二週間が経った。ケンの修行は、おおむねうまくいっている。あいつはどんどん新たな技術を身につけている。せっかく差をつけてやったのに、もう追いつかれてしまっただろうか。本当にすごい奴だ。
俺はというと、殺意の波動≠どうにかしてコントロールできないものかと、色々と試行錯誤を繰り返していた。本田さんからは強く反対されたが、ベガを倒すためだ。やつの力もこれに近いものを感じた。目には目を、歯には歯をという発想だ。
だが、そう簡単にはいかない。まず殺意の波動≠サのものが発現してくれないのだった。貴重な時間を無為に過ごしたと言える。
「リュウ、どうだ。殺意の波動≠ヘ出せたか」
今日の修行をひと段落させたケンが、汗を拭いながらやってきた。
無言のままでいると、彼は俺を外へと連れ出した。
すでに太陽は西に傾き、赤とオレンジの美しい階層を空に形作っていた。いくつか浮かぶ雲に多い被さり、神々しい視覚効果を生んでいた。
「その、殺意の波動≠フことなんだけどよ」
ケンは石段に片足をのせたまま座った。俺もそれに倣った。
「アメリカに戻ったあと、父さんのラストマッチの相手と戦ったんだ。バイソンっていうくそやろうなんだけれど」
ラスベガスで出会ったボクサーのことを思い出した。やはり、そうだったのだ。
「その時、父さんのことをこけにされて、オレ、ブチ切れちまったんだよな。もちろん、バイソンには昇竜拳を食らわせてやったさ。でも、その時ですら、殺意の波動≠チていう力は発現しなかった」
ケンがなにを言わんとしてるのか、なんとなくわかってきた。
「リュウ、お前はどうして、ベガの奴にそこまで強い憎しみを覚えたんだ。オレに、何か隠しているんじゃないか」
ケンはまじめな顔をして詰め寄ってきた。
「春麗の父さんが殺されたんだ。それに、知り合いのガイルっていう軍人の友人も。ベガたちは、悲劇をたくさん作ってきた」
それを言っても、ケンは目つきを変えなかった。
「周りくどい言い方はやめよう。師匠は、ゴウケン師匠は生きているのか」
重い沈黙が訪れた。だめだ、もうかわせない。
「……殺された。ベガは、師匠を殺したと言った」
ケンは俺の胸ぐらを掴んだ。もちろん殴られるのだろうと思ったが、彼は途中で腕を止めた。代わりに飛んできたのは嗚咽だった。
「どうして黙っていた! どうして、一人で背負っていた! 俺たちは、兄弟だろうが! 少しは分けやがれ、ばかやろう」
ケンの頬を涙が伝った。ただ悲しみだけがその場を包んだ。
なぜ、俺たちが涙を流さなきゃならないんだ。なぜ、俺たちは父を失わなきゃならなかったんだ。
なぜ。なぜ……
その時、あの感覚がやってきた。次の瞬間には、もう体中から、波動≠ナはない何かが溢れでた。憎しみが、殺意の波動≠呼び起こしたのだ。
ケンは唖然としてその様子を見ていたが、俺の波動≠ェ逆流し始めるのを見て、すぐに処置を施そうとした。俺は石段に寝そべって力を押さえつけようとしたが、殺意の波動≠ヘその段をまるまる削り取ってしまった。だめだ、全く抑えることができない。
ケンは「許せよ」とささやくと、俺のことを石段から踊り場に放り投げた。安定した足場なら、充分に波動≠練ることができる。ケンは俺が教えた通りに波動≠流転させ、処理を成功させた。
しばらく、お互い荒い息を吐いていたが、少し落ち着いてからケンが言った。
「今のが、殺意の波動≠セってのか。ふざけんなよ。そんな醜いものが、ベガを倒す力だっていうのか!」
その通りだ。この力は醜い。どす黒い気持ちをそのまま目に見えるようにしたような、気持ち悪い様相だった。
「俺だって、嫌だよ。この力がでている間は、とにかく悲しいんだ。むなしいんだ」
「あんなものを使い続けていたら、いかれちまうぜ」
もしかしたら、ベガはそうなのかもしれないと少しだけ思った。
「ある境地」
そのとき、ケンがふと言った。
「師匠の言葉、覚えてるか」
「ああ」
ケンは立ち上がった。夕日が彼の波動≠ニ重なって、淡い黄金色に見えた。
「オレは確信したぜ。師匠の言う境地ってのは、あんな力のことじゃないってな。殺意の波動≠フことなんてもう忘れよう。そして探すんだ、俺たちふたりで」