バルログはすばやい動きで、まるで踊るみたいに攻撃を簡単にかわしてくる。そして、その反動を利用してかぎ爪で斬りかかってくるのだ。一度とっさにガードしてしまうと、流血してしまうはめになった。まずい、あの爪は切れ味ばつぐんだ。奴が一旦距離を取ったのを見て、波動拳を撃ち出した。だが、これも避けられた。バルログは血のついた爪を舌でなめずった。
「ほう。今のはすばらしいな。君の美≠ヘそれか。では、今度は私の美≠お見せしよう」
そう言うと、バルログは金網をのぼっていく。すぐさま一番上まで上がってしまうと、壁を蹴って飛んだ。
「ひょおおっ!」
奇声とともに、こちらへ向かって飛んだかと思うと、一瞬で着地した。何が起こったのかわからなかったが、胸から血が噴出した。その様子を見て、バルログは恍惚としている。
「どんなにみにくいものでも、美しい瞬間がふたつだけある……。ひとつは、何かに向かって真っ直ぐに向かってくるようす。そしてもうひとつは、そいつが死に直面した時、恐怖に顔をゆがめるところだ。何事でも、終わり際は際立って美しい」
バルログは床を蹴り、宙へと舞う。俺がよくやる波動≠使ってのジャンプだ。すぐに波動≠練り、迎撃の準備をする。だが、向かった先は俺ではなかった。バルログは先にある壁を蹴り、もう一度飛んだ。恐らく波動≠うまく使って、空中を行き来しているのだ。
「どこから来るかわからない、恐怖におびえなさい」
どんどんスピードが上がり、ついにバルログの姿は見えなくなった。辺りを見回すが、壁を蹴る音だけが不気味に響いている。
そのとき、腕を激痛が襲った。流血している。やつの爪で攻撃されたのだ。まずいぞ、奴の攻撃が全く目視できない! きっとこの戦法を使うために、金網を落としたのだ。
「ひょっ!」
奇声と共に、もう一度、今度は右足だ。
「さあ、少しずつ死がやってきますよ。思い出しなさい、家族のことを、恋人のことを、友人のことを。あなたはもう、その人たちに会うことができないのです……」
ふざけるな。ケンと戦うまで、師匠に会うまで、死ぬ訳にはいかないんだ。
俺は波動≠練ると、体にまとわせた。以前、ジミーと戦ったときにやった戦法だ。そう、奴の動きはジミーに似ている。威力や程度は違えど、一度経験していることなのだ。それにこれだけのスピードを、全て計算してコントロールできるはずがない。すなわち、一定のパターンや特徴など、どこかに勝利への手がかりがあるはずだ。それを見極めるのだ。
爪攻撃を何度も喰らいながら、俺は見に徹した。とにかく奴の動きを目で追った。すると、少しずつ見えてきた。奴は攻撃する直前、波動≠多量にまとっているのだ。放出の勢いで攻撃する、「昇竜拳」と同じ理屈だ。その瞬間さえわかれば、避けることができるはずだ。
案の上だった。バルログの波動≠ェ凝縮される瞬間、今立っている位置から半歩ずれると、やつの攻撃は当たらなかった。ここまでできれば、次は攻勢に移る。さっきと同じタイミングで、今度腕の部分を空けてみる。すると、バルログがのばした腕を掴むことができた。ここまでくれば逃さない。勢いを利用して、地面に叩きつけてやった。会心の一本背負いだ。
バルログはすぐに立ち上がると、飛びずさった。
「きさま、わたしの美≠ェ見えているというのか」
「ああ、もう完璧に見えているぞ」
本当はタイミングを合わせているだけなのだが、はったりを言ってやった。それが利いたようで、バルログはたいそううろたえた。感情の起伏が激しいやつだ。
「ありえない! あってはならない、そんなことは! ぎいい、許さんぞ、リュウ!」
バルログはもう一度壁を駆け上がった。だがさっきの投げと、精神が揺らいだ影響か、動きが遅い。今度はうそではなく、本当に見える。こちらの負傷も相当なものだ。今だ。今決めなくては。
奴が天井に着いて、攻撃を始めるのを見て、こちらも跳躍した。昇竜拳や波動拳でもいいが、きっと一発じゃ倒れてくれないだろう。この間完成させた必殺技をやってみるしかない。
空中で、俺とバルログの体が平行に交わる。ここだ。
「くらえっ!」
半身のまま波動≠放出させ、勢いの乗った空中回転蹴りをバルログに見舞った。奴の爪も迫っていたが、足は見事に、綺麗な顔へとめり込むと、仮面を破壊した。体じゅうが興奮し、そのようすがコマ送りのようにゆったりと見えた。ここからはお約束、波動を放出させながら回転するあの技である。
三度、いや四度は当たっただろうか。名づけて「空中竜巻旋風脚」は、全てがかわいそうなくらいに彼の顔を砕いた。残念ながら自慢の男前は台無しだろう。
バルログは壁に叩きつけられ、床へと沈んだ。強敵だったが、なんとか勝ったのだ。
バルログの姿を見ていると、隣から轟音が飛び込んだ。すぐに我に返り、金網の外を見た。そうだ、ガイルだ。さっきまでの戦いに夢中になっていたが、彼も戦っているのだ。
まさかだった。ガイルが壁に叩きつけられているではないか。相手の黒い男は、抵抗できない彼を好き勝手に殴りつけている。俺は金網の中に鍵つきのドアを見つけると、鍵をマシンガンで破壊した。きっと、バルログが勝利した後に美しく退場するためのものだったのだろう。
黒いラバーの男のもとに走ると、後ろから蹴りを入れた。やつにも傷は沢山ついていた。ガイルにやられたのだ。
「どうしたんだ、なんで反撃しないんだ」
