ストリートファイター2N 波動伝
ROUND.5
「ジャングル! 悲しみの戦士ブランカ」 part3


 自分の体が勝手に崩れ落ちた。熱い。撃たれた時、そのショックだけで死に至る人もいると聞いたことがあるが、こんな衝撃が来るのなら、仕方ないことだろう。波動≠フ反動とはまた違う、不思議な感覚だった。 
 ブランカはなにをするんだといった顔をしてこちらに近づいてきたが、俺の体から出る鮮血を見て、何があったのか理解したようだ。
「りう、りう! あいつらにやられたのかい、そうなんだろう!」
 一体どこを撃たれたのだろう。体を見回すと、下半身から血が流れている。すぐに激痛がやってきて、わかった。右ももの辺りだ。運良く致命傷だけは避けられたようだ。
「落ち着け、ブランカ。大丈夫だ」
 だが、ブランカはもう、その場にいなかった。驚いて視線を横へ向けると、村人が逃げていった方向へと走り出していた。
「おいブランカ! 何をするつもりだ、待て!」
 声は届かない。彼の後ろ姿はどんどん小さくなっていく。間違いなく、村人を追っていったのだろう。ここからでは良く見えないが、まさかまた、怒りでまく≠ェ暴走したのだろうか。
 せっかくわかってくれたのに、こんなところで全部台無しになってしまうというのか。
 すぐに追わなければ。激痛に耐えながら傷口を帯で縛り、木に手をかけてなんとか立ち上がる。よし、いいぞ。なんとか歩くことくらいはできそうだ。
 俺はびっこを引きながら、ブランカの向かった方向へと歩いていった。

 その頃ブランカは、リュウには追いつけそうもない速度で疾走していた。元は人間ではあるものの、そのスピードは、人間が出せるそれを遥かにこえていた。
 すぐに、さっきリュウに向かって発砲したと思われる村人が見えてきた。こちらに気づくと、情けない声を出して逃げ出していく。ブランカはそれを見逃さずに、ひっ捕まえた。
「ひっ! 助けてくれ」
「村の場所をおしえろ」
 村人はすぐに、ある方向を指差した。すぐ先に、人の集まりがあった。さっきの連中だ。例によって、銃を構えている。後ろには、女性や子供もいる。どうやらそこが村のようだ。
 そちらに足を進めると、かれらは大声を出して威嚇をはじめた。だが、そんなものにひるむブランカではない。ゆっくりと歩きながら、だが確実に近づいてゆく。
 恐怖に震えた誰かが発砲したが、それを止めるように一人の男が前に出た。サントスだ。ついに、ふたりは対峙する。
「帰ってくれ。ここはお前の来ていい場所じゃない」
 サントスは気丈に言うが、油汗をかいている。だが次にブランカが取った行動は、彼を驚かせた。
「りうを、たすけてくれないか。銃で撃たれたんだ」
 ブランカは頭を下げた。リュウが無事なことを、彼は知らない。銃には元々、あの施設などで見ていてトラウマがあった。撃たれて死んだ友人もいる。だから衝動的に走り出してしまったのだ。自分は銃創の処置の仕方など知らないので、彼がまっさきに取った行動は、それができそうな人間を探すことにあったのだ。
「お前、話すことができたのか」
「あいつに、りうに教わったんだ。なあ、できるんだろう」
 だが、次にやってきたのは、村人たちの怒号だった。
「ふざけるな!」
「なぜ、村をおびやかすお前の、友人などを助けないといけないのだ!」
 サントスはそれをなだめる。
「ブランカよ。そういうことだ。お前は、以前俺の子供を傷つけたよな。その時お前は、何かしてくれたか?」
 彼の顔はどんどん険しくなっていく。
「あの頃は、まく≠フコントロールがうまくいってなかったんだ! だから、しょうがなかったんだ!」
「しょうがない、なんて理由で済まされることなのか」
 ついにブランカは怒りをあらわにして、サントスに飛びかかった。
「そうやってまた、傷つけるのか! お前はいま、どうすべきなんだ! 考えてみろ!」
 ブランカはそこで、リュウのことばを思い出した。
『お前は、それをまだ謝ってすらいない』
 そうだ、おれは、傷つけたことを謝っていないんだ。

