ストリートファイター2N 波動伝
ROUND.5
「ジャングル! 悲しみの戦士ブランカ」 part2


 意識が消えかけるころ、俺はなんとなく、上へ向かって手をさしのベた。
 すると、まるでそれが運命だったみたいに、何かが俺の手首にまとわりついた。意識が朦朧として、一体何なのかが理解できない。体がガクンと揺れて、また、轟音が響いた。
 ひとしきり水を吐き出した後、俺はすぐに自分が助かったことを悟った。なんとか体も動く。さっきの、手首にまとわりついたように感じたものは、手だったのだ。誰のものだったかは、すぐにわかった。
「ま、待ってくれ、ブランカ」
 ブランカはもう去っていくところだったが、俺の声を聞いて、足を止めて振り返った。
「うぁう……。おしえてくれ。おまえはどうして、おれを助けた?」
 びっくりした。ブランカはしゃべれたのである。しかし、なぜか彼自身も驚いている。
「お前が、なにをしたのかはよくわからなかった。でも、おまえが、おれのためになにかをしてくれて、助けてくれたことだけは、まく≠通してかんじた」
 おそらく、まく≠ニいうのは彼なりの波動≠フ表現だろう。面白い言い方だが、これまで色々な呼び名に出会ってきたので、そう不思議には感じない。つまり波動≠通して、俺の意図を無意識に感じたということだろう。波動≠ノはその人間の意志が強く現れる。ありえない話ではない。
「理由なんてない。何も考えずにやったのさ」
 そう言うと、彼は笑った。どうも、さっきまでの荒々しい雰囲気と様子が違う。
「ばかなやつだな。おれはお前をころそうとしていたんだぞ」
「お前、なんであんなに暴れていたんだ。村の人も傷つけたって言うじゃないか」
 ブランカはうつむく。
「まく≠フせいだ。こいつは、たまにおれのことをのっとって、好き勝手にあばれやがるんだ。それにしてもどうしたんだ。こんなにしゃべれるなんて」
 彼の話によると、以前も話すことはできたものの、それは一般人が聞き取れるかどうかのレベルで、通じたことはなかったそうだ。理由はわからないが、さっきの波動≠フやりとりが、彼を変えたのだろうか。
「お前の波動=c…まく≠ヘ酷い状態だった。このままじゃ、また暴走してしまって、命を落とすかもしれないぞ」
 ブランカはひどく落ち込んだ。だが、次の瞬間、俺の上へと飛び乗ってきた。驚いてしまい、馬乗り状態を許してしまう。
「おい、おねがいだ。おれにはどう≠教えてくれ。教えないと、おまえをこのままころす」
「本当は言われなくても教えてやるつもりだったさ。だがやめた。『殺す』なんていう奴に、波動≠ヘ教えない」
 俺はブランカをつき飛ばして起き上がった。お互い疲弊しているが、どうやら現在はこちらに分があるらしい。
「じゃあ、ころさなければ教えてくれるのか」
「そうじゃない。もう、そんな言葉は使うな。約束してくれたら、教えるよ」
 こうして俺は彼に波動≠フ使い方を指南することになった。


 ブランカはセンスが良いというか、何か本能的なもので、既に波動≠フことをなんとなく理解していたふしがあった。その証拠に数日もした頃、彼はある程度の技術はもう覚えきってしまった。
「りう。はどうけん≠ェできないぞ。まく≠ェ固まらない」
「すぐには無理だ。というより、できなくて普通なんだ。まく≠フ技術だけでは波動拳はできないからな」
 彼は俺のことを「りう」と呼ぶ。技術を覚えるにつれて、彼の口調はどんどんしっかりとしていったが、これだけは直らない。ただ、ブランカかしゃべれるようになった理由がやはり波動≠ノよるものだと、これではっきりとした。
 それにしても、他人にものごとを教えるというのは初めての経験だったのだが、なんと学ぶことの多いことか。自分が今までの考えを、また別の方面からみつめなおすことができるのだ。ブランカがまく≠フ扱い方を覚えていくごとに、なんだか自分のレベルもアップしているような気がする。現に、彼がまとったまく%ッ士をすり合わせて電気のようなものを起こしているのを見て、俺は初めて、インドで出あったダルシムがどうやって潜在パワー≠ゥら火を起こしているのかを理解した。
 
