ストリートファイター2N 波動伝
ROUND.3
「波動の秘密! ダルシムかく語りき」 part2

「いよいよ私たちで戦うことになってしまったか」
 ステージの上で、ダルシムはちょっとだけ笑った。俺は何も言えない。
「リュウ、すまない。さっきの話は心に響いたが、やはり私は、運命を受け入れる。そうやって今までも生きてきたのだ。これを曲げることは、これまでの人生を否定することになる」
 ダルシムはすまなそうに言った。
「わかったよ。わかった。とにかく今は、あんたと戦いたい」
 ダルシムの番号が「10番」だったことを、俺は聞き逃さなかった。
 べルが鳴る。俺たちは金網のなかで、構えを作った。

 次の瞬間には、俺は既に床に打ち付けられていた。何が起こったのかわからなかった。何かが俺の頬を殴りつけたのだ。起き上がり、周りを見渡す。何も落ちていない。何かをぶつけられたわけではないようだ。だが、似たような経験を、俺は今まで色々なファイターたちにさせていることをすぐに思い出した。
「まさか、ダルシム。あんたも」
 言い終わる前に、ダルシムは遠くで腕をふりかぶった。
 次に飛んできたのは、拳だった。また、反応できずに喰らってしまう。だが、理解した。腕が飛んできて、俺を殴っているのだ。ダルシムの体からは、まるで蒸気機関車の吐き出す煙のように波動≠ェ吹きだしている。一体どういう仕組みでこんなことができるのかはわからないが、波動≠セ。やはり彼も波動≠扱っている。
「私は運命に従う。だからこうなった以上手は抜かぬぞ、リュウ!」
「面白い、望むところだ。俺に負ける運命ってやつに従うんだな!」
 俺はダルシムを中心として、円を描くように走り出した。こうすれば腕を伸ばした攻撃も当てづらくなる。しかし、ダルシムは浅はかだなと言った感じで笑うと、自分の両手を突き出すようにして腕を伸ばした。そして俺の走る方向と逆側に向かって体をひねらせる。走る先に、ダルシムの腕が障害物として現れた。
「ここだ!」
 足元に集中した波動を放出して、俺は円の中心、つまりダルシムの方向へと大きく跳んだ。今なら、彼の体は隙だらけだ。
 しかし、ダルシムはまだ笑っていた。そして、次の瞬間姿を消した。俺の拳は空を切る。次の瞬間には、彼は俺の後ろへと回っていた。よくは見えなかったが、伸びた腕を床にかけて移動したのだろう。着地して振り返るころには、腕に捕まってしまった。
「はっ」
 そのまま長い腕の遠心力を利用して投げられる。まるで花火の筒に入れられて吹っ飛ばされたみたいに俺の体は宙を舞った。空中で切り返し、背中を打ちながらもなんとか受身を取る。それにしても、なんととんでもない戦闘スタイルだろう。正直、生身の人間と戦っている気がしない。洞窟にいたあの化け物といい、この男といい、本当に世界は広いと感じる。
 だがこれなら、躊躇する必要もあるまい。
 俺はいつものように、腰を落とした。ダルシムは俺が何かすると勘付いたのか、遠めからまた腕を伸ばしてくる。
 腕が届く前に、撃てさえすればいい。

 相打ち覚悟の波動拳は、うまくヒットした。俺も拳を食らってしまったが、あちらは少なからず動揺しているはずだ。今を逃す手はない。
 俺はすぐに体勢を整えると走り出し、波動を腕へと溜め込んだ。以前使った波動パンチである。
 案の上ダルシムは伸ばした腕を戻してから、俺の姿に気づくまで多少時間が掛かった。チャンスだ。

 またしても空気のはじける音がして、俺の波動≠まとったボディブローを喰らったダルシムは金網に飛び込んでいった。攻撃の手を緩めずに、走り出そうとした瞬間、またあの激痛が走った。立っていることすらできず、すぐに倒れ込んでしまい、俺は勝負に負けた。