 ブランカは手を離し、サントスを解放すると、膝を落とした。
「二回、ごめんなさいをいいます。一回は、あんたの子供を傷つけたこと。もう一回は、それを今まであやまらなかったことだ。ごめん、本当にごめんなさい」
 瞳からは涙が落ちた。
 村人たちの罵声も消えていた。サントスは自分の息子を呼び寄せた。
「あの日も、こいつと、リカルドと遊んでくれてたんだってな。お前を殺すという話をしたら、もう大反対だよ。なだめるのに大変だったんだ。そうしてるうちに、なぜお前を殺そうとしていたんだっけ、なんて考え始めちまってよ。今日久々に見てみれば、ずいぶん賢そうに変わったじゃないか」
 ブランカは顔を上げる。リカルドがこちらを見ている。
「ブランカ。また、あそぼうよ。あのときは確かに怖かったけれど、あんなけがなんて三日で治ったんだ」
 ああ、そうだ、簡単なことだったんだ。
 リュウが村へ行こうと言っていたのはこのせいだったのだ。断ったりしないで、すぐに謝っていればよかったのだ……。


 どうやら俺がいない間に、全てが面白いくらいにうまい方向に運んだらしい。ブランカは俺を助けるために、頭を下げたっていうじゃないか。ようやく謝ることができたのだ。すぐに助けが来て、俺は村へと迎えられた。
「リュウ。今日はあんたとブランカにすまないことをしたと思っている」
 サントスと、さっき俺を撃った村人がやってきて、謝った。
「いいんだ。あんたたちにも、戦う理由があったんだし、俺だって、ジャングルに火をつけたんだぜ。お互い様だ。それに、あれでブランカが謝る決心をしてくれたんだから、礼を言いたいくらいさ」
 その後、彼らにブランカのまく≠フことを話した。暴走を止めるために必死で特訓したこと、そして、それを完遂させ、もう暴走はなくなったこと。
 不思議なことにサントスはそれ抜きでも、もう許しているのだという。一体なぜなのだろう。
「リュウ、あんたと一緒にブランカと戦ったとき、俺が襲われたのは覚えているか。あの時になぜか、俺は自分がこのまま殺されるわけがないと感じたんだ。あんな非常事態で、へんな話だろう。現にブランカは、銃をボロボロにしただけで、俺のことなんて全く攻撃しなかった」
 村で唯一危害を加えられた少年の親であり、この村のリーダーであるサントスがそう言うのだからと、村人たちも許してくれたそうだ。
 村へと迎えられたブランカは、少年たちと楽しく遊んでいた。親の中にはまだ心配そうにしている連中もいるが、今の彼には言葉を話す力がある。やっていけそうだ。
 
 俺は空き家を借りて、傷を癒した。
 空き家には、何かで刻み込んだような不思議な傷がついていたりして、それを見ているだけでも面白かった。窓の外を流れるアマゾン川を眺めていると、あっという間に一週間が過ぎた。
 ブランカは既に村に溶け込んでしまっていた。狩りをすれば大活躍、子供たちには大人気とくれば、村の大人たちからの信頼を得るのにもそう時間はかからなかった。この一週間の様子は、見ていて心地良かった。
 俺の傷もだんだんよくなり、もう今では走りまわることもできるようになった。なまってしまった体のコンディションを整えると、村を出ることにした。ブランカやサントスからは、このまま一緒に暮らさないかと何度も誘われたが、今は修行中の身だし、なによりはケンとのリターンマッチという目的もある。
「じゃあ、りう。最後におれとストリートファイトしてくれ。いつも言ってたろ。りうはストリートファイトして強くなるために旅をしてるって。おれに恩返しの機会をくれ」 
 そういえば彼とは暴走していた時に一回戦っただけだし、その結果もまく≠フオーバーロードによって曖昧なままだ。まく¥C行の卒業試験としてもぴったりだと感じた俺は、快くファイトの誘いを受けた。

 ファイトの場所は、村の中央に位置する広場を使わせてもらうことになった。
「いまからやるのは、けんかじゃない。ブランカと俺の魂のぶつけあい、すなわちストリートファイトだ。みんな、楽しんでくれ」
 サントスたちが、何かを物置から持ち出してくる。
「リュウ、今から何かやってくれるっていうなら、俺たちも協力するぜ」
 そういうと彼らは、木製の打楽器をたたき始めた。独特な調子の、だが心地よいリズムが広場に広がってゆく。
「不思議な音だな」
「俺たちの村に伝わる音楽だ。狩りなんかで大収穫があったときは、こうやって神様にお礼をしていたのさ」
 ブランカもリズムに合わせてゆらゆらと揺れている。
「よし、いいファイトにしよう、ブランカ!」
 俺たちは拳を合わせた。

