ストリートファイター2N 波動伝
ROUND.10
「ワールド・ウォリア! 逆襲の帝王サガット」 part3


「よく来たな。四年ぶりと言ったところか」
 サガットが、リュウを出迎えた。呼び出されたのは、やはり決勝を行ったあの場所だった。全長数百メートルの大きな観音像が寝そべっており、圧倒的な概観だ。既に日は落ちて、夜の闇が広がり始めていた。
「サガット。あんた、やっぱり洗脳されているわけじゃなかったんだな」
 リュウが問いかけたが、サガットは笑った。
「いいや、洗脳されていたさ。だが、ラスベガスでお前の波動拳を受けたのがきっかけとなって、徐々に解けていったのだ。きっとお前の波動≠ノ影響を受けたのだろう」
 ラスベガスの一件で、ベガに放った波動拳をサガットがかばったことを思い出した。
「私はお前に敗れてからというもの、絶望と転落のふちをさまよった。外国人に敗北するということが、この国ではどういうことなのかお前にはわかるまい。お前とケンの二人は、私たちの権威を地の底までたたき落とした」
 リュウはなんだか申し訳ない気持ちになった。サガットは続ける。
「だが、そのおかげで私はめざめた。ムエタイを始めたころのように、勝ちたいと思う気持ちが私の心を占領した。私は厳しい修行の旅に出て、技を磨いた。お前につけられたこの傷を、毎日眺めながらな」
 リュウにとって、聞いたことのある種類の話だった。サガットが上着を脱ぎ捨てると、胸におぞましい鉤傷が現れた。前回の決勝を戦ったとき、リュウが昇竜拳でつけたものだ。この必殺技こそが、前回のフィニッシュブローだった。
「修行をすませて帰国してみると、国の様子がおかしい。どういうことかと探り回っていたところで、あのベガと言う男に捕らえられたわけだ」
 サガットも、この悲劇の被害者だったのだ。
「だったら、戦う相手は俺じゃないだろう! サガット、俺たちは協力すべきだ」
 リュウがそう言うと、サガットは鬼の形相で猛った。
「もはや私にとって権威や国などどうでもいいことなのだ。ましてやあのベガなどという汚らわしい男にも何一つ興味はない。目的はただ一つ、お前を倒すことのみだ! その時、やっと私は自分を越えられる。『帝王』以上のものに進化できる!」
 サガットはリュウに飛びかかった。リュウは転がってそれを避けた。
 リュウは、アメリカで戦ったバルログのことを思い出していた。今のサガットは、あいつとそっくりだ。狂っているのだ!
「かかってこい、リュウ! リターンマッチだ」
 リュウは身構えた。もう、話は通じそうにない。戦うしか道は残っていないのだ。


