ストリートファイター2N 波動伝
ROUND.6
「友への誓い! 復讐の男ガイル」 part2


数時間後、俺はある場所に赴いていた。かなり開けていて、目の前には金網が横に向かって広がっている。どこまで続いているのか、見当もつかない。
 男は、ガイルという名前の軍人らしいということがわかった。彼と同じ軍隊の人間が、たまたまあのファイトを見に来ていたのだ。だが、ガイルはほとんどの時間を軍の基地で過ごす、いわゆる士官だということも同時に知った。そういうわけで、とりあえず街のはずれにある基地までやってきたのだった。
「おい、お前。怪しいやつだな。こんなところで何をしている」
 入り口で、ライフルを構えた軍人たちに声を掛けられた。
「ガイルって人に会いたいんだ」
 軍人は顔をしかめた。
「ガイル……? 第四中隊のガイル隊長のことか。何の用だ」
「会って話したいことがある」
 だが、軍人は銃を向けた。
「だめだ、だめだ! お前のように身分のわからんものを入れる訳にはいかん!」
 門前払いを食ってしまった。ケンが以前、アメリカ人はおおらかだと言っていたから、簡単に入れるものとたかをくくっていたのだが、困ったことになった。
 どうしようかと考えながら金網沿いに歩いていると、なにやら向こうで騒いでいる連中がいるのに気がついた。俺はそこまで走っていった。

「おい、しっかりしろ、マーク!」
 一人の男が、向こう側の金網にもたれかかって倒れている。男の体からは、不思議なことに煙が出ていた。そして、息をしていない。
「どうしたんだ」
「おお、ちょうどいいところに。あんた、すまないんだが外から医者を呼んで来てくれないか」
 倒れている男……マークは、軍基地からの脱走を図り、金網を登ろうとしたらしい。そこまではよかったのだが、彼は詰めが甘かった。金網の上部にかけられた有刺鉄線に高圧電流が流れていることを知らなかったのだそうだ。思わずぞっとした。無理に進入しようと考えなくてよかった。
 本来ならば軍医が助けるところなのだろうが、軍医たちはプライドが高く、脱走を図った者にする処置はないとむげに断られてしまったらしい。そこに行き会ったのが俺である。
 マークを見てみると、体から微量の波動≠ェ出ている。まずいぞ。傷ついた一般人が出す波動≠ヘ、死への悲しい抵抗の証なのだ。
 俺はすぐに彼へと近寄ると、金網ごしに波動≠送り込んだ。こうすることにより彼の波動≠フ流動を促し、一時的に代謝能力を引き上げるのだ。ある程度の波動≠ェ出ていなければできない荒業である。これも、ダルシムに教わった方法のひとつだ。
 周りの軍人たちは、はじめこそ俺の行動に困惑していたが、マークの様子が変わっていくにつれて、なにかただならぬことが起こっていると理解したようだった。気づいてみると、金網の向こうには人だかりができていた。
 しばらく続けると、マークの口から息が漏れた。なんとか一命は取り留めたようだ。軍人たちからざわめきが起こった。
「息は吹き返したが、まだ危険なことには変わりない。応急処置をして、流血を止めてくれ」
 俺はそう彼らに言うと立ち上がり、踵を返した。
「ちょっと、ちょっと待ってくれ」
 金網越しに、声を掛けられた。
「私はマークの上官だ。君はサム≠使ったんだな。あの不思議な力で、マークのやつを治してくれたんだろ。ありがとうよ。わたしは是非、礼がしたいと思っている。申し訳ないんだが、あっちの門から一旦敷地に入ってくれないか」


