ストリートファイター2N 波動伝
ROUND.6
「友への誓い! 復讐の男ガイル」 part1


 色々あったが、ようやくアメリカにたどりついた。
 アメリカは面白いところだ。まず俺を驚かせたのは、各所で行われているストリートファイトだった。どの街に行っても、スペースがもうけられ、ファイトが行われているのだ。おかげで修行にもなるし、旅の資金調達にも全く困らない。だが昔からこうだったのかと思えば、どうやらそうでもないらしい。
 では一体なぜ、こんな状況になったのか。これがまた面白い。
 ケンだ。あのケン・マスターズが、国で一番大きな格闘大会で優勝したからだというのだ。彼はどうやって強くなったのか聞かれたテレビのインタビューで、こう答えたそうだ。
「ストリートファイト。たったそれだけ。みんなもやってみろよ。浮浪者から、いきなりオレみたいな億万長者になれるかもよ」
 この言葉が、どうしてもアメリカン・ドリームを掴みたい若者たちをストリートファイトのとりこにした。実際、ケンが勝てた理由はそれだけではないのだろうが、あいつの性格からして、もっとのし上がってやろうと、国を巻き込んでやろうと言葉を選んだに違いない。現にケンが主催するストリートファイト大会も予定されているようだ。彼の顔が描いてあるポスターを、もう何度も見かけた。
 春麗がケンの名前を知っていたことも、これで理解した。
 俺はうれしかった。ケンが、ついに大成し世間に認められたのだ。そうと決まれば一刻も早く会いたかったのだが、今のあいつはもう有名人だ。簡単にはいかないだろう。
 今日もそんなことを考えながらストリートファイトに勤しむ毎日である。

「なあ、リュウさんよ。そろそろ別のところに行ってくれないか。あんたが強すぎるもんだから、この近辺のファイターはもう家から出てこれないんだぜ」
 街のストリートファイターがいう。
「そうだな。せっかくの場を荒らしてしまって悪かったと思ってるよ」
「ま、実際のところ、あんたはなんにも悪くないんだけどさ。物事にはバランスってもんがあるのさ」
 どうやら、レベルが違うということらしい。先日までのファイトを見ていれば、当然だろう。
 そう、俺は強くなったのだ。これは自分でも驚いた。まあ特訓は日本にいた頃からしていたので、どちらかというと、強くなっていたという言い方の方が正しいのかもしれないが。とにかく格段に腕が上がったということだ。前も感じたように、自然や、出あったファイターたちが俺の肉体を強靭にしていったのである。
 ファイト場を立ち去ろうとしたとき、人ごみの中からひとりの男が出てきた。目つきが鋭く、その青い瞳はギラギラと輝いている。どこかこちらを値踏みしているような雰囲気があり、少し鼻についた。
「ちょっといいか」
 男はジャケットのポケットから写真を差し出した。
「お前、外国人だろう。この男を見たことはないか」
 写真には、精悍な顔つきの、眼鏡をかけた若者が写っている。その隣には、いま、写真を差し出している男が笑顔でサムズアップしていた。
「すまない。知らないな」
 男は鼻を鳴らした。期待外れだったということだろう。それにしても、自分の気持ちをこんなに分かりやすく示すとは、初対面とは思えない失礼な態度である。
「そうか。ではこちらはどうだ」
 今度は逆のポケットから、紙焼きを取り出した。どうせまた、知りもしない人だろう。手にとって見てみると、老人が写っていた。その顔を見た瞬間、俺の思考は一瞬止まった。あり得ないと思っていたことが突然起こると、人間は反応が遅れるものだ。
「し、師匠っ!?」
 思わず叫んでしまった。間違いなく師匠だ。写真にはあのゴウケン師匠が写っていたのである。
「なんだ、知ってるのか。この男を捜しているんだが」
 男の言葉を切って、俺は掴みかかった。
「この人は俺の師匠なんだ! あんた知ってるのか! 教えてくれ、どういう関係なんだ!」
 男は俺の腕を払った。
「落ち着け、質問しているのはこっちだ。どこにいるのか知らないのか」
「知らない、今から三年くらい前に、行方不明になったんだ!」
 すると、男は背をむけた。
「三年……するとこちらに来る前のことだな。知らんのならそれでいい。じゃあな」
「ちょっと、待ってくれよ! まだ話は終わってない!」
 男は俺のいうことを無視して、ずんずん進んでいく。すっかり馬鹿にした態度に、さすがに頭にきた。それにこいつは師匠のことを知っているのだ。絶対にこのまま帰してはならない。
 俺は追いかけて、肩を掴んだ。
「待ちやがれ」
「ほう、オレにケンカを売ろうってのか、小僧」
 男は低い声でいった。だが、そんなことでひるむ俺ではない。
「あんた、その腕っぷしを見る限り、けっこうやるんだろ。ここまで来た記念に、一回くらいやっていけよ」
「おもしろい、ちょうど行き詰ってイライラしていたところだ」
 俺たちは構えを作った。おまえのストレス解消になんかさせるものか。


