ストリートファイター2N 波動伝
ROUND.11
「ベガの野望! サイコ・パワーの恐怖」 part2


 先手を取ったのはザンギエフだった。リュウが波動拳のモーションに入るのを見て、一気に詰め寄ったのだ。
 ザンギエフはいきなり大技に入る。リュウを掴んで、上空へと飛び上がった。以前の戦いでリュウをノックアウト寸前までに追いつめた「スクリュー・パイルドライバー」だ。 リュウは回転しながら、強烈な勢いで地面へとたたきつけられた。
 しかし、その体勢のまま固まったザンギエフの顔を蹴飛ばし、その勢いで距離を取った。
「危ない危ない。一発でやられるところだったよ」
「ちっ、どういうことかわからんが、効いていないらしいな」
 リュウは地面すれすれの地点で波動≠炸裂させ、勢いを相殺させたのだった。ただ一人理解できたダルシムだけが、この機転を賞賛し、感動にうち震えていた。
「あんたとの接近戦はやめだ。悪いけど波動拳で攻めさせてもらうよ」
 リュウは遠目から波動拳を撃ち始めた。ザンギエフは初めて食らった時のことを思いだし、顔をしかめた。
 だが、ザンギエフはリュウのもとへと歩き出した。波動拳が何度がぶつかったが、ものともしない。
「こんなものは、気合≠ナ吹き飛ばせばよいこと」
 リュウはこの大胆不敵な作戦に仰天した。まさか正面から攻めてくるなんて。あんたならサガットにも勝てるな。
 だが、リュウには圧縮した波動≠扱う技術がある。重ねた波動拳は、ザンギエフの体を地面にたたきつけた。
 それでもザンギエフは起き上がり、リュウのもとへと攻める。ときおり気合≠フこもったパンチで消し去りつつも、十分に距離を狭めてみせた。リュウは、昨晩のサガットの気持ちを身をもって体感した。
 ついに二人は組み合った。
「この距離ならどうにもできまい」
 リュウが押される。やはりパワーはザンギエフのほうが上手だ。とうとうザンギエフが覆いい被さる形になる。
「さあ、もう詰みだ。降参するんだ」
 だが、ザンギエフは不思議だった。言葉とは裏腹に、リュウがどうやってこの困難を切り抜けるのか、見てみたいと感じたのだ。
「ケンが待ってるんだ、負けられるかよ!」
 なんとかこらえるリュウの視線の先には、既にオーグを倒し、ガッツポーズを取っているケンがいた。
 リュウは低いうなり声をあげて、足に力を込める。地面がはじけて、土が露わになった。
 ザンギエフが少しずつ押されてゆく。彼も、この異変に汗をにじませた。
「くそっ、リュウ、どこにそんな、力が」
 ザンギエフが焦りだした頃には、リュウの方が体を上にしていた。
 ついに、ザンギエフは地面へと押し倒された。自尊心が崩壊した彼に、もう勝ち目はなかった。
 降参したザンギエフは、リュウの腕を手に取って大きく持ち上げた。
「やられたよ。でも、変なんだよな。やっぱり、ぜんぜん気分が悪くねえんだ。プライドをむちゃくちゃにされたはずなのによ。リュウ、やっぱりおめえは、神さまがよこした使いなんだ」
 ザンギエフは満足そうにしていたが、リュウにはなんのことだか全く理解できなかった。
 ベガはその様子を見て、怪しげな含み笑いとともに拍手を送っていた。

 そうして決勝になった。
 ケンとリュウは、向き合ったまま数十秒黙祷した。
「この間みたいにはいかないからな」
 リュウも先刻承知だった。ケンはその才能を一気に開花させて、既にリュウのいる次元にも足を踏み入れている。
「それと。悪いがチュンリーちゃんとベガのことは、この戦いが終わるまでは忘れることにする」
「ああ。ふふ、ばかだよな、俺たち。何しにここに来たんだか」
 だが、戦わずにはいられないのだ。それが、ストリートファイターであり、リュウとケンなのだ。
 出場者全員が固唾を飲んで見守る中、二人の戦いは幕をあけた。


