「アイ、曲がって」 三十分ほどが経過したところで、アイが気がついた。 「ちょっと待ってリブレ、ここ、さっき通ったよ」 「どうやらグルグル回ってるらしいな」 グランが腕を組んだ。 「そんな! 先に進むには戦うしかないのかよ」 「リブレ、そんな大声出すとおじさんに聞こえちゃうよ」とアイ。 「大丈夫だ、リノがうまいことトークで気を紛らせてる」 「さすが。人生経験豊富なだけあるね」 リノはジャッジメントクロスの魔法を唱えた。グランはなんとかかわした。 「あら、ごめんなさい。モンスターかと思ったわ」 「ちっ、しゃあねえな。モンスターが動かないなら『陽炎』だな」 グランは腕をクロスさせると魔力≠練り、地面に小さな炎を作った。 「アスバルさん、モンスターがいる所を通ります。私たちはアスバルさんの安全を考えて、この姿を消す魔法でやり過ごします」 「さすがだ。そんな魔法もあるんだね」 「任せてください」 グランは地面に手をつけて、「陽炎」の範囲を広げた。 「そんな便利な魔法があるなら、最初から使ってよね」 アイが不満をもらす。 「まだ練習中なんだよ。まあ、半分くらいは消えると思うから大丈夫だ」 「俺、もう帰りたいんだけど」 リブレの顔色はことさら悪くなった。 その日、下水道のモンスターたちは、複数の奇妙な物体を見かけた。物体は人間の下半身だけが動いているというもので、モンスターたちは気味悪がって近づかなかったという。この日から気になって寝不足になるモンスターが増え、魔王配下の幹部はしばらく配置換えに頭を抱えるはめになった。 「おい、あれじゃないか」 グランが指を指す。その先には、一本の剣が落ちている。剣はかすかに輝きを放っている。 「みたところふつうのショート・ソードだけど」 「間違いない、あれです!」 アスバルが声を上げた。 「実は、ここに剣を落としたのは私の友人なんです。だからこのネタも私しか知らなかった。あれはその友人の剣にそっくりなんです! 彼は帰り際、精霊を見かけたそうなんですが、本当に聖剣になっている! 間違いない、聖剣だ!」 パーティ一行は一挙に明るさを取り戻した。 「やったやった、百五十万ゴールド!」 「やっと帰れる!」 「やったね、思わずハイになっちゃうね!」 「アスバルのおじさま、結構すてきだわ。お金も持ってるし!」 グランが剣を拾いに行く。 しかし、手がかかる直前、それは浮かび上がった。 「え」 顔を上げると、聖剣を持ったマミーがいた。 なんという運命か、モンスターが聖剣の保持者となった。 マミー。ミイラモンスター。過去は人間だったが、自分の野望が達成できなかったことを悔いており、死してなお、モンスターになってまでもそれを叶えようとする亡者。 強さはバルーン(青)六百匹分ほど。 「うそだろ。ここまで来てエンカウントかよ! 俺としたことが油断した。もっと慎重に行くべきだったんだ」 リブレは頭を抱えた。その肩をアイがたたく。 「でも、あれはマミーだよ。倒したことがあるよ。ランサー仲間十人がかりだったけど」 リブレは白目をむいた。 「それにやられる人は、沢山見てきたわ。私はその前にとんずらしたけど」 「今回は逃げないでね」 マミーは聖剣を自慢げに掲げた。すっかり聖剣のとりこである。 「よこせ、モンスターなんかにゃそいつの値打ちはわからないだろ!」 グランは炎の弾でマミーを攻撃した。包帯の切れ端がちょっぴりこげた。 「だめだ。アイちゃんよろしく」 グランは逃げ出した。 「うおおおお!」 アイはランス・タックルでマミーに突進したが、包帯をわずかに貫いただけだった。マミーが聖剣を掲げると、アイの体に電流が走った。 「ほう、雷属性の聖剣ですな」 アスバルは余裕で剣の品定めをしている。彼は今、どういう状況なのか把握していない。 リノが飛び出し、アイに向けて理力≠発射した。