少しして、リブレはモンスターの気配を察知した。背中に嫌な汗が浮かんだ。ただ、どうやらそこまで強い訳ではなさそうだ。リブレは納得してから声をあげた。 「セーナちゃん、モンスターがいるぞ。剣の使い方はわかるかい」 「わかります。お稽古も受けていますから」 苛立ちを隠さず、セーナは剣を抜いた。 遠目からモンスターがやってくるのが見える。リブレは、目視できる距離になってから、後悔した。 「げっ、シェイム!」 シェイム。樹木形モンスター。樹木がなんらかの形で魔石の力を受けると誕生する。強さはバルーン(青)の約七十倍。 リブレは今まさに駆けていこうとするセーナの前に立ちふさがった。 「あのう、邪魔なんですけど」 「セーナちゃん、あいつはダメ。強いよ」 「今さら、なに言ってるんですか。邪魔です!」 「セーナちゃん! 死んだらもとも子もないんだよ!」 「もう、うるさいっ!」 激高したセーナは思い切り振りかぶって、躊躇なくリブレに斬りかかった。リブレは間一髪でこれをかわす。 「あっ」 その時、斬撃の課程でセーナの手から剣がすっぽ抜けた。力みすぎが原因である。 剣は一直線にシェイムの方向に向かっていくと、その脳天に突き刺さった。シェイムは叫び声を上げて消滅した。 「大したことないわね」 セーナは地面に刺さる剣を満足げに引き抜いた。 「ま、まあビギナーズラックって奴だよね」 そう言うものの、リブレは納得がいかなかった。彼はシェイムを一人で倒したことがなかったのだ。 「リブレさん、これでわかったでしょう? 私ってきっと、天才なんだわ」 セーナは剣をゆらゆらと揺らしてから鞘に収めた。さっきまでとはうって変わって、すっかり上機嫌である。 「あっ……しかも、ほら!」 セーナは何かを拾い上げた。日光に晒されてきらりと光るそれを見て、リブレは仰天する。 「うそだろ! シェイムの魔石は十万ゴールドはするんだぞ!」 セーナはそれを聞いて大喜びした。 「花売りの、三日分の稼ぎより多いわ! すごい、冒険者って儲かるんですね!」 「あ、それなら、もう今日は帰ろうよ。モンスターは倒したし、魔石まで手に入れた。満足したろ?」 しかし、セーナは首を振った。 「オーガを倒すクエストなんですよ。このまま帰っても、達成したことにはなりません」 けっきょく二人は、マタイサの町を横切ってそのまま森に辿りついた。 あれから、エンカウントは一回。複数ではあるものの、バルーンだったため難なく倒すことができた。 一周したところで、二人は腰をおろした。 「いませんね、オーガ」 「そうだね。きっと誰かに倒されちゃったんだよ。そろそろ帰ろう。ね」 すると、疲れたこともあってか、ようやくセーナは納得したようだった。 「そうですね。いないんじゃあ、どうしようもないもの」 リブレは、セーナに見えないようにガッツポーズした。 が、すぐに何かに感づき、顔をあげた。 「モンスターだ。こっちに向かってるぞ。セーナちゃん、さっさとずらかろう」 「オーガですか?」 「いや違う、これは……」 そこまで言ったところで、リブレたちをとり囲むようにして、何人かのモンスターが現れた。セーナは一瞬人間の子供かと思ったが、肌の色ですぐにモンスターだと判断できた。 「ほっ。プチオーガか」 プチオーガ。ヒト形モンスター。オーガをそのままコンパクトサイズにした容姿で、見た目は恐ろしいが温厚な性格。一匹一匹は弱いが、基本的に群で行動するため強敵とも言われる。一説ではプチオーガのコミュニティになじむことができず、独立して凶暴になった姿がオーガとも言われている。戦闘力はバルーン(青)の約三十倍。 二人は立ち上がって背中合わせになり、構えを作った。リブレは冷静にプチオーガの数を数えた。 「十匹ってところか。セーナちゃん、動かないでね。こいつらは危害さえ加えなければなにもしてこないから」 「腕がなります」 「え、戦うつもり?」 無視して、セーナはオーガに向かってじりじりと近づいていく。 「やめろ。そいつらは弱いけど、コンビネーションが抜群なんだ。なめると痛い目を見る」 セーナはリブレを見ずに言った。 「リブレさんは冒険者のくせに、そんなこと言ってばかりなんですね。本当に、あなたって情けない」 「おいっ、やめろっ!」 セーナは一匹のプチオーガに剣をふるった。 プチオーガが絶命するのを見て、ほかの仲間が大声をあげた。セーナは思わず耳をふさぐ。その刹那、三匹が一斉に襲いかかってくるのを、彼女は見た! 「ふせろっ!」 リブレは駆けてセーナを押し倒した。攻撃はなんとかかわせたようだ。そのまま、セーナを守るように倒れ込むと、拳でプチオーガを追い払う。 「バカ、油断するな! 奴らは死角から来る、すぐに背中を合わせろ!」 