ストリートファイター2N 波動伝
ROUND.FINAL
「今、明日のために」 part2


 ケンは、アメリカの事務所に戻って、イライザと再会した。
「あら。ずいぶん、早いご帰還じゃないの」
 イライザは異様に冷たかった。きっといろいろなことに追われて、疲れきっているのだ。
「そうだな。そうかもしれない。でも、全部終わった。リュウの手助けは、全部済んだんだ」
「じゃあ、早速だけれど、例の大会のプログラムをまとめてもらえる。コカ・コール社の他に、NKコーポレーションからの出資も決まったから、開会式の部分は全部打ち直して欲しいの」
 イライザはノートパソコンと大量の資料をケンに押しつけるようにして、事務所のドアを閉めた。
 ケンは頭をかく。とても事務所を構える彼に押しつけるような仕事ではない。
「おいおい。あんまりなんじゃないの。イライザ。ごめんよ。一人にしちまって、本当に悪かった。君は最高だ。行く前にした約束、覚えてるよな」
 返事がない。
「おい、イライザ。勘弁してくれよ。もう、強がる必要はないんだよ」
 ドアが、音を立てて開かれた。ケンの胸に飛び込んだイライザは、大声をあげて泣きじゃくった。ケンはそれを見て安心した。
「日取りはいつにする」
「ケン、リュウさんには勝ったの?」
「あ、ああ。もちろん勝ったよ。目的は達成した」
「……うそね」
「ああ、うそだよ」
「今回だけは許してあげる。代わりに、しばらくこのままでいて。式は、ハリーカップが済んでから、ね」
 なんだか、尻にしかれそうだなあ。ケンは思わず苦笑した。

 リュウよ、お前がどこに行ったのか、問いただしはしないさ。今なら、なんとなくわかるんだ。
 でも、絶対に戻ってこいよ。勝ち逃げだけは、許さないぜ。
 オレは、これから先もお前を目指し続けたいのだ。


 軍基地へと舞い戻ったガイルは、ミラー大佐の部屋へと押し入った。
「ガ、ガイル! どうして戻ってきた! お前は、もうここに来てはならない人間のはずだ」
「わかってるよ。だがあんたがぶっとぶご報告があってね」
 ガイルの報告を聞いて、ミラーは仰天した。
「なんということだ。シャドルーのボスが、リチャードだったなんて。それに、今なんて言った。あのリュウ君が、そいつを倒したって」
「ああ。ベガはほとんどの部下を洗脳していたようだから、シャドルーはこれで終わりだ。そうそう、その顔が見たかったんだ」
 ガイルはけたけたと笑った。これが、何年も見せることのなかった彼本来の陽気さである。
「ガイル君、君たちならばやってくれると思っていた。よくやった。ぜひ、わが軍へと戻って来て欲しい。すぐに手続きを取ろう」
 だが、ガイルはこれを拒否した。代わりに、こんなことを頼んだ。
「こんなことをするのは気がひけるかもしれんが、ナッシュの墓をもっといい位置に移動してくれないか。そうだな。あいつが生まれ育ったこの町が見渡せるような、丘がいい。確かあったはずだ。移動が終わったら連絡をくれ。じゃあ、頼んだぞ」
 ガイルは、ナッシュのドックタグを手にバイクにまたがった。

 ガイルは右手に海を望みながら、ひたすら海岸線沿いを走った。
 きらきらと日光を反射しているのが、サングラスごしによく見える。
 気分は最高だった。
 失ったものがたくさんあった。家族にはもう何年も連絡していない。きっともう誰もいやしない。無二の親友も、天へと召された。
 それでも、ガイルはもう、振り返ることはやめようと思った。俺には誰もいなくなっちまった。だが、だからこそ、一からやりなおすなのだ。
 あの時リュウが言っていたように、最後まで、やりぬくのだ。

 たどりついたのは、ある邸宅だった。ガイルの家だ。もうしばらく、まともに帰っていなかった。
 ドアをあけると、中にふたつの気配があった。
「あなた!」
 一人は、ガイルの妻だった。
「ユリア!? とっくに出ていったものだと思っていた」
「何いってるのよ。全く、ぜんぜん連絡もしないし、帰ってこないで。軍隊もやめたってミラーさんから聞いて、心配していたのよ」
「お父さん、帰ってきたの!」
 もう一人は娘のクリスだ。
「クリスも、大きくなったな」
 クリスはガイルに飛びかかるようにしてだきつき、無垢な瞳で彼を見つめた。
「あのね、ミラーさんが、『お父さんは仕事が大変だけど、絶対に帰ってくるよ』って言っていたから、ずっと楽しみにしていたのよ!」
 ミラーのやつが、そんなことを。
 全く、おせっかいな野郎だ。
「あなた、しばらく休めるんでしょう? 実は今度、妹が結婚することになったのよ。相手は誰だと思う? 驚かないでね。あの格闘家のケン・マスターズよ」
 ガイルは死ぬほど驚いた。そういえば、ユリアの妹はイライザという名前だった。
「そうか。これから大忙しだな」
 ガイルは家へと入っていった。
 誰もいないなんてことは、なかった。オレには、家族がいる。