 サガットは腕に力を込めた。
「あれから私の内なる虎≠ヘ更なる進化を遂げた。受けるがいい!」
 サガットは手を握ったまま、両腕を突き出した。放たれた「タイガー・ショット」は、リュウの腹部を捕らえた。リュウはそれを両腕で抱えるようにして、受けとめた。
 リュウは走るが、サガットはもう二弾目を撃ち終えていた。横にステップしてやりすごすが、三弾目が彼の脇へとえぐりこんだ。
 速い。ガイル以上のスピードだ。
 だったらと、リュウは迫りくる「タイガー・ショット」を最低限の運動量でかわしつづけた。ガイルと戦った時と同じように、スタミナ切れを狙っているのだ。
 しばらく防戦が続いた。しかし、サガットの様子は変わらない。
「どうした。なぜ攻めてこない」
 逆に、リュウの体力が削られ始めた。サガットは力を溜めているわけではないようだ。それなのに、この速さで技を撃ってくるのだ。
 いったん距離を取ろうかと思ったが、サガットの弾幕は止みそうにない。リュウは攻めることを選んだ。
 波動拳で相殺しつつ、好機を伺う。サガットが腕に力を込めたのを見て、リュウは弾をしゃがんでかわし、体勢を低く保ったまま地面を蹴った。
 だが、次の弾は、彼の顎もとに飛んできていた。
 クリーン・ヒットし、リュウの体は投げ出された。なんとか受け身を取り、次の弾は処理することができた。
「浅はかだな。私の高背を利用しようとしたのだろうが、そんな弱点は『グランド・タイガー・ショット』で克服している。お前はなにもできずに、そのまま力を削られるのだ。それも少しずつな」
 また弾幕が始まる。リュウは攻撃の支点を縦から横へとシフトした。
 ぐるぐるとサガットを中心とした円を描きながら、弾幕をかわして距離を詰めてゆく。この時点で、リュウはかなり消耗していた。息は上がり、動きもだんだん悪くなってきている。
 しかし、距離は十分に詰めることができた。チャンスを狙えば、一気に攻撃に転じることができる。サガットもそのことを承知しているのだろう、脂汗をかきはじめた。
「いまだ!」
 リュウは跳躍した。サガットの懐に飛び込んで、彼の体に拳を打ちつけてゆく。サガットも怯まず、このインファイトを買って出た。
 二人の接近戦はサガットの強烈な飛び膝蹴りと共に幕を引いた。彼の得意技でもある「タイガー・ニークラッシュ」である。
 だが、リュウは立ち上がった。さすがにサガットにもダメージがあるようで、荒い息を吐き始めた。
「その息じゃあ、もう弾幕は張れないぜ」
 既に息も絶え絶えのリュウだったが、まだ戦意を失っていない。
「もうそんなものは必要なかろう。あと一度の攻撃で充分だ。お前の昇竜拳を打ち破るために編み出した必殺技でな」
 不敵に笑うサガットだったが、リュウはものともせず、彼の元へと駆けた。
 サガットは内なる虎≠足下へと集め始めた。リュウは感づいた。昇竜拳をやぶるために彼が編み出したのは、同じタイプの必殺技だ。
 二人の顔が、鼻先数センチのところまで近づいた。お互いの力≠、肌で感じられる距離である。
 サガットが内なる虎≠放出する準備が整う寸前、リュウは左腕でサガットにアッパーを見舞った。
 サガットの頭は激しく揺れたが、それに耐えきってみせた。勝った。
 だが、彼が勝利を確信してに浮かれる前に、今度は右腕が飛んできた。サガットはそれをまともに受けてしまう。おかしい。リュウはさっき左腕でアッパーを撃って、動きを終了したはずなのだ。あり得ないことが起こり、困惑する。
 そのまま、リュウは昇竜拳で彼を上空へ突き飛ばした。

 サガットがふるえる手で身を起こすと、リュウも力尽きてへたりこんでいた。
「最後の、あれは」
 サガットは口から血を吐き出して言った。
「ちょっとした手品さ。アッパーを撃ったあと、波動≠一気に逆流させて、体勢を元に戻し、その反動と遠心力を利用して昇竜拳を撃つ。アッパー昇竜拳ってとこだ」
 それを聞いて、サガットは静かに笑った。さっきまでとは違う、純粋な笑いだった。
「相変わらず、みょうな発想をするやつだ。『タイガー・アッパーカット』を見せるひまもなかった」
 しばらく沈黙が続いたあと、サガットは落ち着いた様子で、よろよろと立ち上がった。
「サガット、さっき言ったように、俺たちは協力すべきだ」
 サガットは見向きもしない。
「言ったろう。私はこの国に興味はない。今回の戦いで得たものを、必ず新たな必殺技とし、お前を倒してみせる。……ひとつだけ忠告しよう。あのベガという男は、お前の力を利用するつもりのようだ。殺意の波動≠セったか……奴はそれを欲している」
 だが、リュウはきょとんとした。
「なんだい、それ。知らないな。人違いだと思うぜ」
 サガットはようやくリュウの顔を見ると、今度は腕を組んで、大きく笑った。
「まあいい。私はもう満足したので旅に戻る。それとリュウよ、気づいているか。お前は私が攻撃を始めるまで陰気な顔をしていたが、接近戦をし始めたころには、おぞましいくらいにいきいきした笑みを浮かべていたぞ」
 リュウはそれを聞いて驚いた。自分がそんな表情をしているとは思っていなかったのだ。
「だから、私はお前を追いたくなるのかもしれん。それでは、達者でな。私はいつかまた、お前の前に現れるだろう」
「望むところだ」
 サガットは去っていった。

 リュウはホテルへと戻り、休息を取った。
 サガットが言っていたことは、きっと本当だろう。彼との戦いは、自分でも驚くくらい、すばらしいものだったのだ。
 ベガのように、殺意の波動≠フせいでおかしくなってしまったのだろうか。
 いや、そんなことはないはずだ。今までだって、そうだったのだ。俺が気づいていなかっただけで、思い返してみると、楽しかったのだ。
 ストリートファイターとはそういうものなのだろうか。それともそれが、格闘家の本質なのだろうか。
 リュウはこんなことでしばらく悩んだ。初めてのことだった。
 それを知るために、どうすべきなのか。それだけは、簡単なことだった。それがはっきりしてから、リュウは眠りについた。


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