 まく≠習得したブランカはやはり強くなっていた。流れが洗練されていて、無駄がなくなっている。体の動きがやわらかく、変則的な攻撃をさばくのに苦労する。
「りう、ちゃんとやれよ!」
 こんなことを言われる始末だ。
「それじゃあ見せてやるよ。受けてみろ!」
 俺はしゃがみこみ、足払いをするフェイントをする。ブランカはまんまとそれにひっかかった。ちょうどいいところに頭が降りてくる。今だ。
「竜巻、旋風脚っ!」
 ソバットをぶつけると波動≠放出し、回転を始める。だが、ブランカはなんとその脚を掴んでみせた。そのまま俺を地面へと叩きつけると、胸に手をさしのべた。
「うぁうっ!」
 その刹那、体中に電撃が走ったような衝撃が襲う。暴走時にやられた技だ。この技も、完全に習得している。
 痛いはずなのだが、それ以上に彼の成長がうれしかった。
 電撃から開放されると、俺は距離を置く。だが、そんな動きも見逃してもらえない。ブランカは地面を蹴ると、丸まりながらこちらへと向かってくる。体全体で食らってしまう。
「ブランカ、すごいぞブランカ!」
 村人たちも大盛況だ。このままいいとこなしで終わるのはごめんだ。ブランカは反動でまだ空中にいる。ここを逃すわけにはいかない。
 俺は駆けると、ブランカの着地際を狙って右ストレートを打ち込んだ。そのまま間をおかず、掴んで投げ飛ばす。
 ブランカは類まれなバランス感覚でもう一度着地するが、俺はそれを読んで波動拳≠作っておいた。これを打ち出す。
「はどうけんか!」
 ブランカはすぐに超人的な脚力で飛び上がり、これもかわしてみせた。空中から、こちらに向かってくる格好になる。
「どうだ、かわしてみせたぞ!」
 だが、俺は全く動じなかった。
「お前の運動神経なら、避けられると思っていたよ。避けてくれると、思っていたよ!」
 この状況こそが俺の狙いだったのだ。
 俺は足元から波動≠放出して、飛び上がった。身動きの取りにくい空中なら、おあつらえむきの技があることを、彼は知らなかった。それが敗因だ。
「昇竜拳!」
 波動≠放出した勢いを利用して、宙に向かってアッパーカットを放ち、ブランカにぶつけてやった。これが、『昇竜拳』だ。
 この技は威力が高いがとにかくスキが多く、師匠に教わった技の中では最も使いにくい必殺技と言える。むしろピンチを招くことが多いので、あまり好んで使いたいと思えるものではない。だが、相手が空中にいれば無類の強さを発揮できるのが大きな長所だ。
 ブランカは俺が借りていた小屋の屋根に叩きつけられると、そのままのびてしまった。村人たちに起こされて降りてきた彼は、悔しそうに笑った。
「ずるいよ、あんな技があるなんて。でもなんだか、りうの言っていたことがよくわかった気がするよ」
「いいファイトだったよ、ブランカ」
 村は拍手に包まれた。
 
 川に、船が乗せられた。俺はそれに乗る。彼らの好意で、港のある町まで送ってもらえることになったのだ。なんでもそこまで川を下って学校へ通っている子供もいるという話だ。この村の人は銃を持っていたり、みょうに綺麗な服を着ていることに違和感を覚えていたのだが、最後の最後でようやく明確になった。
「それじゃ、元気でな」
 ブランカは浮かない顔をしている。
「どうした」
「りう。おれ、寂しいよ。りう抜きで、おれ、幸せになれるかな」
 思わず笑ってしまった。
「らしくないぜ。それに幸せになれるかどうかなんて、俺が決めることじゃない。お前が、自分で掴むんだよ」
 そこまで言ってやっと、彼は顔をほころばせた。
「本当にありがとう、り、りぅ……リュウ。おれは、あんたの言葉を一生忘れない」
 最後の最後でそんなことを言うので、ちょっぴり寂しくなってしまったが、船を出してもらえるようにお願いした。
 
 ブランカたちは見えなくなるまで手を振ってくれた。どんどん船は流れていく。
「あの子を見てると、思い出すなぁ」
 船頭の老人が、ふと口を開いた。
「なにをですか」
「ブランカくんは、どことなく雰囲気が似ているんだ。ジミーに」
「ジミー?」
「昔、村に住んでいた少年さ。あんたが使っていた空き家があったろう。あそこに、母親と暮らしていてね。旅行に行く途中、飛行機の事故かなんかで行方不明になったんだ。まあ、飛行機が落ちたんだ。もう生きてやしないだろうけれどね」
「そうですか」
 そうか。そうだったのか。
 俺は空き家に刻まれた傷のことを思い出した。


 ブランカ……いや、ジミー。
 君は、幸せになれるよ。絶対に。


「いやあ、久々にこんなことを思い出したな。まあ、もう昔の話さ」
 老人の声は、川のせせらぎにかき消された。


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