ストリートファイター2N 波動伝
ROUND.11
「ベガの野望! サイコ・パワーの恐怖」 part3


 ベガは腕に力を込め、サイコ・パワー≠呼び出した。
「修行をしっかりと完遂させたのかどうか、まずは見極めさせてもらう」
 二人はお互いの射程距離に入った。ベガが腕を突き出す。リュウは、反応しそれを掴んだ。以前のようにサイコ・パワー≠フ力がリュウをはじきとばそうとしたが、彼は微動だにしない。
「ほう」
 ベガはその腕を逆の手で握り、投げの体制に入る。リュウはそれを読んでいたのだろう、事前に床を蹴って宙へと逃げた。
 着地したのもつかの間、ベガは強烈な蹴りをリュウに浴びせかける。さすがに、これには対応できない。建物へ向かって飛ばされたが、波動≠炸裂させて推進力を落とした。
「すばらしい。つい先月まで、全く反応できていなかったというのに」
「本気を出せよ」
 ベガはこの挑発に喜々として乗った。サイコ・パワー≠凝縮させて宙に舞った。飛び上がるスピードが速く、リュウが反応する前にベガは両足を彼の頭へと打ちつけた。
 その反動でもう一度、彼は空へ駆けた。もう一度、同じ攻撃をするつもりなのだ。
 リュウはそれを見て、戻ってくるところを狙い昇竜拳で飛び上がったが、ベガはその突き上げた腕に手をおいて、顔を蹴りつけた。
「リュウよ。さっさと殺意の波動≠出すのだ。私を殺したいのだろう? 思い出せ、あふれ出すあの力を。出さねば死ぬぞ」
 ベガは着地しながら言った。
「あんな話をされた後で、出すと思うかい。まぬけ」
「ごもっともだ。最後くらいは、自分の力でスイッチを押したくなったものでね。だが、おいそれと制御できる力ではないことは、お前もよくわかっているだろう」
 ベガはこの状況を楽しんでいた。いまのやりとりから判断するに、リュウは殺意の波動≠出さない限り、私に勝てない。だが、奴はさっきの話を聞いて、どうしても出す訳にはいかないのだ。いつまでその正義感が持つのか楽しみだ。人は、極限状態に陥れば陥るほど、なによりも自分自身を守りたがる。その防衛本能こそが、殺意の波動≠フ源なのだ。要するに、自分から死を選んだりしない限り、奴は出すしかないのだ。生きる為に、師の敵である私を倒すために、頼るしかないのだ!

「ゴウケンの奴は、最後までお前とケンの名を呼んでいたぞ。あれは惨めな最後だった」
 リュウはそれを聞いて、ぶわっと髪の毛が逆立つ思いをした。だが、何かが、それを押さえつけた。
「あの男はぜひ、私の手で葬りたいと思っていたから、本当にいい気分だった。昔からの腐れ縁でな。ふたりで技を競いあったものだ」
 途中でリュウがかかってきたが、ベガはそれを軽々とさばきながら話を続ける。
「私は一度は奴に敗れた。ライバルに負けた悔しさは、お前も知っているな。私は奴への対抗心をいつしか憎しみへと変えていた。その時、新たな力がめざめたのだ」
 リュウはゴウケンが本当に死んだのだと、これで確信した。信じたくはなかった。もし願いが叶うのなら、またゴウケンに会いたいと思った。だが、ベガはきっとこう言うだろう。「私の野望が達成したあと、死語の世界でいくらでも会える」と。
「それがその、気分の悪い力なのかい」
 さすがにこれにはベガも気分を害したようだった。彼はリュウを殴りとばすと、サイコ・パワー≠足下から放出し、体を浮かばせた。ホバーした状態のまま、リュウのもとへと向かう。
 だが、その先にリュウの姿はない。ベガが気づいた頃には、リュウはハイキックを命中させていた。波動≠ェ放出されて、回転を始める。
 竜巻旋風脚を受けたベガは、表情を変えた。
「なるほどな。本当に強くなった。少し時間を与えすぎたか」
「ベガ、お前は殺意の波動≠ェどうだとか、さっきから言っているが。俺にはなんのことだか全くわからない」
「その冗談は笑えんぞ」
 だが、リュウは真顔をしている。この男、本気で言っているとでも言うのか。まあいい。このまま痛めつけてやればいいのだ。私の本気の力で。
 リュウはベガの雰囲気がいよいよ邪悪に染まったのを感じた。ここからが本番だ。

