ストリートファイター2N 波動伝
ROUND.4
「ケン外伝! もえろ昇竜拳」 part2


 たった一発だった。
 誰もが息を飲んだ。過去にタイトルを取ったこともあるベテランの凄腕ボクサー、ハロルド・マスターズが、いとも簡単にリングに沈んだのだ。何が起こったのかわからない、そんな静寂がしばらく続いたあと、耳を劈くような歓声が会場にこだました。
 オレは目の前に起こった現実が全く理解できずに、ただ、その場に立ちすくんだ。
 その日の夜、父は脳挫傷で息を引き取った。
 来ていた友人たちや、親戚が泣いていた。それを見てなお、オレは現実を受け入れようとしなかった。
 次の朝になって、いつものように朝起きて、父の定位置だったテーブルの椅子に、誰も座っていないのを見て、初めて涙が流れた。涙は夜まで、止まらなかった。
 その日が、いわゆる普通のアメリカン・ピープルとしてすごした最後の日になった。


 翌日、オレはイライザと共に、久々にあの会場へとやってきた。会場のホールは、改修が行われたようで、一回り近く大きくなっていた。ネオンがあしらわれ、いかにも金がかかっていそうなパネルにはこう書いてあった。
『第7回 ワールド・ファイト・チャンピオンシップ』
「ワールド、ねぇ」
 思わずオレは笑ってしまった。アメリカ国内の大会なのに、「ワールド」とはおかしな話だ。そういえばメジャーリーグの一位決定戦もそんな名前だったような気がする。
 当時はどうとも思わなかった。アメリカで一番を決めるのだから、それは世界で一番であることと同じなのだと信じきっていた。
 そんな洗脳じみた思い上がりを破壊してくれたのが、あの、リュウの手のひらであり、その先に出会ったさまざまなものだった。

 
 次の日、オレはふたたび日本へとやってきていた。葬儀は、父の意向もあり日本で行われることになったのだ。これは彼の名誉のために言うが、決してあの大会で負けて、死んでしまうだなんて思っていたから遺言を残していたわけではない。彼は日本を単純に愛しており、いつも口癖のように「おれは死んだら日本で土にかえりたい」と言っていたのだ。もう何年も前に病気で無くなった、日本人の母と結婚したのも、やはり日本が好きだったことも要素としてあったんじゃないだろうかと、オレは思っている。
 祖父は何も言わず、ただオレを抱きしめてくれた。そして静かに言った。
「こっちに住みなさい」
 オレは何も言えなかった。その頃には、すべてがどうでもよくなっていた。

 呆然としたまま歩き続けると、いつしかあの城の周辺まで歩いてきてしまっていた。もう日も落ちかけている。なんとなくオレは、城へと続く階段へと足をかけた。
 だが、階段を上るごとに、父の顔が心に浮かび上がってきて、以前来た時の楽しかった頃を思い出してしまって、また涙がこぼれた。オレは階段を上るのをやめて、景色を楽しむことにした。
 階段に座っていると、肩に手がかけられた。リュウだった。
「なんだよ」
 オレは、辛辣な態度で、久々に見る彼の顔をにらみつけた。やさぐれていて、何にでもあたりたい気持ちだったのだ。
「俺にも、両親はいない」
「だからなんだってんだ!」
 リュウの胴着を掴み、食ってかかる。
「もうオレには、誰もいないんだ! もう、誰も!」
 しゃがれ声で、オレはわめきたてた。

「だったら、俺と兄弟になろう、ケン」
 優しい声でリュウは言った。「それに、忘れたのか。お前にはあの優しいシンジじいさんがいるじゃないか」
 その瞬間、はっとして、オレはまた、その日何回目かわからない、涙を流した。

 あの時、リュウがいった台詞は思いやりに満ちていた。
 リュウは、オレよりはるか前に両親を失ったと聞く。それに彼が言ったとおり、オレにはまだ祖父がいた。だからほんとうは、オレより不幸なのだ。それなのにリュウは、「兄弟になろう」と言った。
 このすばらしいあたたかさが、オレを立ち直らせてくれたと言っても過言でないだろう。



