ストリートファイター2N 波動伝
ROUND.7
「再会! 紅蓮の格闘王」 part1


「波動は、宇宙なり」
 厳かな声でゴウケンがいった。講堂内は静かで、外から鈴虫の声だけが響いている。奥の方にはリュウ、ケンが腰を低くして座っている。
「この意味がわかるか、リュウ」
 リュウはしばらく黙った後、眉を寄せた。
「わかりません」
「ケン、お前は」
 ゴウケンは、視線をうつした。ケンは頭をかく。
「オレ、そういうのって苦手です」
「今は、別にわからんでもいい。だが、少しは考えなさい。とくにケン。おまえは才能に寄りかかって、なおざりにしすぎる」
「もちろん、わかってますよ」
 ケンはとりつくろうが、ゴウケンの表情は変わらない。
 息を吐いて、ゴウケンは手のひらに波動≠練った。二人の目に、青くまぶしい光がたゆたい、映り込む。その様は、まるでゴウケンそのものが大きな波動≠フ塊に見えるほどだった。いつみても凄い波動≠セと、ふたりは思わず関心した。
「この言葉は、わたしが力のことを初めて知った時、そしてその修行を完成させた時、痛感したことだ。波動≠フ力は、お前たちふたりが思っているよりも、はるかに強大なのだ。忘れてはならない、油断すればこの力は、お前たちのことをいとも簡単に飲み込むだろう。だからこそ、波動≠ニはいつでも真摯に向き合え。そして理解するのだ。ほんの少しずつでいい。いつしかお前たちはある境地にたどりつく。その時、言葉の意味もおのずとわかるだろう」
 ケンが、リュウのほうにこっそりと目線を向ける。
 リュウは、真っ直ぐにゴウケンを見ている。ケンはそれがわかると、ため息をついた。
「ケン、お前にはさっき言ったように才能がある。この先も自己中心的な考えは慎み、努力しなさい。リュウ、お前は誰よりも真面目だ。だが、そこが短所でもある。あまり悩みすぎるな。ゆっくりと波動≠きわめなさい」
 二人は頭を下げ、返事をした。
「では、思いっきりやってきなさい」
 そうして、二人は城を出た。



 久しぶりに、夢を見た。
 ゴウケン師匠が俺とケンに、波動≠フことを語るのだ。あれは、確かタイに向かう前夜のことだった。つまり、あれが師匠の最後の言葉なのだ。よくよく考えてみると、師匠の口ぶりはそれを見越したものとも感じられた。
 『ある境地』というものにはまだ至らずじまいだ。まだまだ修行が足りないということだ。
 それにしても師匠は一体どうして、いなくなったのだろう。
 ひとつわかっているのは、あの『シャドルー』という組織が何か関係しているということだけだ。どうしても真実が知りたい。
 それと、このことをケンに伝えなくては。きっとあいつも、居所が気になっているに違いないし、協力してくれるはずだ。
 その時、泊まっているホテルのテレビに、ケンの顔写真が映し出された。俺は思わずそれを食い入るように見つめた。
『本日、マスターズ事務所から発表がありました。開催が予定されている格闘大会の記者会見をカルフォルニア州ロスアンジェルスで、午後二時から行います。マスターズ氏は正午にロス着、州知事と会談してから会見に臨むとのことです。ご覧のACBテレビでも、会見の様子を生中継する予定です』
 これだ! 俺はすぐに周りを見回し、部屋をひっかき回した。地図はないだろうか。ロスアンジェルス、覚えたぞ。その街に行けば、あいつに会うことができる。
「おい、なにしてるんだ! うるさいぞ」
 ドアが不遠慮にノックされた。恐らく隣の部屋の人間だろう。
「ああ、ごめんなさい! ロスアンジェルスって場所へ、どうやって行けばいいか知らないかい」
「お前、頭がおかしいんじゃないのか! 外を見てみろ」
 俺は外を見た。
 古びてところどころがさびている看板に、でかでかと書かれていた。
『ウェルカム・トゥ・ロスアンジェルス』