 一瞬にして、ベガが後ろへと周りこんだ。あの、カジノの戦いで見た現象だ。とっさに前へと飛んだが、ベガもそれを読んでか、同じ行動を取った。
 力んで腕を床にたたきつけると、今度は空へ。見てみるとベガの姿はない。後ろだ!
「遅い」
 サイコ・パワー≠フ力は、リュウを躊躇なく地面へと押しつけた。脚を捕まれ、また投げ出される。
 リュウは波動拳を連射するが、ベガはすべて片手で弾いて、彼のこめかみを殴りつけた。
 その後も、ベガの攻撃は猛威を振るった。リュウはなすすべもなく、ぼろぼろにされてゆく。
 肩で息をはくリュウは、うすら笑いをうかべた。
「なにがおかしい」
「あんたの瞬間移動、種がわかったよ。今のでわかった。サイコ・パワー≠ナ俺の波動≠ショートさせて、一瞬だけ、意識を遅らせているんだ。本当に瞬間移動できているわけじゃない。それと。サイコ・パワー≠ヘお前の力じゃない。肩に乗っている、そのパッドがお前の力を増幅しているのが、よく見えるよ。その腕にサイコ・パワー≠まとって攻撃するのもよくない。そんなのは愚かな人間のすることだって、ダルシムが前に言ってたぜ」
 ベガは大声でリュウの名を呼んで、サイコ・パワー≠体中にまとわせ、一直線に飛んだ。リュウはこれをかわすことができず、めちゃくちゃにふきとばされた。いよいよもって、ふらふらになった。
「ちっ、危なく殺してしまうところだった。リュウよ、もうお前の命も風前の灯火だな。いつまで意地を張り続けるのだ」
「意地だって。俺がいつ、そんなものを張ったかな」
 リュウは起きあがった。
「ベガ、お前の野望は達成できない」
「よくもまあ、この状況でそんなことがいえる。本当に殺してしまうぞ」
「俺は、殺意の波動≠ェもう出せないんだからな」
 ベガはそれを聞いて少しだけ困惑した。
「ほざいていろ。よし、今から春麗か、ケンを殺そう。確かきさまはザンギエフやガイルとも友人だったな。お前がやる気になるまで、一人ずつ無惨に殺し続けてやる」
 リュウは腰を落として、意識を集中しだした。ベガが満面の笑みを浮かべる。
「いよいよ、やる気になったか」
「はっきり言って、これだけは使いたくなかった」
 当然のことを改めて言うので、ベガはそれを不審に感じた。
 リュウは数を数えながら波動≠重ねた。二つ、三つ。
 その時点で、ベガは狼狽しはじめた。
「なんだ、それは。私は、殺意の波動≠出せと言ったのだ。やめろ。いますぐそれをやめろ!」
「四つ」
 リュウは声を出して、四つ目の波動≠重ねた。大気が少しずつ、ゆがみ始めて重い音をたてた。木々がざわめき、小さな地震が起こった。
「リュウ、貴様、まさか!」
「五つっ!!」

 五つの波動≠ェ重なった時、その回転は一挙に歪みを強め、次元を引き裂いた。リュウの手もとから、風が失われた。音が失われた。空気が失われた。小さな真空≠ェ生まれた。
 真空≠フ中に置かれた波動≠ヘ、本来の、宇宙が生まれた頃の姿を取り戻した。
 それは、膨大な質量であった。リュウたちのいる次元ではそれが維持できず、世界は、真空波動≠ノよってその動きを止めた。

「そう、使いたくなかったんだ。この真空波動≠セけは。これは俺の力じゃない。リュウという自己を越えた先にある力だからだ」
 それは、人間が扱うには大きすぎる力だった。
 リュウは、ベガを見つめた。ひきつった顔のまま、凍り付いている。リュウ以外の人間は、この時の狭間では意識を維持できない状態にあった。
「それに、この力は大きすぎて、人間を殺さない程度にコントロールすることができないんだ」
 リュウは、この悪漢ベガに対しても、哀れみと、同情を抱いていた。だからこそ、殺意の波動≠ェ発動することもなかった。
 リュウは真空波動≠見つめた。荒々しい様子はなりをひそめて、音すらなく、静かに回転していた。この世のものとは思えないほど、美しかった。
「真空、波動拳」


 ベガは、リュウの拳が光るのを見た。光は、暗闇をもたらした。
 固まったまま上空に吹き飛ばされたベガは、会場外にもうけられた長像へとぶつかった。それこそが、ようやく完成させた、洗脳装置だった。装置に溜まっていた力≠ェ放出され、ベガはそのすべてを体に受けた。


 ケンは、うめきながら体を起きあがらせた。気分が悪い。悪夢を見た後のようだった。
 どういうことか、自分の姿は壇上になかった。見ると、リュウが悠然とたたずんでいる。
 そうだ、オレは負けたのだ。次の瞬間、思い出したように歓声が沸き上がった。
 リュウのもとへと走ると、どうしたことか、彼は美しい女性を抱えている。それに、体が傷だらけだ。
 それで、なんとなく理解した。
「なんだよ。クライマックスはもう、全部終わっちまったのか」
「悪いな。もうエンディングだよ」
 リュウは笑った。