傷ついた体がみるみる治ってゆく。 「ありがと、リノ」 「油断禁物よ。私とアイのコンビで倒せない相手じゃないわ。あいつら、ホントに使えないわね。全くあんたは、男の趣味が悪いんだから」 リブレとグランは体育座りで見物している。 「リブレさん、いいんですか? お二人、苦戦しているようですが」 アスバルが心配そうに言う。 「ま、まさかリブレさん、あなた!」 二人はびくっと体をふるわせた。 「……あの女性二人を試しているんですか?」 二人は同じタイミングで大きく息を吐いた。 「そうなんです。あの二人はまだまだ強くなれる。このピンチこそが、そのチャンスです」 なぜかグランが言った。 「ああ、でもやられてしまいそうですね。惜しい」 リブレは戦場を見た。二人は、善戦してはいるが、どんどん傷ついてゆく。明らかに不利な状況だ。 アイが倒れた。そこに、マミーが襲いかかる。 「ア、アイ」 アイは必死な形相でそれを避けるが、もう動けない。リノがかばいに入る。 「リノ!」 リブレは葛藤していた。 実はグランが言った、「勇者志望」というのは、本当の話だった。 リブレは、いつか魔王を倒すために「勇者」として名乗りを上げるつもりであった。 それが、女性ひとり、好きな女性ひとり助けられないのか。 今も恐ろしくて足がすくんでしまっている。 でも、このままでは彼女を、リノを失う。 まだ思いも伝えていないというのに。 それは耐えられなかった。 「おい、勇者様。出番じゃねえの」 グランがぼそっと言った。 ついにリブレは叫び声を上げて、マミーへと向かっていった。もう死んでもいい。少しくらいはダメージを与えてやる! その時、マミーから閃光がほとばしった。 その場にいる全員が目を閉じた。光が収まった後も、なにが起こったのかわからなかった。 リブレがおそるおそる目をあけると、マミーの姿はなく、そこには地面に刺さる聖剣だけがあった。 リブレは、それを引き抜いた。 「すばらしい!」 アスバルが大声を上げて、拍手をした。 「リブレさん、あなたは本当にお強いのですね! あのマミーを一撃で! 私にはなにが起こったのかわかりませんでしたよ」 パーティ一行は反応できなかった。 「たぶん、魔力≠ェ暴走したのよ」 硬直するリブレに、リノが声をかけた。 「聖剣って、人を選ぶっていうから」 リブレは剣を投げ捨てようとした。が、その時、パーティ全員の脳裏に声が聞こえた。 『おお、勇者よ……私は、待っていました。この剣を手に入れる勇者が現れることを。私はジャグアスの女神。知っての通り、この剣はただの聖剣ではありません。私の意志を封印したのです。話ははるか四百年前にさかのぼります。この世界とは別の世界で、邪神が目覚めました。私は世界を守るため、邪神と戦いましたが、ついに先日、やぶれてしまったのです……。しかし、私は精霊へと命を流転させ、なんとか生き延びることができました。そして、剣に力を宿らせ、待っていたのです。私の世界を救ってくれる人間が現れることを。あなたこそが、ジャグアスの勇者。どうか、邪神を倒し、私の世界を救ってくださ』 リノはリブレに素早さを上げる魔法をかけた。アイはアスバルの目をふさいだ。リブレは全力疾走すると、底なしの下水の中へと聖剣を投げ捨てた。グランは炎の魔法で辺りを炎に包んだ。 一行がマグンに戻って来たのは、次の日の朝だった。 「ああ、さすがに徒歩はこたえるなあ」 リブレが言った。 「人間って、あそこまで怒れるものなんだね」 アイは倒れるようにいすに腰掛けた。 「みんな、忘れないで。アスバルさんが許してくれたのは、私の愛あってこそよ」 リノはぶどう酒を注文した。 「ああ、いい舌入れチューだったよ。行った価値はあったね」 グランは思い出し笑いをした。 もう、大冒険はごめんだった。 |