 それからしばらく、俺は痛みに苦しんだ。前回は腕だけだったが、今回はほとんど全身に響き渡り、不快感も比べ物にならなかった。何時間もうめき続け、やっと落ち着いたころ、そのようすをずっと見ていたダルシムが口を開いた。
「潜在エネルギー≠扱えるとはな。しかし使い方を誤ったな。お前はバカだ。あんなことをしたら、自分への反動の方が大きくなるに決まっているだろう。生きていられたことを幸運に思うことだ」
 前回そうでもなかっただけで、あの使い方は死に繋がるものらしい。そんなことを知らずに使っていたと思うとゾッとする。
「ダルシム。そういうあんたも波動≠フことを知っていたんだな」
 頭がくらくらして、気分が悪い。もう、あの方法はやめておこうと心に誓った。

 二人とも技を見せ合ったところで、お互い技のネタばらしをした。どうやらあの洞窟では、俺の考えた通り波動=cダルシムのいう潜在エネルギー≠扱うための修行が行われていたらしい。彼は修行の末、さっきの戦いでやったような、自分の手足を伸ばす方法を見つけた。
「あとは、こんなこともできる」
 そう言うと、ダルシムは座禅を組んで呼吸を整えた。
 すうう…という彼の息使いが聞こえてくる。次第に、波動=cいや、潜在エネルギー≠ニいうべきだろうか。口元にそれの塊が出来上がっていく。
「ふっ!」
 ダルシムはそれを溜めたあと、吹いた。すると、口から火の玉が現れ、前方へ飛んでいった。火の玉は、壁にぶつかって消えた。
「すごいな」
「お前がやった、エネルギーそのものを飛ばす技も大したものだ。普通は、いまやったように何かしらの形に変えた方が楽なのだが…いや、もしかしたらその技そのものが別の技を得るための鍛錬なのかもしれんな」 
 技そのものが、鍛錬…そんなことは考えたこともなかった。確かに「波動拳」は、師匠に最初に教わった波動技だ。俺もケンも、この技から波動@り上げ、固めていく感覚を覚えた。そういう意味では、この技は師匠の教えてくれた武術の、最初の一歩であり、同時に全てともいえる。ダルシムの意見は的を射ていると言えよう。
 なんとなく、俺は普段撃つ時のように、波動≠手のひらに集中した。ダルシムはしばらくそれを見ていたが、口を開いた。
「リュウ、重ねないのか」
「重ねるって、何をだ」
 ダルシムはちょっと驚いた顔をした。
「練ったエネルギー同士を重ね合わせるんだ。私の村の武術ではそれを利用して、技を使う基礎中の基礎なのだが…知らなかったのか」
 彼の言うとおり、今練ったものを左手に移し、片方の手でもうひとつ分練り上げてみる。そして、それを恐る恐る重ね合わせてみた。
 いつもの、波動≠ェ炸裂する音がして、火花が散った。重ねあった波動%ッ士は、すごい勢いで膨れ上がっている。強烈な力に、思わず腕を放してしまいそうになったが、なんとか押し付ける。しばらくその状態が続いた後、ようやく火花は収まった。
「なあ、これでいいのか」
 一連の様子を見ていたダルシムは口をあんぐりと開けていた。
 そしてしばらく上を見続けた後、こう言った。
「なんというセンスだ。たった一回で、重ね方を習得してしまったというのか。信じられない。さっきの戦いぶりといい…わたしは、運命を感じた。協力しよう。ここを出るんだ。お前のような人間を、こんな所でくたばらせる訳には行かなくなった」

 それからというもの、運命を感じたというダルシムは俺にエネルギー≠フ使い方を毎日享受してくれた。師匠が教えてくれなかった意外な豆知識や、便利な利用法など、俺にとっては目から鱗が出る思いだった。
「お前の波動≠ヘまだ未完成だ。前の戦いであんな力の使い方をしたのがいい証拠だ。そもそも、腕を伸ばせないことには…」
 ダルシムの話は毎日深夜に及んだ。どうやら元々こういう話をするのが好きなようだ。

