ストリートファイター2N 波動伝
ROUND.2
「よみがえれ、赤きサイクロン! ザンギエフ」 part1
北京を出て、どれくらい経ったのだろう。
それが思い出せないくらいに、俺は憔悴しきっていた。
ここがどこなのかはわからないが、ただひとつ言えるとすれば、俺は命の危機を感じている。
何日か前くらいから、人を見なくなった。風も冷たくなってきていた。
今思えばあそこで方向を変えるべきだったのだ。歩けば歩くほどに寒さは強くなり、いつしか辺りは一面真っ白になっていた。そのうちにブリザードが体を包むようになり、今から引き返そうにも、とてもじゃないが体力がもちそうにない。
人家などがあることを期待しながら、この極寒を歩いてゆくしかないのだ。
だが、人生そんなうまいこと行くわけない。俺は小説や漫画の主人公ではないのだ。
何時間歩いてもそんなものが見えることもなく、意識が朦朧としてきた。
体はがたがたと震え、限界を告げてきている。だがそれを受けて止まったら最後、もうその先体を動かす機会は一生なくなってしまう気がする。
これでは波動≠使って体を温めるようなこともできない。
ついに、俺は地面にひざを付いてしまった。その瞬間、まるで地面に引き付けられたかのように、体が雪にうずもった。
そうして、俺は自分の人生が終了しようとしていることを認識しはじめていた…
次に見たのは、どこかの天井だった。
ここが死後の世界なのだろうか。体を起き上がらせてみると、見知らぬ部屋の中だった。
小汚い感じで天国とはとても言い難い。まさか地獄に落ちたのだろうか。
横のドアが開き、肩幅の広い筋骨隆々とした男が入ってくる。地獄の鬼だろうか。彼は俺を見て言った。
「やっぱり生きてたか」
運がいいというか、やっぱり、すごく運がよかったのだろう。
たまたま用事があって通りかかった鬼…ではなく、彼が雪に埋もれた俺を見つけ出してくれたらしい。
「最初見た時はな、もう動いてなくて冷たくてよ。死んでるんじゃないかと思ったんだけどな。堅くなってなかったからな」
彼はおおらかに笑った。こちらからしてみると笑い事ではないのだが、ともかく助かったのだ。
「どうもありがとう。もう死ぬって覚悟してたんだけどな」
「お前、なんでまたあんなところにいたんだ。ふつうの人間がこの時期に通る場所じゃないぞ、あの辺りは」
「俺、旅をしていて中国にいたんだけどさ。とりあえず風の吹く方向に従って歩いていたら、いつのまにか…」
彼は銀色の水筒を空け、それを口にするとまた笑った。何がおかしいのだろう。
「中国から、歩いてきたってのか。あっはっは、お前おもしろいな、未だにこんな奴が残っているたあな。わっはっは」
しかし、少しして笑うのをやめたと思ったら、今度は真面目な顔つきになった。
「ともかくお前はいい判断をした。すばらしき我が国にようこそ。少年」
手を差し出してきたので握手すると、つぶされるかと思うくらいの力で握り返された。
彼…ミスター・ザンギエフに連れられ、街へと繰り出す。部屋の中とは違い、やはり冷え込む。日本の冬も寒かったが、レベルが違う。こんな所で本当に人間が暮らしてゆけるのか疑問に思うくらいだ。
ザンギエフはそんな俺を見て、外套を用意してくれた。彼も分厚いコートを着込んでいる。
その辺の店に入って、スープをごちそうになる。腹も減っていたしなにより体も冷えていたので、ありがたいことこの上なかった。
「それで、旅のあてはあるのか」
「人を探しているんだけど、それはついでみたいなもので今のところはない。今はとにかく知らない世界が見たいんだ」
彼はその巨体から一見怖そうに見えてしまうが、話してみると意外に人懐こくて、面白かった。
俺のことも気に入ってくれたようだ。
「お前みたいな向上心ある若者が、この国にももっと居てくれたらいいのになあ。俺はこの国が大好きだけど、やっぱり根幹を動かすのは若者なんだよな」
ザンギエフはちょっと遠い目をした。
「残念だけど、はっきり言ってもうこの国は腐りかけている。近いうちに崩壊するだろう。だからこそ、熱い魂みたいなものを持った奴が必要だと思うんだ」
本当に自分の故郷が大好きなんだろう。俺も日本は好きだけれど、彼みたいな愛国心と呼べるものとは少し違う気がする。
店を出て、彼の家に戻る途中、街中で人だかりのようなものができていた。
何かと思って見てみると、Tシャツ姿の二人の男が向き合い、殴りあいをしているではないか。その付近に彼らの被っていたと思われる長い帽子が置かれていて、中にはお札や硬貨が入っていた。 見てすぐに気がついた。ストリートファイトだ。
「いけっ、トーリャ! そこだアッパー!」
「キール、そんな糞みてえなストレート喰らってるんじゃねえよ! てめえに賭けてるんだぜっ、八百長じゃねえのか!」
周りの人は大盛り上がりだ。見てるとこちらも興奮してきてしまう。知らないファイターが、目の前で戦っている。それだけで胸がわくわくしてくるのだ。
「ザンギエフ、ちょっと挑戦してきていいかな」
彼の顔を伺ってみると、なにか様子がおかしい。
「…ん? あぁ…なんだ」
どうやら耳に入っていなかったようだ。もう一度、同じようなことを質問する。
