ストリートファイター2N 波動伝
ROUND.7
「再会! 紅蓮の格闘王」 part2


 ケンの記者会見が始まった。俺はそれを街頭の備え付けディスプレイで見ている。会場は一体どこなのだろう。結局この時間になってもわからずじまいである。
『このたび、マスターズ事務所は「ハロルド・マスターズカップ」の開催を宣言いたします。合わせて大会の委員会を発足、現在出資者を募っています』
 ケンが、マイクをにぎってゆっくりとしゃべりだした。久しぶりに見る彼は、自信に満ち溢れている。心なしか、少し太っただろうか。隣には美しい女性が腰掛けている。やれやれ、相変わらずのようだな。ふと見渡すと、テレビの周辺には人だかりができはじめている。
『大会の名前には、みなさんもよくご存知のように父・ハリーの名を冠しました。無念の死を遂げた父ですが、彼が偉大な格闘家であることは、この先永劫変わらぬことでしょう。この大会から、彼のようなすばらしいファイターが現れることを、期待します。みんな、このオレのように、アメリカンドリームを掴んでくれ。夢見るきみのすばらしい日々は、この大会から始まるんだ!』
 ケンが大仰に拳を握ると、フラッシュが画面を真っ白にした。周りからは歓声や指笛が聞こえてくる。まさに熱狂である。アメリカは今、ケンに狂っている。

 大会の概要が読み上げられる。詳しくは知らないが、今年まで行われていたワールドなんとかという大会よりも規模を拡大するらしい。今回の大会は全く新しい時代の幕開けだとか、この取り組みに賛同してくれる出資者がいることを信じているとか、そういったことを熱っぽく語るケンを見ているうちに、ある恐ろしい、そして悲しい気持ちが湧き上がってきた。
 もしかしたらもう彼は、新しい道を歩き出したのではないだろうか。俺や師匠などあずかり知らぬところまで行ってしまったのでは、ないのだろうか。とても悲しいことだが、すっかり変わってしまったのではないだろうか。 
 心からそれを認めることができないのは、きっと俺自身、そうであって欲しくないということなのだろう。
 そうだ。きっと俺のことを見たらまず驚いて、そのあと「よく来たな」と笑顔で笑ってくれるのだ。協力して欲しい、そういうと、彼はゆっくり親指を立てて、この大会のことなんか蹴っ飛ばして、手伝ってくれるはずなのだ。さあ、会場を探そう。行くんだ。歩け、リュウ。
 それでも、足が動かない。おいおい、一体どうしたって言うんだ。やっとここまで来たんだぞ!


 オレは会見を終えると、すぐに駐車場から車に飛び乗った。出待ちのファンたちが、押し寄せてくる。運転手はクラクションを鳴らした。
「おい、真ん中で一旦止めてくれ」
「なに言ってるんです、この人だかりで」
 運転手は困惑したが、オレが顎をしゃくるとすぐに停車した。ファンに取り囲まれる格好になる。
 オレは車内の上部に取り付けられている窓を開けて、上半身を外に出してピースした。それだけで、とんでもないほどの嬌声が沸きあがった。手を差し出してきたなかの何人かと握手すると、席に戻って窓を閉めた。こういう細かいサービスは大事なのだ。
「よし、やってくれ」
 うなりを上げて車は走り出した。
「それで、これからどうするの、ケン? 会見後すぐに飛行機でニューヨークに戻るなんて言うんだから。空港は今頃大騒ぎよ」
「ありゃ、うそだよ。今向かってるのはビバリーヒルズの港だ。さっき出待ちしてた、頑張って会場を探し当てた奴らに得をさせてあげたかったのさ。それに、ここん所ずっと張り詰めていたし、ちょっとくらい秘密のクルーズを楽しんでから戻るってのも、悪くないだろ」


 結局、あの会場に行くことはできなかった。ケンは会場を出たらニューヨークに戻ると言っていたから、しばらくは会うこともないだろう。逆方向へと足を進めてみると、なぜかほっとしてしまう自分がいた。
 俺は別のところに向かうことにした。アメリカを出て、世界を巡ろう。師匠の手がかりを、もっと探すんだ。インドで、ダルシムとまた修行するのも悪くないな。それとも一旦日本に戻ろうか。おっと、春麗に報告するのも忘れていたな。
 海が見えた。潮風が体を透き通って、心を落ち着かせる。空を望むと、巨大な入道雲がそびえていた。先には、鉛色の暗雲が小さくひそめいている。
 波をじっと眺めていると、一台の車がやってきた。誰かが降りてくる。こんなところに、何の用だろうか。
 男と女がこちらへ向かってくる。ずいぶんと声の調子が高い。きっと機嫌がいいのだ。うらやましい。
 男と、目が合った。
 見覚えがあるどころじゃない、顔だった。


