ストリートファイター2N 波動伝
ROUND.3
「波動の秘密! ダルシムかく語りき」 part1



 世界への旅をはじめて、だいぶ時が流れた。近ごろ、日本が恋しい気持ちになる。
 最初は大きな街からはじまって、すごく寒いところも行ったな。寒いところか。今すぐ戻りたいなどと考えてしまうのは、今の俺がその逆の気候を体験して、うんざりしているからだろう。
 現在俺が歩いているのは、ひたすらに広がる大きな砂漠である。
 熱波と安定しない砂の大地が相まって、立っているだけで体力が吸い取られていくような感じだ。
 以前のように倒れてしまったら、今度こそ命はないだろう。
 顔からだらだらと流れる汗を腕でふき取りながら、俺は何日か砂漠を歩いた。

 その景色に飽きたころになって、俺はようやく砂以外のものを見つけた。
 それはものというよりは、人だった。つまり人間が倒れていたのだ。見たところ女性で、年のころは十代後半くらいだろうか。すぐに駆け寄ってみると、苦しそうに砂を掴んでいた。
「おい、だいじょうぶか」
「たすけて……」
 まだ生きてはいるが、このままでは危ないだろう。
 見捨てるわけにもいかないので、俺は彼女を背負ってまた歩き出した。

 しばらくして、俺はオアシスのある村へと辿り付いた。やれやれだ、今回もなんとか生きながらえた。
 村に入った瞬間、村人が俺の背負う少女を見て声を上げた。
「サリーだ、サリーが戻ってきたぞ! 弱ってる、すぐに水を!」
 どうやら彼女はこの村の人間らしい。

「今回はなんと言っていいものか…村民を救っていただき、どうもありがとうございました」
 村長の家へと招かれた俺は、もてなしを受けた。彼の話によると、少女…サリーは三日前に姿を消して、行方不明になっていたのだという。
「でも、なんでまた」
 村長は顔を曇らせた。
「彼女には夫がいたのですが、三ヶ月ほど前のある日、突然姿を消したのです。サリーはひどく悲しみましたが、彼を信じて待ち続けました。しかし、ついに我慢できなくなってしまったのでしょう」
「そうか、だんなを探すために…」
 なかなかに泣かせる話である。男女の恋愛に疎い俺にとっては、まるで別世界のお話のようだった。
「どこに行ってしまっただとか、そういうあてはないんですか。俺も人を探して旅をしています。もしかしたら旅先でその人に会うことがあるかもしれない」
「それが…彼はとても変わり者でして。何を考えているのかわからないところがありましてね。しかし、この話は彼に限ったことではないのです」
 なんと、サリーの夫だけではなく、村の男ほとんどが姿を消してしまったというのだ。そんな不可解なことが、突然起きてしまうものなのだろうか。
「ここから西に何日か行ったところに、修行場があるのですが、みんなそこへ向かったところで姿をくらましているのです。最初のうちは男たちが調べに行っていたのですが、だんだん人数が少なくなると、誰も近寄ろうとしなくなってしまいました。ほんとうは私のような者が行くべきなのでしょうが、今私がいなくなれば村には男がいなくなってしまう。そうなれば、村は終わりです」
 村長はそう言って、じとっとした目で俺を見た。
 リーダーというものは、どこか姑息でなければならないと爺さんがよく言っていたが、なるほど、こういうことなのか。
「わかったよ。俺が見てきてやろう」
 村長は、まるで演劇みたいな口調で俺に言った。
「おおお、あなたこそ私たちの救世主!」

 来た道を何日か戻るようにして歩いて、ようやくそれらしき場所にたどり着いた。
 なるほど、ここまで来るのは女一人じゃ厳しいものがある。サリーはここを目指す途中で倒れてしまったのだろうか。俺も、今回のように水と食料をたんまり頂いておいておかなければどうなっていたことか。まったく、難儀な安請け合いをしてしまったものだ。 
 修行場は閑散としている。まがまがしい石像だけが、寂しそうにたたずんでいた。
 しばらく歩いてみて、洞窟のようなものを発見する。もしかしたらここにいるのかもしれない。

 洞窟に入って、すぐに気がついた。波動≠セ。そこらじゅう波動≠ノ満ちている。
 村長に言われた修行場という言葉について特に考えもしなかったが、あの村の男たちはここで一体何の修行をしていたのだろう。俺やケンと似たようなことをしていたのだろうか。
 歩いていくと、すこし開けた場所へと出た。
 洞窟内の石壁は、ところどころが荒くくぼんでいる。ここで何かしらの修行が行われていたという確固たる証拠だろう。
 開けたスペースの一番奥には、またしても石像が並んでいた。どれも鬼気迫った表情で固まっていた。
 