 いつものように、ベルが鳴る。
「1番!2番!」
「おい、俺たちだ、ダルシム。いよいよだ。いよいよだぞ」
 ダルシムは座禅を組んでいた。
「落ち着け。気持ちはわかるが、落ち着くんだ」
 そういうダルシムもちょっと震えていた。
 ここに入って早数ヶ月が経った。俺たちはあれから、定期的に施設の1番と2番が呼ばれることに気がついた。監守が話しているのを聞いたのだが、どうやら大きな賭けを別の部屋でやることがあるらしく、その時に施設で最も強い1番と2番が呼ばれ、戦うのだという。
 それからというもの、俺たちは修行をしながら死に物狂いで戦い、この施設で最強の称号である1番2番を得たのだった。

 手錠を掛けられ、連れられていく。いつもと通る道が違う。間違いない。あの話は本当だったのだ。俺とダルシムは顔を見合わせた。

 辿りついたのは、まさにインド風の豪華な部屋だった。床には赤い絨毯が敷き詰められ、インド象が6体並んでいた。広さはいつもの闘技場とは比べ物にならない。その先には、やはり金網がかかっている。ここは劇場のステージのようになっているようだ。
「2番、これからお前には戦ってもらう。私たちに逆らえば死ぬ。手を抜いたら死ぬ。何度も勝てば、ここを出られる」
「聞き飽きたよ」
 手錠を外され、ダルシムと目を合わせる。
「やっぱり、いたぜ」
 俺は思わずにやけて見せた。
「まずは戦おう。前みたいな失態はゴメンだぞ」
 俺たちは拳を合わせた。その瞬間、観客席から声が上がった。
「それでは、掛け金三十倍の、トップマッチを開始します」
 スピーカーから声が流れる。普段どれだけの額が賭けられているのかは知らないが、まさか百円や二百円ではあるまい。このファイトで一体いくらのお金が動くのだろう。どうせ全てが払い戻しに終わるわけではあるが。
 
 それから俺たちは、適当に戦った。ダルシムが腕を伸ばす。俺がそれを掴み、投げ飛ばす。これだけで観客はたいそう沸いた。これは戦いそのものを楽しんでいるのではなく、多額のお金を賭けたという陶酔感がそうさせているのだろう。以前戦った愛国心の強いレスラー・ザンギエフの時と同じように、この頃には歓声で耳が痛いくらいだった。
 しばらくして、ダルシムが俺を投げ飛ばし、大声で叫ぶ。
「次で決めてやる!」
 受身を取って立ち上がった俺は、言葉を返した。
「そうはさせない!」
 これが、作戦開始の合図なのだ。俺は波動≠練り始めた。

 監守たちの話の中に、トップマッチの部屋にはインド象がいる、という話題が出てきた時、ダルシムはまっさきに反応した。
「よし、リュウ。やったぞ。二人でトップマッチさえできれば、確実にここを出られる」
 象は、人間には聞こえない音で会話をしていると言われている。ダルシムは、例の潜在エネルギー≠使って彼らにコンタクトを取ることができるというのだ。つまり、象と会話することができるというわけ。
 彼らを味方につけ、ひと暴れしてやろう。これが俺たちの作戦だった。