 あのときと同じ控え室で、オレは舞台を待っていた。
 ここも大幅に修繕されたようで、あの頃の面影はあまりないが、その場所にいるのだ、という気持ちが自分を奮い立たせる。
「ケン、あなたって本当に強いのね。このまま優勝よね」
「ああ、もちろんだ」
 オレはイライザにキスして、ドアを開いた。


『第七回 ワールド・ファイト・チャンピオンシップも、いよいよ決勝戦! さあ、ここまで勝ち抜いて来た最強のファイターを紹介しよう!』
 テンションの高い実況の声が聞こえると、眼前に仕掛けられた装置から、花火が飛んだ。その瞬間、大きな歓声が上がった。昔はこんな演出なんてなかったし、観客もここまではいなかった。そういえば予選の頃からテレビカメラも目についた。大会がそれだけ大きくなったということだろう。テレビで放送しているのなら、昔の友人たちは見てくれているだろうか。
『赤コーナー、ケン・マスターズ! ビビッドな赤い胴着がトレードマークのカラテマンだ! 初出場ながら、ここまでほとんど無傷でやってきたダークホースが、勢いに乗って優勝か!』
 勢いもくそも、まともにやりあう前に勝負が終わってしまって、むしろ調子が崩れているくらいなんだけど。なんてことを考えたつかの間、さっきまでの歓声をそのままスピーカーに乗せたような、とてつもなく大きな声が上がった。
『そして、そして! 青コーナー! 第一回の衝撃的なデビューから、今日まで一度の負けもなし! アメリカが誇る、世界最強のボクサー!……』
 奴が、あのときと同じように現れた。
 オレは、この男を倒すためだけに、今日まで修行を続けてきた。父が、マスターズ家が最強であることを証明するために、ここまでやってきたのだ。オレは、あの頃まだ新人だった黒人ボクサーをにらみつけた。
『マイケール・バーイソォーン!』
 また一層大きくなる観客たちの声に、思わず耳をふさいでしまった。
 “マイク”マイケル・バイソン。父を倒したこの男が未だにアメリカのチャンプだと知ったのは、こちらに帰ってきてからだ。詳しいことは知らないが、あのパンチのことは未だに心に焼きついている。あれなら、ここまで勝ち抜いていてもおかしくない。なにせオレの親父を倒した奴なんだ。むしろ、こうでなくてはおかしい。
「ヘイ、マイク!」
 リングの上で、オレはわざと愛称で声を掛けた。バイソンは眉をしかめた。
「おいガキ、お前は敬意が足りない。ミスターをつけろ」
「そうだな。最後くらいつけてやるか。ミスター。お疲れさま」
 バイソンは声を荒げた。
「おい、最後ってどういうことだ!」
「言葉通りだよ。最後でしょ。いまからオレにぶちのめされて、あんたのチャンプ生活は終わるんだから」
「野郎!」
 オレに殴りかかろうとするバイソンを、スタッフが止める。会場が沸いた。
「いいから、さっさとかかって来いよ」
「おい、すぐに鐘を鳴らせ!」
 バイソンの叫び声とともに、ゴングが鳴らされた。

 向かってくるバイソンを目前に据えつつ、オレは構えを取る。ボクサーとの戦い方は心得ているつもりだ。まずはガードを硬くして、様子見だ。
「うおお!」
 バイソンは力をこめて拳をふるってくる。なるほど、これまでチャンピオンだっただけあって、そして父を倒しただけあって、非常にそのスピードは速い。その巨躯には似合わない、体を低く据えた機敏性あふれるスタイルだ。一発一発が、重く体に圧し掛かってくる。
「威勢だけはいいようだが、どうやら手も足も出ないようだな!」
「そう思うかい。じゃあそろそろその、手と足を出してやるよ!」
 ガードを解き、オレも攻撃を開始する。右、左、そして蹴り。カウンター気味に入ったジャブから、コンビネーションで攻め立てる。しかし、ぜんぜん効いている様子はない。
「そんなもんか」
 バイソンは首をかしげて挑発した。やはり、ここまで戦ってきた相手とは違う。さすが「ワールド」チャンプと言ったところか。オレは一旦距離を取り、体制を立て直した。
「甘いんだよ!」
 しかし次の瞬間、バイソンが声をあげた。奴の体から光が放出されたと思うと一瞬にして詰め寄られ、しまったと思う前に大振りの右ストレートを顔面に食らった。決定的うかつだった。
 あの光=c…バイソンは“波動”使いだったのだ。
 
