ストリートファイター2N 波動伝
ROUND.6
「友への誓い! 復讐の男ガイル」 part4


 外に出てみると、ものすごい高音が飛び込んできた。ガイルが戦闘機のエンジンをかけている。あれで向かうつもりか。すぐに追いつくと、俺は衝動的に後ろへと乗り込んだ。
「おい、なにしてる。今はジョークにつきあっている暇はない、降りろ!」
 ガイルがものすごい形相で言い立てた。
「これがジョークに見えるのか。付き合うよ。俺も、あんたの行動に賛成だ」
 すると、何も言わずに彼はレバーを奥へと押し込んだ。
 全身に圧力がかかったかと思うと、戦闘機はあっという間に空へと走った。

 空を飛んだのは中国へ向かった飛行機以来だが、過去のそれが楽しいアトラクションに思えるくらい、戦闘機は速かった。周りの光景があっという間に過ぎ去っていく。ガイルはというと涼しい顔をしながらそれを操っているのだった。
 しばらくして、機内から音が漏れた。ガイルは不思議そうな表情をして、コックピットで赤く光るパネルを押した。
『隊長! どこに行くんですか』
 この声は、聞き覚えがあった。後方を見てみると、もう一機、同じ戦闘機が飛んでいるではないか。次の瞬間、ガイルは叫んだ。
「馬鹿やろう! その声はナットだな、どうしてついてきた!」
『おれも組織の捜査に加わっていた、メンバーだからです』
『ガイル少佐! 一人で行くなんてやめてください!』
 もう片方のスピーカーから、また別の声が聞こえた。よく見るといくつか戦闘機が飛んでいる。きっと、第四中隊や捜査班の連中だ。俺たちが飛び立つのを見て、追いかけてきたのだ。これだけいればなんとかなるかもしれないと俺は思ったが、ガイルは意外にも協力を拒否した。
「命令だ、全機いますぐ帰還しろ」
『どうしてですか!』
「これは捜査班としての行動でも、軍人としての行動でもない。ガイルという一人の男による独断にすぎない。軍の意向を無視したおれは、もし生きて戻ることができても軍にはいられまい。だが、おれはそれでいいと思っている。少しでもナッシュの行方が掴めて、救うことのできる可能性があるのなら、命や地位など惜しくはない。しかしお前らは違う。部下として、上官だったおれに付いてきているだけだろう。つまらないプライドのせいで、おれなんかのために命を賭けるな。軍人のお前らの命は、軍のために使え。いいな、わかったらすぐに戻れ。頼むから戻ってくれ」
 軍人たちは最後まで抵抗したが、戻っていった。皆、ガイルのことを心配していて、それでいて尊敬しているのだ。
「お前もだ、リュウ」
 ガイルは前を向いたまま言った。「こんなことになってしまって、悪かったと思っている。おれは恐らく、これから死ぬ。お前が知りたい老人のことは、今から手短に話す。その為に乗せた。残念ながら全ては無理だろうが」
 俺は後で、生き残ってからにしてくれと言ったが、それを無視してガイルはゴウケン師匠のことを話し出した。
「あの老人は、二年ほど前に軍に現れ、ナッシュと共に行動していた。どうやら古い知り合い同士のようだったが、ナッシュは彼のことを先生と呼んでいた。今となっては推測するしかないが、ナッシュのサム≠ヘあの男から教わったんじゃないかと思っている。おれも、ナッシュからサム≠教わった。もしかしたら、おれたちは遠い兄弟弟子のようなものだと言えるのかもしれん。ふたりは、組織を追っていた。老人の動機は俺にはわからないままだったが、かなり必死に捜索を続けていた覚えがある。そして、あのナッシュがいなくなったいまいましい日に、ふたりは一緒に消えたのだ」
 衝撃だった。俺の胸にからまっていた謎がするするとほどけていき、おもしろいように一本の線になっていった。ゴウケン師匠は、組織を追って行方をくらましたのだ!
 聞きたいことがたくさんあったが、ガイルはまたレバーを降ろした。飛び立つときと同じように体に負荷がかかり、戦闘機の高度が下がっていく。
 着いたのは、人気のない広大な荒地だった。その中の岩に、人がひとり入れるくらいの穴があった。なるほど、あの洞窟が基地なのだろう。いかにもである。ガイルが飛行機を降りた。
「お前の欲しい情報だったかどうかは知らんが、大体こんなものだ。長々とつき合わせて悪かったな。どうかこのまま立ち去ってくれ」
 だが、去るなんてことはもう考えられなかった。組織は、もう俺にとっても大きく関わりがあるものに変わったのだ。
 ガイルはそれを察したのか、小型のマシンガンを二丁用意した。片方を俺によこすと、洞窟へ向かって一目散に駆け出す。俺もそれに倣う。