「こいつは、なんつう、戦いだ」
 ザンギエフが汗をぬぐった。ファイトが始まって数分が経ったが、どちらも有効な打撃を一撃も与えられずにいた。中には明らかに読めそうもない奇抜な発想の攻撃もあったのだが、二人はまるで、それが決まりきった動きをする演舞みたいに、見抜きあった。
「お互いの手の内がわかりすぎているってのも、考えものだな」
「ああ。今度やる時は、また前みたいに旅をしてからにしようぜ」
「同感だ」
 二人はまるで、道ばたで雑談するみたいに呼び掛け合った。
 ベガだけがその様子を見て、異常なまでに興奮していた。
「凄いぞ、この二人は。このふたりの波動≠ヘ。おかげでもうすぐだ。もうすぐなのだ」

 ケンがこの状況を打破するべく、一歩踏み出した。
 体をかがめ、波動≠一気に放出させたのだ。
 リュウはすぐに反応して、波動≠重ねた。
「いくぜ、リュウ! 受けてみやがれ」
 ケンが右腕を天に向けた。その途上で波動≠ェいくつも重なり合い、彼の拳からは火花がほとばしった。
 火花は体をひねったケンの拳をまとう火炎となり、昇竜に力を与える。
 炎の昇竜拳。
 だが、リュウはそれすら読んでいた様子で、炎の波動拳をすでに作り上げていた。
 空気が爆発し、二つの技は見事に相殺しあった。

「この戦い、続けてはならん」
 ダルシムが何かに気づき、言った。
「何言ってるんだ、坊さん。こんなすげえ戦い、もう二度と見られねえぞ」
 ザンギエフが言うが、ダルシムは眉間にしわを寄せた。
「だからこそなのだ。二人が戦っている間に起こる潜在パワー≠フ膜が、膨張している。異常だ。ふつうこんなことは起こらない! きっとあのベガという男が、何かしているのだ!」

「まじかよ。会心の昇竜拳だったのによ。リュウ、これじゃ埒があかねえよ」
 二人は距離を置いたまま、一息ついた。
「そうだ、こうしないか。お互い走りあって、波動≠破裂させた勢いで、一発パンチを撃つんだ。西部劇のガンマンみたいにな。もちろん避けちゃならない。これならうまくいけば一撃で勝負がつくぞ」
 リュウは汗をぬぐって笑った。
「面白いな。このままお前と戦い続けるのもいいと思っていたが、それ、最高だよ」
 この提案にリュウも同意した。

 二人は壇上の奥まで下がって、距離を取った。会場がどんどん活気づく。
「三数えで行くぞ」
「ああ。全開の一撃を食らわせてやるぜ」
「終わった後、あんなのなしだと吠え面かくなよ」
「お前がな」
 二人は意識を集中したあと、数を数えて走った。
 近づいてゆく。
 リュウは歯を食いしばった。
 ケンは意味ありげな笑みを浮かべた。
 波動≠ェ炸裂し、二人の拳が、交差した。

 ふたりの正拳は、お互いを貫きあった。
 しばらく、二人は頬に拳を押しつけたまま、固まった。
 リュウはなんとか意識を保っていた。数秒後、ケンの拳に力が失われ、崩れ落ちた。
 勝者が決定し、会場は揺れた。
 リュウは目を閉じて、すべての力を振り絞った充実感に浸った。
「全力を出し切ったんだ。どちらが勝っても、おかしくはなかった」

 だが、不可解なことが起こった。次の瞬間、歓声がぴたりとやんだのだ。
 リュウが驚いて見回すと、観客を含む全員が、遠い目をして気が抜けたふうになっている。ダルシムも、ガイルも、ザンギエフも。そして、壇上に倒れるケンも。
 笑い声が響いた。リュウは、声がした方向、バルコニーを見る。
「リュウ、ご苦労だった。たったいま、この大会における目的は達成された」


