ストリートファイター2N 波動伝
ROUND.9
「リュウ開眼! 波動は宇宙なり」 part2


 墓参りを済ませたあと、朱雀山を上っていき、久しぶりに石段のある場所までやってきた。ここは、俺とケンにとって思い出深い場所なのだ。
「おっさん、無理してついてこなくてもいいんだぜ」
 ケンが、下の方でよろよろしている本田さんに声をかけた。もう、かなり声を張り上げないと届かないくらいの距離になっている。
「ああ、やっぱり、年には勝てないな。わしはちょっとここで休んでいく」
 本田さんは石段に腰掛けた。
「ちっ、あのまま続けていれば勝てたな、ありゃあ。次やるときは持久戦に持ち込もうぜ」
 ケンが笑った。

 講堂の扉を開く。さすがにくたびれてきているとみえて、きりきりと不快な音が立った。
 この埃臭いにおい、薄暗い畳床、そしてこの光景。戻ってきた。あの講堂に戻ってきたのだ。
「なんだか、ちょっと狭くなったような気がする」
「リュウ自身がそれだけでかくなったってことさ」
 辺りを見回す。やはり、師匠が訪れた形跡はない。それどころか、俺とケンが二年前に戦ってから誰も来ていない感じだった。
「さて、掃除をしたらさっさと始めようぜ。リュウ、あのバチバチ波動≠フやり方、ちゃんと教えてくれよな」

 ケンに波動≠重ねる方法を教えてみると、彼は一瞬にしてその技術を自分のものにした。師匠の「ケンには才能がある」という言葉を思い出す。
「波動%ッ士を重ね合わせるなんて、考えたこともなかったぜ。面白い発想だ。でも、こんなすばらしい知識を、どうして師匠は教えてくれなかったんだろうな」
「きっと最後に教えるつもりだったのだろう」
 ようやく本田さんがやってきた。「波動≠フ圧縮は、未熟な者がやると命に関わるからな」
 どうやら本田さんは知っていたようだ。……そうだ。この際聞いておくべきだ。
「殺意の波動≠ヘ、どうですか」
 本田さんはその言葉を聞いて、顔をしかめた。
「どこでその言葉を聞いた」
「ベガと戦った時に、逆上して発動しました。力を抑えられずに、死にかけたんです」
 無言のまま、本田さんは講堂にある像のもとへと歩いていった。講堂の守り神でもある、阿修羅像である。
「話すべきかどうか迷うが……もう発動してしまったのなら黙っている必要もあるまい。わしら人間の持つ、もう一種類の波動≠フことだ。波動≠修得した人間が、激しい怒りや憎しみで波動≠乱してしまうと、殺意の波動≠ノ変化するのだ。わし自身は発現させたことはないが、何度か見たことがある。そりゃあもう、でたらめな力だ。しかし、大抵は体がついていけずに波動≠フ逆流を起こしてしまう」
「なぜ師匠は、そんな重要なことを話してくれなかったんだ」
 ケンが詰め寄ると、本田さんは俯いた。
「波動≠フ技術には順番がある。そんなものがあると知れば、波動≠覚える前に恐怖が生まれてしまう。ゴウケンさんは、時が来るまで話すのを待っていたのだ。波動≠セけを純粋にきわめて欲しいと願っていたのだ。……わしもお前たちが、その年で殺意の波動≠ニ関わることになるなんて思ってもいなかったよ。あれは、あってはならぬ力なのだ」
 確信した。
 やはり師匠の修行は、まだ途中だったのだ。まだまだ俺たちに、色々な技術を仕込む予定だったのだ。……ぶじ、ベガを倒したあとに。

 二週間が経った。ケンの修行は、おおむねうまくいっている。あいつはどんどん新たな技術を身につけている。せっかく差をつけてやったのに、もう追いつかれてしまっただろうか。本当にすごい奴だ。
 俺はというと、殺意の波動≠どうにかしてコントロールできないものかと、色々と試行錯誤を繰り返していた。本田さんからは強く反対されたが、ベガを倒すためだ。やつの力もこれに近いものを感じた。目には目を、歯には歯をという発想だ。
 だが、そう簡単にはいかない。まず殺意の波動≠サのものが発現してくれないのだった。貴重な時間を無為に過ごしたと言える。
「リュウ、どうだ。殺意の波動≠ヘ出せたか」
 今日の修行をひと段落させたケンが、汗を拭いながらやってきた。
 無言のままでいると、彼は俺を外へと連れ出した。