 頭がぐらつく。しかしなんとか手をついて、飛びのきながらオレはまた立ち上がった。
 たった一発でこのざまだ。奴はやはり強かった。
 再び距離を置き、オレは腰を落とした。
「無駄だ!」
 バイソンはまた、光を放つ。波動≠ェ練りあがる頃には目前に迫ってきていた。だが、この距離なら間に合う。
「波動拳!」
 オレは両手を突き出した。波動拳はバイソンの右頬をとらえ、奴の顔を歪ませた。そこを逃さず、ボディーブローで追い討ちをかける。奴の口が開いた。今度は効いている。
 しかしバイソンはすぐに立ち直り、拳を打ち出してくる。オレは後ろへと下がった。

「お前! 思い出したぞ」
 バイソンは手を止めた。
「何をだ」
「その目……そっくりだ。ケン・マスターズ。そういえばミドルネームも同じだったな」
 奴のにたついた笑いを見て、何を言い出すのか予想がついた。
「お前、それ以上言ったら、死ぬぞ」
 バイソンは無視して、言った。
「あの……俺に一発でやられた、腰抜けハリー・マスターズにな!」
 体の中に冷たい何かが通ったあと、心の中で爆発した。
「親子ともども、俺にやられやがれ!」
 バイソンはそう言うと、また例の突進でこちらに向かってくる。
 オレにはスローモーションでそれが見えた。
 
 こいつだけは絶対に許さねえ。

 オレは決意を固めると、体中の波動≠練り上げ足元へ集中する。
 バイソンの顔が、オレの攻撃範囲に入って来た瞬間、両足からそれをすべて放出した。
 上空に放出された波動≠ニ一緒に、オレの体全体が浮き上がる。そこから、体全体をひねらせるようにして、奴の顎へと渾身のアッパーカットを刺し込んだ。クリーンヒットしたが、まだここで終わらない。
「うおおお!」
 さっきの波動≠フ影響で、体が上空へ向かいはじめる。オレは腕を織り込み、今度は肘を顎へとぶつけた。
だが、体はまだ上昇していく。その過程で曲げておいた膝が、ちょうど飛び膝蹴りのようにもう一度、顎へと突き刺さった。膝に、やわらかい感触があった。完全に砕いただろう。
 これが、波動≠フ放出で体を上昇させ、同位置に三度の攻撃を加える必殺技、「昇竜拳」だ。腕を突き上げたまま、文字通り昇り竜になったオレは、上空から下を見つめた。バイソンがふっとんでいくのが見える。そして、会場の誰もが、オレの姿を信じられないと言った様子で見つめていた。
 この瞬間が、たまらない。
 師匠から教わった技の中で最も美しく、そして威力が高い「昇竜拳」は、オレの得意技だった。だが今回ほどうまく行ったことは今まで一度もなかった。三度の攻撃全てが、完璧に奴の顎を捕らえていた。

 オレは技を終えて着地すると、腕を掲げた。
 静寂がしばらく続き、会場に歓声が響いた。どこかで覚えのある感覚だった。
 バイソンは場外に飛ばされ、白目を向いていた。息を吐いているのを見ると生きているようだ。オレは少しだけ安心した。

『とんでもないことが起こりました! 第七回ワールド・ファイト・チャンピオンシップ、優勝はケン・マスターズです!』
 また、装置から花火が上がった。イライザがこちらに走ってくる。

 父の顔がきゅうに浮かんできて、歓声のなかで、オレは七年ぶりに涙を流した。 


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