ストリートファイター2N 波動伝
ROUND.2
「よみがえれ、赤きサイクロン! ザンギエフ」 part3
思った通り、ザンギエフは今日もストリートファイトを遠目から見ていた。きっといつもああしているのだろう。
「ザンギエフ!」
俺はザンギエフに大声をぶつけた。彼は体をびくっと振るわせた。突然のことで驚いたのだろう。
「な、なんだリュウか。大声出すなよ」
目を白黒させるザンギエフに、俺は拳を突き出した。
「どうしたんだリュウ、怖い顔して」
「今から、俺と勝負しろ!」
その声は例のファイト中の一団にも聞こえたようだ。歓声が収まり、俺たちは視線を一点に受けた。 だが、ザンギエフは後ろを向いた。
「逃げるのか!」
俺はさらに声をあげる。しかし、ザンギエフは何も言わない。
「ヴィクトールから聞いたぞ! あんた本当にいい人だよ。彼のためを思って、自分は格闘をする資格はないって言ったんだよな」
ザンギエフはそれでも足を止めなかった。だが、こんなところで食い下がるわけにはいかない。
「でもそれは違うんだ! ヴィクトールは、本当はあんたに戦って欲しいって思ってるんだぞ!」
「ザンギエフさん! 戦ってください!」
追いかけてきたヴィクトールも声を上げた。それを聞いて、やっと彼の足が止まる。
「もう、そんなあなたを見たくない! 兄だって、アンドレイだってそう思ってるはずです! 兄のために、もう一度戦ってくださいっ!」
ヴィクトールはまるで怒鳴るみたいに、気持ちを爆発させた。ずっと言いたかったことをやっと言えた。そんな感じだった。
ザンギエフは振り向いた。心なしか、彼の巨体が震えている気がする。
「そうだぜザンギエフ! やってくれ! 俺たちが見たいのは、しょぼくれたあんたなんかじゃない!」
周りから、声が上がった。その周辺にいる人間全てが、ザンギエフを見ていた。
「ヴィクトール…」
不安そうな顔で、ザンギエフはヴィクトールを見た。
「ほんとに、そう思ってるのか?」
ヴィクトールは、何も言わずにこくんと首を下げた。
「リュウ」
しばらく黙ったあと、今度はこちらを見た。その瞬間、背筋が凍りつく。顔つきはさっきと変わらないが、何かが違う、彼の中の何かが、目覚めたのだ。
「ここまで言われたら、もう本心を言うよ。俺は、初めてお前を見た時から、戦いたいと思っていた。だが今日はだめだ。二人とも疲れ切っている。明日だ、明日舞台を用意する。そこで思い切りやろうじゃないか」
ワッと周囲が沸いた。ファイトをしている二人も、一旦やめて二人で抱き合っていたのが見えた。皆も何も言わなかったが、ザンギエフの復活を望んでいたということだろう。
国の誇りが、ついに再び立ち上がったのだ。
次の日、なんとザンギエフは仕事をやめてしまった。工場長はまったく反対もせず、むしろその時を待っていたかのように、笑顔で彼をクビにした。
そして、彼の計らいによって工場内に勝負をするためのスペースがもうけられたのだった。
工場はというと、もう仕事どころではなく、ほとんどの人間ががそのスペースにぎゅうぎゅうに詰まっていた。
ザンギエフは、本当にカリスマ性のあるレスラーだったのだ。
「リュウ、昨日あれだけ俺を挑発したんだ。手加減はしないぜ」
ザンギエフが、服を脱ぎ捨てた。彼の格好は赤いパンツのみというなんとも男らしいスタイルだ。今までは気づかなかったのだが、彼の体中は傷だらけだった。それが今までどれだけの修羅場をくぐってきたかを説明しているようなものだ。
「ザンギエフ! ザンギエフ!」
まだ戦いはじめてもいないのに、観客からザンギエフコールが起こる。完全なるアウェーである。その中には、ヴィクトールも混じっていた。
「望むところだ。ザンギエフ、いいファイトをしよう」
いったいどこから持ってきたのだろう、格闘技の試合をするときに使われるゴングが鳴らされた。
ここまでの熱気に包まれながら格闘をやるのは、例のタイでの大会以来のことだった。大きな舞台独特の緊張感に飲まれそうになる。現に、体の動きが少し悪い。
