Usual Quest
ユージュアル・クエスト

4.「聖剣伝説・後編」

「アイ、曲がって」
 三十分ほどが経過したところで、アイが気がついた。
「ちょっと待ってリブレ、ここ、さっき通ったよ」
「どうやらグルグル回ってるらしいな」
 グランが腕を組んだ。
「そんな! 先に進むには戦うしかないのかよ」
「リブレ、そんな大声出すとおじさんに聞こえちゃうよ」とアイ。
「大丈夫だ、リノがうまいことトークで気を紛らせてる」
「さすが。人生経験豊富なだけあるね」
 リノはジャッジメントクロスの魔法を唱えた。グランはなんとかかわした。
「あら、ごめんなさい。モンスターかと思ったわ」


「ちっ、しゃあねえな。モンスターが動かないなら『陽炎』だな」
 グランは腕をクロスさせると魔力≠練り、地面に小さな炎を作った。
「アスバルさん、モンスターがいる所を通ります。私たちはアスバルさんの安全を考えて、この姿を消す魔法でやり過ごします」
「さすがだ。そんな魔法もあるんだね」
「任せてください」
 グランは地面に手をつけて、「陽炎」の範囲を広げた。
「そんな便利な魔法があるなら、最初から使ってよね」
 アイが不満をもらす。
「まだ練習中なんだよ。まあ、半分くらいは消えると思うから大丈夫だ」
「俺、もう帰りたいんだけど」
 リブレの顔色はことさら悪くなった。

 その日、下水道のモンスターたちは、複数の奇妙な物体を見かけた。物体は人間の下半身だけが動いているというもので、モンスターたちは気味悪がって近づかなかったという。この日から気になって寝不足になるモンスターが増え、魔王配下の幹部はしばらく配置換えに頭を抱えるはめになった。


「おい、あれじゃないか」
 グランが指を指す。その先には、一本の剣が落ちている。剣はかすかに輝きを放っている。
「みたところふつうのショート・ソードだけど」
「間違いない、あれです!」
 アスバルが声を上げた。
「実は、ここに剣を落としたのは私の友人なんです。だからこのネタも私しか知らなかった。あれはその友人の剣にそっくりなんです! 彼は帰り際、精霊を見かけたそうなんですが、本当に聖剣になっている! 間違いない、聖剣だ!」
 パーティ一行は一挙に明るさを取り戻した。
「やったやった、百五十万ゴールド!」
「やっと帰れる!」
「やったね、思わずハイになっちゃうね!」
「アスバルのおじさま、結構すてきだわ。お金も持ってるし!」

 グランが剣を拾いに行く。
 しかし、手がかかる直前、それは浮かび上がった。
「え」
 顔を上げると、聖剣を持ったマミーがいた。
 なんという運命か、モンスターが聖剣の保持者となった。

 マミー。ミイラモンスター。過去は人間だったが、自分の野望が達成できなかったことを悔いており、死してなお、モンスターになってまでもそれを叶えようとする亡者。
 強さはバルーン(青)六百匹分ほど。

「うそだろ。ここまで来てエンカウントかよ! 俺としたことが油断した。もっと慎重に行くべきだったんだ」
 リブレは頭を抱えた。その肩をアイがたたく。
「でも、あれはマミーだよ。倒したことがあるよ。ランサー仲間十人がかりだったけど」
 リブレは白目をむいた。
「それにやられる人は、沢山見てきたわ。私はその前にとんずらしたけど」
「今回は逃げないでね」