 ある夜、ブランカは自分の過去のことを話した。近頃になってふと思い出したという。
「りう、おれは、いまでさえこんな姿をしてはいるが、本当は人間だったんだ。もう何年前になるだろう。おれは自分の母親と海外へと行くことになった。国の名前は思い出せないけれど、とても楽しみにしていたんだ。毎日壁に線を引いてさ、あと何日、あと何日って数えていたな」
 饒舌で、身振り手振りを交えて話を聞かせてくれる様子を見ていると、やはり彼は人間なのだなと確信できた。だが、焚き火が作る彼の影が、それを一瞬で否定するようで、なんだか悲しかった。
「だが、そうやってやってきた旅立ちの日、おれと母の乗った飛行機は不幸にも途中で墜落した。どんどん地面に近づいてゆくのを窓から見て、もう死ぬのだと思った。次に目が醒めたとき、おれは見知らぬ場所にいた。最初はここは天国なのだと考えたが、どうやら違っていた。妙な部屋で、白い服を着た人間にいろいろなものを飲まされたり、ときには器具で体をいじられたこともあった。そこでの生活は地獄そのものだった。そこでの生活が何年か続いたあと、嫌になったおれはそこから逃げ出した」
 俺ははっとした。
「もしかして、そこで戦ったりしなかったか」
「戦った。その時期のことはまだぼんやりとしているが、いろいろなやつと戦った。網に囲まれていて、逃げることもできないんだ。怖かった。ほかにも、おれと同じように体をいじられて戦わされるやつが沢山いた」
 思いがけないところで自分の経験とつながった。間違いない、ブランカはあの監獄にいたのだ。だが、話によるとインドには行った事がないらしい。だとしたらあの洞窟で出会った石像の化け物は、彼と同じように体をいじられた人間だったのだろうか。春麗が言っていた、世界中にそんな施設が点在しているという話が本当なら、実に恐ろしい話である。同時に、怒りが沸いた。そんなことが許されていいものか。
「ところでブランカ。お前、昔のことを思い出したんだろう。どこに住んでいたとか、そういうことは思い出さないのか」
「……わからない。大事なことはぜんぜん思い出せないんだ。おれは、一体だれなんだろうな。でも、なんだかここは最初から懐かしい感じがしたんだ。だからおれは、ここで暮らそうって決めたんだ」
『ブランカ』という名前も、村人にそう呼ばれはじめたので、名乗り出したというか、言葉を話せなかったために定着してしまったのだという。彼が全てを取り戻せる日は、来るのだろうか。

 ひと月もすると、ブランカはほとんど完璧にまく≠操ることに成功した。
「驚いたな。俺がこれをできるようになるまで何年かかったか知ってるか」
 砕けた岩を見て、思わずつぶやいた。驚きと共に、その恐ろしい成長スピードに少し嫉妬してしまう自分がいた。ダルシム。あんたがこいつを見たらなんて言うんだろうな。きっと運命がまた変わってしまうぞ。
「はは。りうの教え方がいいんだよ。さあ、もう一回練習しよう」
「なあ、その前にいいか」
 ブランカは少し嫌な顔をする。
「また、村に謝りにいけって言うのか。おれだって、行きたくないわけじゃないよ。でも、またまく≠ェ暴走したらと思うと、怖くなっちまうんだ」
「もうまく≠フコントロールはほとんど完璧だよ。それに、このままでいいはずないだろう。謝れば、きっとわかってくれるさ」
 ここまで言うと、大抵彼は押し黙ってしまう。困ったことだ。

