ストリートファイター2N 波動伝
ROUND.8
「クレイジー・バッファローのおたけび」 part2



 簡単に二人ほどのしてみせると、やじ馬たちはこぞって小銭をなげつけた。それに驚いていると、水着を着たバニーガールが二人やってきて、頬に口付けしてきた。今まで色々なところでファイトしてきたが、こんなことは初めてだった。ここのレベルはそう大したこともないので、調子に乗った俺は連勝を続けていった。
 六人目のチャレンジャーを張り倒したところで、人垣を掻き分けて、一人の大男が現れた。こちらを敵意むきだして睨みつけている。その体からは、波動≠ェかすかに見てとれる。来た、強敵だ。彼に気づいた観客たちは、次々と声を上げた。
「バッファロー! バッファローが来たぞ!」
 バッファローとよばれた男はずかずかと近づくと、俺のことを見下ろした。
「その構え、その技……。おめえ、もしかしてケン・マスターズと知り合いなのか」
「ああ。ケンは俺の兄弟だ」
 すると、男はその表情に、より一層の憎しみをこめた。
「おめえに、うらみはねえ。だが、ぶちのめす理由がある! てめえら、賭けろ!」
 歓声がわきおこった。

 男は一度戻ると、ボロボロの真っ赤なグローブを持ってきてつけはじめた。
「ストリートファイトに、そんなのいらないだろうって思っているだろう。俺はボクサーだ。こいつをつけることは大事な拳を守る意味合いもあるが、なにより誇りなんだ」
 後を向いたまま男は静かに言った。自分が不利になるだけだと言うのに、誇りを優先するとは大した心持ちである。
「レイ、こいつはかなり強い。面白い勝負になると思う。歌ってくれ」
「バイソン、俺はいつもどおり、あんたが勝つのを信じているよ」
 さっきまで車に寄りかかっていたレイはピースサインすると、喉をならして、歌いだした。男、バイソンは両手のグローブ同士を重ね合わせた。目を閉じて祈っている。
「待たせたな、行くぞ」
 バイソンが拳を突き出した。俺もおかえしをすると、距離を取って構えを作った。

 バイソンの動きは伝統的なボクシング・スタイルで、フットワークを使って機敏に動き続けている。アメリカに来てからというもの、何度もこうした動きをするファイターと立ち会ってきたが、彼らとは比べ物にならない速さだ。ときどきフェイントを入れながら、すばやいジャブを放ってくる。少しでも油断すれば、あの太い腕が繰り出すストレートの餌食になるだろう。
「どうした! さっさとかかってこい」
 挑発には乗らず、裁くことに執心する。これだけ速い攻撃なら、こうして避けるだけでもいい修行になる。
 しばらく続けていくうちに、バイソンのこめかみに血管が浮きだっていった。
「逃げてばかりいねえで、本気で戦いやがれ!」
 怒りにまかせた大振りのストレートが来るのを見て、一気に距離を詰める。すれ違いざま、肘打ちを腹にいれてやった。
 してやったりと振り返ると、目の前にバイソンがいた。突然のことに反応できず、アッパーをもらってしまう。確かに間合いは離れていたのだが。
「ざまあみろ。だが大してきいてねえようだな。タフな野郎だ。ケン・マスターズはこれ一発でふらふらだったってのによ」 
「みょうにケンにこだわるな、あんた。あいつと戦ったことがあるのか」
 俺の質問を無視して、バイソンは攻撃を続ける。ここまでは大丈夫だが、さっきのアッパーが不可解だ。もしかして波動≠使っているのだろうか。ここは見極めておく必要があるだろう。
 俺は波動≠放出し、後方へと跳躍した。すると、バイソンはそれを待っていましたといわんばかりに、波動≠体中に溢れさせた。
「おあぁっ!」
 咆哮と共に体をひねらせたバイソンは波動≠炸裂させた勢いでこちらまで一瞬で詰め寄ると、そのまま拳を力まかせに振るわせた。だが、今度はしっかりと見えた。半歩だけずれてかわしてみせた。
「なかなか面白い使い方だな」
「な、なんだと……」
 避けられたのがよほどショックだったのか、バイソンはうろたえている。攻撃に打って出ると、大した防御もせず、ガラあきの体に次々と打撃がヒットした。明らかに、さっきのパンチの反動が残っている。
「やるじゃねえか」
 もうボロボロだが、威勢だけは失っていないバイソンは不敵に笑みを浮かべた。
「まだやる気なのか」
「当たり前だ。お前みたいな強い奴と戦うと、闘志≠ェ沸いてくる。最高だ。俺はこのためだけに生きている」
 確かに、バイソンの波動=i彼は闘志≠ニ呼んでいるようだが)は衰えていない。絶対量だけなら大したものだ。
「それに、誇りをけがすわけにはいかない。負けたくねえんだ。もう、負けたくねえ」
 バイソンは脇から、拳大の何かを取り出した。それを見た瞬間、俺の心は凍りついた。忘れたくても忘れられないものだった。あれは、バルログが持っていた波動≠制御するコントローラーだ!
「どうしてあんたが、それを」
「だから、闘志≠ェもっと必要なんだっ!」
 歯でコントローラーのひねりを回すと、バイソンの体から波動≠ェ噴出した。


