ストリートファイター2N 波動伝
ROUND.5
「ジャングル! 悲しみの戦士ブランカ」 part1


 旅に出て以来、「これはもう死ぬだろう」と思わされる状況に何度も出くわした。
 例えばブリザードの中だったり、はたまた、広大な砂漠であったり。しかしそのどれもが、俺という存在を強くしてくれた。不思議なことに、そういうときに限って大きな自然の包容力というか、そういった未知の力を強く感じるのである。
 そして俺は今、また巨大な自然に押しつぶされそうになっている。今度は、深々と広がるジャングルである。
 一体どこから話したらいいものだろう。ケンがアメリカにいるという情報を得た俺は、すぐにインドの港から旅立った。
 確かにアメリカ行きの船に乗ったはずだったのだが、船は突如方向を変え、南米へとたどり着いた。
 金を使い切ってしまった俺は、仕方がなく歩いているのだが……
 いつしか広がっていたのがこのジャングルである。旅を始めてから今まで、一度も考えたことがなかったが、もしかしたら俺ってものすごく運が悪いのではないだろうか。
 しかし、ここまでの旅で得たものは、確実に俺自身を変えていた。今この状況でも、不可解なことに俺は自分が死ぬとは本気で思ってはいなかった。また、何か面白い出会いがあるはずだ。そう思うと、不安などとうに立ち消えてしまっていた。

 そうやって考えながら歩いていると、大きな川見えてきた。位置的に、アマゾン川というヤツだろうか。はるか先にまた、森が見える。あれがなかったら、海かと思うくらいの大きさだ。俺は立ち止まり、しばしその光景に見とれていた。
「おい、誰だ!」
 突然、後方から声が飛んできた。驚いて振り返ると、ライフルを構えた男たちにすぐさま囲まれた。なんだか、以前もこんなことがあったような気がする。
「いったい、なんの用だ」
 俺は危害を加える意思がないことを示すために、両手を掲げた。すると、男たちはすぐに武器をおろした。
「お前、こんなところで何をしてるんだ」
「修行の旅さ。あんたらこそここで、何をしてるんだい」
「気をつけろ。ここらには化け物が徘徊してるんだ」
 彼らはどうやら、その化け物を退治するために武器を持っているようだ。いささか信じがたい話ではあるが、どちらにせよ穏やかな話ではない。
 俺は彼らを手伝うことにした。その化け物と戦うことができれば、いい修行にもなるだろう。

 彼……サントスの村に化け物が現れたのは、数ヶ月前のことだったらしい。
「あのやろう、あの外見でも最初はいたずらをする程度だったから、野良の犬猫程度に考えていて、大して迷惑に思っちゃいなかったんだが……きょう、俺の息子を傷つけたんだ。やつは見た目どおりの化け物だったんだ」
 当然といえば当然だが、サントスの口調は怒りに満ちている。それにしても一体なぜ、そんな奴が現れたのだろうか。
「だが、銃なんて物騒じゃないか。しばらくは静かだったんだろ。何かのまちがいじゃないのか」
 俺がいうと、後ろにいる男から肩を捕まれた。
「リュウさんよ。手伝ってくれるのはありがたいが、それ以上口を挟むなら、容赦しないぜ。もともと、こいつはあんたが首を突っ込めるような話じゃないんだ」
 村人たちの怒りも相当のようだ。これ以上言ってもトラブルを招くだけだろう。

「おい、いたぞ! ブランカだ」
 ほんの十分もしたころ、しんがりを歩く男が声を上げた。彼が指さす方向に目を向けると、草むらと草むらの間を、ものすごい速さで何かが動いている。視界が悪く、そいつの正体はよく見えない。
「気をつけろ、向かってくるぞ! 撃て、撃てっ!」
 ライフルが発砲され、乾いた音が次々にジャングルに響いた。しかし、どれもそいつに当たった様子はない。草むらや木々を行き来しながら、どんどん距離を縮めてくる。
「うぁうっ!」
 そしてとうとう、奇声とともにそいつはやってきた。人のような体つきをしているが、全身が緑色で、派手な色の毛がはえている。彼らの言うとおり、こいつはまさしく化け物だ。だがその恐ろしい姿以上に、驚いたことがあった。こいつには以前出会っている。あのインドの洞窟にいた、石像の化け物じゃないか!
 化け物は姿を見せたかと思うと、すぐさまサントスに向かって飛び上がった。男たちが銃を向ける。
「撃つな、サントスに当たってしまうぞ!」
 俺が叫ぶと同時に、化け物に向かってとび蹴りを浴びせる。ひるんだ隙にサントスを抱き上げた。
「大丈夫か」
 サントスはあっけらかんとしていたが、すぐに立ち上がった。彼のライフルはもうぼろぼろだ。
 男たちは続けざまにライフルを撃つが、化け物の狂ったような動きにはかすりもせず、あっという間に弾切れを起こしてしまった。
「くそっ、もう弾がないぞ」
「ここは俺にまかせろ」
 うろたえる彼らに、俺は力強く言った。彼らを救うためには、戦うしかない。それにこいつは修行のチャンスだ。逃さぬ手はない。


