ストリートファイター2N 波動伝
ROUND.2
「よみがえれ、赤きサイクロン! ザンギエフ」 part2



 次の日、俺はザンギエフに礼をするために彼の働く工場へと赴いた。恩を受けたのだ、スープ代くらいは金などではなく、気持ちで返したい。ザンギエフはやらなくていいと言い張ったが、俺の意地に根負けしたのか、工場長に話を通してくれた。
 すぐに工場長に連れられ、仕事が始まった。力仕事だったおかげでそう辛いことでもなく、すぐに時間は過ぎていった。これも修行だと思えば楽しいものだ。
「あんた、昨日の東洋人じゃないか。なんだ、ここで働くことにしたのかい」
 休憩時間、男に声を掛けられた。どうやら昨日の闘いをギャラリーしていた人間のようだ。
「いや、ずっといるつもりはない。何日かしたらここを出るよ」
「なんだあ。お前みたいにすごい奴が増えたら、楽しみも増えるもんだってのに」
 彼の話によると、あのストリートファイトはこの工場の人間が主になって行われているそうだ。確かに、周りを見回してみると、昨日見かけた人間が多い気がする。
 その中に、一人の少年がいた。力仕事が主のこの仕事場にはちょっとそぐわない雰囲気で、見た感じでも相当につかれきっている。
「ヴィクトールか」
 男が俺の目線に気づき、反応した。
「あいつ、ここに来てもう一年経つんだけど、最初はてんでだめでさ。何度もここでしごかれてやっと人並みに働けるようになりやがった。あの年で、大したもんだよ」
「彼はどう見てもまだ働くなんて年齢じゃないけど、何か理由でもあるのかい」
 それを聞いたとたん、男は眉を下げてうつむいてしまった。
「あまり大きな声じゃ言いたくねえんだけどよ…ザンギエフのラストマッチの相手の弟なんだ、あいつ」
 はっとした。ここから先は聞くまでもないだろう。彼は、兄を失って働かざるを得ないのだろう。
「もっとも、ザンギエフはあいつに色々と援助してるって話だけどな」
 それでも、生活費が足りないということなのだろうか。
 ザンギエフの言っていた「十字架」は、俺の思っていた以上に重いものだったのだ。これでは、挑戦どころではないだろう。
 

 仕事が終わった帰り、ミハエルがやってきて、俺をストリートファイトへと誘った。どうやら昨日の結果を不満に思っているらしい。そんな気分ではなかったが、周りもはやし立てるし、挑戦を受けない訳にはいかない。俺は二言返事で彼とともに外へと出た。
「外国人、いやリュウと言ったな! 昨日は不覚を取ったが、今日は負けんぞ」
「いけっ、ミハエル! リベンジだ!」
 周りがワッと沸く。どうやら仕事帰りの連中が集まっているようだ。なるほど、こうやって毎日仕事のうさばらしをしているということなのだろう。仕事が終わったばかりだというのに、エネルギッシュな連中だ。俺たちは拳を合わせ、距離をあけた。
 ミハエルはおそらく我流だろうが、かなりセンスのある男だ。相手のスキをジッと待ち、一瞬のタイミングをつけねらってくる。昨日はうまいこといって勝てたが、二度目となると話は別だろう。
「リュウ! 今日はあんたに賭けたぜ! 勝ってくれよ!」 
 昨日の活躍で俺のファンもできたようだ。あまり他人から応援されるという経験はないのでちょっぴり恥ずかしい。
 そんなことを考えていると、ミハエルが飛び掛ってきた。真剣勝負の最中だというのに油断するとは、我ながら情けない。
 タックルを喰らい、すぐに馬乗り状態にされてしまった。いわゆるマウントポジションというやつだ。こうなると相手のやりたい放題である。
「やったぞ! ミハエルの勝ちだ!」
 ミハエルは近距離からパンチを打ち込んでくる。避けられるはずもなく、何発かまともに喰らってしまった。このままではいけない。
 俺は彼のパンチをさばいている最中、中国で会った春麗のことを思い出していた。彼女は自分の体を気功≠ノよって強化することによって、すさまじいスピードと威力の蹴りを放っていた。俺の使う波動≠ナそういったことはできまいか。
 ガードを堅くしつつ、波動≠腕全体に練ってみる。…どうなるかわからないが、これでスキを見て攻撃してみるしかあるまい。
 ミハエルはさっきから全力でパンチを打ち込んできている。いつか絶対に大振りになる。これは俺自身の弱点でもあるが、今回はこれを逆に利用するのだ。
「これで決まりだ!」
 案の定、勝ち誇った彼の腕が少しだけ外に開いた。このタイミングを俺は逃さなかった。

波動≠ある程度練ると空気が炸裂するような音がするのだが、今回もそうだった。結果だけ言うと攻撃は成功し、俺のパンチはミハエルのあごへと突き刺さった。
 彼の体は浮き上がり、ちょうど体操選手がバック転するように回転してあおむけに倒れた。その瞬間、ギャラリーが大声を上げる。
「何が起こったんだ! ミハエルが吹っ飛ばされた!」
 うまくいったのだ。見たかと得意になり、俺は起き上がろうとした。
 だが、その瞬間腕に激痛が走った。
「おおっ、だがリュウにもダメージがあるみたいだぞ! ミハエルの攻撃が利いていたんだ」
 あまりの痛さに腕を押さえ、うずくまってしまう。恐らく波動≠フ調節がうまくいかず、そのリバウンドを喰らったのだ。まるで電極を腕の筋肉に突き刺して、直接電流を送り込んでいるような痺れと痛みに、顔を歪めてしまう。
 しかし、ミハエルが立ち上がる様子はなく、俺はなんとか勝利を得た。すこし彼が心配になったが、ファイト後すぐに彼は起き上がり、工場の壁に寄りかかって煙草を吸い始めていた。

