ストリートファイター2N 波動伝
ROUND.1
「絢爛美麗! 百脚使いの春麗」 part2



 彼女に放ったのは俺の体内のエネルギー波動≠セ。
 人間は誰でも、自分の体の中に大きな力を秘めている。ほとんどの人間はその力を自分で引き出すことができない。誰でも危機を覚えた時に実力以上の力を発揮した経験があるだろう。それに近いものだ。
 俺の師匠はそれを自由自在に引き出すことに成功し、体系化した。それが俺たちの拳法の正体なのだ。
 俺も訓練を受けてある程度、それを自由に扱うことができる。そうやって練り出した波動≠固め、掌から放出する。その先にいる相手は、まるで強烈なパンチを食らったかのような衝撃を受けるだろう。それがあの時に使った「波動拳」だ。
波動≠フ力はあまりに強大すぎて危険だ。だからこそ扱いには注意しなければならない。今回は相手が強かったせいで使わざるを得なかったのだが……。

「ちょっと、待ちなさいよ!」
 振り返ると、女がいた。さっきまで気を失っていたというのに、なんという回復力だろう。
「まだ何かあるのか」
「あなた、気功≠ェ使えるのね?」
 彼女の表情は真剣そのものだ。これでは答えないわけにはいくまい。
「あんたの言うキコーってのがなんのことを指してるのかわからないけれど。波動≠カゃないのか」
 女は眉をひそめる。
「ハドー? 君はそう呼んでいるのね。手から放出するなんて聞いたことなかったけど、そうじゃないとあれは説明つかないもの」
「あんたも使えるのか」
 女は答えなかった。しかし、少し黙って迷ったしぐさをした後、手を差し出した。
「私は中国警察の春麗(チュン・リー)。あなたにちょっと手伝って欲しいことがあるの」
 やれやれ、まだひと悶着ありそうだ。



 数時間して、春麗と俺はある港まで来ていた。もう日はとっくに落ちて、辺りは真っ暗だ。
「おい、本当にこんな所にさっきの奴らがいるのかい」
「静かにして」
 春麗の話によると、俺を騙したあばた顔はこの街で暗躍している組織の人間らしい。なんでも、ここ数年で麻薬売買などを主な資金源として大きく成長しているそうだ。彼女はその組織を追っているのだという。なんでも、今日この港で大きな麻薬取引が行われるという話なのだが。
 その取締りに、俺も呼ばれてしまったというわけだ。
 現在の俺に断る理由はないし、何より報酬が貰えるということで喜んで参加したのだが……
 現地に着いてから、この取締りが彼女の独断だということを知ったのだった。この春麗、かわいい顔してやることがとてもおっかない。

 しばらく待っていると、工場前に、本当に黒ずくめの男たちが現れた。なにやら会話を始めている。いかにもな光景だ。
「いい、全員捕まえるわよ。抵抗すると思うから、できる限りのしちゃって。君ならできるでしょう」
 春麗は小声で言った。男の数は二十人程度だ。彼らの中に特に強い奴がいなければ、きっと楽勝だろう。
「そうはいかないね、春麗巡査」
 俺たちはハッとした。気づかれないようにしていたつもりだったのだが、どうやら最初からバレていたらしい。後ろにいたのは昼に見たあばた顔だ。こちらを見てにやついている。彼の余裕はおそらく、手に持っている拳銃によってもたらされているのだろう。
 すぐさま銃を持った男たちに取り囲まれる。
「最近私たちのことを追い掛け回しているあんたの動向なんてこちらで逐一把握しているよ。もちろん今日の取引も、エサみたいなもんね。あんたまんまと引っかかったんだよ」
 俺と春麗は背中合わせになって両腕を上げた。だがそんなことをしてもこいつらは銃を撃つことを躊躇わない気がする。
「リュウ君」
 春麗は彼の言動を無視するかのように、俺に話しかけた。
「なんだよ」
「君、拳銃の弾は?」
「弾は? って……撃たれたら死ぬに決まってるよ」
 春麗は口の端をくいっと上げた。どうやら伝わってくれたようだ。
 撃たれたらもちろん死ぬけれど、それは撃たれたら、の話だ。