 すでに太陽は西に傾き、赤とオレンジの美しい階層を空に形作っていた。いくつか浮かぶ雲に多い被さり、神々しい視覚効果を生んでいた。
「その、殺意の波動≠フことなんだけどよ」
 ケンは石段に片足をのせたまま座った。俺もそれに倣った。
「アメリカに戻ったあと、父さんのラストマッチの相手と戦ったんだ。バイソンっていうくそやろうなんだけれど」
 ラスベガスで出会ったボクサーのことを思い出した。やはり、そうだったのだ。
「その時、父さんのことをこけにされて、オレ、ブチ切れちまったんだよな。もちろん、バイソンには昇竜拳を食らわせてやったさ。でも、その時ですら、殺意の波動≠チていう力は発現しなかった」
 ケンがなにを言わんとしてるのか、なんとなくわかってきた。
「リュウ、お前はどうして、ベガの奴にそこまで強い憎しみを覚えたんだ。オレに、何か隠しているんじゃないか」
 ケンはまじめな顔をして詰め寄ってきた。
「春麗の父さんが殺されたんだ。それに、知り合いのガイルっていう軍人の友人も。ベガたちは、悲劇をたくさん作ってきた」
 それを言っても、ケンは目つきを変えなかった。
「周りくどい言い方はやめよう。師匠は、ゴウケン師匠は生きているのか」
 重い沈黙が訪れた。だめだ、もうかわせない。
「……殺された。ベガは、師匠を殺したと言った」
 ケンは俺の胸ぐらを掴んだ。もちろん殴られるのだろうと思ったが、彼は途中で腕を止めた。代わりに飛んできたのは嗚咽だった。
「どうして黙っていた! どうして、一人で背負っていた! 俺たちは、兄弟だろうが! 少しは分けやがれ、ばかやろう」
 ケンの頬を涙が伝った。ただ悲しみだけがその場を包んだ。
 なぜ、俺たちが涙を流さなきゃならないんだ。なぜ、俺たちは父を失わなきゃならなかったんだ。
 なぜ。なぜ……

 その時、あの感覚がやってきた。次の瞬間には、もう体中から、波動≠ナはない何かが溢れでた。憎しみが、殺意の波動≠呼び起こしたのだ。
 ケンは唖然としてその様子を見ていたが、俺の波動≠ェ逆流し始めるのを見て、すぐに処置を施そうとした。俺は石段に寝そべって力を押さえつけようとしたが、殺意の波動≠ヘその段をまるまる削り取ってしまった。だめだ、全く抑えることができない。
 ケンは「許せよ」とささやくと、俺のことを石段から踊り場に放り投げた。安定した足場なら、充分に波動≠練ることができる。ケンは俺が教えた通りに波動≠流転させ、処理を成功させた。
 しばらく、お互い荒い息を吐いていたが、少し落ち着いてからケンが言った。
「今のが、殺意の波動≠セってのか。ふざけんなよ。そんな醜いものが、ベガを倒す力だっていうのか!」
 その通りだ。この力は醜い。どす黒い気持ちをそのまま目に見えるようにしたような、気持ち悪い様相だった。
「俺だって、嫌だよ。この力がでている間は、とにかく悲しいんだ。むなしいんだ」
「あんなものを使い続けていたら、いかれちまうぜ」
 もしかしたら、ベガはそうなのかもしれないと少しだけ思った。
「ある境地」
 そのとき、ケンがふと言った。
「師匠の言葉、覚えてるか」
「ああ」
 ケンは立ち上がった。夕日が彼の波動≠ニ重なって、淡い黄金色に見えた。
「オレは確信したぜ。師匠の言う境地ってのは、あんな力のことじゃないってな。殺意の波動≠フことなんてもう忘れよう。そして探すんだ、俺たちふたりで」


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