 本田の元弟子たちは、困惑していた。
 あの鬼が帰ってきた。誰もがそう噂した。
「あの、本田さん。その年で現役復帰なんて、やっぱり無茶ですよ」
 元弟子の、親方は言った。
 本田は目もくれず、柱へとぶっつけを続けた。
 リュウが、あの若者が「境地」に至った。
 たどり着けるのだ。特別な人間でなくても。
 ゴウケンさんを見て、どこかあきらめていた。あの人はまぎれもない天才だった。
 だが、たどりつけるのだ……
「まだ、わしのちゃんこ≠熬xくないんじゃあ!」
 本田は張り手で柱をなぎ倒した。


 ザンギエフは、戦いにあけくれていた。
 国の活気は、残念ながらなくなりはじめている。もう終わりだという人間もいる。
「終わりこそが、新たな始まりなのだ!」
 これが彼の口癖となっていた。自分が戦うことで、少しでもみんなが元気になれれば、それでいい。そう本気で思っていた。
「あの、ザンギエフさん」
 マネージャーとなったヴィクトール青年が、控え室でふと声をかけた。
「どうした」
「近頃、なんだか変なんです、オレ」
 ザンギエフはヴィクトールに詳しく話すように促した。
「ザンギエフさんが戦っているとき、不思議なものが見えることがあるんです」
「なんだ、それは」
「光……とでも言えばいいのかな。どうか笑わないでほしいんです。でも、たまに、ザンギエフさんから、不思議な光が出るんです。もしかしてこれって悪い病気かと思って」
 さすが、あいつの弟だ。やはり、始まりはいつか来るのだ。リュウよ。おれは決めたぞ。
「ヴィクトール、お前は本日でクビだ」
「そ、そんな! まだ病気だって決まったわけじゃないんです」
「明日から、おれが直々に特訓をつけることにする。気合≠徹底的にたたき込む。レスラーになるんだよ、お前も」
 ヴィクトールは、首をひねった。
 それが、のちに新たな国を支えることになるヒーローが誕生した瞬間であることは、まだ誰も知らない。

「この人、知らない」
「悪いけど、知らないね」
 また、あてがはずれてしまった。春麗はため息をついた。
 さっき見せていた、写真を見つめる。ケンからもらったものだ。リュウとケンが笑顔で写り込んでいる。結構昔のものらしく、片腕を上げるリュウの顔は、どことなくあどけない。
 こんなことなら、無理をしてでもあの時に見つけておくべきだったんだわ。
 春麗は後悔していた。だが、彼にはまだやるべきことがあり、戦うべき相手がいると、知らないお坊さんが言っていた。
 一体だれなのだろう。ベガは倒した。仇は討ったのだ。
 いいや、もうこんなことを考えるのはやめよう。探すんだ。
「リュウ」
 なんとやくつぶやいた。
 絶対に見つけだして、あの時のお礼をしてやるんだから。たっぷりとね。

 あのやくざの組織が、完全に崩壊したと聞いたとき、バイソンは耳を疑った。
「俺だって、最初は信じられなかった。なんでも、ボスが死んだらしい。絶大な影響力を持つあの組織が、一気に空中分解する形になったんだ」
 レイは興奮気味にまくしたてた。「この辺りでも、新しい縄張り争いが始まるかもしれない」
 バイソンはグローブをはめた。
「だったら、お前がトップになればいいことじゃねえか、レイ。ラスベガスは、今日からお前のテリトリーだ」
 レイは困惑した。
「無理いうなって。俺ごときに、なにができる。あんたが適任だよ、バイソン」
「おれは、いい」
 バイソンは立ち上がった。
「金ならいくらでもある。おれがバックアップしてやる。やれるだけやってみろ。ビッグになるのが、夢だったんだろう」
 バイソンは、もうそんなものには興味がなかった。
 ケン・マスターズ。そしてリュウ。あいつらと、また戦いたい。
 そして倒すのだ、あのふたりを。
 既にそれは、チャンピオンに返り咲くことよりもよっぽど掴みたいと思える目標になっていた。


 サガットは滝に打たれていた。
 先日の戦いは、リュウの機転によって見事な完敗だった。
 だが、あの男はそんなことはみじんも感じていないだろう、とサガットは思った。
 あいつは、私との戦いそのものを、ただ楽しんでいるように見えた。少なくとも、戦っている間だけは。
 そこに、私の求めるものがあるのだろうか。
 気づくと、サガットは内なる虎≠呼び覚まし、ぶつけ合っていた。
 その時、彼の隻眼が光を取り戻した。
 思わず息を止めて、眼帯をはずした。
 周りにはなにもなかった。隻眼が映すのは、遙かなる大宇宙であった。
「そうか、これが……」
 サガットは滝を割った。水しぶきが、轟音とともに一斉に飛び散った。
 見えた。見えたのだ。
「リュウよ、お前は今どこにいる? この感覚、確かめなければ」
 サガットは立ち上がった。

 ダルシムは、インドの洞窟で修行を続けていた。
 修行仲間と呼べる人間は、もはやいなくなってしまった。
 シャドルーの崩壊で誰かが戻ってくるのでは、と期待していたが、結果はむなしかった。
 座禅をくみながら、一人潜在パワー≠練り続ける。
「始まるか」
 ダルシムは心の奥で、言った。
「それも運命なのだ、リュウ。残酷ではある。だが、決してそれだけでは、ないのだ」


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