「幸伝」 
 俺たちはそれぞれ逆方向に飛び出した。
 もちろん銃は撃たれたが、トリガーを引く指と、銃口を見てタイミングよくかわす。すぐさま間合いに入り、銃を弾くとそのままアッパーをぶつけた。こうなればもうこちらのものだ。
 敵の頭と頭をぶつけながら、春麗の方を見る。大男を勢いよく蹴り飛ばしていた。あれなら大丈夫だろう。
「あわっ、なんだあの男は! 聞いてないぞ、あんな強いなんて」
 あばた顔はあわてふためき、銃を捨てて逃げ出した。
「リュウ君、あいつを!」
 その頃には軒並み男たちを片付けていた俺は、あばた顔を追った。

「うわっ、うわっ、助けてくれっ!」
「待ちやがれ、お前のせいで酷い目に合ったんだぞ! 絶対に逃がさない!」
 こいつには、使ってしまっていいだろう。
 俺は掌に波動≠練り始めた。
「いっけー!」
 放たれた渾身の波動拳は、一瞬であばた顔の体を宙に浮かせた。
 後方から、足音がやってきた。
「便利ね、それ。見せてもらったお礼に、私の方からもプレゼントよ」
 春麗は俺を追い抜き、あばた顔の方へと走っていった。
「いやぁっ!」
 かろうじて意識を残していた彼を襲ったのは、彼女の猛烈な蹴りのラッシュだった。
 喰らった時はわからなかったが、これははっきり言って人間の出せるスピードじゃない。
 良く見ると体から少しづつ波動≠フようなものが漏れている。
 これが彼女の言うキコー≠ネのだろうか。

 だいたい百発くらい決まっただろうか、最後に例の前蹴りフィニッシュが入り、春麗の攻撃は終了した。
「私の気功≠ヘ、体内に秘められたエネルギーを少しずつ引き出して筋力を高めるの。だからこんな無茶ができる。君みたいに外に放つのは邪道だと思うわ」
 こんな時にまで勝ち気を見せるので、思わず肩をすくめてしまった。
 女は怖し、だ。


 次の日の朝まで、春麗は警察の上司に絞られた。
 もちろん独断で捜査を行ったのもそうだが、例の組織に関して警察の方でも尻尾を掴みはじめていたらしい。彼女の行った取り締まりは、それを無為に帰す結果になったのだ。
 しかしながら今回捕まった連中から証言が得られる可能性も充分にあるので、ここから先の捜査が重要になる。謹慎を喰らったものの、春麗はこれからまた大忙しだと笑った。
「これ」
 春麗は紙を差し出した。開いてみると、数字が羅列されていた。電話番号だろう。
「ちょっと、なに赤くなってるの! 変な想像しないでよ!」 
「じゃあなんだよ、これ」
 そういう春麗もちょっと赤くなっている。
「私の電話番号。今現在、組織は世界中にその手を伸ばしているの。あなた人探ししているんでしょう? 色々なところを回って、もし何かあったら教えて欲しいの」
 なるほど、そういうことか。すこしがっかりした。
「ちょっと聞いていいか」
 春麗は一旦首を傾げたが、頷いた。
「なんであんたはそんなに組織にこだわるんだい。もちろん警官として正義を貫くって意味もあるんだろうけど、ちょっとさ」
「女がそんなことをするのは変、って言いたいのね」
「いや、そういうわけじゃないんだ」
 春麗はうんざりしたように言った。
「いいわよ慣れてるから。……私も、人を探しているの。お父さんなんだけど。この警察で警部をやっていて、組織を追いかけて、二年前、行方不明になったの」
 彼女の必死さは、父親に会いたい一心から来ていたのだ。
 警察に入ってまで探すとは、本当に好きだったのだろう。
 なんだか申し訳ない気持ちになった。

「よし、何かあったら連絡するよ。俺、このまま世界中を回るつもりなんだ」
「あなたも私みたいに、その人に会いたくて旅をしているの?」
「ああ、会って今すぐぶん殴りたいのさ」

 俺は風の吹く方向へと踵を返した。
 ケン、お前の言った通りだ。まだ始まったばかりだけど、世界って面白いよ。
 
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