 その後、腕の痛みはしばらくして引いたので、俺はファイトを続けた。
 何戦かし、場はお開きとなった。今日も俺の全勝である。
 彼らは金を賭けているので、恐らく俺のように全て勝つようなファイトの仕方はあまり好まれないだろうが、たった数日のゲストということで楽しんでくれたようだった。
 これまであまり経験がなかったが、他人にそうやって騒がれながら自分も楽しむというのはすばらしいことだ。
 観客を見回す。みんなが笑ったりして騒いでいる。怒っている人もいるが、どこかそれを楽しんでいるような気がした。
 ケンの言う「ストリートファイト」とは、こういう意味合いもあったのかもしれない。
 ふと遠くの長屋を見ると、ザンギエフが遠目から見ているのが見えた。彼は俺と目が会うと、すぐに目をそらして踵を返した。
 彼が見ていた。恐らく、この時間までいたということはミハエルとの戦いから全てだろう。「格闘をする資格はない」とは言っていたが、もしかして…

 俺は真意を確かめるべく、すぐに家へと戻った。

「ザンギエフ、見てたんなら声をかけてくれればよかったのに」
 帰ってすぐに、ザンギエフへと問い詰めた。彼はスープをすすっている。
「あ、あぁ…ちょっと、たまたま通りかかってな。別に見たくて見たわけじゃないさ。よく見てなかったけど、お前、勝ってたな。よかったじゃないか」
「うそつけ、最初から全部見てたんだろう」
 彼は答えなかった。
「ザンギエフ、あんたやっぱ格闘やりたいんじゃないのかい」 
 彼はいつもの笑顔でこちらを向いた。
「そんなことないさ。それより、今日はわざわざ働いてもらって、なんだか悪かったな。明日は行かなくていいんだぞ。俺なんかに恩を感じる必要はない。俺も話相手ができて嬉しいんだ、しばらくここにいたっていいんだぞ。あぁ、でもそれじゃお前の為にはならんから、一ヶ月くらい。な」
 彼はそれだけ言うと、格闘についてはもう何も話さなかった。
 だが、あの笑顔を見て、逆に確信した。
 彼は無理をしている。
 ザンギエフは、また格闘がやりたいのだ。
 ストリートファイトをする俺を見ていた時、一瞬ではあったが、彼の目は確かに輝いていた。



「あの、リュウさん、ですよね?」
 次の日、ザンギエフの制止も聞かず再び働いている俺に、語りかけてくる声があった。振り向くと昨日見た少年・ヴィクトールだった。
「なんだい」
「あなた、ザンギエフさんと一緒に暮らしてるって聞いたんですけれど」
 色々な想像をしてしまう。しかし、嘘をつくわけにもいくまい。
「そうだけど」
 ヴィクトールはそれを聞いて、少し思いつめた目をした。
「今日の帰り、ちょっとお話をしたいんです。だめですか?」 
 これを無視するわけにも行かないので、俺はいいよと返事をしておいた。それに、こちらからも聞きたいこともある。
 仕事をこなしつつ、終了時間を待った。


「それで、話ってなんだい」
 その日の帰り、俺とヴィクトールは工場に残って話を始めた。入り口の方が騒がしい。きっと今日もストリートファイトが始まったのだろう。ヴィクトールはつばを飲み込んでから、口を開いた。何を緊張しているのだろう。
「ザンギエフさんと、闘ってあげて欲しいんです」
 意外だった。ヴィクトールは兄をザンギエフに−こう言うのもなんだが−殺されたのだ。憎んでいてもおかしくはない。
「そりゃ、俺だって戦ってみたいよ。でも、ザンギエフは格闘をやめる決意をしてるんだ」
 ヴィクトールは悲しそうな顔をした。
「あの人はたしかに、僕の兄と戦って、結果兄は死にました。最初は僕もそれが許せなくて憎んでいたこともあった…でも、あの人としゃべっているうちに、そんな気持ちが吹っ飛んだんです」
 ザンギエフは、ヴィクトールにお金を援助するために時々彼の家を訪れるらしい。ヴィクトールは彼とそうやって接していくうちに、彼の腕力よりもっと強い、優しさを知ったのだろう。
「それに、兄は元々ザンギエフさんの大ファンだったんです。あのマッチが決まった時だって本当に喜んでいた。兄は言ってました。国の誇りザンギエフと戦えるということは、この上ない誉だって。だから、兄は天国でザンギエフさんを憎むなんてことはしていないと思うんです。」
「だったら、直接言えばいいじゃないか」
「僕が言ったところで、無理をしていると思われてしまうでしょう。現に何度も話を出すことはするんですが、彼はいつも聞く耳持たずに帰ってしまうんです」
 きっと、ザンギエフはやさしすぎるのだ。そうやって自責の念に駆られているからこそ、今だってストリートファイトを見ないようにしているのだろう。
 しかし、そんな彼を再び戦いのフィールドに出すなんてことはできるのだろうか。
「僕、昨日見てしまったんです。リュウさんが戦う姿を見つめるザンギエフさんの姿を。あの人は、明らかにあなたの強さに惹かれている。このままリュウさんがいなくなってしまったら、彼は後悔するだろうし、もしかしたら復帰の最後のチャンスかもしれない。だから、お願いします」
 そういってヴィクトールは頭を下げた。
 気がついたら、俺は走り出していた。
 ザンギエフ。やめるだなんてとんでもないぞ。
 あんたは戦わなくちゃならないんだ。
 
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