ストリートファイター2N 波動伝
ROUND.1
「絢爛美麗! 百脚使いの春麗」 part1



「中華」という言葉には、「じぶんたちが世界の中心であり、一番華やかである」という意味合いがあるそうだ。
 北京に着いてみて、それをひしと感じた。ここはなんだか大きなパワーに満ちていて、街よりも人々のそうした様子が非常に華やかだ。
 ケンの残したチケットがどうしてここ行きだったのかは疑問だ。もしかしたら彼もここに来ているのかもしれないが。
 その可能性を考え、とりあえずケンを探してみることにした。

 だが、この広い中国でそんなうまくいくはずもなく、すぐに捜索は難航した。三日もした頃、金も底を尽きてしまった。

「兄さん、ここ数日この辺を嗅ぎまわっているようだけど、何をしてるのかな」
 あてもなく歩いていると、一人の男に声を掛けられた。男はあばた顔で、どこか怪しげな雰囲気をしていた。
「ああ、人を探してるんだ。ケンって言う、金髪のアメリカ人なんだけどさ」
 男はそれを聞くとすぐに手を叩いた。
「ケンさんかい! 知ってるよ! そういえば彼も人を探しているって言ってたよ。もしかしたら兄さんのことかもしれない」
 なんと、男はケンのことを知っていたのだ。そしてやはりあいつも俺を探していたのだ。俺の勘もなかなかのものである。
「ほんとかい! すぐに連れて行ってくれないか」
 男は先方に手招きした。俺はその後を付いていく。

 連れて来られたのは、暗い路地裏だった。
「おい、こんなところにケンがいるのかい」
 もしいたとしても、どうしてこんなところにいるのだろうか。少しおかしい気がする。
「そんな人知らないよ」
 あばた顔の男はそう言って笑った。我ながら本当に決定的うかつだった。騙されたのだ。

「すぐに、有り金全部出しな」
 気づくと俺は、数人のがたいのいい男たちに囲まれていた。彼らの何人かはナイフを持っている。
「金などない」
「嘘をつけ! お前この国の人間じゃないだろう」
「あぁ、日本人だけど金はない」
 それを聞いてあばた顔は狂ったように怒り出した。
「日本人! もうそれだけで許せない! かかれ!」
 男たちが俺に飛びかかろうとしたその時だった。

「待ちなさい!」
 甲高い声が路地裏に響き渡った。男達は一斉に声の方向を向く。
「警察よ。あなたたち、そこで何をしていたの!」
 そこに立っていたのは二十歳過ぎくらいの女だった。彼女は手帳を出し、ずかずかと近づいて来る。
「なにもやってないよ、この人とちょっとお話してただけだ」
 あばた顔が取り繕って、俺を指指す。女はにやっと笑って、その後俺を睨みつけた。中国人は目が細くて、怖い。
「こんなところでお話ねえ。さぞかし面白いお話だったんでしょうね」
 明らかに何か悪いことをしていたと疑われている。俺は騙されただけなのに冗談じゃない。
「ちょっと待ってくれ、俺は……」
「今だ! 逃げろっ!」
 その瞬間、あばた顔達がスキを見て逃げ出した。俺も、とっさにそれに着いて行ってしまう。
「ちょっと、止まりなさい!」
 女の制止も聞かず、俺たちとあばた顔は街中を猛スピードで走り出した。行き行く人々から「犯罪者だ、人殺しだ!」と大声を上げられた。
 だがちょっと待った。俺は何も悪くない。このまま逃げたらこいつらと同じ犯罪者扱いされてしまう。後ろを見ると、女はまだこちらを追ってきていた。少し分が悪いが、弁解してみるしかないだろう。
 俺は走るのを止めて後ろを向いた。
「どうしたの! 私の脚力に観念したの?」
「待ってくれ! 俺は何もしてないんだ。俺はあいつらに騙されて……」
「なるほど、そうやって時間稼ぎをしろって言われたのね。問答無用よ!」
 やはり駄目だった。仕方なしに俺は構えを取る。気絶でもさせておけばいいだろう。
 女も足を上げ、構えた。どうやらこいつも武術ができるらしい。
 望むところだ。これがケンの言うストリートファイトって奴なら、やらない手はない。

