ストリートファイター2N 波動伝
ROUND.FINAL
「今、明日のために」 part3


 リュウは、強い口調で続けた。
「どうしてだ。どうしてベガを殺したりしたんだ、師匠!」
 そう呼ばれて、男は少しだけ反応した。
「理由などない。我の殺意≠ェ、やつを砕いたまでのこと。それと、お前は勘違いをしている。我はゴウケンではない」
「うそだ! わからないはずないだろ、俺はあんたの息子なんだぞ」
 リュウは声を震わせた。
「確かに、この体は元々ゴウケンのものだ。ゴウケンはあのベガという男と戦い、敗れた」
 本当は、勝てない勝負ではなかった。だが、彼は師を殺されたことによって既に殺意の波動≠ノおかされており、真空波動≠練ることができなかった。
「戦いのあと、ゴウケンは海へと投げ捨てられた。だが、殺意の波動≠ヘ、死ぬことを許さなかった。ゴウケンはそれから四年近く、海の底で殺意の波動≠ニ孤独な戦いを演じた。そうして、ゴウケンの波動≠ェ死んだ時、我が誕生した」
 リュウは、目の前にいる男の放つ波動≠ノ、異常な恐怖感を抱いた。殺意の波動≠ナもない、また別の力だ。そして、やはり彼の言うとおり、もう、師匠ではないのだろうか。
「わかった。もう、話はいい。あんたを、倒さなきゃならない。ゴウケン師匠を、眠らせてやりたい」
「剛る拳は、豪き鬼へと姿を変えた。それが我だ。名は豪鬼(ゴウキ)。拳を極めし者なり」
 リュウは荷物を降ろした後、鉢巻をきゅっと結んで腰を低くし、構えた。
 ケン。突然去ってしまって、すまなかったな。もし生きて帰れたら、お前との友情を汚した詫びに、土下座でもなんでもしよう。だから、俺に力を貸してくれ。
 豪鬼は、両足を大きく広げ、地面を踏み込んだ。
「我が力は豪波動=Bお前の真空波動≠ニ対をなす力だ。いざ!」
 豪波動≠ェ一瞬にして展開されて、世界が凍り付く。この狭間の世界を知覚できるリュウも、ほぼ同時に真空波動≠放出し、対抗した。二つの世界が、拮抗してねじれた。上空に巨大な光の珠が形作られた。
 二人はその中で戦いを始めた。きっと見物人がいたとしても、なにが起こっているのか、全く理解できないだろう。既に知覚を越えた場所に二人はいるのだ。
 豪鬼は豪波動≠手で押さえつけ、片手で波動拳を撃ち始めた。リュウは自分も撃ち返そうかと思ったが、一瞬で避けることに全精力を傾けた。
 波動拳は洞窟にぶつかったが、世界は止まっているため、音すら立てなかった。それが事実になるのは、戦いが終わったあとである。
 豪鬼は地を蹴って、もう一度、今度は空を蹴って飛び上がり、波動拳を撃った。
 リュウは走りながらそれをかわし続けるが、一撃を受けた。全身が氷つくような、恐ろしい感覚をもった波動拳だった。豪鬼は片足を上げて硬直すると、瞬時に移動してリュウの後ろへと回り込んだ。
 稲妻でも落ちたのかと思うほど強烈な蹴りが、リュウを襲った。豪鬼はそのまま攻撃を続けたが、リュウも足を踏み込み、一瞬にして移動した。なんとか距離を開くことに成功したのだ。豪鬼はそれを見て、口を横に開いて歯を見せた。どうやら笑っているらしい。
「人間ごときにできる技ではないのだぞ。もはや、おまえも阿修羅の境地におるわ」
「俺もあんたも、人間だろ」
 修羅たちは再び拳を振るいはじめた。リュウの右正拳が豪鬼の腹をえぐった。豪鬼は負けじと波動拳をリュウへとぶつけた。リュウの体が炎に包まれる。
 リュウはすぐに真空波動≠体中にまとわせ、豪波動≠相殺した。踏み込んで距離を縮める。
 豪鬼の力は、まさに圧倒的だった。
 油断すれば一瞬にして存在そのものを消されかねない。
 豪鬼がまた、あの恐ろしい笑みを浮かべた。
 リュウの体が、大きく曲がった。吹き飛ばされるが、既にその先に豪鬼がいる。
 豪鬼はリュウを蹴り上げ、豪波動≠その場で爆発させた。勢いで回転し、己の脚で螺旋を描いた。豪螺旋。
 リュウは防御すらできず、波動≠フ起こす空間に漂った。豪鬼はその腹に向けて、豪昇竜を放った。

「笑止」
 その台詞とともに、リュウは地面へと打ちつけられた。
 だが、リュウは立ち上がってみせた。胴着の肩袖が破られ鮮血がしたたる。隆々とした肩が露出した。豪鬼もさすがに驚いたようで、低いうなり声を上げた。
「なぜだろう。やっぱり不思議なんだ。あんたは強い。このままいけば殺されそうだ。でも、安心するんだ。涙が、出てくるんだ。止まらないんだよ、師匠」
「うつけが。我が名は豪鬼! うぬを滅殺す!」


