じゃあ俺がもらうよ」 「やめてグラン、リブレの集中切らせたら、全滅する前にあたしがあんたを殺すからね」 アイはぴしゃりと言った。 でも、本当はそんなことができるわけはない。 |