 
 じりじりと間を詰め、仕掛けたのはあっちの方だった。
 前蹴りから踏み込んで回し蹴り。もう一丁前蹴り。全て弾いたが腕が痺れる。全身をしならせ飛んでくる足がまるで鞭のようだった。
「まだまだ!」
 女の攻撃は止まず、蹴り、蹴り、また蹴り。くるくると駒のように回転しながら遠心力を高め、威力の高い蹴りを放ってくる。なるほど効率的な攻撃だ。だが聊か単調である。
 全てさばいてやり過ごし、女が一息付こうというところでこちらが攻撃を開始する。が、紙一重で全て避けられる。
「ずいぶん規則的な攻撃ね!」
「あんたに言われたくないね!」
 確かに、空手を主体とした師匠の作った拳法はまるで教科書のように規則的だ。それを真面目にやってきた俺の攻撃もまた単調なのかもしれない。ケンに負けたのも、そのせいだったのかもな。
 一発、パンチが大振りになったところで、女がにやついた。そのスキを逃さずに、女は俺の顔に蹴りを入れた。
「もらった!」
 次の瞬間、顔にひっついていたはずの足が一瞬で戻り今度は腕に当たる。腕に当たったことを意識した瞬間、次は右足に。さらに左足、股間、体と恐ろしい速さで蹴りが飛んでくる。歯を食いしばる暇もなかった。
 何発の蹴りを喰らっただろう。各部所を十回くらい蹴られたところで、体重を押し込んだ前蹴りに吹っ飛ばされた。先にあった食べ物屋のテーブルをいくつかぶっ壊しながらなんとか受身を取る。
「へえ、なかなかやるわね。百烈脚を喰らって倒れない男は久しぶりよ」
 この女、本当に強い。このままではこちらがやられてしまうだろう。俺はある決意をした。
「おい、ちょっと痛いのが行くけど我慢しろよ。絶対にガードしろ。いいな」
 そう宣言すると、女は眉を曲げた。わからないか。まあすぐにわかるさ。
 俺は両手を重ねて、右腰に落とした。中腰になり、全身の力を抜く。
「ちょっと、何をするつもり! させないわよ!」
 女がこちらに走ってくる。警告したのに、しょうがない奴だ。でも、もう止めることはできない。体の中のエネルギーが、掌に集中する。
「波動拳っ!」
 両手を前に押し出す。女はもうお互いの間合い近くまで入ってきてしまっていた。
 次の瞬間、空気の破裂する音がして、女はすごい勢いで頭から地面に落下した。まずいことになった。こんな至近距離まで近づいて来てしまうなんて。
 女はぴくりとも動かない。
 気絶させるだけのつもりだったが、こうなってしまってはさすがに放っておくわけにはいくまい。 


 静かな病室で、ずっと女の顔を見ていた。
 戦っていた時には気が付かなかったが、その豪脚とは裏腹に綺麗な顔立ちをしている。
 なぜ、こんな若くて綺麗な彼女が……
 そんなことを考えていると、女の目が開いた。
「ここは」
「よかった。死んでなくて。あんた相当タフだな」
 女はしばらく呆然としていたが、すぐに思い出したように俺に食って掛かった。
「そういえば君! ……もういいわ。わざわざ倒した警察官を病院まで連れてくる悪人はいないものね。悪いことしたわね」
 どうやらわかってくれたらしい。あのまま放置して逃げてしまわなくて本当によかった。
「軽い脳震盪だって。今日中に退院できるそうだよ。それじゃあ俺はこれで」
「ちょっと待って」
 病室を出ようと思ったが、呼び止められてしまった。まだ、何かあるのだろうか。
「なんだよ。金ならないよ」
「君、あの時、一体何をしたの? 私は確かにあなたの間合いの外にいたはず。なのに、突然空から石が降ってきたみたいな衝撃があって、真っ暗になって……」
「さあね。隕石でも降ってきたんじゃないかな」
 俺はその場を立ち去った。呼び止められたが、無視した。
 
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