ストリートファイター2N 波動伝
ROUND.10
「ワールド・ウォリア! 逆襲の帝王サガット」 part1


 リュウとケンは運河上をモーターボートで走っていた。
「相変わらず、吐き気のする乗り心地だぜ」
 ケンが大声をあげた。モーターと水しぶきの音だけで、聴覚はほとんど満たされている。
 二人は数年ぶりにこのタイへとやってきていた。様々な当時の想いが、当時の自分がよみがえってきて、二人はなにも言わなかったが、多くのことを思い出し、それに浸っていた。
 しかし、明らかにこのタイは以前と違っているところがあった。
 空港に着いた時、二人はその様子に驚いた。
「なんだ、こりゃ」
 空港には人っ子一人いなかったのである。飛行機も同じだったが、二人はそれがチャーター機であることを知っていた。
 がらんとしたターミナル内を、黒服たちと共に進んでいった。
「現在わが国は、他国との交流を遮断しています。飛行機をはじめ、船や電車、どの通行機関でも入国できません。また、出国も厳しく規制されています」
「バカな。そんな話、これまで聞いたことないぞ」
 ケンが騒いだが、黒服は抑揚なく言った。
「事実そうなのです」
 リュウは不思議だった。
 そんなことをして、国民はなんとも思わないのだろうか。暴動などが、どうして起きないのだろう。
 だが、ここまで見てきた国民らは、みんなそれが空気を吸って吐くことと何が違うのだ、と言わんばかりの顔で町を歩いているのであった。

「ここか」
 たどり着いたのは、大きな寺院だった。どうやら古い建物のようで、ところどころが痛んでいたり、苔が生えていたりした。ここまで一緒についてきた黒服たちは、彼らに一礼して、中に入っていった。
「なんか、イメージが違ったな。シャドルーって組織は、最新鋭の施設みたいなのを持っている、悪の秘密結社なんだろ。これじゃまるで観光名所だぜ」
 まあそうだけど、とリュウは言うが、実際彼が体験したことの中には、そういったものはあまり含まれていなかった。むしろ、あの劣悪な環境だったインドでの印象が強かったので、そう強い現実との乖離は感じなかった。

 寺院をなんとなくまわっていると、リュウを呼ぶ声が聞こえた。
「リュウか」
「ガイル!」
 二人は以前別れた時と同じように握手した。ケンが値踏みするような視線で彼を見る。
「へえ、あんたがガイルか。話は聞いてるよ」
 ガイルはケンの顔を見て驚愕した。
「ケン・マスターズじゃないか! おいおい、アメリカは君の行方不明騒ぎでもちきりだぞ」
「こいつとは兄弟でね。お手伝いってわけさ」
 ケンはリュウを指さして言った。

「ガイル、あんたよくこの国に入ってこれたな」
「よくもくそもない。オレも招待されたんだ。最初、リュウに電話で言われた時は、なにを言っているんだと思った。犯罪組織が、格闘大会だなんて。だが、この国に着いたとき、その異常さでそれが真実なのだと理解できた」
 ガイルもまた、リュウたちと同じ感想を抱いているらしかった。
「おおい、おまえらも大会に出場するのか。エントリーはこっちだ。あと十分もしたら開会式も始まるらしいぞ。急げ」
 遠くから誰かが手を振っている。三人はその人物のもとへと走っていったが、リュウだけが途中で足を止めた。
「ザンギエフじゃないか!」
「おお、おお! そこにいるのはリュウ、リュウか!」
 男はリュウとかつて戦ったレスラー、ザンギエフだった。ケンとガイルは首を捻っている。そんなことも気にせず、リュウとザンギエフは再会を喜んだ。
「知り合いかい、リュウ」
「ああ、旅をしていた頃に世話になった人さ」
 リュウはザンギエフに友人と兄弟を紹介した。ザンギエフはほほえみながら、こくこくと頷いた。
「リュウ、あれから俺は、おまえのおかげで立ち上がれた。感謝しているよ。多少時間こそかかったが、今では国のチャンピオンだ。今回もそれで、各国の強豪が参加するというこの大会に招待されたというわけだ」
 リュウは、真実を告げるべきか迷った。この「ワールド・ウォリア」という大会は、シャドルーという悪の組織が大きく絡んでいることや、人質を取られていること。そしてなによりも、この大会そのものが何か邪悪な目的に沿って行われようとしていること。
「……そうか。もし戦うことになったなら、ぜひ前回の決着をつけよう」
 口もとまで出かかっていたが、リュウは言うのをやめた。彼を巻き込みたくない。もしのっぴきならない状況になってしまったのなら、そのときに話せばいいという結論に落ち着いたのだった。優しいザンギエフなら、俺のために大会を辞退するなんて言い出すかもしれない。それがどうしても嫌だった。リュウは彼との決着をつけたかった。それも、お互い無心で、全力で。
 ケンに小さな声で「いいのか」と聞かれたが、リュウは小さく頷いた。