 マークの上官はミラーと名乗った。彼の好意のおかげで、俺は軍の敷地内に入ることに成功したのだ。情けは人の為ならず。
 ミラーは、波動≠フことを知っていた。彼自身は見ることはできないが、使える人間が何人か軍にいるということだった。おそらくあのガイルもその一人ということになるのだろう。だからこそ、俺が何をしたのかも理解できたのだ。
「それで、リュウ君。きみは何か目的でもあってここに来たんだろう。そうでもなければ、こんな辺境まで誰が来るものか」
 ミラーの読みは鋭かった。ひょっとして、それをわかっていてここに入れてくれたのだろうか。
「人を探しているんです。ガイルって軍人を知りませんか。たしか第四中隊って聞いたんだけど」
 名前を出した時点で、ミラーは額に手を置いた。
「おお、よりによってあいつか。今の彼と話すのは難しいかもしれないな」
「どういうことなんです。教えてください。俺はあの男に会わなきゃならないんです」
 彼は俺を資料室にまねき、ガイルの現状を話してくれた。
 
 ガイルは士官学校出身の生え抜きで、現在は第四中隊の隊長、階級は少佐だという。数々の戦いで功績を残している上、気さくな性格で(これには驚いた)部下たちからは信頼されているそうだ。だが、多少融通が利かないところがあり、上の連中からは煙たがられているらしい。
 彼にはナッシュ・チャーリーという友人がいた。ナッシュはとても聡明な男で、階級もガイルよりも上だったが、ふたりはそれを気にせずに話せるほどの大親友だった。
 一昨年、警察からの依頼で、ナッシュはある組織の捜査に加わった。だが、数ヶ月後、潜入捜査中に突然消息を絶ってしまったのだという。
「ガイルはそれからというもの、変わってしまった。やっきになってナッシュの行方を捜しているんだ。おそらく今のあいつは、それ以外のことは何も考えていまい。上層部の連中も呆れ顔だよ」
 予感がした。
 『組織』。まるで運命のように、たびたびこの言葉が俺の目の前に現れる。
 それに彼の目的は、中国で会った春麗とまるっきり同じじゃないか。もうこれは疑う余地もないのかもしれない。
 一体、何人の人間を不幸にしたら気が済むんだ。

 そういうことだから、とミラーはすまなそうに言った。彼の言葉も意味するところはさっしがついた。会わないほうがいいということなのだろう。
 その時、ドアが開いた。誰かが資料を取りに来たのだろう。
 ミラーと俺は思わず面食らった。
 忘れられない顔だった。ガイルだ。入ってきたのはガイルだったのだ。噂をすればなんとやら、とは良く言ったものだ。
「……ミラー。部外者を勝手に入れたりして、連中に知られたら減俸ものだぞ」
 ガイルは俺のことなど見向きもせず、言った。ミラーはなにか決意したふうだった。
「ガイルよ。この男を知ってるか。君に会いにやってきたんだ」
「知ってるよ」ガイルは首をひねらせ俺を見た。「俺は帰れと言ったんだぞ。こんなところまで来るなんて、馬鹿か、おまえは」
 またしても喧嘩ごしの態度に、胸がキリキリした。だが、、手を出すのはおろかなことだし、ミラー氏の手前、彼の好意をふいにしたくない。
「用件はわかってるだろう。あの老人のことを教えてくれ。頼む、この通りだ」
 俺は頭を下げた。ガイルはというと、最初に会った時のように鼻で笑った。
「喧嘩じゃ勝てないと知って、今度は下手に出るか。態度をころころと変えやがって。おれはそういう奴は大嫌いだ」
 確かにそうだった。こんなことをするのは俺だって嫌だし、情けないと感じる。
 だが、こうすることによって師匠の情報が少しでも得られるならば、どんなことでもやるべきだ。俺の本能がそう言ってきかないのだ。
 ガイルは何も言わず、ドアノブに手をかけた。やはり駄目だ。この男から情報を得るには、簡単にはいかないのだ。こうなったら、言うだけ言ってみるか。
「ちょっと待ってくれよ。それに手ぶらじゃない。俺は、ナッシュって人のことは知らないが、あんたの追う組織のことを知っているかもしれない」
 そこまで言うと、やつの手が止まった。やはり食いついた。
「おい、そういうことは冗談でも口にするもんじゃないぞ」
「冗談なものか。人間を捕まえて、人体実験だとかをして、戦わせて金を儲けてる連中だろう」
 ガイルの眉が釣りあがった。
「おい、どうしてそれを知ってる!」
 こうして、なんとか彼と話すことができるところまではこぎつけたのだった。


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