「リュウ! いくらお前でもザンギエフには勝てっこないぜ! でも、俺はお前を応援するぞ! がんばれ!」
ミハエルの声が聞こえてくる。俺を応援してくれる人間もいるのだ。少し安心した。
しばらくにらみ合っていると、ザンギエフが痺れを切らしたかのように突進してくる。そのタイミングを逃さずカウンターを入れようとするが、ザンギエフの体は俺の手が前に出る前に、こちらにぶつかってきていた。見かけによらず、スピードが速い。
「うおお!」
バランスを崩した俺を、ザンギエフのチョップが襲う。一撃が重くのしかかって、まるで大きな石で叩きつけられるようになる。俺の体は簡単に地面へと倒れた。
次に見たのは、ザンギエフの体だった。彼のボディプレスをまともに喰らってしまう。
「どうしたリュウ、おととい見たときより動きが悪いぞ! 緊張してるか!」
「まさか!」
すぐに抜け出し、今度はこちらから仕掛ける。右からのコンビネーション、そしてボディーブロー。ザンギエフはなんとこれをノーガードで全て受けた。
だが、全く利いている様子はない。逆に体を掴まれてしまった。
「ふん」
ザンギエフはブリッジするように体を反り、俺を地面へとたたきつけた。プロレスの技、ジャーマン・スープレックスだ。ものすごい衝撃が俺を襲う。
その頃には、歓声で耳がほとんど聞こえなくなっていた。いつの間にか観客も増えている気がする。ひょっとしたら、とんでもない人に喧嘩を売ってしまったのかもしれない。
すぐに立ち上がって距離を取るが、さっきの技によるショックが大きく、体がふらつく。距離を詰められる前に、やるしかない。
「なんだ、あの構えは!」
俺は掌に波動≠凝縮させる。自分の打撃が通用しないのなら、波動≠使うしかない。
ザンギエフは眉をひそめたが、鼻を鳴らしてその場に仁王立ちした。受け止めるつもりだろうか。
「波動拳!」
腰を落とし、波動を発射する。次の瞬間、ザンギエフの顔が真横を向き、体ごと宙に浮いた。
会場は急に元気をなくした。何が起こったかわからない、そんな感じだった。
これで終わったか、と一瞬思ったがそんな甘いことはなく、ザンギエフはすぐに立ち上がった。鼻血を出してはいるが、あまりダメージはないようだ。観客たちは元気を取り戻して、またザンギエフコールを始めた。
「リュウ、やっぱりおまえ、ただものじゃなかったんだな。なぁんだ、いまのは」
ザンギエフは鼻血を拭きつつ、目を見開いた。
「種は教えないよ」
俺は波動≠もう一度練り始める。彼ほどの相手だ。何発も当てなければ倒すことはできないだろう。
「もう一発いくぜ!」
波動を打ち出す。だがその瞬間、ザンギエフは両腕を開き、コマのようにその場で横に回転をした。
すると、なんと波動拳はザンギエフには当たらず、後ろにあったフェンスが音を立てて穴をあけたのだった。
初めての経験に、俺は硬直してしまう。それをザンギエフは逃さなかった。
ザンギエフはすごい瞬発力で近づき、俺の体を掴むと、地面を蹴って上空へと飛び上がった。
あまりの速度に、まるで吸い込まれるかのような感覚を覚えた。
「出たぁーっ、ザンギエフの十八番技、スクリュー・パイルドライバーだ!」
何が起こっているのか理解する前に、ザンギエフは俺の体を地面へと向け、回転しながら叩きつけた。
衝撃から開放され、地面へと倒される。
頭をしたたかにうちつけ、俺は立つことができない。
耳をつんざくような歓声だけが、ただひたすらに聞こえてくる。
すごい技だ。ザンギエフの強さは本物で、とうてい俺の勝てる相手ではなかったのだ。
「リュウ、立ち上がれ! お前の力はそんなもんじゃないだろう!」
ザンギエフの声が聞こえてくる。そうだ。正直な話、緊張していて俺はまだ自分の力を出し切ってはいない。ここで気を失ったら、きっと後悔するだろう。
俺は腕に力を込めて、手を地面を付けた。
「うおおっ!」
大声を出して自分を鼓舞しながら、俺はなんとか立ち上がった。
また会場が沸く。
ザンギエフの目は輝いていた。