 久しぶりに、夢を見た。
 ゴウケン師匠が、オレとリュウに、ワケのわからん話をするのだ。あれは、オレにとってはいまいましい思い出のひとつである、タイの大会へ行く時のことだ。
 あの後の大会で、オレは屈辱を味わうことになる。もっとも、それがその後の行動の原動力にもなったのだが。
 弱い自分を恥じ、一年に及ぶ世界への旅で自分を鍛え、ずっと道場で師匠の帰りを待っていたクソ真面目・優等生のリュウをこてんぱんにのしてやったのだ。
 あいつにも言ったが、師匠がいなくなったことは、「世界に出ろ」というメッセージだったのだとオレはとらえている。リュウにはそれが通じなかった。だから、せめてオレが教えてやろうと思って飛行機のチケットを用意して去ったのだが……きっと、いまもあの古びたお寺でしこしこ正拳突きでもやっているに違いない。あれから、どの位経ったんだっけ。ま、そのうちお土産でも持って、顔を出してやろうかなと考えている。
 オレは今、大忙しである。マイク・バイソンを倒してから、アメリカはオレの話題で持ちきりだ。あの後、「ワールド・チャンプ」となったオレは、立て続けに他の格闘大会に出場し、全て優勝してきた。世はストリートファイトブームとなり、インタビューなどで散々『アメリカン・ドリームを掴んだ男』を演じることにより、いまやオレの人格すらもメディアで肯定されている。本当は、個人的な復讐を果たしただけなのにな。
 賞金だけでなく、そういった露出でも得た金で、アメリカでの生活に本腰を入れるために事務所を設立すると、さらなる富が、あれよあれよとオレに舞い込んで来た。そうして、気づけば誰もがうらやむ大富豪となっていた。
 きょうも、計画中の大会『ハロルド・マスターズカップ』のプロモーションのために、ロスに向かっているところだ。というのも、『ワールド・ファイト・チャンピオンシップ』が、オレが2連覇した時点で頓挫したのだ。なんでも、バイソンが作った人脈によって大きくなった側面がある大会だったらしく、新ヒーローの出現を、多くの出資者たちは快く思っていなかったらしい。
 だがそれなら、今度はオレが作ればいい。それにいつかやろうと思っていた、父の名を冠した大会だ。うまくいけば父の名が永久に残るのだ。こんなにすばらしいことはない。絶対に成功させるつもりだ。どこかにいるであろう師匠も、三年前に亡くなったおじいちゃんも、喜んでいることだろう。
「ミスター・マスターズ。当機はまもなく着陸いたします。シートベルトをお締めください」
 俺はスチュワーデスに返事をした。

 飛行機を降りると、カメラマンたちがオレとイライザに、次々とフラッシュを浴びせた。さすがにもう慣れっこだが、うんざりする。オレがどこに行った、こう発言した、何をした、そんなことで銭を稼いでいる、くだらん連中だ。もっとも、こいつらがいなかったらオレもここまでにはなれなかったろうから、そこだけは感謝している。
 エスカレーターに入ってもそれは変わらなかった。ファンが集まっていて、こぞってオレの名を呼ぶ。やれやれ、この空港だとは誰にも言ってなかったはずなのに、ちょっとテレビで報道されただけで、これだ。だが気分が悪いなんてことはない。それに手を振って答えてやるだけで、彼らは幸せになれるのだ。楽なもんだ。

「イライザ、こんな生活いやになったりしないかい」
 移動中の車で、イライザに問う。彼女は静かに笑った。
「あら、珍しい質問ね」
「いや……別にそうじゃないならいいんだ。でも、毎日毎日、騒がれて、メディアのやつらに追いかけられてさ。疲れたりしないか。この間も、夜中に撮られたりしたじゃないか」
 オレが心配そうな表情をすると、彼女は手のひらを差し出し、オレの顔をなでた。 
「なに言ってるのよ。確かに、疲れることもあるし、この間の不法侵入はどうかと思ったけれど、あなたとずっと一緒にいられるのよ。ぜんぜん、気になんてならないわ」
 こんなことをいえる女が、他にどれだけいるのだろうか? これまで、多くの女性と触れ合ってきたオレだが、イライザほどの女性はいなかった。オレをどうしようもなく夢中にさせる彼女を、もっと幸せにしてやりたい。

 最高の名誉と富、そして女性。オレはいま、絶頂だ。


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