 近距離でノーガードの熾烈な殴りあいをしながら、リュウは感じていた。戦うまではわからなかったが、やはり師匠の拳だ。まだ、豪鬼の中にはゴウケン師匠が残っている。
 勝つことができれば、彼は帰ってくるのだろうか?
 また、あの頃の、元の生活に戻れるのだろうか?
 師匠、エドモンドさんが帰ってきて、銭湯をはじめたんですよ。帰化して、本田って名前になりました。
 師匠、講堂の地下にまた入ってしまったんです。ケンと一緒に。ごめんなさい。でも、おかげで真空の境地≠ノ至れたんです。あの、水墨画のおかげで。
 師匠、俺は強くなりました。あなたのおかげで、力を得ました。成長しました。友を得ました。家族を得ました。父を得ました。希望を得ました。
 師匠、帰りましょう。朱雀城に帰りましょう。
 また、修行をつけて欲しいんです。あのまま、あのままでいたいんです。

 だが、そんなことはもうありえないのだ。
どんなに人間がそれを拒んだとしても、修羅が己の力で世界の狭間に身を置いたとしても、世界は残酷に時を刻む。もう戻ることなんてできない。
 どんなに辛くても、楽しくても。
 どんなに後悔しても、どんなに嬉しくても 。
「戻って、こないんだ」
 リュウの瞳に、力強い光が宿った。
 だったら、進んでいけばいいんだ。
 答えは過去にはない。
 もう、恐れる必要はない。

 リュウの右フックが豪鬼のわき腹へとんだ。豪鬼が顔をしかめる。
 リュウは絶叫しながら、攻撃を続けた。ハイキック。体をねじって左アッパー。小さく跳躍し、回し蹴り。さらに波動≠展開させて、竜巻旋風脚へと繋げる。豪鬼が口を大きくあけて、まるで獣のごとく吠えたが、リュウの拳は、脚は止まらない。
 膝蹴りから、ジャブ、ストレートのワンツー、さらに昇竜拳。豪鬼の体が浮いているのを見て、そこに波動拳を撃ち込んだ。豪鬼の縛っていた髪が、はらりと乱れた。
 豪鬼は体を閃かせて空を舞うと、リュウの後ろを取って首へと手刀を投げつけた。リュウは腕を薙いで、これを弾きとばした。豪鬼は既に次の攻撃へと移っている。
 波動≠ェ炸裂した。
 二人の正拳がぶつかり合い、空間が歪みを起こした。歪みが二人を突き飛ばし、押し倒した。リュウは自分の体の節々からものすごい音が鳴ったのを聞いた。

 リュウはなんとか身を起こした。右脚の骨が砕かれている。内臓もやられているようで、出血が激しい。もし勝てたとしても、そのまま力つきてしまうかもしれない。リュウは死を覚悟した。
 豪鬼も、左腕がふきとんでいる。
 二人の力によって作られた珠が収縮しはじめている。限界が近づいている。
「リュウよ、感謝するぞ。我の渇きは満ちた。この戦いの決着にふさわしい、全霊の技を見せよう」
 リュウはとっさに波動拳を撃ったが、豪鬼は移動して彼を掴むと、豪波動≠体の中心から出し尽くした。
 溢れた豪波動≠ヘ暴走をおこし、その質量が、さらに世界を超越する。そして、リュウを世界の狭間をさらに越えた場所へと導いた。そこは、何も存在しない、闇の中だった。
 リュウに語りかける声があった。
 苦しむことはない。一瞬のことなのだ。一瞬で、我はおまえをつれてゆく。
 これが、誰もが望む究極だ。
 瞬獄殺―――。


 だがその時、暗闇が小さな光に照らされた。リュウは闇に包まれながら、その小さな点を見つめた。
 波動≠セ。あれは真空波動≠セ!
 リュウはそれを手に取った。
 そして、宇宙が現れた。
 宇宙は闇に浮かぶリュウを、あるべき場所へと押し返した。豪鬼だけが、闇に取り込まれていく。
 リュウは波動≠練った。宇宙が、それを真空波動≠ニした。
 声にならない叫びとともに、リュウは真空波動拳を闇へと向けた。
 豪鬼は抵抗したが、真空波動≠ェ闇へと押しつけた。やがてそれをやめ、ひとり飲み込まれていく。彼は、それがさも当然と言ったふうに、敢えて入っていくようにも見えた。
 そして、豪鬼は還っていった。

 真空波動≠ェ作り出す空間の中で、リュウは目をさました。
 眼前に、老人が横たわっている。
「師匠」
 それは、ゴウケンだった。ゴウケンの波動≠ェ、最後の最後に、リュウを救ったのだ。
「リュウよ、わたしは嬉しい。おまえは、ついにわたしを越えたのだ」
 リュウは涙を流しながら、それを聞いた。透き通っていて暖かく、心地いい空間だった。
「わたしは、この力で、たくさんの不幸を作った。悲劇を作ってしまった。おまえは、道を誤らないでほしい。いったい、力とはなんなのか。この答えを探してほしい。お前は『真の格闘家』になれ。未来へと、歩いてゆけ。最後に拳を交えることができて、よかった」

 リュウが何かを言おうとしたとき、空間が、はじけた。


 ある格闘家がいた。
 彼はついに、道に迷って、最後の答えを見つけることができなかった。
 だが、たくさんのものを残した。
 それは、不幸などではなく、未来へと続いてゆく、新たな希望だった。
 真の格闘家・ゴウケンは、やすらかに眠りについた。


→エピローグ
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