『ダスク』のガードマンたちを軒並み張り倒したあと、壁に向かって波動拳をぶつけてやると、やはり中には空間が存在した。入っていくと、いた。春麗だ。だが、隣にもうひとり、男が立っている。
「来たか」
男が声を上げた。一目見ただけで、背筋に冷たいものが走った。こいつ、ただ者じゃない。
「春麗からはなれろ!」
俺は一瞬で波動≠練るとそれを投げつけた。だが、奇妙なことに男は姿を消していた。
「……今のは波動拳か。私の結界をやぶるとは大したものだ」
後ろから声が聞こえた。いつの間に移動したというのだ。
「リュウと、春麗……。なるほど、お前たちふたりで協力して捜索していたわけだ」
どういうわけか、この男は俺のことを知っているようだ。もしこいつがシャドルーのボスならば、今までに二度、基地に踏み込んでいるわけだから、それで当然かもしれないが。
「春麗、大丈夫か」
春麗のところに駆け寄る。彼女の表情は絶望に落ちている。その先には、男が一人、血を流して横たわっていた。既に絶命している。
「やっと、父さんに会えたの。でも、あの男、ベガに殺されてしまった……」
春麗はかすれ声で言った。ベガ。ナッシュが探せと言っていた名だ。
俺は思わず唇をかみ締めた。くそ、少しだけ到着が遅かったのだ……。彼女にかける言葉が見つからない。
「お前がシャドルーのボスなのか」
「だとしたら、どうだと言うのだ。師のことが知りたいか。そうだな、お前は必死になって探していた」
やはり、そうなのか。
色々な感情がふつふつと湧き出した。
この男が、これまでに見てきた悲劇を作り上げた張本人なのだ。
「ゴウケン師匠はどこだ!」
「今教えるわけにはいかん。まずはお前の力を試させてもらう」
ベガは指を鳴らした。奴の周りを、黒服姿の美女が囲んだ。
「師のことが知りたければ、私のかわいい部下たちと戦ってみろ」
望むところだ。俺は身構えた。
一人目の女が宙返りする。俺は腕を掴んで放り投げた。そのスキを二人目が狙うが、すぐに察知してひじ打ちを当てた。三人目は後ろから、四人目は上から攻めてくるが、回し蹴りで二人を一撃で片付ける。残る一人は足をすくませたが、正面から向かってきた。
「悪いけど、相手にならないね」
五人目を前蹴りで気絶させると、ベガは驚いた顔をした。
「ほう。五人とも我がシャドルーの誇る強化戦士だと言うのに」
「次はお前の番だ。ベガ」
俺は波動≠重ね合わせる。ベガは興味深そうにその様子を見ている。余裕でいられるのも、今のうちだ。
「『重ね』る技術もものにしているのか。すばらしいぞ」
「食らえ!」
放たれた波動拳は、一直線にベガのもとへと向かっていった。しかし、奴を守るように一人の男がそれをさえぎると、腕を交差させて波動拳を散らした。
「私の指示なしで動くとは。やはりこの男のことは忘れられないか、サガットよ」
「サガット!」
ベガを庇った男の顔は、俺に驚きを与えた。
サガット。三年前のムエタイの大会で、俺と決勝を戦った男だ。当時は『帝王』と呼ばれ、タイの王者として君臨していた。まさか、こんな形で再会することになるなんて。
「リュウ……」
サガットは空ろな瞳でこちらを見る。どうやら彼も洗脳されているようだ。
「だが、お前は下がっていろ。私はこの男のパワーを直接体験したい」
ベガがサガットを後ろに押しやる。
「さあ、リュウよ。相手をしてやろう、本気でかかってこい」
「言われなくても、そのつもりだ」
「その強気がいつまで持つか、楽しみだ」
ベガは腕に力を込めると、歯を食いしばった。体中から輝きが溢れてくる。だが。
「波動=c…じゃ、ない」
「その通り。サイコ・パワー≠フ力、とくと味わえ」
ベガから放出されるエネルギーは、すさまじいうねりと共に、突風を起こした。一見波動≠フようだったが、その質が明らかに違った。どんな人間でも波動≠持っていると言ったが、それ以外の力を持っているやつは、どんな強いファイターでもいなかった。
そんなことを考えていると、ベガは一瞬にして姿を消した。さっき、波動拳をかわした時と同じだ。気づいた時には、もう後ろを取られていた。
殴りつけられると、俺の体は台風に吹かれるビニール袋みたいに吹き飛んだ。壁にどんと押し付けられ、倒れこんでしまう。すぐに起き上がろうとするが、激痛で体が動かない。
「なんだ、なんだ。まさかもう動けないのではあるまいな。まだ、たったの一撃だぞ」
なんという強さだろう。こんな奴がいるなんて。悔しいがレベルそのものが違うのを感じた。