 それをなんとなく見つめてみる。
 すると、その中の一つが少し動いたような気がした。
「おい、誰かいるのか」
 近づいていくと、謎の石像はふるふると震えだした。違う。これは石像じゃない。
「うぁう!」
 俺の手がそれに触れそうになるかならないかのところで、獣の叫び声のような音が響いた。石像、いや謎の生物は、瞬時に飛び上がると、俺の上を跳び越して背後へと着地した。
「なんだ、お前は!」
 返事もなく、化け物は俺へと飛びかかってくる。俺はとっさにそのタイミングを読み、体を仰向けにするようにして化け物を投げ飛ばした。巴投げである。
 しかし、空中に放り出された化け物は受身を取るわけでもなく、猫のように翻り着地した。なんという運動神経だろう。
 そんなことを考える間もなく、化け物はものすごいスピードで俺に突進を喰らわせた。今度は対応できず、バランスを崩してしまう。それを逃すことなく、化け物は俺の上へとまたがった。俺は過去に出会ったミハエルというファイターのことを思い出していた。
 パンチを警戒して身構えた次の瞬間、体に電撃が走ったかのような衝撃を覚え、俺は意識を失った。


 しばらく気分のいい感覚が続いたあと、冷たい感触を覚え、俺は体を起こした。
「う……」
 体がうまく動かない。不快感に、思わずうめいてしまう程だった。
「生きてるか。しばらくは体を動かそうと思わないことだ、じきによくなる」
 声が聞こえてくる。また、誰かに助けられたのだろうか。体が動かせないとどうしようもないので、俺はしばらく波動≠練り、体を休めることにした。波動≠練りながら体中を巡らすと、体内が活性化して治りが早くなるのである。身体能力が高まるわけではないので武術に応用するのは難しいが、中国の春麗が使っていた気功≠ヘそれに近いものだったと言えるかもしれない。

 そうやってしばらく波動≠練り続けると、すぐに体を動かせるようになった。体を起こすと、薄暗く、なんだか湿っぽい洞窟が眼前に現れた。
「ほう、たった数十分でそこまで動けるようになるとは」
 男が声をかけてきた。先ほどと同じ声である。
「あんたは」
「お前と運命を共にする者だ」
 どういうことだろう。辺りを見渡してみると、部屋の壁には鉄格子が敷き詰められていた。
「なんだこりゃ、まるで監獄だ」
 それを聞くと男は笑った。
「まるで、か。違う、ここは監獄だ。お前は捕まったのだよ、異邦者」

 男−ダルシムと名乗った−は、俺が寄った村の人間だった。彼も村の男が減ったことに疑問を感じ、修行場へと赴いたのだそうだが、俺と同じように何かに襲われ、気づけばここにいたという。
「ここはいったい何なんだ」
「よくはわからん。だが定期的に人が捕まってやってくる」
 話していると、ベルの音が聞こえた。
「42番! 23番!」
 次に、男の声が聞こえてきた。
「この時間になるとああやってベルが鳴って、番号が呼ばれる。私たちには番号はわからないんだが、監守がやってきて、おそらくその番号のやつを開放するんだ」
「それで、どうなるんだ」
 ダルシムは目を細めた。
「戦うんだ。見せ物としてな。ただ、戦う」
 ダルシムもここに来てから何度か戦ったという。勝っても負けても、死なない限りはここに戻されるらしい。
 しばらくすると監守がやってきた。カギをガチャガチャとやっている。今ならば逃げ出せるのでは、と思ったが、後ろの監守が銃を構えている。この至近距離ではかわすこともできまい。
「来い」
 ダルシムを後ろ手に縛り付けると
、監守は俺の手も同じようにして、腕を引いた。
「いきなりか、生きて会えればいいがね。ひとつ忠告しておこう。勝て。負けたやつは、なんだか細工をされてしまうらしい。そうやってもう何人も死んでいる」
 ダルシムを残し、俺は監守に連れられて歩いていく。

「42番、これからお前には戦ってもらう。私たちに逆らえば死ぬ。手を抜いたら死ぬ。何度も勝てば、ここを出られる」
 監守は抑揚なく、そう言った。なるほど、勝てば出られるということか。
 
