ストリートファイター2N 波動伝
ROUND.8
「クレイジー・バッファローのおたけび」 part1



 ロスを出てから、景色はひたすら荒地だった。
 舗装された道路があるのがせめてものおなぐさみだ。この辺りは、さすが大国と言ったところだろう。
「それで、どうなの、塩梅は」
「ああ、ケンに会うという目的は果たせたよ」
 カーステレオからは、子気味いいポップスが流れている。久しぶりに乗る車の感覚は、すごく新鮮だった。こんなに速く進めるなんて、便利なもんだ。
「あら、よかったじゃない。旅は成功に終わったのね」
 隣で運転する春麗が、笑いかけた。
 どこから話したらいいものか。

 ケンとの悲しい戦いを終えた俺は手紙を書いて、通帳と一緒に彼の恋人に渡すと、すぐに町を出た。
 念願だったはずの戦いは、あんな結果になってしまったが、ケンの真意がわかったのだからよしとすることにしている。彼は師匠のことを忘れて、俺の願いを拒否したわけじゃないのだ。だから、これでよかったのだ。
 その後、ついつい忘れていた春麗への報告電話をすると、彼女はとても驚いた。すぐに、俺も声を上げることになった。なんという偶然か、彼女はちょうどアメリカに来ていたのだ。それも、ロスの町に!
 すぐに会いたいというので、特にあてもないし、彼女の車に乗せてもらっているというわけだ。

「それにしてもなんで、アメリカなんかに」
 久しぶりに見た彼女の横顔は、相変わらず見とれるほどの美しさだった。こちらを向いたので、思わず目をそらしてしまう。なにを緊張しているのだ。
「捜査よ。単独捜査。といっても、もう警察は辞めちゃったんだけどね。あれからしばらくして、組織……シャドルーに、丸めこまれちゃったの。捜査終了の命令が来た時点で、私は当時のポジションに見切りをつけたわ」
 どこかで聞いた話である。生前のナッシュが言っていた通り、シャドルーの影響力は、もう国の機関をおびやかすほどに成長しているのだ。
「リュウ君は、これからどうするの」
「君には話しておくべきだろうな」
 俺はこれまでのシャドルーとの戦いや、師匠のことを話した。聞き終わっても、彼女はしばらく黙っていた。
「これで、はっきりと私とあなたの目的が一致したってことね」
「ああ」
 スピードを少しゆるめて、俺を見つめる。水中のビー球みたいに、春麗の瞳はゆらゆらと輝きをたたえていた。
「改めて、協力しましょう。私たち」
「もちろんだ。よろしく頼む」


 二人旅を始めて数日経った。さすがに彼女と一緒にいるのは慣れたが、その気の強さというか、おてんばさにはたまにあきれる。きょうなんて昼食の料金で店員と口論になり、ついには蹴り飛ばしてしまったのだ。正常な値段に見えたので彼女をとがめると、今度は俺が蹴られそうになった。
「ホットドッグが10ドルもするわけないでしょう! あんた、これまでずっとぼったくられてたのよ」
 ある時は些細なことで口論になると、俺を車から蹴り降ろそうとした。
「だから、気功≠ナはそんなことしないの! 一緒にしないでほしいわ」
 かと思うと、ある時ふっと悲しげな表情を浮かべたりもするのだ。北京ではたった数時間行動を共にしただけなのに、あんなにも強く印象に残っていたのは、このふしぎな魅力のせいだったのかもしれない。
 おかげで、ひどく落ち込んでいた俺も明るさを取り戻していった。
 いや、それ以上かもしれない。なんだか気分がうわついているのだ。


「リュウ、見えたわよ」
 春麗が片手で、眠りこけていた俺を揺らした。目を開けると、空は真っ暗だと言うのに、一部分だけ妙に明るい場所が見えた。車はそこに向かっているようだ。
「まぶしいな。あそこが、目的地なのか」
「ええ、ラスベガスっていう町よ」
 春麗はアクセルを強く踏みしめた。たまにこれをやるのだ。おっかない。
 町に入ると、巨大なビル街に圧倒された。これらは全てホテルらしい。春麗はとくに気にすることなく、ずんずん進んでいく。
 次に現れたのは、原色のネオンがあしらわれた看板群で、どれもピカピカと輝きを放っていた。目がしぱしぱする。まるで昼なのではないのかと思うほどだ。
「ギャンブルが盛んなのよ。これ、みんなカジノらしいわ」
 車はその中の一軒、『ダスク』と書かれたカジノの前で止まった。
「ここに、シャドルーの奴らがいるのか」
「さあね。実は何もあてなんてないの。でも、シャドルーの資金源はほとんどが麻薬や、ギャンブルよ。だとしたら、毎日数千万ドルってお金が使われるこの町に奴らの手が伸びてないはずないわ。絶対に手がかりが掴めるはず」
「あとね」春麗はにかっと笑った。「もうお金がないの。ここで増やさなきゃ、捜査が続けられないわ」
 思わず、ずっこけてしまいそうになった。こんなことなら少しくらい手元に金を残しておくべきだった。
「ま、それは冗談だとしても、ここを見た瞬間、なんだかピンときたの。私のカンって結構当たるのよ。さあ、行きましょう」
 カジノの入り口には黒い服をまとった男たちが立っていた。春麗がそこを通ると、彼らはふかぶかとお辞儀をした。俺もそれにならおうとすると、一人が立ちはだかった。
「申し訳ございませんが、お引取り下さい」
 きょとんとしていると、春麗が気づいて戻ってきた。
「その格好じゃあね。悪いんだけど、リュウはその辺を見物でもしていてちょうだい。ゴメンね」
 なんだかばつが悪かったが、確かに今の俺が入っても浮きっぱなしだろうし、お金もない。仕方がないので俺は町をうろつくことにした。

 ラスベガスの町は、なにもかもが浮かれていた。通りかかる人々は大抵酔っ払っている。その辺のお店に入ると、そこにもスロットマシーンが置いてあったりして人々がギャンブルに興じているのだ。これには驚かされた。だが、これほど色々なものがあるのに、何かが足りない気がした。
 しばらく歩いていると、あるカジノの前に人だかりができている。興味本位で近づいて見ると、期待通りのものがあった。
 群集の中央で、男たちがファイティングポーズを取っている。そうだ、足りないものは、これだった。
「おお、あんた強そうだな。今、一人勝ち状態でつまんねえんだ、一回やっていけよ」
 ギャラリーもテンションが非常に高い。すぐにその真ん中に押しやられてしまった。
「乱入だぞ、カラテマンだ! ケン・マスターズだ!」
 仕方がない。春麗が戻ってくるまで、俺も資金稼ぎだ。

 
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