「そうだ。もっとやる気が出るように、ゴウケンのことを教えてやろう。お前がずっと知りたがっていたことだ」
ベガはゆっくりと、言った。
「お前の師、ゴウケンは、もうこの世にはいない。私が殺した」
その言葉を聞いた瞬間、体中の血流がみなぎり、波動≠ェ溢れた。何かが、俺のことを埋め尽くしていく。予感があった。シャドルーに関わったナッシュのように、春麗の父親のように、ジミーのように。だが、それでも絶対に聞きたくない言葉だった。
気持ちが爆発する。思わず、大きながなり声を上げてしまう。そのとき、俺の中から、波動とは違う何か≠ェ燃え上がっていった。
「おお、おお! 出たぞ、やはり。リュウよ、そのエネルギーだ。お前の探し求めていた答えは、それだ!」
ベガが興奮している。どういうことだ。
俺は立ち上がる。沸騰する体から出る蒸気は、波動≠ナはない。
「ベガ、ベガ! よくも師匠を。お前を許すことはできない!」
「奴と全く同じ台詞を吐きおって。力の差というものを考えろ」
ベガに向かっていこうとしたが、うまく動けない。まるで自分の体じゃないみたいだ。ベガからもう一度、今度は蹴りを打たれる。だが、今度は吹きとばされることなく、その場に留まることができた。衝撃で周りの座席は見る影もないほどに破壊された。
「お前は純粋なのだな。この殺意の波動=A今までみたこともないほどに、全てが歪んでいる。すばらしいぞ」
俺は叫び声を放ちながらベガに襲いかかっていく。全てがかわされる。体が熱い。ベガから殺意の波動≠ニ呼ばれた力は衰えることなく、ひたすら俺に何かを促す。
しかし、俺の体がもたなかった。結局ベガに一撃も与えることなく俺は倒れこんだ。殺意の波動≠フ膨張は止まらず、それでも動け、動いて奴を倒せと俺に言った。息の上がりが収まらない。
このままでは、死ぬ。このわけのわからない力に押しつぶされて死んでしまう。
その時だった。誰かが俺の体に触れた。春麗だ。
「リュウ。もうやめて。君にまで死なれたら」
春麗は俺の体に気功≠流しこんだ。春麗の気持ちが流れ込んでくる。すると、気分が安心して殺意の波動≠ヘ侵略をやめた。
「春麗、ありがとう」
春麗はほほえんだ。やはり彼女は強い。もう父の死から立ち直っている。
ベガはその一連の様子をただ傍観していた。
「殺意の波動≠抑えるとは。銅昴直伝の気功術だな。だがそれだけでなく、お前たち二人には強い絆を感じる」
ベガはこちらへ歩くと、春麗のことを横に突き飛ばし、俺を蹴り上げた。床に叩きつけられ、したたかに頭を打った。もう起き上がる力も残っておらず、視界もぼやけている。
「本当はこのまま二人とも殺すつもりだったが、気が変わった。お前の中でめざめた殺意の波動≠ヘ完成しておらん。リュウよ、一ヵ月後、私はタイで格闘大会を開催する。場所は言わなくてもわかるだろう」
ベガは気絶した春麗を抱え上げる。春麗の名を叫んだが、声は届かない。
「この娘は人質と言ったところだ。助けたくば、力を完成させてタイに来い。もしもお前が現れなければ、私は一切躊躇せずこの娘を殺すだろう。それでは待っているぞ」
サガットとベガの二人は姿を消した。俺はそれと同時に力尽き、気を失った。
誰かが俺の名を呼んでいる。
誰だ。俺を助けてくれるような奴が、ここにいただろうか。ガイルか、それとも、さっき話したバイソンか。はたまた、今までのは全部夢で、何も起こらなかった幸せな生活が返ってくるのだろうか。いや、これは違う。さっきの戦いでの鈍痛が、まだ残っている。あれは現実なのだ。シャドルーの総帥ベガに、師匠は殺され、春麗は連れ去られたのだ。ベガを倒さなければ。
「リュウ、しっかりしろ!」
目が開いた。
さっきまで俺のことを呼んでいた本人は、その様子を見て安堵の息をもらした。
「ケン。ケンなのか」
「他の誰に見えるってんだ」
ケンは金髪をかきあげて笑った。
「どうしたってんだ。こんなところでずたぼろになって寝転んでいるなんてよ。まさかギャンブルですったなんて言うんじゃないだろうな」
既に夜は明けていた。俺は『ダスク』の横にある路地で寝転んでいたようだ。
「お前こそ、どうして。なんでこんな所に」
ケンは、何も言わずにサムズアップした。
「リュウの考えていることは、はっきり言って全ては理解できないし、俺たちは考え方が違うと思う。でも、お前に借りがあったのを思い出してよ。違いなんてものは一度置いておいて、それを返しにきただけさ」
「ケン」
「お、おい。こんなことで泣くんじゃねえよ。とにかく、話してくれ。オレと別れたあと、何があったのかを」