 マミーは聖剣を自慢げに掲げた。すっかり聖剣のとりこである。
「よこせ、モンスターなんかにゃそいつの値打ちはわからないだろ!」
 グランは炎の弾でマミーを攻撃した。包帯の切れ端がちょっぴりこげた。
「だめだ。アイちゃんよろしく」
 グランは逃げ出した。
「うおおおお!」
 アイはランス・タックルでマミーに突進したが、包帯をわずかに貫いただけだった。マミーが聖剣を掲げると、アイの体に電流が走った。
「ほう、雷属性の聖剣ですな」
 アスバルは余裕で剣の品定めをしている。彼は今、どういう状況なのか把握していない。
 リノが飛び出し、アイに向けて理力≠発射した。傷ついた体がみるみる治ってゆく。
「ありがと、リノ」
「油断禁物よ。私とアイのコンビで倒せない相手じゃないわ。あいつら、ホントに使えないわね。全くあんたは、男の趣味が悪いんだから」
 リブレとグランは体育座りで見物している。
「リブレさん、いいんですか? お二人、苦戦しているようですが」
 アスバルが心配そうに言う。
「ま、まさかリブレさん、あなた!」
 二人はびくっと体をふるわせた。
「……あの女性二人を試しているんですか?」
 二人は同じタイミングで大きく息を吐いた。
「そうなんです。あの二人はまだまだ強くなれる。このピンチこそが、そのチャンスです」
 なぜかグランが言った。
「ああ、でもやられてしまいそうですね。惜しい」
 リブレは戦場を見た。二人は、善戦してはいるが、どんどん傷ついてゆく。明らかに不利な状況だ。
 アイが倒れた。そこに、マミーが襲いかかる。
「ア、アイ」
 アイは必死な形相でそれを避けるが、もう動けない。リノがかばいに入る。
「リノ!」

 リブレは葛藤していた。
 実はグランが言った、「勇者志望」というのは、本当の話だった。
 リブレは、いつか魔王を倒すために「勇者」として名乗りを上げるつもりであった。
 それが、女性ひとり、好きな女性ひとり助けられないのか。
 今も恐ろしくて足がすくんでしまっている。
 でも、このままでは彼女を、リノを失う。
 まだ思いも伝えていないというのに。
 それは耐えられなかった。
「おい、勇者様。出番じゃねえの」
 グランがぼそっと言った。

 ついにリブレは叫び声を上げて、マミーへと向かっていった。もう死んでもいい。少しくらいはダメージを与えてやる!

 その時、マミーから閃光がほとばしった。

 
 その場にいる全員が目を閉じた。光が収まった後も、なにが起こったのかわからなかった。
 リブレがおそるおそる目をあけると、マミーの姿はなく、そこには地面に刺さる聖剣だけがあった。
 リブレは、それを引き抜いた。

「すばらしい!」
 アスバルが大声を上げて、拍手をした。
「リブレさん、あなたは本当にお強いのですね! あのマミーを一撃で! 私にはなにが起こったのかわかりませんでしたよ」
 パーティ一行は反応できなかった。
「たぶん、魔力≠ェ暴走したのよ」
 硬直するリブレに、リノが声をかけた。
「聖剣って、人を選ぶっていうから」
 リブレは剣を投げ捨てようとした。が、その時、パーティ全員の脳裏に声が聞こえた。

『おお、勇者よ……私は、待っていました。この剣を手に入れる勇者が現れることを。私はジャグアスの女神。知っての通り、この剣はただの聖剣ではありません。私の意志を封印したのです。話ははるか四百年前にさかのぼります。この世界とは別の世界で、邪神が目覚めました。私は世界を守るため、邪神と戦いましたが、ついに先日、やぶれてしまったのです……。しかし、私は精霊へと命を流転させ、なんとか生き延びることができました。そして、剣に力を宿らせ、待っていたのです。私の世界を救ってくれる人間が現れることを。あなたこそが、ジャグアスの勇者。どうか、邪神を倒し、私の世界を救ってくださ』
 リノはリブレに素早さを上げる魔法をかけた。アイはアスバルの目をふさいだ。リブレは全力疾走すると、底なしの下水の中へと聖剣を投げ捨てた。グランは炎の魔法で辺りを炎に包んだ。

 一行がマグンに戻って来たのは、次の日の朝だった。
「ああ、さすがに徒歩はこたえるなあ」
 リブレが言った。
「人間って、あそこまで怒れるものなんだね」
 アイは倒れるようにいすに腰掛けた。
「みんな、忘れないで。アスバルさんが許してくれたのは、私の愛あってこそよ」
 リノはぶどう酒を注文した。
「ああ、いい舌入れチューだったよ。行った価値はあったね」
 グランは思い出し笑いをした。

 もう、大冒険はごめんだった。

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