 俺は構えを作って息を吐くと、体の外側に、ちょうどまくを作るように波動≠めぐらせた。こうすると普段よりも感覚が研ぎ澄まされ、ある種の覚醒状態を作り出すことができるのである。
 すると、すぐに木々を行き来する奴の姿をはっきり捉えることができた。だが、その姿を見てまたしても俺は驚かされた。
 奴の体にも、今の俺と同じように波動≠ェまとわれているのだ。しかしその波は、荒々しくお粗末なもので、とても制御しきっているとは言えない。どちらかというとまとっているというよりも、少しずつ放出され続けているというのが正しい表現かもしれない。どうあれ、この質量の波動≠ぶつけられたら、一般人では命に関わるだろう。
 遠くから攻撃するべきだと判断した俺は、波動を両の手のひらに凝縮させ、重ね合わせた。旅をしながら少しずつ練習したおかげで、ダルシムに教わった「重ねる」技術は、もう完全にものにしている。
「波動拳っ!」
 タイミングを合わせて発射された波動拳は、みごとに奴を捕らえた。後ろにいるサントスたちが声を上げた。うまく仕留めることができたろうか。もし倒せなかったとしても、あの波動拳を食らってはひとたまりもないはずだ。俺はすぐに奴が落ちた場所へと走った。

 だが、予想は外れた。たどり着く頃にはブランカは立ち上がっていた。荒く息を吐き、その度に波動≠フ波が上下している。あの波動拳を食らったうえ、こんなむちゃくちゃな放出の仕方をしているというのに、まだまだ余裕があるように見える。なんというスタミナだろう。
「ううぁっ!」
 遠めから波動拳をもう一度撃ってやろうと思ったところで、ブランカはこちらを見てうなると、姿勢を低くして飛び出して来た。いくらここまで強くなってきた俺でも、あの波動≠フかたまりを食らうのはやばい。横っ飛びして体当たりをかわす。
 だが、ブランカは途中で踏ん張ると切り替えし、方向を変えて跳ねた。バランスを崩していて体勢を変えられず、背中に強烈な一撃をもらってしまった。
「ぐあっ!」
 ブランカの暴走した波動≠ェ電気のように体じゅうを跳ね回り、思わず俺は声を上げた。そういえば以前戦ったときも、こんな感覚に襲われた覚えがある。計算してやっているとはとても思えないが、立派な必殺技と言ったところだろうか。
 このままやりあうのでは分が悪い。一気に畳み掛けるしかあるまい。
 俺は起き上がると、ブランカに突進した。奴は俺との真っ向勝負を選び、こちらに向かってくる。いいぞ。思ったとおりだ。
「悪いが、お前とのガチンコ勝負は、ゴメンだ!」
 俺は足元から波動≠放出し、上方へと飛び上がってブランカの体を飛び越えた。案の定、奴は猪突猛進に突き進んでいく。さっきのお返しとばかりに、空中から背中に回し蹴りを入れた。
 いくら化け物といえど背中への攻撃は効いたようで、ブランカは叫び声を上げて転げ回った。今がチャンスだ。波動≠擦り上げ、波動拳を精製する。
「うう……」
 ブランカの動きが止まった。今なら絶対に当てられる。
「波」
 波動拳を撃とうとした瞬間だった。
「ああああああ!」
 ブランカの体はビチビチと細かな破裂音をたて、そこらじゅうに波動≠放出した。彼の持つ力を波動≠フ質量が上回ったことで、オーバーロードが発生したのだ。波動≠ヘいのちの力である。この状態が続けば、ブランカの生命力は全て飛散しきってしまうだろう。こうなっては戦いどころの騒ぎではない。
 俺はすぐに駆けると、、自分の掌で踊っている波動≠フ塊を分散させ、彼の体に触れて流し込んだ。するとすぐに暴走した波動≠ヘ逆流し、俺の体の中を巡った。俺を媒体にして、波動≠フ力を空転させ収める寸法だ。もしもの時のために、ダルシムからこの方法を教わっておいてよかった。
 こんな量をいちどに取り入れたのは俺にとって初めての経験だった。体じゅうに冷たい風が吹き付けてくるようだ。髪が逆立ち、視界が揺れた。おいおい、こいつは悪い奴って話じゃないか。サントスたちが言っていただろう。なぜ助けようとするんだ。俺の中の誰かが言った。

 だがけっきょく、努力は無駄に終わった。膨大な波動≠処理しきれず、ついに集まった波動≠ェつぶれあい、大きなうねりが起こった。うねりは大きなパワーに変わって、俺がよく知るあの、乾いた破裂音と共に体を吹き飛ばした。空に向かって仰向けに飛ばされたあと、激しい音と共に冷たい何かに包まれた。水だ。おそらくさっき見た、アマゾン川まで飛ばされたのだ。すぐに泳いで上へ戻ろうと思ったのだが、体を激痛が走った。以前のように、反動をもろに食ってしまったのだろう。
 つい十分前まで見とれていたものに、今命を奪われかけている。自然はやはり恐ろしかった。もう体は動きそうにない。どんどん沈んでいくのみだ。完全に手詰まりだ。終わった――――
 ケン、すまない。お前に再会できずに死んでしまうなんて。ああ、春麗に、もう一度会いたかったなあ……



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