 一心不乱にパンチを打ってくるバイソンの動きが、一気に加速する。反応もぎりぎりだ。どういうことだ。どうして彼がこんなものを持っているのだろう。
『シャドルーの資金源はほとんどが麻薬や、ギャンブルよ。だとしたら、毎日数千万ドルってお金が使われるこの町に奴らの手が伸びてないはずないわ』
 先刻の一言が蘇ってくる。
 春麗、もしかしたら大当たりかもしれないぞ。
「すぐにそれを止めろ! 波動≠ェ逆流したらどうするつもりだ!」
「負けられねえんだよ!」
 だめだ。こうなったら、もう戦闘不能にして止めるしかない。俺は波動≠重ね合わせた。
「波動拳っ!」
「その技の対策は練ってあるぜ!」
 バイソンは体をねじりながら波動≠フ力でターンすると、波動拳を回り込むようにしてやりすごす。来るとわかっていなければこんな動きができるはずはない。間違いない、この男はケンと戦ったことがあるのだ。
「必殺のターンパンチだ。受けてみろ!」
 その体勢のまま、例の加速でこちらに向かってくる。バイソンのターンパンチは俺の頬をつらぬいた。
 波動拳の弱点をつかれた。波動≠大量に消費するので、その後どうしてもスキができてしまうのだ。
 だが、ダメージはそう強くない。なんとかこらえることができた。バイソンはというと、やはり技の反動で動きが鈍っている。今度は、こっちの番だ。
 俺はいっきにバイソンの懐に入り込み、アッパーを腹にぶちこむ。彼は前のめりになってこちらの体を掴もうとしてきたが、その前に昇竜拳をお見舞いしてやった。

 バイソンは路肩に転げ落ちた。ギャラリーたちは驚きの声を上げた。彼の波動≠ヘまだ、荒々しい波を形作っている。俺は走ると、コントローラーを取り上げてつまみを元に戻し、それを握り潰した。
「おめえ……」
 バイソンはゆっくりと目をあけた。
「最後の技を撃つとき、手を抜きやがったな。なぜだ」
「すまない。あんた以前、誰かに顎を砕かれているだろう」
「だから、力が入らなかったってのか。めちゃくちゃ強いくせに、なんて甘い野郎だ」
 バイソンは口から血を流したまま笑い声を上げた。顎の骨折というのは癖になる。それを考えたら、最後まで打ち抜くことができなかった。
「でもおめえ、いい奴だな。負けたよ。誇りもずたぼろだが、気持ちのいい敗北だ」
 バイソンに肩を貸して起き上がらせた。観客たちから拍手で迎えられる。
「なあ、この機械は誰にもらったんだ」
「やくざの連中さ。こいつをひねると、すごい力が溢れてくるんだ」
「あんたの、誇りを大事にしようって考えは尊敬できる。でも、これは違う。下手すれば死を招く危険なものだ。こんなものを使ったりしたら、逆にあんたの誇りは汚れてしまうよ」
 俺はぐしゃぐしゃになったコントローラーを投げ捨てた。
「俺には俺の誇りがあるんだ。だから使った。……だが、そんなに危険なものだったとはな。ちくしょう、だまされた気分だ」
「バイソン、そいつらのことを教えてくれないかい。俺はそいつらを追って旅をしているんだ」
 バイソンの話によると、彼に機械を渡した組織はこの辺り一体を統治しているそうで、ファイターたちにショバ代として、機械の使用を命じることがあるそうだ。そうやってテストや調整を行っているのだろう。
「それで、奴らはどこを拠点にしているんだ」
「ここから南にあるカジノ『ダスク』だ。今日なんかは、大物が集まっていたな。なんでもボスが来るって話だぜ」
 なんてこった。なんて運命だろう。
 俺はバイソンに礼を言うと、すぐに『ダスク』の方向へと駆け出した。
 彼女が危ない、急がなければ。

 
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