「いいや、まだ終わっておらん!」
 声のする方向を見て、リュウは目を疑った。ベガだ! 体の半分近くを失いつつも、ベガは生きていた!
「リュウよ。今のはさすがの私も死を覚悟した。だが、洗脳装置に向かって撃ったのが失敗だったのだ。私は装置に向かってお前の技を取り込ませた。大事な装置は壊れてしまったが、この通り、私は生きのこ」
 だが、そこまで言ったところで、ベガの体は、いっしゅんにしてバラバラになった。
 飛び散った破片は、空中で灰になって跡形もなく消えた。

「ベガは洗脳装置を使って、みんなを洗脳していたんだ。そいつを完全に破壊してくる。ケンは彼女を」
 ケンは喜んでこの役を買って出た。リュウは背を向けたが、すぐに振り返った。
「ケン」
「なんだ」
 リュウは、額に巻く赤い鉢巻をぐっと掴んだ。
「こいつなんだが。まだ、返さなくていいか」
「なんだよ、今さら。別に構わねえよ。もちろん、リターンマッチでオレが勝ったら返してもらうけどな」
「……ありがとう」
 リュウは会場外へと走っていった。
 その時、春麗が目を覚ました。
「お目覚めかい、プリンセス」
「え、リュウ? なんだか、見違えたわ」
 ケンはそれを聞いてふんぞりかえった。
「おっと、真実とはいえそんなことを言ってしまうなんて悪い子だね。オレはケンさ。君のリュウはベガのやつを倒したよ。すぐ戻ってくるから、安心しな」
「そうだったの……。リュウが、やってくれたのね。でも、見違えたっていうのは、そういう意味じゃないわ。あんたみたいにチャラチャラした男、お呼びじゃないもの」
 なんて女だ。ケンはかぶりを振った。

「私たちは、いったいなにをしていたんだ」
「なぜ、こんなところにいるんでしょう。さあ、家に戻りましょう」
 会場の観客たちも正気を取り戻して、それぞれの生活へと戻っていった。リュウの波動≠ェ装置に伝わったことによって、洗脳がとけたのだ。
 きっと明日にもなれば国の中枢部が、自分たちのおかれた状況に驚いて大騒ぎを始めることだろう。

「さあ、表彰式だ!」
 ケンが叫ぶと、ザンギエフをはじめとした会場のファイターたちはおおいに盛り上がった。洗脳されていた時のことは、もう覚えていないようだった。おそらくさっきのベガのことも、見ていた人間の方が少なかったろうし、何がなんだかわからなかったことだろう。ダルシムとケンだけが、察していた程度であった。決勝が行われ、リュウが勝利した。その事実だけが残った。
 観客席にいたガイルも、人々の様子からそれを悟った。
「ナッシュ。やはり、俺たちの友人がやってくれたようだぞ。これで、少しは浮かばれるか。もっとも、お前のところに行くのが少し遅れちまうがな」
 空を仰いだ。オレの戦いは終わったんだ。
「それにしても、リュウの奴遅いな。ようやく、チュンリーちゃんと感動のご対面だってのによ」
「私、呼んでくるわ」
 春麗が会場外へ向かった。


「なにぃ、リュウがいない!?」
 ケンが思わず怒鳴り声をあげた。春麗は困惑しながら戻ってきた。ケンもすぐに外へと出たが、そこには洗脳装置と思われる残骸が残っているにすぎなかった。
「どういうことだ。まさかあいつ、照れてるのか」
 ケンたちは、会場をくまなく周り、リュウを探した。しかし、主役はどこにもいなかった。最初こそ冗談だと思っていたケンだったが、不安が大きくなっていった。
「もしかして、ベガとの戦いで力を使い果たしちまって、さっきのあいつみたいに、ばらばらになっちまったんじゃ」
「それはない。正確な場所はわからんが、北の方角からリュウの波動≠感じる」
 ダルシムが口を挟んだ。
「よし、すぐにみんなで追いかけよう」
 ザンギエフが言ったが、ダルシムはそれをとがめた。
「だめだ。リュウがいなくなったのには、おそらく訳があるのだろう。きっとまだ、やらねばならぬことがあるのだ。見つけて呼び止めたところで、彼がそれをやめるとは思えん。そういう運命なのだ」
「私は、私はまだ、お礼すら言ってないのよ! こんなのってない!」
 春麗がそんなことも聞かず、走り出す。だが、それを見た誰もが、リュウには追いつけないだろう、そう思った。
「ちっくしょう、気にいらねえぜ。勝手にいなくなりやがって! いったいどうしたってんだよ、リュウッ!!」
 ケンの叫びだけがむなしく響いた。

 リュウは、夕日に向かって歩いていた。
 その表情は、彼自身すら今まで見たこともないほどに、険しかった。


→FINAL ROUND
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