 基地の中は工場を思わせる雰囲気の場所だったが、残っているものなどなく、なにもかもがもぬけの空だった。
「くそ、遅かったか! こんなことなら、上官に報告などしないですぐに向かってしまえばよかったんだ……」
 ガイルは床を殴りつけた。するとその音の反響と共に、前方から足音が聞こえてきた。誰かが近づいてくる。
「残念でしたね、ガイル少佐。ここにはあなたが欲しい手がかりは何もありませんよ」
 出てきたのは、一人の男だった。顔に奇妙な仮面をつけている。丁寧な口調だが、体つきは屈強そのものだ。
「誰だ」
 ガイルはマシンガンを構える。
「せっかく、玉砕覚悟で来たのに。面食らいましたか……。これで生き残れる、そう思いましたか」
「だまれ!」
 ガイルは発砲したが、男はバック転で全てかわしてみせた。まるでジミーのような機敏な動きだ。
「醜いな……殺意をむき出しにしている、あなたは醜い。だから死ぬんです。あなたは今から死にます」
「なんなんだ、お前は!」
 男は仮面を少しだけずらして、素顔をのぞかせた。綺麗な顔立ちだったが、瞳だけがひどく淀んでいた。
「ほんとうなら、そんな質問には答えずに任務をまっとうするだけなのですが……」右手を腹の前に置き、バレエ式の礼をする。すると、周りが明るくなった。「あえて名乗りましょう。それもまた美しい。私はバルログ。死ぬまででけっこうですので、お見知りおきを」
 その刹那、入り口のシャッターが閉じられた。とじこめられたのだ。
 このバルログという男、いちいち行動が演技じみていて奇妙だ。だがはっきりしていることがある。間違いなくやつは組織の人間だ。そして、軍を丸め込んでも攻め込んできた、俺たちを始末しようとしているのだ。
 やつは仮面を戻すと、腕をひっかいた。すると、鋼鉄製のかぎ爪が手に装着されたではないか。なるほど、あれが武器というわけか。
「わたしたちのことをかぎまわっている、めざわりなガイル少佐には、今から死んでもらいます。それも美しくね」
 バルログは俺を見る。
「アジア人。これから行われるショーに、君は招かれていないが……ここまできてしまったのだ。特別に、席へとご案内しよう」
 そういうと、パチンと指を鳴らした。
 天井から雑な音と共に何かが落ちてきて、俺のことを閉じ込めた。頑丈な金網だ。だがおかしなことに、バルログもその中に入っている。
「リュウ!」
 一人残されてしまったガイルが叫んだ。どういうことだ。これが見物席だとでもいうのか。
「君はわたしと戦いなさい。ほんとうはこのフロアの地下に設置された爆薬で、ひと思いに吹き飛ばしてもよかったのですが……。それじゃ美しくない。ガイル少佐には相手を用意している」
 バルログはもう一度、指で音を立てた。すると奥から、一人の男が現れた。全身を黒いラバーかなにかで覆っていて、顔もマスクで隠されている。かなり気味が悪い。しかも、見たところ様子というか、波動≠フ流れにも違和感があった。波動≠ヘ人間の呼吸と同じように、増幅したり、収縮するタイミングというものがある。だが、この男ににはそれがなく平坦なのだ。
「リュウ君といいましたか。よそ見している暇はありませんよ」
 バルログがこちらに向かってくる。マシンガンを使おうかと思ったが、すぐに投げ捨てた。奴も生身なんだ。たとえ組織が相手でも、正々堂々と戦いたい。俺は身構えた。


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