彼女をほとんど無理矢理立ち上がらせて、リブレはブーツからナイフを取り出した。いざという時のため、常に忍ばせている投擲用のものである。セーナも、剣を構える。 しかし、プチオーガたちの姿はない。きっと森の中で機会を伺っているのだ。 かと思うと、後方から突然奴らの爪が現れた。セーナは全く反応できず、一撃を食らってしまった。リブレはそれを見て、プチオーガの腕をむんずと捕まえると、ナイフを頭に突き刺した。 だが、今度はその後ろを狙われた。リブレも背中に一撃を受けたが、それを読んでいたのか、振り向きざまに蹴りとばした。 「くー、いってえ。これだから戦闘は嫌だよ。セーナちゃん、大丈夫かい?」 返事が返ってこないので見ると、彼女は自分の傷を見てがたがたとふるえている。 「リブレさん、私、こ、こわい」 セーナはまだ、一度もモンスターの攻撃を受けたことがなかった。初めて怪我をしたことで、恐怖が生まれたのだ。 「しょうがないなあ。さっきまでの威勢はどこに行ったんだい」 「だって、こんなに痛いだなんて、思わなかったんです。こんなに怖いだなんて思っていなかったんです!」 セーナは目に涙を溜めた。そこをプチオーガが狙ってきたので、リブレは彼女をかばって攻撃を受けた。 「やっとわかったかい。そうだよ。戦闘は怖いし痛い。ひょっとしたら、大事な仲間を失うかもしれない。大切な人を失うかもしれない」 セーナが落とした剣をひろいあげ、きりつけながらリブレは言った。 「俺はそんなの、もうごめんだ。よし、数も減ってきたことだし、ボチボチ逃げようか。捕まって!」 リブレはセーナの手を取ると、片手に挟み込んだいくつかのかんしゃく玉を投げて炸裂させた。 「……あのう、さっきはすみませんでした」 帰り道、セーナが沈黙をやぶった。リブレは立ち止まって振り返る。 「なにが」 「情けないって言ったこと。リブレさんは、怖いから逃げてるわけじゃなくて、仲間を失いたくないから、戦いを避けるようにしているんですね。きょうは、私のためを思って」 リブレは思わず笑ってしまった。 「違うよ。怖いことには変わりないさ」 「私、なんだかむしゃくしゃしていたんです。冒険者になれば、お姉さまや、リノさんみたいになれば、もっと楽しく生きられると思っていた。でも、こんなに怖いところだったなんて。……その剣は、リブレさんにあげます。もう、私には必要ないってわかったから……」 「うん、ありがとう」 ゆっくりと言ってから、リブレはきびすを返した。 夕日を浴びながら、二人はにこやかな表情でマグンの門をくぐった。露店街を歩いていると、声をかけられた。 「おや。珍しい組み合わせだねえ」 アイとリノだった。二人は楽しげで、どうやらここで買い物をしていたようだ。 「やあ、二人とも」 「あら、リブレ。あなた傷ついてるじゃない。珍しいこともあるものね。ほら、ちょっと見せなさい」 リノが理力≠練り、勝手に傷の治療を始めた。 その横で、セーナはアイを見つめた。 「お姉さま。今日は、リブレさんとクエストしていたんです」 すると、アイは驚いた様子だった。 「クエストって……セーナ、もしかして冒険者になったのかい!?」 セーナはちょっとうつむき気味になって、視線だけを彼女にくれた。 「最初は、そのつもりだったんですけ……」 アイはセーナの肩をたたいた。 「すごいじゃないか! 花売りでも充分もうかってるはずなのに。満足せずに、まだまだ攻めるんだね! あんた、それでこそ女だよ。そうこなくちゃ。よーし、あたしも今度つきあうよ。もうギルド登録はしたのかい? ダメだよ、グランとかリブレみたいに登録しないのは。その日暮らしになっちゃうんだから」 「よーし、完了」 リノはリブレの背中をどんと押した。リブレは、めちゃくちゃ嬉しそうである。 「ありがとう、リノ。あ、セーナちゃん。家まで送っていくよ」 「あ、大丈夫です。お姉さまと、ランサーギルドに行くので」 セーナは明るく言って、アイの腕にからみついた。 「え、なんで」 「冒険者登録、してきます」 リブレは視線をずらさずに、首だけひねった。 「……さっき、綺麗にまとまったと思ったんだけど」 「確かにそうなんですけれど、お姉さまが、是非やれって言うものですから。今日はありがとうございました。あ、マスターに今日のことを報告しておいてください。それじゃ」 アイとセーナは歩いていった。 リブレは同じ表情のまま硬直していた。 「リブレ、なんかショック受けてるところ悪いんだけど」 リノは彼の頬をつついた。 「治療代、一万ゴールドになります。この間のアイテム代、これでチャラね。ばーい」 リノも去っていった。 冷たい風にあおられても、リブレはしばらく動けなかった。 |