ストリートファイター2N 波動伝
ROUND.4
「ケン外伝! もえろ昇竜拳」 part1
久々にアメリカの土に降り立ったオレは、思わず礼をしたあと、手のひらで地面を触れてしまった。
一体、いつぶりだろう。どことなく懐かしい匂いがした。
「なにやってるの」
隣にいるイライザが話しかけてくる。彼女とは船のなかで知り合ったのだ。
「言ったろ。アメリカに来たのは、ひさしぶりなんだ」
「でも、おかしいわね。この国の人だったら、いくら久しぶりでもそんなことしないわ」
確かに、とオレは笑った。日本での生活が長すぎて、こうなってしまったのだろうか。
このオレ、ケン・マスターズは、ハイスクールに上がるころまで、いわゆる普通のアメリカン・ピープルだった。
ある夏のことだ。オレは母方の祖父に会うため、日本へとやってきていた。オレは自分の国が好きだったので乗り気ではなかったが、サムライに会えるという父親の口車に乗って、まんまとついてきてしまったのだった。
だが、日本にサムライがいたのはずっと昔のことで、今は残っている訳がなかった。そんなことをするのは、現代のアメリカで開拓時代のガンマンを探すことと同じくらいバカバカしいことだったのだと、日本に着いてオレはすぐに思い知った。こんなことだったら、ガールフレンドのジェシカとホッケーでも見に行っていた方がまだマシだったと、オレは後悔していた。
だが、祖父の家につくなり、彼は言った。
「ケン、サムライに会いたくないか」
祖父に連れられて辿りついたのは、古めかしい日本のお城だった。初めて見るエキゾチックな建物に興奮したが、よく見るとオンボロだった。こんな所に人がいる訳がない、すぐに引き返そうと言ったが、祖父は聞かなかった。
奥の方にある講堂の中に、サムライはいた。ひとりは壮年の男性、そして、もうひとりはオレと同じくらいの青年だった。二人とも胴着を着ている。一体何をしているのだろう。
「シンジさん」
壮年の男性が、祖父の名を呼んだ。祖父・シンジは笑った。
「すまない、ゴウケンさん。孫がアメリカから来たんだ。ぜひ、ケンに見せてあげたいと思ってね」
「シンジさん、今日は大事な修行だって言ったでしょう。もう、しょうがないな。きみ、こっちにきなさい」
男……ゴウケン―のちの師匠である―が、オレに手招きした。訳も分からず、目の前に連れてこられる。祖父をは、まあ見ていろという感じで笑っていた。
「リュウ、見えたら言うんだぞ」
「はい」
リュウと呼ばれた青年は、短く返事をした。ゴウケンは一度気合を入れると腰を落とし、目を閉じた。前方には分厚いコンクリートか何かの板が立てかけてる。
「はっ!」
ゴウケンが両手を前方へと突き出すと、次の瞬間、激しい音を立てて板が炸裂した。あまりに驚いたオレは、散った粉を吸い込んでしまい、思わずむせこんだ。
「すごい、何が起こったんだ!」
オレの声だけが、道場に響いた。ゴウケンは、リュウを見る。
「どうだ」
「だめです」
一連を見ていたはずのリュウは首を振った。まさか。目の前で板がぶっ飛んだじゃないか。あれが見えなかったとでもいうのだろうか。
「だめか。……そろそろ見えてきてもいい頃なんだがな。仕方ない、波動拳はやめにして、波動練成に切り替える」
ゴウケンは、そういってその場に腰かけ、オレの前に手のひらを差し出した。リュウも、こちらへやってきて覗き込んだ。
「よく見ていなさい」
最初は、今度も何か面白いことが起きるのかと思っていたが、いくら経っても何もおきやしなかった。それを見ているのに飽き始めてきたころ、隣にいた青年・リュウが声をあげた。
「師匠の手のひらが、光っている」
「おお、見えたか! ついにやったな、リュウ」
その会話を聞いてから、もう一度手のひらを見てみる。しかし、光っているなんてことはなかった。この二人は、オレをからかってバカにしているのだろうか。
「ケン、何か見えないか」
「なにも」
祖父は肩を叩いた。
「そうか、残念だな。べつにお前をからかっているわけじゃないんだ。これは見える人と、見えない人がいるんだよ。ゴウケンさん、すまなかったね。修行を続けてください」
その後はただ、ふたりがカラテの練習をするのを見ているだけだった。
帰り道、オレはふてくされていた。あの、手のひらの儀式がどうも腑に落ちなかったのだ。
「ジイちゃん、あのおっさんの手は本当に光っていたのかい」
「実は私も見たことがないんだ。もしかしたら嘘かもしれないな。でも、あのゴウケンという人は不思議なことが沢山できるんだよ。それにあの板を吹き飛ばすのを見ただろう。あれが確固たる証拠だ。もしあれができたら、格闘技の達人になれるだろうに」