 男の構えは見たことがあった。腕を眼前まで掲げる、アメリカン・マーシャルアーツと呼ばれる格闘スタイルのものだ。警察や軍隊の人間が主に使う近接格闘術だと、以前ケンが言っていた。さまになっている。どうやらただものじゃなさそうだ。
「どうした、まさか今更怖気づいたんじゃなかろうな」
「冗談!」
 挑発に乗ってやるかと、俺は距離を詰めて殴りかかった。だが、男はいとも簡単にかわしてみせた。逆にすれ違いざま、肘うちをもらってしまう。
 動きが機敏で、左右に振ってくる。ジャブを抑えると、今度はジャンピングソバットが飛んでくる。こいつは思っていたよりも強敵だ。
 すぐに距離を取り、手を重ねた。波動拳で驚かせてやろうという寸法である。
 男はそれを見て、眉間に皺を寄せた。これまでのパターンからして、見えているのかもしれない。だが、簡単には避けられないはずだ。
「波動拳!」
 波動拳を撃ったとき、相手が取る行動は大抵決まっている。そのままわけもわからず食らうか(大抵はこれだ)、わかっていても、避けられないか。このどちらかだ。例外として、ザンギエフやブランカ……ジミーはそれぞれの方法でかわしてみせたが、それは全て一度以上見せたあとのことだ。
 つまり初見でどうにかした奴はいないのである。

 だが、この表現は今日で過去形に変わってしまうこととなった。
 男はガードを作ると、波動拳を体で受け止めた。波動≠ェはじけるが、男はそれを分散させ、空気中に放出させた。男の体からは、微量ではあるが、波動≠ェ出ている。
 あぜんとした。波動拳が破られたのだ。正直言って、あんなまねをできるなんて知らなかった。
「やるな。では、お返しだ」
 男は両腕を地面と水平に掲げると、波動≠フエネルギーを腕へと集中させている。まずい、何か仕掛けてくる。すぐに体勢を整えなければ。
「ソニックッ!」
 それはすぐさま放たれると、俺の全身に衝撃を与え、宙にうかせた。なんという速さだろう。手をつきそのまま飛びずさる。ところが、着地した所にもう一発、今度は足に奴の波動≠ェぶつかる。
「くそっ!」
 バランスを崩したところで、その勢いのままええいままよと突っ込む。この際、意表さえつければいいという考えだ。しかし、こんな考え方は追い詰められた鼠がパニックを起こし、逃げる方向もわからずにまんまと猫の方向へと向かっていくようなものだった。
 気づいた時には目の前に男がいた。男の腕は、俺の右頬をかんぺきに捕らえた。

 男はそこで後ろを向いた。
「もういい。ありがとうよ、サンドバッグくん」
 その言葉が、ことさら俺の怒りを煽った。起き上がると、めちゃくちゃに波動≠重ね合わせた。
 しかしながら、この波動拳は奴まで届かなかった。怒りと体へのダメージの影響で、うまく定着しなかった波動≠ェ、途中で破裂してしまったのである。
 今の俺では、この男には何ひとつ敵わない。負けだ。俺の負けなのだ。
「ふん。国へかえるんだな。お前にも家族がいるだろう」
 男は去っていった。俺は追いかける気力もなくして、膝をついた。

 それからしばらくの間、ファイト場の片隅に腰掛けて、物思いにふけった。
 やはり、一番大きな感情は「怒り」だった。
 負けたから怒っているのかというと、そんなことはない。怒りの矛先は他ならぬ自分自身である。
 いつの間にか、日本でケンにやられた時のことを忘れてしまっていたのだ。上には上がいる。この程度で奢るなんて、勘違いも甚だしい、井の中の蛙だったのだ。
 俺は成長なんてしていなかった。だから、この先も努力していかなければならないのだ。このことだけは、もう絶対に忘れてはならない。
 次に沸いたのは、「悔しさ」だ。
 ここまでの完敗は、本当に久しぶりだった。修行時代、師匠の友人にこてんぱんにされたことがあったが、今回はあの時よりもひどく、ぶざまな負け方だ。
 彼は「国へ帰れ」と言ったが、そうはいかない。これまで手がかりすらつかめなかった師匠の足取りが、やっと見えてきたのだ。それに、負けっぱなしのままでケンに挑めるものか。
 俺は立ち上がると、ファイト場に向かって声をかけた。
「なあ、あいつのことを知っているやつはいないか」


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