 誰かと目が合って数秒後、まさか、と思わず口にした。
 こちらを見ているのは、いや、やはり、まさか。
 だが、間違いない。間違えようがない。
「リュウ」
 勝手に口が動いた。本能的に出た名前を、理解するのにしばらく時間がかかる。
 リュウだ。あのリュウが、こんなところにいるのだ。
「……ケン。久しぶりだな」
 若干、あの頃より痩せただろうか。だが、それ以上に、明らかに何かが違う。不思議なことにそれが一体何なのか、わからない。
「どうして、こんなところに」
 リュウは口を閉ざした。
「もしかして、オレのことを知って、わざわざきてくれたのか?」
 それでも、何も言わずに目を伏せている。一体、なんだってんだ。何か言ってくれなきゃ、わからないってのに。
「ケン、この人がいつも話してくれているリュウさんなの?」
 イライザが声をかけると、リュウはこちらを向いた。
「ああそうだ。なんでこんなところにいるのかはわからんが……リュウ、紹介するよ。イライザだ」
 イライザの挨拶に応じたあと、リュウは一呼吸して、何かを決意したふうだった。
「ケン。お前のことはこっちに来て知った。立派になったな。俺も、自分のことのようにうれしい」
 そんなことを言う割には、浮かない顔をしているのだ。何かあるな。
「ありがとよ。でもどうしたんだ。久々の再会とは言え、なんか変だぜ、お前。なにか言いたいことがあるんだろ? 言ってみろよ」
 すると、リュウの表情は一気に明るさを取り戻した。
「ああ、聞いてくれるか! 実は師匠のことなんだ」
 何か、嫌な予感がする。


 俺は、今まで師匠とケンを追って旅を続けてきたこと、師匠の居場所の手がかりを掴んだこと、シャドルーという組織のことを簡単に話した。
 ケンはさすがである。俺の様子を察して、あちらから尋ねてきてくれるとは。
 ところが話を聞き終えた彼は、眉間に皺を寄せた。
「それで」
「それでって……一緒に、師匠を探して欲しいんだよ」
「ばかいうな。お前、なんだってそんなことをしてるんだ。やめろ、もうやめてくれ、そんな話」
 これまでいた世界がひっくり返るような、そんな感じがした。ここはもう、別の世界なのだろうか。
「なんで、そんなこと言うんだ。師匠には恩があるだろう。あんな突然いなくなって、修行も途中のままなんだぞ」
「もしお前の話が本当だとしても、師匠はあの時、オレたちを解き放ったんだ! オレは、恩があるからこそ、探したりしていない。そんな無粋なことできるわけねえ。師匠の気持ちを、少しは考えろよ。……そうだ、リュウ。お前、オレと一緒に来いよ。大会のプロモーションを手伝ってくれないか。お前くらいの強さなら、きっといいところまで行けると思う。その後はうちの事務所にいるトレーナーに師事して鍛錬を積め。最先端の技術でトレーニングができるんだぞ。そんでもって、オレと決勝だ。オレたちの、ケンリュウ時代を作ろう」
 何を言っているんだ、こいつは。
 師匠が見守っている、そんなことがあると思っているのだろうか。あの人はシャドルーを追っていなくなったんだぞ。どうしてだ、ケン。わからない。わからない。
 だが……。



 リュウはしばらくぼおっとしていた。かと思うと、腕をぎゅっと握って、前に突き出した。
「ケン、戦ってくれないか」
 何を言っているんだ、こいつは。
「ちょっと待てよ。さっきの話を聞いていたか。わからねえのなら、もう一度説明するぜ」
「ケンッ!」
 だめだ。さっきまでの様子といい、意味不明の言動といい。もういかれちまったんだ、こいつは。
「イライザ、悪い。もう帰ろう」
「えっ、リュウさんとケンは、親友じゃないの、一緒に、お食事したりしなくていいの」
「もう、いいんだ」
 オレたちは踵を返して、車に乗った。
 気分が悪い。今日はこの辺で一泊しよう。イライザにも悪いことをしてしまった。今度、埋め合わせをしなければな。
「うわっ。ミスター、ミスター!」
 運転手が声をあげた。リュウがボンネットに乗って仁王立ちしている。
「いいよ、もう。突き飛ばしちまえ。そのくらいじゃ死んだりしねえから」
「いいのですか、死んでしまいますよ」
「オレたちを、なめるな。さっさとやれ」
 だが、その前にリュウは声を上げて、こともあろうか、オレのロールスロイスに正拳をぶち込んだ。腕は車体に深くつきささり、大きく揺れる。
 オレはドアをあけた。
「クレイジーだぜ! なんてことをしやがる」
 こんなマネ、以前の奴にできるはずがない。理解した。あいつはちゃんと旅に出て、結果ここにたどり着いたんだ。
「すまない。あとで弁償する。頼むから、逃げないでくれ。俺と戦ってくれ、ケン」
「わかったよ、そこまで言うのなら、お望みどおりぶちのめしてやる。おいイライザ、胴着をくれ」



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