ガイルはぼろぼろだった。彼の顔は、絶望に落ちている。
「あの、顔を見ろ」
俺は男の顔を見た。仮面がはがれている。
ナッシュ。あのナッシュだ。男は行方不明のナッシュ・チャーリーだったのだ。その目はあらぬ方向を向いている。俺はインドで出会った闘技場の囚人たちを思い出した。
「おれはもう、どうすればいいのかわからない」
俺の話や捜査を通して、きっとガイルはわかっているのだ。この男が本当にナッシュなのかどうかは別として、これでナッシュが組織の手に落ち、もう戻れないところまできてしまったのだと。だから、どうしようもなく戦意を喪失してしまったのだ。もし、このナッシュの顔がケンだったとしたら、俺も同じ状態に陥ってしまうだろう。
「だからって、ここで殺されていいのか! ナッシュはきっと操られているんだ、俺がなんとかする」
俺はナッシュと対峙した。
彼の戦闘スタイルはガイルと同じマーシャルアーツで、ところどころ似通っていた。大きく違うのは片手で「ソニックブーム」を撃てることだ。ガイルの見よう見真似で、なんとかこれは弾くことができたが、そのたびに、さっきまでの傷口から激痛が走った。長期戦はまずい。
だが、ナッシュにはスキがなく、どうしても攻め手を欠いた。さっきまでの戦いの影響で、動きに精彩もない。ついに、俺は立ち上がることができなくなり、床に手をつく。やつはそんなことお構いなしに、こちらへと向かってくる。
いちかばちか、俺はナッシュを引きつけて波動拳を浴びせた。だが、大したダメージは与えられなかった。もう体力がなくなり、呼吸が整わずうまく波動≠練ることができなくなっていたのだ。蹴とばされ、さっきの金網へと押し付けられた。自然とうめき声が出た。強い、このままではやられる。
そのとき、俺を呼ぶ声が聞こえた。
ガイルの声だ。
咆哮と共に、ガイルはソニックブームを発射した。見事にナッシュをとらえると、やつの体を吹き飛ばした。
「ナッシュ、目を覚ましてくれ! こんなことはもうやめてくれ! オレは、誰も失いたくない!」
だが、それでもナッシュはなんともない様子で、さっき自分を攻撃した、ただの敵の元へと歩いてゆく。
そうして、ついに二人の戦いが始まった。俺はただ、その様子を見ていることしかできない。
「はは、は! 親友を取り、戻すため、新しい友人を、守るためとは言え、辛い気持、ちを胸に隠し、拳を交わす、ガイル少佐……美しいなぁ!」
いつの間にか気を取り戻したバルログが、逆側の金網にもたれたままゆっくりと、だれた口調で言った。この男、美しいかそうでないかでしか、物事の価値を判断しないのだ。狂っている。
「いいこ、とを教えてやる、そこのに、くたらしいリュウ。ナッシュが着て、いるスーツは、我がシャドルーが開発、した、美≠コントロールする装置を、内臓している。これが、その量を調節する、コントローラー、だ」
バルログは手のひら大ほどのコントローラーを取り出した。つまみがついており、ゲージの真ん中を向いている。何をするのかわかった俺は、金網を掴みかかった。
「むだだ、むだだ……。この金網は、傷ついたお前の力で、は破れない。ざまあみ、ろ」
「やめろっ!」
制止を聞かずにバルログは、つまみを最大値まで回転させた。その形相は、ひどく醜くかった。
ナッシュの体から、波動≠ェはじけ飛んだ。これは、少し前に見たばかりだ。ああ、なんてことだ。波動≠フオーバーロード現象だ! ガイルは何が起きたのかわからないといったふうに、困惑している。
「ガイル、ナッシュの波動≠ェ逆流しているんだ」
俺は激痛をこらえて立ち上がると、ナッシュの元へと走った。手をついて、すぐに波動≠フコントロールを試みる。
だが遅かった。ナッシュの波動≠ヘ、すでに大部分が飛散しきってしまったのだ。ここまで来てしまうと、もう波動≠流転させるなんてことはできない。
ガイルに抱きかかえられたナッシュはうめき声を上げながら、少しだけ眼を開いた。瞳には輝きが戻っている。
「ガイルか……」
「ナッシュ! やはり、おまえなのか」
ガイルは落胆と歓喜を含ませた、微妙な表情だった。
「体の全てが、オレそのものが、失われていくようだ」
ナッシュは力なく言った。
「死ぬな、ナッシュ!」
「すまない、ガイル。そこの君も、サム≠ナ処置をしてくれて、ありがとう。おかげで、本当のオレが、すこしだけ残ることができたようだ」
師匠のことを聞こうかと思ったが、やめた。今の時間を、一秒でも長くガイルに使ってもらうべきだ。ナッシュは咳き込みながら、かすれ声で続ける。
「組織……シャドルーは大きくなっている。奴らが人々を捕まえ、ブレインウォッシングを施すことによって、一体何をたくらんでいるのかは、わからない。だがこれだけは言える。このまま奴らを放っておけば、世界は大変なことになるだろう。止めてくれ。オレの意思を継いでくれ、ガイル」
ナッシュは、自分の首にかけられていたドッグタグを取り出し、ガイルに手渡した。同時に、波動≠ェ小さくなっていく。彼の死が近づいている。
「『ベガ』だ。ベガという男を倒せ。今までありがとう。グッドラック、親友……」
ガイルの、ナッシュを呼ぶ声だけが、しばらく建物内を包んでいた。
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