次に見たのは、意外にもさっきまでいた朱雀城だった。戻ってきたのだろうかと思ったが、そこは講堂ではなく、城の最上階だった。空には闇夜が広がっており、三日月が見えた。
ふと、誰かが俺のことを殴りつけた。起きあがって見てみるが、誰もいない。だが、今度は二回、俺は頭を打った。姿が見えない敵に戸惑い、波動≠練ろうとするが、どういうことか、出てこない。不思議なことに、意識もはっきりしていないのだ。
何度も何度も、俺は打撃を受けた。逃げ回り、飛び跳ねたところで、やっと敵の姿を見つけた。
白い胴着を着たファイターだった。彼は俺のことをまっすぐに見つめていた。黒髪に、頭に巻いた赤い鉢巻が印象的だ。
この男は、誰だ。知っている。俺はこいつを知っている。
音もなく、戦い続ける。男は、波動拳を打った。竜巻旋風脚をはなった。昇竜拳をうちつけた。全てが俺をぼろぼろにしていく。
「リュウ」
声が聞こえた。俺の声だ。
「リュウ」
誰が、俺の声で言っているのだ。
「リュウ、もう少しだ。お前が、見つけろ」
俺ではない。リュウだ。目の前にいるリュウが言っているのだ。
リュウは俺に近づくと、腕を引っ張って倒した。
わかった、巴投げだ。俺の得意技じゃないか。
脚を胸に押しつけてきたので、逆らわずに投げられる。だが着地をして、その勢いを利用して、一本背追いしてやった。
リュウは立ち上がって、正拳をねらった。しかし、当たらない。全くもって、簡単だ。俺にしかわからないリズムなのだ。リュウにしかわからないリズムなのだ。
上段蹴りも、ねりちゃぎも、鎖骨折りも、全部かわせた。俺にしかできないかわし方で。
「それがいい」
俺とリュウは、全く同じタイミングで言った。
リュウが走ってくる。俺も、走った。
そして二人が重なりあうと、また、世界が壊れた。俺も一緒に、すべり落ちていった。
真っ暗な空間だった。なにも見えない。なにも聞こえない。
ふと、一筋の閃光が走った。閃光は膨張して、爆発した。どこにでもある力だったが、その力が生まれたのは、それが初めてだった。
そして、いろいろなものが生まれた。
全てに共通していたのは、そのどれもが、波動≠持っていたことだ。
俺はいすに腰掛けていた。豪華な装飾がなされた、西洋のいすだ。いすは、波動≠ェ爆発する時と全く同じ音、質感で、こなごなに砕けた。
いすはなくなったが、波動≠ェ残った。波動≠ヘ上っていき、天へと飛んでいった。
天に届いた時、波動≠ヘ輝いた。原色の閃光が、花火みたいにちりちりと飛んだ。ここちいい、懐かしい感覚だった。その波動≠ェ、また別の波動≠生んだ。そして、いすが生まれた。
そのとき、空間は一瞬にして真っ白になった。世界が、宇宙が広がってゆく。自分の姿が見える。ちっぽけな自分が、その中に溶けだしていった……。
そうだったのだ。
俺たちの使う波動≠ヘ、本当の波動≠ナはなかったのだ。
宇宙の波動≠アそ、純粋な波動≠ネのだ。宇宙を生んだ頃の姿の波動≠ェ、真の波動≠ネのだ。真空状態の波動≠ェ、波動≠ネのだ。
波動≠ヘ、宇宙なのだ。
宇宙は、真空なのだ。真空が、波動≠ネのだ。
それこそが、波動の極意、真空の境地≠ネのだ。
そうだったのだ。
そうだったのだ……。
リュウはむくりと上体をおこした。ケンが心配そうにかけよった。
「だいじょうぶか。すごい爆発だったな。どうやら、方法が違ったようだぜ」
「そんなことはない」
リュウは立ち上がった。その表情はかすかにほほえんでいる。ケンを見つめながら、ぼそりと言った。
「波動≠ヘ、宇宙なり」
「うう」
本田のうめき声が聞こえた。その先にはリュウとケンが、並んで仁王立ちしている。
「なんだよ、エドモンドのおっさんったら。もうへばったのか」
先日、簡単に張り倒してやったケンにそう言われてすこし悔しかったが、本田の体はそれ以上動きそうになかった。
全く歯が立たない。この二人、一ヶ月でここまで強くなったというのか。
「ふ、二人とも強くなったな。大したものだ」
「これも、本田さんのおかげです」
リュウがにこりとした。いまだに帰化後の名前で呼ぼうとしない失礼なケンと比べて、彼はやはり人間ができている。
しかし、本田は不思議だった。確か三日前に顔を出した時は、二人とも修行を焦っていたはずだというのに、今日の彼らは何か、とくにリュウからは、一皮むけたような成長の雰囲気が感じられたのだ。
本田は思わず息を飲んだ。
「リュウ、おまえ。やはり」
リュウは力強く頷いた。
「はい」
本田は目を見開いた。たどりついたのだ!
未だに自分が届かないところまで、彼は到達したのだ。一瞬で、追い抜かれてしまったのだ。
「明日早朝、タイに向かいます。本田さんも、来ませんか」
少し迷ったが、本田は申し出を断った。ゴウケンがベガという男によって殺害されたことは、リュウたちの波動≠通してなんとなくわかっている。だが、手伝えそうにない。既にレベルが違いすぎるのだ。
「お前たち二人で、頑張ってこい。戻ってきたら、ちゃんと結果を教えろよ」
二人は気合いの入った返事をした。
翌日、二人が山を降りると、車が現れ、黒服をまとった男達が降りてきた。
「リュウ様と、ケン・マスターズ様ですね」
その中の一人が前に出た。
「我々は、ベガ様の使いです。あなた方ふたりを、ストリートファイト大会『ワールド・ウォリア』にご招待致します」
「なんだよ。あちらさん、もう事情はよくご存じのようだぜ」
ケンが皮肉っぽい口調で言った。
「おじけついたのか、ケン。別についてこなくても、いいんだぞ」
「バカいうな。逆にむかついたぜ。ベガの野郎、待っていやがれ」
ケンがやつあたり気味なパンチで黒服を二、三人ノックアウトしたあと、二人はようやく車へと乗り込んだ。
曇りの空だったが、リュウの瞳にはそれが、気持ちよい快晴に映った。