 連れられたのはライトのつるされた、小汚いステージだった。周りはなんと網で覆われている。金網デスマッチというやつだろう。俺が入った瞬間、周りから歓声が飛び込んできた。観客はこちらからではよく見えないが、その歓声の種類というか、怒号というか、その様子ぶりを見るとどうやらただの面白い見せ物ではないようだ。
 反対側の入り口から、一人の男がやってくる。さっきのダルシムと同じような格好をしていた。
「あんた、ダルシムの知り合いじゃないのか」
 返事はなかった。というより、どうも男の様子がおかしい。目の焦点が定まっていないというか、ちゃんと意識があるのかもわからないくらいだった。
「投票を締め切ります。それでは、マッチを開始します」
 どこからともなく声が聞こえてきた。その瞬間にまた大きな歓声が上がる。投票という言葉でピンと来た。これは賭け事なのだろう。
 チン、とベルが鳴ると、男がこちらへ向かって迫ってくる。
 ともかく、こうなったらやるしかあるまい。

 勝負は一瞬だった。突進する男へとカウンター気味に左ストレートを刺し込んで、前蹴りを入れると、男はもう起き上がらなかった。また大きな歓声が上がった。
 チンとベルが鳴らされる。すると、またさっきの監守が戻ってきた。今度は銃を持っている監守が三人いる。
「42番の勝利」
 来たときと同じように手を拘束されそうになる。
 拘束を嫌がる素振りをした途端、監守が銃を突きつけた。
「私たちに逆らえば死ぬ。手を抜いたら死ぬ。何度も勝てば、ここを出られる」
 来たときと同じように、監守は言った。
 仕方なく拘束を受け、俺は監獄へと戻された。

「勝ったのか」
 ダルシムがすぐに話しかけてきた。
「ああ、でも、相手の様子がどうもおかしかった」
「そいつらは負けが込んでる連中だろう。かわいそうなことに、負け続けると薬漬けにされるそうだ。どういう意味合いがあるのかはわからないが……彼らはもう自我など、とうに失ってしまっているのだ」
 ダルシムは気の毒そうに言った。ひょっとしたらさっきの男は、もう死んでしまったのかもしれない。
 
 それからというもの、俺は何日かこの生活を続けた。時間になると食事が運ばれてくるので、空腹に困ることはなかった。最初こそ強いやつと戦えると思ってむしろ喜んでいのだが、誰でもわけのわからぬ状況で生活を強いられて気分のいいはずはない。なぜこんなことを続けるのか。この先どうなるのだろうという不安は、少しずつ大きくなっていった。
 ある日の相手は、もう憔悴しきっていて、とても戦えるような状況ではなかった。
 彼は俺に言った。
「お前、もっと勝てばここを出られると思っているだろう。わたしもそうだった。だが、そんなことはありえない。ここから出た人間はひとりもいないのさ。消耗して負けたら、人体実験行きだ。そして死ぬ」
 彼はその日、無理に逃げ出そうとして、監守に銃殺された。

 ある夜、俺はダルシムにたずねた。
「この生活、いやじゃないのか。逃げ出そうと思わないのか」
 ダルシムはあくびをした。
「そう思うこともある」
「だったら、一緒になんとかして、逃げないか。今日の相手が言ってたんだ、勝ってもここからは出られないって。あんた強いんだろ。二人で協力すれば、なんとかなるんじゃないか」
 彼は、俺に目を合わせようとしなかった。
「私は逃げようとは思わない」
「どうして!」
 頭に来た俺は、彼の胸倉を掴んだ。ダルシムは、それを振りはらおうともしなかった。
「これが、運命だからだ。神はいつも私のことを見ていてくれて、私にふさわしい運命を与えてくれる。私は自分自身の運命を、自分から揺さぶろうと思わない」
「でも、このままだと死んじまうかもしれないんだぞ! それでいいのかよ!」
「そうだな……心残りはある。妻が村にいる。それだけが、きがかりだ」
 俺ははっとした。
「もしかして、サリーか」
 その瞬間ダルシムは目を見開いて、俺の肩を掴んだ。
「知ってるのか、サリーを知ってるのか!」
「知ってるさ、あんたを捜し求めて、砂漠で行き倒れになっている所を助けた」
 俺はその後の村の様子だとか、サリーの様子だとかを覚えているだけ話してやった。さすがにこれは効いたようだった。
「ああ、サリー。そうだったのか。かわいそうに」
「だから、ここを出よう。運命だとか、そういうことを言ってる場合じゃないだろ」

 ベルが鳴った。
「30番、10番!」
 ここの番号は、勝利数で若い順番へと変わっていくようで、前回34であった俺は身構えた。もしや、出番なのではないだろうか。
 案の定、俺とダルシムの部屋に、監守がやってきた。
「おまえらふたりだ。出ろ」
 俺たちは、顔を見合わせた。
 
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