 さっきの合図は、ダルシムのコンタクトが済み、象を味方につけることに成功したことを意味する。
 俺は練った波動を重ね合わせた。バチバチと火花が上がる。
「ダルシム、うけとれ!」
 火花が上がった状態のまま、俺は波動拳を投げつけた。まだふたつの波動≠ヘ完全には重なりあっていないので、このままでは威力はおろか、彼に届くかどうか怪しい。
 なんてことを思ったのもつかの間、途中で未完成の波動拳は音を立てて飛散した。行き場をなくした波動≠フエネルギーが、宙を舞う。
「ヨガ…フレイム!」
 そこをダルシムが息を吸い込んで、以前俺の前でやったように炎を噴出した。飛散させた波動≠フエネルギーにぶつかり、部屋を包むくらいの大きな炎が上がった。
 ダルシムの「ヨガフレイム」は絨毯に燃え移り、すぐさま部屋じゅうが炎に包まれた。客席から悲鳴が上がる。
「行け、象たちよ! おまえたちの杭は、簡単に引きちぎれる!」
 合図に従い、象たちが杭を引きちぎり、暴れ出す。監守たちが対応しようと出てくるが、炎に包まれてそうも行かないようだ。絶対に成功させるために、今日まで逃げ出そうとするそぶりすら見せず、ある程度安心させておいたのだ、さぞ驚いたことだろう。金を賭けていたのか、客席にいた者すらいたのがいい証拠だ。
「よし、今だ」
 象が金網を破ったのを見計らい、俺たちは客席に紛れ込んだ。監守たちは必死に追いかけようとしたが、火事は起こるわ、客や象は暴れるわで、それどころではない様子だった。

 そこからは、簡単に外へ出ることができた。大きいマッチだったため、監守たちがあの部屋へ集まっていたからだ。観客たちが入ってきたと思われる階段の入り口は、なんとも怪しげな路肩にひっそりとあった。どうやら街中のようだ。俺はあの監獄が地下だったことを初めて理解した。久々の新鮮な空気が、体中を満たしていく。空気がうまい。こんな感覚は初めてだった。
「ここは…ムンバイだ。村からだいたいラクダで四日ほどだ、なんとか帰れる」
 俺たちは手を叩いた。

「それにしても、本当に象を意のままに操っちまうなんてな」
 ダルシムは笑った。
「そうではない。私はあいつらにセミナーをしてやったのだ」
「セミナー?」
「エレファント・シンドロームというやつだ。象は賢い動物でな、一度絶対に逃げられない状態を作り上げると無理だと悟ってしまい、どんなに状況が変わっても逃げ出す努力すらしなくなってしまうのだ。だからあんな釘ひとつでも逃げることがない。彼らの力なら、ほんのちょっと力を入れるだけで簡単に逃げられるはずなのに、固定概念が頭に焼き付いてしまうのだろうな。私はそこのところをを説いてやったのだ」
 なんとなく、人間にも通じる話だと思った。
「お前は象にはなるなよ、リュウ」

 ムンバイの町の出口で、俺たちは別れることにした。
「色々とありがとう、ダルシム」
 俺は手を差し出した。
「わたしは、わたしとおまえの持つ運命に従っただけだよ。…かなり良くはなったが、お前の波動≠ヘまだ未完成のままだ。わたしはきっかけを与えたにすぎない。この先の運命を通して、お前の波動≠完成させるんだ。その時に、また会えることを願っている」
 俺たちは握手を交わし、そして別れた。

 
「ヘンな施設?」
 久々に聞いた春麗の声は、相変わらずだった。
「そうなんだよ。俺もしばらくそこで捕まってたんだ。結局わからずじまいだったけど、薬を使った人体実験なんかもやっていたらしい」
 詳細を話していくうちに、彼女の息使いが変わっていくのを受話器越しでも感じた。
「間違いないわ、組織の奴らよ。あれから色々と調べて、奴らが薬などを使って人体に影響を与える実験をやっている施設を持っていたのを掴んだの。他にもあなたの話と合致する点が多いわ」
 やはり、番号を大事にとっておいてよかった。
「報告、どうもありがとう…そういえばリュウ君、あなたの探してる人…ケンって人だったよね?」
「ああ、そうだけど」
「もしかして、ケン・マスターズじゃないの」
 急にケンの本名が出てきたので、思わず心臓がはねた。
「ど、どうして知ってるんだ!」
 つい口調が荒くなってしまう。春麗はふふふ、と笑った。
「やっぱり! 君と格好がそっくりだったもんね。彼は今、アメリカにいるわ」
「アメリカだって!」

 こうして俺の次の旅先は決まった。


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