 エントリーをすませると、リュウたちは門をくぐり、寺院の中心部へと入った。
 大きな広場のような空間が作られていた。床には石が埋め込まれており、綺麗な模様を形作っている。どうやらここが格闘戦の舞台になるらしい。中央には妙な形の像が立ち並び、ザンギエフの体よりも大きな、そして古びた鐘が吊されていた。
 もう既に大会出場者と思われる人間たちが、広場には集まっていた。ある者は鎧を着込み、ある者は民族衣装のようなものを身にまとっている。
「雰囲気あるね。これでこそ、『ワールド』だ」
 ケンが感慨深そうに見回した。

 歓声がないので、観客はいないのかと思ったのだが、四人は外側に設けられている客席を見て驚いた。満員だったのである。
 観客たちは何も話したりせず、ただ無表情でその場に立っているのだった。
「おいおい、気味わりいな。ほんとにこの国、どうしちまったんだ。異常だぜ」
「リュウ」
 ガイルがリュウを見る。彼も、目を細めて視線を返した。

 数分すると、次の戦士が現れた。またしてもリュウの知り合いだった。
「ダルシム」
 インドの修行層・ダルシムは、リュウの瞳をのぞきこんだ。
「やはり、来ていたか」
「あんたが来るなんて意外だな。また、運命を感じたってやつかい」
 ダルシムは静かに笑った。
「そういうことだ。……お前の成長を見届けに来たのだよ。私たちはもう一度戦う運命にあるのだ。それが終われば帰るつもりだ。悪いが、お前の背負っている宿命に手を貸すことはできん。そういう運命だ」
 どうやら彼はリュウがここに来た理由を察知しているようだった。もしかしたら、潜在エネルギー≠ナリュウの旅を見ていたのかもしれない。
「ああ、別にいいさ。あんたを巻き込むつもりはない。俺の宿命は、俺自身でかたをつけるつもりだ」
「『俺たち』、だろ」
 ケンが付け加えた。

「招待を拒否した者たちをのぞく全員が集まったので、これより開会式を行う」
 声がとんだ。スピーカーのようなものがあるようには見えないのだが、不思議なことにそれはアナウンスのようにあたりに反響した。
 奥から、軍服をまとった男たちが次々と現れた。全員がライフルを手にしている。彼らは統制の取れた足踏みで、舞台上を囲った。その中にはラスベガスでリュウと戦った美女軍団や、サガットの姿もあった。
 その後現れたのは、あのベガであった。リュウの表情が一瞬だけ曇った。
「ようこそ、諸君。よくぞここまでやってきた。私がこのシャドルー帝国の君臨者・ベガである」
 ベガがあごをつきだして言うと、観客たちが一斉に片腕を上げて騒ぎだした。
「やつがベガか。まるで独裁者だな」
 ケンがリュウにこそりと言った。
「まるでじゃない。さっき『シャドルー帝国』と言ったろ。どうやったかはわからないが、おそらく国民全員を洗脳している。もうここはタイなんかじゃなく、あいつの国になってしまったんだ」
 リュウはこの意見の同意をガイルに求めた。しかし、ガイルは顔面蒼白して手をふるえさせていた。
「あいつが、あいつがベガだと……」
 どうしたと声を掛けても、ガイルはいらいらした様子で、じっとしていた。今にもベガに飛びかかってしまうのではないかと思われた。
「いまここにいるのは、全員が選ばれた人間だ。君たちは、世界でも有数の力を持つファイターだと誇るべきだ。そして、我がシャドルー帝国の誕生を祝したこの大会に参加できることを感謝するのだ」
 リュウの言う通り、ベガはなんらかの方法でこの国をのっとってしまったのだ。リュウは思わず、唇をかみしめた。
 その後、厳かな様子でルールが説明された。大会はトーナメント形式で進められる。武器の使用は可能。ただし銃火器は禁止、また携帯も許されない。隠しているのがわかったら即刻銃殺(これが示されたとき、会場のファイターたちは騒然となった)。大会が終わるまでは海外はおろか、市外へ出ることすら禁止、また電話も禁止。そして、優勝者には。
「君たちの願いを叶えよう。どんな願いでもいい。私が叶える。また、帝国内での地位も同時に約束される」
「けっ、反吐が出る賞品だね」
 ケンが吐き捨てた。リュウも同じ気持ちだった。
「大会は明朝九時から開始される。それまでは、用意されたホテルで休息を取るなり観光するなり、好きにすることだ。それとだ。私の命を狙いたい人間もここにはいると思うが、やめておくことだ。君たちは全員、私の部下によって監視されている。常に命を狙われていると思って頂いてもけっこう。それでも挑んでくるのもいいが、命を無駄にするだけだ。ぜひ、大会に集中して欲しい。君たちを殺したくはない。全員、力を振るうように。以上で開会式を終了し、『ワールド・ウォリア』の開催をここに宣言する」
 そうして会場に解散がかかった。ケンはリュウに、今日のうちにベガの命を狙うかと問うたが、リュウはその気はないと答えた。
「俺の目的は、ベガを殺すことなんかじゃない。春麗を救うことだ。それに奴のことだ、きっと警備には念を押してるに違いないさ」

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