祖父も、明らかに落ち込んでいる気がした。
オレが光≠見ることができると踏んで期待していたのかもしれない。
帰ってから父になんとなく聞いてみると、なんと見たことがあるという。
「あるファイトで、凄い技を使う男に出会ったことがあるんだ。遠くから攻撃したり、突然素早く動いたり、まるでコミックのヒーローみたいだった。そいつがその、ビックリ技を使う時、不思議なことにチラッと体が輝いた。その光を見たのはそれっきりだったし、あのゴウケンというお爺さんのいう光を見ることはできないけれど、あれは何かすごい力の源みたいなものなんじゃないかな」
この話を聞いて、ますます光≠ェ見れないことに悔しさを感じたオレは、次の日、一人で城を訪れていた。ゴウケンは、多少迷惑がったが、オレを中へと招き入れた。
「いいかいケン。これは簡単にでできるようなことじゃないんだよ。だから見れないからと言って、落ち込むことなんて何もないんだ。それが普通なんだ」
「父さんは強いボクサーなんだ。光も見られたって言っていた。だから、その息子が見られないなんてことはありえないんだ。あっちゃいけないんだ」
オレの意思に根負けしたゴウケンは、青年・リュウを呼んだ。
「リュウ、昨日教えた感覚だ。彼の前で、練ってみなさい」
リュウは首を縦に振ると、手をかざした。
ふん、こんなやつが―――。
それがこの男に対する、第一印象だった。
結局、その日も光を見ることができなかった。
リュウは、けっきょく一日じゅうオレに付き添っていた。
「け、悪かったな、付き合わせちまってよ」
オレは彼に悪態をついた。しかし、リュウは別に怒るわけでもなく、何も言わずに立ち上がると、ゴウケンの元へと歩いていった。
ことさら悔しくなったオレは、夏休みを城で潰すはめになった。
「ケン。あなた随分負けず嫌いなのね」
ベッドの上で、イライザが笑った。オレは彼女のために腕枕を作ってやると、額に唇を合わせた。
「当時、はっきり言ってオレは日本人を軽視していたところがあったんだと思う。そういう気持ちを、初めて真っ向から否定されたのがあの手のひら℃膜盾セった。悔しかったなあ」
「それでその後、ケンは光を見ることができたの?」
イライザが笑いかけてくる。見れば見るほど、整った顔立ちだった。
「三十日目くらいだったかな。ある時突然、今まで何の変哲のなかった手のひらから、青白い光が飛び出したんだ。すごく驚いた。その瞬間まで、オレは師匠やリュウの話を本気で信じてなかったのかもしれない。でも、彼らの話は本当だったんだ。師匠や、ジイちゃんは大騒ぎでさ。オレのことを天才だって囃し立てた」
それが、日本に滞在するきっかけになったのは事実ではあるが、その時のオレは光≠見られたことによって満足しきっていた。ゴウケンも何度か誘ってきたが、そんなオレを見てリュウに専念することにしたようだ。
その頃にはリュウとも少しずつではあるが仲良くなりつつあったので、そこだけが少し、名残惜しかった。
日本に行って、不思議な人たちがいて、おもしろい体験をした。そして、オレは日本を満喫して、母国に帰った。
本当はそれで、オレの人生におけるサイド・ストーリー「日本編」は完結していたはずだった。
その日、オレはスクールが終わると、すぐに下校した。いつもはそこから、友人たちとの楽しみが始まるのだが、その日はそれ以上の楽しみがあった。
そのまま向かった先は、あるイベント会場だった。
会場にはパネルがかけられ、でかでかと文字が書いてあった。オレはそれを見つめた。
『第一回ワールド・ファイト・チャンピオンシップ』・・・この年に初めて開かれた、アメリカでの格闘王を決定する大会に、プロボクサーの父は参加していた。
「おお、よく来たな、ケン」
父は見事に予選を突破し、本戦出場を果たしていた。控え室のベンチに腰掛ける彼は力に満ち溢れていた。
「とうさん。勝つよね。とうさんは世界一強いんだ」
「ああ、もちろんだ。今日は全盛期を思い出すくらい調子がいい。絶対に優勝だ」
オレにとって、父は最も尊敬すべき人物であり、偉大なファイターだった。この気持ちは、今でも変わっていない。
当時もう四十近くで、とっくに全盛期は過ぎていたその日の父は、本当に強かった。瞬く間に相手を倒していき、ついに決勝戦までのぼりつめた。
相手は、新人の黒人ボクサーだった。
「その後、どうなったの」
「おいおい、勘弁してくれよ。もう話し疲れちまった。明日から大事な試合なんだぜ」
イライザに背中を向けて、オレは目を閉じた。
この先のことは、話したくなかった。
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