「…おう、お前格闘の修行をしているんだろ。やってくればいいじゃないか。だがすばらしき我が国のファイター相手に、果たして通用するかな。はは」
自分の中の何かを隠すように、彼は優しく笑った。イメージにないような表情だった。
何かあるのだろうかと思ったが、今は戦えることで頭が一杯だ。俺は外套を彼に預けると、すぐに人だかりへと駆けた。
「おおっ、強いぞあの東洋人! なにものだ!」
相手を一発でノックアウトすると、周りが沸いた。寒さなどもう、とうに吹っ飛んでいた。
「次は誰だ!」
「我が国をなめるなよ、外国人」
腕っぷしの強そうな男が人だかりから出てきた。その瞬間、周りからワッと声援が飛び出る。
「ミハエルだ! ここ最近負けなしのミハエルが外国人を倒すぞ!」
どうやらなかなかの手錬らしい。そうでなくては面白くない。俺はミハエルを睨みつけて、間合いを詰めた。
「あの中国人、ミハエル相手にインファイトを選んだぞ!」
「ばか、あれは韓国人だろう」
「いや中国人だよ、クンフーだぞ」
「決め付けはよくない。あれはカラテだ、日本人だ」
「おい、ミハエル押されてるんじゃないのか、中国人に」
「だから、お前、人の話を聞けよ。韓国人だよ」
「そういうお前もだ。決め付けるんじゃないよ」
「あっ、ミハエル危ない!」
「もう何人かなんてどうでもいい! なんてすごい奴なんだ!」
ファイトを終えた後、ザンギエフの姿を探したのだが、どうも見当たらない。先に帰ってしまったのだろうか。
「ミハエルを倒すなんて強いな、あんた。おかげで今日のメインイベントがおじゃんになっちまったが、それ以上の物を見れたよ。ところでさっきお前さんと一緒にいたの、ザンギエフじゃないのか」
観客の一人、壮年の男性の声を掛けられた。
「そうなんだけど、いなくなっちゃって。どうしたんだろう」
男は眉を下げた。
「当然かもしれないな。今の彼は、自分から格闘技を見たいとは思わないだろう」
なんとも意味深な発言だった。そういえば、さっき俺が聞いた時も様子がおかしかった気がする。
「どういうことなんだい」
男はしばらく迷うように黙りこくっていたが、決意したように話し始めた。
「君が聞いて楽しい話ではないかもしれないが、彼のためにも知っておいた方がいいな。彼、ザンギエフは、つい去年くらいまではこの国で名前を知らない者がいないくらいの有名レスラーだったんだ」
少しびっくりしたが、あの巨体である。格闘技をやっていますと告知しているようなものだ。しかし、そこまでの有名人だということには素直に驚いた。運命の巡り合わせなのか、なんともとんでもない人に助けられたものである。
「でも、あることがきっかけになって格闘はやめて現在は近くの工場で働いているんだ。」
「どうしてだい。けがでもしたのか」
男は続けた。
「……あるマッチ−彼にとっては引退試合となった−で、技をかけて人を殺してしまったんだ」
ザンギエフに申し訳ない気持ちになった。そんなことがあったなんて。彼は、格闘の話をうきうきとしながらする俺を見てどう思ったのだろう。
「これは彼の名誉のために言っておくが、ザンギエフは悪くない。あれは運の悪い事故だったんだ」
これは人と拳を交える上で、絶対に逃れられないことがらだ。
俺は人を殺してしまったことなどもちろんない。その時、俺はどう思うのだろうか。想像を絶した。
ザンギエフの家に戻ると、やはり電気が着いていた。彼は先に帰ってきていたのだ。
「おう、帰って来たか」
彼の調子は元に戻っていた。何もなかったかのようにこちらに笑いかけてくる。
「どうだった我が国のファイターたちは。え? 元気ないな、やられたのか? わっはっは。落ち込むなよ、まだ修行中なんだろう」
その上で俺を気遣ってくれているのだ。この人は、本当にいい人だ。だからこそ、自責の念も強いのだろう。
「ごめんよザンギエフ。俺、全部聞いたよ」
その瞬間、彼の体がしぼんだ。そう見えるだけなのかもしれないが、確かにしぼんだのである。
「ふん、あのおしゃべり共めが。でも気にするなよ。俺はこの十字架を背負うって決めたんだ。だからそれがお前の中の何かを踏みとどまらせることになっちゃいけない」
彼の決意は固いようだった。
しかし、俺はどうしても思ってしまうのだった。
「でもさ、ザンギエフ。俺、もったいないって思うよ」
「もったいない?」
彼の腕を見る。とてもじゃないが、格闘をやめて一年以上経った人間のそれとは思えなかった。
「俺、あんたがすごいレスラーだったって聞いてすぐに思ったんだ。勝負してみたいって。そんな強い奴が目の前にいるのに挑戦しないわけにはいかない」
ザンギエフは表情一つ変えなかった。
「それにさ、俺、思うんだよ。あんた何のために戦っていたんだい。あんたのことだから、国の為だったんだろう? そう考えるとさ」
「お前に、何がわかる!!」
言葉を遮り、ザンギエフの怒号が飛んだ。空気が震えたような感じがした。
「……すまない。ごめんなリュウ。おれに格闘をやる資格はもう、ないんだよ……」
ザンギエフはその日、もう何も言わなかった。
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