「やっぱり、お前はおれの見込んだ男だけあるな。あれを喰らって立ち上がるなんてな」
よく見ると、彼の体から波動≠フようなものが出ているのに気が付いた。
「あんたも、そいつを使えたのか」
ザンギエフは首をかしげる。
「なんのことだ。さっきの不思議な技は、おれの気合≠ナ避けただけだ。気合≠ェあれば不可能はない!」
ザンギエフは力のことを気合≠ニ呼んでいるのだろうか。
いや、もしかしたら無意識に力を引き出しているのかもしれない。
そうだとしたら、彼は正真正銘の達人だ。
「まだ倒れてくれるなよ。我が国を建て直すこのザンギエフの復帰戦なんだぞ」
「そっちこそね!」
俺は距離を詰めた。
今度は蹴りを主体にして攻めはじめる。波動拳すら効かないとなると、久々にあれを使うしかないだろう。
腕へ、脛へ、また腕へ。蹴りは全て受け止められる。だが、これこそが勝利への布石なのだ。
さっきの強烈な投げのダメージがまだ残っているようで、時々目がかすむ。だがここで倒れるわけにはいかない。
「どしたどしたぁ! もっと打って来い!」
腕と脛に攻撃をパターン化して繰り返せば、いつしかそれに慣れてしまう。わかってはいても、人間である以上急に方向を変えたりしたら反応が遅れるだろう。その一瞬を狙い撃ちするのだ。
腕、脛、腕、ここだ。
「喰らえ!」
体を反転させて軸足で跳躍すると、遠心力をきかせたローリングソバットを放つ。師匠直伝の技、「旋風脚」である。
急に方向を変えられたザンギエフは、ほんの一瞬ではあるが反応が遅れた。狙いはうまくいったのだ。蹴りは彼の顔へとまともに入った。だが、これだけで終わると思ったら大間違いだ。
俺はあらかじめ足へと集中させておいた波動≠放出し、強い踏み込みを打つ。そしてもう一度、同じように体をひねって顔へと旋風脚を打ちつけた。ここまでくれば、もう勢いでそれを続けるだけだ。
「なんだぁ、あれは! 宙に浮きながら蹴りを打ってるぞ!」
観客の声が聞こえた。あまりの速さで踏み込みをするので、見ている側からはそう見えるらしい。それがこの波動技・「竜巻旋風脚」の名前の由来でもある。
ばこ、ばこ、ばこ、とテンポよく脚をぶつけた俺は、技を終えて着地する。竜巻旋風脚は体への負担が大きい技なので、何度か繰り返したところで一旦やめないと自分へのダメージが大きくなってしまう。
ザンギエフは白目を剥いてその場に倒れこんだ。意表をついたのが効いたのだろう。
だが、次の瞬間俺の視界も真っ白になった。
「うん…」
ザンギエフは、その日の夜に自身のベッドで目覚めた。少しして、体の痛みに気がつく。その痛みで、リュウと戦い、自分が最終的に倒れたのを思い出した。
「だいじょうぶですか」
彼の元には、ヴィクトール少年が座っていた。
「ヴィクトールか。リュウは?」
「ついさっき、ここを出ました」
ザンギエフは内心予想はしていたものの、がっかりした。リュウとの数日は、彼にとって本当に楽しいものだったのだ。
「ごめんなヴィクトール、復帰戦でいきなり負けちゃってよ」
ヴィクトールは笑いかける。
「ザンギエフさんは見ていなかったかもしれませんけれど、あの後すぐにリュウさんも倒れちゃったんですよ。だから負けではなくて、ダブルノックアウト、引き分けです」
「そうだったか。すごい技だったからな。…強かったなあ、あいつ」
ザンギエフは、意識が途絶えるまで行われていた熱い戦いを思い返した。久しぶりに全身が燃えたぎって、すばらしい勝負だった。
「ヴィクトールよ」
ヴィクトールはザンギエフの顔を見る。
「アイ・アム・ア・レッドサイクロンだ。見てろ。我が国のため、おれはまた立ち上がるぞ。戦うんだ。戦って戦って、この国を元気づけるぞ」
ヴィクトールとザンギエフは、口には出さなかったが、まったく同じことを考えていた。
あのリュウという男は、神さまが自分たちのために用意してくれた使者だったのではないだろうか、と。
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