「どういうことだ、ベガ!」
 ベガはバルコニーの手すりを蹴って壇上に降り立った。
「まず、言わせていただきたい。いまの決勝戦は、本当に素晴らしい戦いだった。だが……同時に愚かでもあった。おまえたちは、こんな大会のことなど見向きもせず、私を殺すために向かってくるべきだったのだ。……ガイル少佐のようにな」
 リュウは、けさのガイルとのやりとりを思い出した。
「やはり、ガイルは既に洗脳されていたのか」
 ベガは歯を見せてにやりとした。
「お前も知っての通り、我がシャドルーの専売特許はブレイン・ウォッシングでね。昔は人体改造などもやったが、これが一番なのだ。しかし、私は不満だった。たとえ洗脳できても、先日のサガットのようにそれを解くのが容易なのだ。人の心とは、その人間を思う他人の気持ちや、絆に影響を受けやすいからな。そこで、十年以上も研究を繰り返し、一度で何人でも洗脳できる装置を作り上げた。それも、その人間たちの人間性を失わせずにな。考えてもみろ。世界の人間全員が、このベガを絶対的な存在であることを意識に植え付ければ、誰がそれを解こうとするのだ。ただ、こいつを起動させるには、膨大なエネルギーが必要でね」
 リュウははっとした。
「そうか、それで大会を利用したというわけか」
「私の力をもってしても、タイの国を手に入れるだけで精一杯だったからな。お前たちには礼を言うぞ。あと少しで、世界が誕生する。新たな、私の世界だ」
 ベガは狂ったように笑いだした。リュウはその様子を、冷たい目で見つめた。
「リュウ、なぜお前を洗脳しなかったのか、わかるか。まだ世界は半分しか洗脳しきっておらん。最後にスイッチが必要なのだよ。お前のあの、見たことがないほどに純粋な殺意の波動≠ニいうスイッチがな。見せてみろ。そしてお前が新たな世界の礎となるのだ」
「なぜなんだ」
 リュウは悲しそうに、そして静かに言った。ベガは意外そうに眉をひねらせた。
「どうして、こんなことをするんだ。教えてくれ、何が目的なんだ」
 ベガはそれを聞くと、あからさまにいらついて舌打ちをした。
「何を言い出すかと思えば。逆に問いたいくらいだ。どうして男に生まれておきながら、世界を夢見ぬ。天下を目指さぬ。これまで誰もが、そうしてきたのだ。その積み重ねこそが、歴史なのだ」
「確かに俺だってそうだ。世界と戦って、強くなりたい。そう思って旅に出た。だが……俺が充実感を感じるのは勝った時じゃない。戦っているときなんだ。戦う相手がいなくなった時、お前はどうするんだ、ベガ」
 二人の考え方は、似ているようで大きく違っていた。このふたりがわかりあえる道は、おそらくもう残ってはいまい。
 もう、ぶつかりあうしかないのだ。
 ベガは吠えた。
「ざれごとを。どちらにせよ、もう私のために力を出し、尽き果てるしか道はないのだぞ」 
 ベガが片手をすっと上げると、バルコニーから長いポールが立てられた。その先には、女性が巻き付けられている。
「春麗!」
「さあ、怒りを爆発させろ。おっと、逃げようとしても無駄だぞ。お前が壇上を降りた瞬間、あそこで寝ている大事な彼女の首が吹き飛ぶ」
 ベガは壇上で寝そべるケンを蹴りあげた。リュウはそれを見て、目の色を変えて構えた。
「もう、悲劇はたくさんだ。ここで、すべて終わらせる!」
 ベガもそれに応じ、羽織っていたマントを投げ捨てた。
「いいぞ。そうだ、そうこなくてはな。さあ、真の決勝戦を始めようじゃないか!」
 鐘が、ゆっくりと。だが、強く鳴った。