王都マグンは、南ゲートを少し行ったサン・ストリート。 きょうもセーナは、花を売っていた。 「セーナちゃん、こんにちわ。今日もほしいんだけど」 「こんにちは、ウェイン。今日はどのお花がいいかしら」 彼女は、どちらかというと細々とした印象のある、花売りという職業でありながら、ほとんどお金に困ることがない。というのも、やはりその可愛らしい容姿もあって、町じゅうから男どもが毎日のように押し寄せるのである。 彼女も彼女で、それを知ってか知らずか、いかにも気があるふうにふるまうものだから、男たちからすればたまらない。気づけばサン・ストリート内の人気スポットと化していた。 しかし、彼女は満足していなかった。 「今日もありがとう、ウェイン。うれしいわ。また来てね」 満面の笑みで帰っていったウェイン・ジェルスの後ろ姿を見ながら、セーナはむなしさを感じていた。 とりあえず、このマグンで生き残るすべは身に付いた。先日なんかはついに家も手に入れて、もはや立派な住人のひとりだ。 でも、私が求めているのはこんなことじゃないんだわ。お金に余裕ができるまでは必死だったけれど、今やっとそれに気がついた。 その時、聞き覚えのある声がとんできた。 「あっはっは。あの時のグランの顔ったらないよ。『違う、ミスしたわけじゃない。魔力≠フ錬成段階でリブレがじゃましたから』なんつってさ」 「リブレもリブレで真っ黒こげになって、またマントがだめになったって大騒ぎ。最後、ちょっと泣いてたよね。悪いのはモンスターにビビって逃げようとした自分なのに」 ヒーラーのリノ・リマナブランデ。そしてランサーのアイ・エマンドだ。大声で楽しそうに会話しながら歩いている。 「お姉……」 顔なじみの二人に声をかけようとしたが、その前の角で、彼女らは曲がっていってしまった。 きっと、話に夢中でセーナのことに気づかなかったのだ。 セーナは大きなため息をついてから、顔を伏せて座り込んでしまった。 「セーナちゃん、今日も買いにきたよ」 そこに、新たな客が現れた。いつもだったらすぐに媚びを売るセーナだったが、今日は座ったままで、視線すらくれずに言った。 「やっと、わかった。もう、花屋はおしまい」 決意をにじませた表情で、彼女は立ち上がった。 「ルーザーズ・キッチン」のカウンターに、剣士リブレ・ロッシがやってきた。 「マスター。なにかクエストない」 「ねえよ。お前に頼めるようなのは」 マスターはコップを拭きながら言った。 「そういわずにさあ。今、ピンチなんだよ。かんしゃく玉が尽きそうなんだ。今すぐ、お金がほしいんだよ。ゲレットさんのクエストはしばらくお休みだしさあ」 「だったら、うちに頼むんじゃなくて、まずギルドに登録しろよ」 「俺はいやなの、ああいうのは。だってどんなクエストさせられるかわかったもんじゃない。モンスター討伐なんてできっこない」 ギルド。クエストを受け持つ組織のこと。職業によって種類が分けられ、登録されている冒険者たちに分配する。マグンにもおよそ二十程度の組織が存在する。半数は国の援助を受けて設立されたものである。 登録されている冒険者にはレベルや実績に準じて「クラス」という役職が与えられる。リブレ・ロッシは特定のギルドに冒険者登録をしていないため、「剣士」というのはクラスではなくただの肩書きである。 なお、「ルーザーズ・キッチン」は、ギルドと言っても差し支えない組織形態を持つ酒場ではあるが、国からの補助などを受けておらず、特に登録もクエストの強制もしていないため、至って自由な雰囲気を持つ。ギルド制度自体歴史が浅いこともあってか、こうした曖昧な組織はまだ多々存在するし、冒険者やこういった酒場に直接依頼をする人間も多い。 「お前、モンスター討伐ができない剣士なんて、アルコールの入ってない酒みたいなもんだ。もはや、それは酒ですらない」 マスターは洗いものを終えて、やっとリブレを見た。 「それはそうだけど。でも、いやなもんはいやなんだ」 「それで、よく『勇者』目指してるなんて言えるもんだ。矛盾してるぞ」 「違うよ、『勇者』になるんだから、その前に無理して死んだり怪我したりしたくないんだよ」 マスターはどうしようもないと言ったふうに、肩をすくめた。 その時、酒場に誰かが入ってきた。カウンターに腰掛けたので、リブレは横目でちらりと見た。 「あれ、セーナちゃんじゃないか。珍しいね、お酒飲むなんて」 しかし、彼女は無視してマスターに声をかけた。 「おじさん、クエスト、ありませんか?」 マスターとリブレは思わず顔を見合わせた。 「どういうことだい」 マスターが優しく聞くが、セーナは無表情のまま、思い詰めた様子である。よくみると、ショート・ソードを手に持っている。 「なんでもいいんです」 するとマスターは水を出しながら言った。 「討伐ならあるけど。その新品の剣で大丈夫かな」 「マスター! まさか紹介する気かい。セーナちゃんは冒険者じゃないんだぞ」 「リブレさんは黙っていてください」 セーナがぴしゃりと言うので、リブレはなにも言えなくなった。 「やめようよ、いったいどうしたのさ。何か嫌なことでもあったのかい?」 草原を歩きながら、リブレは必死にセーナをなだめていた。だが彼女はほとんど無視するような形で、歩みを続けていた。 「どうして、ついてきたりするんですか?」 本当は、リブレも嫌だったのだが、セーナにモンスター討伐のクエストを与えたマスターは言った。 『リブレ、あの子もマグンに来るまでいろいろあったみたいだから、きっとストレスがたまってるんだろう。今あげたクエストはうそっぱちだ。マタイサ周辺の森にオーガがいるわけないからな。ちょっとバルーン退治でもつきあってやれよ。危ないモンスターはお前の得意技で避ければいい。彼女を護衛しつつ、満足させる。これが今回のクエストってことでどうだ』 リブレもリブレで、ほとんど心得のない彼女をこのまま放ってはおけないと考えての行動だったが、やはり引き留められるのならば、全力でそうすべきだと感じていた。けっきょく、自分の危険を減らしたいのである。 「それ以上近づくと、斬りますよ」 セーナは腰から新品のショート・ソードを引き抜いた。リブレは硬直する。彼女は本気だ。 「……わかった。じゃあ討伐につきあうよ。俺はモンスターの位置がわかるからね。一緒にいて損はないはずだよ」 すると、ようやくセーナは剣を収めてリブレの同行を許した。 |