 仕方がないので修行に戻ろうかと思ったところで、遠めから声が聞こえてきた。
「いた、いたぞ! 生きていやがったぞ!」
 見覚えがある風貌だった。サントスたちだ。あれから彼らの村に行ったりしていないのに、まだ探していたのか。
「あの外国人も一緒だ! ぐるだったんだ!」
 すぐに声をかけようと思ったのだが、なんと銃声が飛んできた。ブランカと共に、木の影へと隠れる。
「おい、やめろ。やめてくれ! なんてことするんだよ!」
 俺が叫ぶが、彼らは聞く耳持たない様子で、こちらに近づきながら発砲してくる。
「くそ、りう。あいつらをやっつけよう!」
「何言ってるんだ、やめろ。彼らに罪はない」
「りうこそ、なに言ってるんだよ! あいつらは、おれたちに攻撃してるじゃないか!」
 ブランカは俺のことを突き飛ばして走りだした。駄目だ。彼らを戦わせてはいけない。この争いは、意味がないんだ。
「ブランカ、やめろーっ! サントスたちも、攻撃をやめてくれ!」
 双方、止まらない。力を制御できるようになったとはいえ、今のブランカの力で攻撃すれば、サントスたちはひとたまりもないだろう。そうなればもう、泥沼だ。
 なんとかしなければならない。
 すぐに思いついた方法が、ひとつだけあった。まだ試したことはないが、これをやってみるしかあるまい。

 俺は両手に波動≠練り、重ね合わせた。いつもどおり、バチバチと火花が散る。その状態を保持しながら、片手でもうひとつぶん波動≠練成した。
 心を落ち着けてから、火花の散る波動≠ニ、さっき練った波動≠飛散させながら、重ね合わせていく。
 その瞬間、これまでとは比べ物にならないパワーが発生し、まるで波動≠ェ鉛になったみたいに重くなった。肩が外れそうになったが、なんとか維持する。
 するとどうだろう。火花と飛散させた波動≠ェ混じり合い、両手の間から、火が発生した。やった、成功だ!
「間に合え……波動拳!」
 火の玉と化した波動拳は、うまい具合にブランカとサントスたちの間へと飛んでいくと、ジャングルの木々にぶつかった。火がつき、すぐに広がっていく。インドの監獄で、ダルシムが「ヨガフレイム」を使ってやってみせた陽動の再現である。
「なんだ、木が燃えたぞ! 消せっ、消すんだ!」
 彼らが混乱しているすきに、ブランカの首根っこを掴んで俺は逃げ出した。申し訳ないが、すぐ近くには川も流れている。あの人数なら大して苦労はしまい。


「りう、なんでだよ!」
 しばらく走るとブランカが抵抗して、俺を投げ飛ばそうとした。だがすかさず足を払い、逆に背中をつけてやった。
「彼らがなぜ、こちらに銃を向けてきたのか考えろ。元はといえば、お前がまく≠制御できずに、サントスの息子を傷つけたからだろう。お前はまだ、それを謝ってすらいない」
 それを言うとブランカは怒りを落ち着けて、しょんぼりとした。
「だから、駄目なんだ。やられたらやりかえす、それじゃ一生終わらないんだ」
「りう、ごめん。おれが間違っていた」
 よかった。ちゃんと伝わってくれた。はじめこそ「殺す」などと口走ってはいたが、彼は成長したのだ。もっとも、波動≠フ暴走さえなければ、もともと温厚な性格なのかもしれないが。
「わかってくれると思ったよ。さあ、仲直りの握手だ」
 ブランカに手を差し出したとき、俺は見た。前方に、何か動くものを。
 森の中に、銃を持った村の人間が隠れている。
 銃口は、こちらを、ブランカの背中を向いている。
 トリガーには既に、指がかけられている!

 俺はとっさにブランカを横へと押し飛ばした。そして、銃声がとどろいた。


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