IMMORTAL MIND
イモータル・マインド

Part 1 [Blue Sword]
9.「船上の告白」その2

 ハヤトは、船べりにひじをつけて海を眺めていた。
 太陽に照らされて暖色にきらめく水面が、ゆらゆらと揺れている。
 周りに島などは見えず、水平線はゆるやかな丸みを帯びている。
 圧巻の光景だった。

「きれいだなぁ……」

 彼は思わずつぶやいた。
 だがその直後、汚いモップが彼の頭にべたりと張り付いた。
 振り返ると、筋骨隆々の男が鬼の形相で立っていた。

「おい、何サボってんだ! さっさと掃除しろ、新入り!」

 結局、ハヤトは「蒼きつるぎ」を出すことができなかった。
 彼らは必死に受付の男にかけあい、結局パーティ一行は船員として働く、という条件付きで乗船することに成功した。

 ハヤトは仕方なく、デッキブラシを使って甲板の掃除を進めた。
 しばらくそうやっていると、先の船室のほうから聞き覚えのある声が聞こえてきた。

「なあ、アタシの仕事やってくれたら、いいことしてやるよ」
「ほんとですか、姉御!」
「ほんとだよ。内容は、あとのお楽しみね。ま、言わなくてもわかるでしょ?」
「うおお、マジかよ!」

 船員たちのはしゃぐ声が響いた直後、ミランダが一人の男を引き連れて現れた。

「ハヤト。あんたの掃除、こいつが代わってくれることになったよ」

 ミランダは笑顔で言った。隣にはやたらとにやにやしている船員がいた。船員はハヤトのデッキブラシを奪いとるようにして掃除を始めた。

 ミランダは船員に「よろしく」と声をかけたあと、ハヤトを船室内へと連れて行った。

「チョロいもんさ。あいつら女に飢えてやがるから、ちょっとそれらしい事を言うだけでなんでも言うこと聞くからね。とりあえず、これでタダ乗り決定さ」
「だがミランダ、『感謝のビンタ』は彼らにとって『いいこと』でもなんでもないと思うぞ。また被害者が増えると思うと胸が痛むな」

 ロバートが現れた。
 どうやらこれは彼女の常套手段らしい。
 ミランダは舌打ちしてガンをとばす。

「ロバート、だったらあんただけ仕事に戻ってもらってもいいんだよ」
「じょ、冗談に決まってるだろ! 彼らには悪いがありがたいよ。なあハヤト君!?」
「え、ええ」

 ハヤトも思わず頷く。
 正直、掃除はイヤだった。

 ハヤトは窓から船を眺めた。
 いくつものマストが立てられている、かなり巨大な帆船である。現在いる船室自体も三階だ。一体何人が乗船しているのか、想像もつかない。
 これだけの人が乗れるというのに、一週間以上も待つ必要がある。それだけの影響力が、魔王ソルテスの登場にはあったわけだ。

 視線を移すと、バルコニーのところで外を見ているマヤを発見した。彼はミランダに礼をいい、そちらに向かった。



 マヤは、バルコニーでぼおっと海を見ていた。

「よお、マヤもミランダさんに助けられたのか?」

 ハヤトが現れた。マヤは小さく返事をする。

「……けがは、もういいのか」
「うん」
「なんだよ、元気ないな。何かあったのか?」
「なんだか……変なの」

 マヤは自分の手を見た。
 ハヤトは首をひねる。

「俺には、そうは見えないけど。船酔いか?」
「そういうことじゃなくて……アルゼスの港に着く前、オウルベアと戦ったじゃない?」
「ああ」
「私の『ショック』の魔法……、一発で、オウルベアを倒したわよね。それも二匹」

 ハヤトは「あ」と口をあけた。
 そういえばそうだ。
 オウルベアと言えば、ハヤトとマヤが最初に出会った際にエンカウントしたモンスターである。
 確かあの時、マヤは「二人で勝てる相手ではない」と言っていた。

「た、たくさん戦ったし、レベルが上がったんじゃないのか?」
「まだ旅に出てひと月も経ってないのよ。そんな急激に“魔力”が上がるなんて話、聞いたことないわ」

 マヤは、自分の体を不思議そうに見回した。

「なんだか、妙な気配を感じるの。体の奥底から、何かがわき出てくるような……『蒼きつるぎ』に命を救われたせいかしら。人の傷を治せるなんて、知らなかったわ。ただの強い武器だとばかり」
「ああ、俺もそう思ってた。あの剣には、まだまだ知らない力が隠されてるみたいだ」

 マヤは、海に視線をうつす。

「ハヤト君……ありがとね」
「なんだよ、今度はとつぜん改まって」
「私はあなたのおかげで、生きながらえることができた。感謝してるわ」

 沈黙。
 マヤは、ハヤトをちらりと見た。

「それで……聞きたいことがあるのよ。私が人形にやられた時、言ったことを覚えてる?」

 ハヤトは、当時の記憶を掘り返す。

「確か、兄さんがどうとか」

 彼は同時に、ベルスタで眠る彼女が「兄さん」とつぶやいていたことを思い出した。
 マヤは頷いた。

「うん。それなら、この際だから言うことにするわ。私は……行方知れずの兄を探しているの。実は、この旅に同行したのもそれが目的だったのよ」
「そうだったのか。でも、俺と旅をしたからって見つかる訳じゃないような気がするけど」
「ううん。見つかる可能性が高いわ。だって、兄さんは勇者……いえ、魔王ソルテスとかつての魔王を倒す旅に出て、行方不明になったんですもの」

 ハヤトは、目を見開いた。

「そんな。それじゃあ……」
「だから、教えてほしいの。ハヤト君……『ユイ』って、誰のことなの?」

 マヤは真剣なまなざしを向けた。
 ハヤトは、言うべきかどうか迷った。
 世界を滅亡させようとしている魔王が、自分の妹かもしれないだなんて。
 いらぬ誤解を招くかもしれない。

「そ、それは……」
「ハヤト君は、ソルテスの話題が出るたびに、『ユイ』って単語を口にするわよね。確かビンスにもそう言っていた。かつての勇者ソルテスは五年前、魔王を倒して姿を消したわ。兄さんも一緒に。……あなたは、ソルテスのことを何か知っているんじゃない?」

 マヤはさらに続ける。

「私は正直言って、最初はあなたのことを、ただのおかしな人だと思っていた。でも……必死で助けてくれて、ああいう風に言ってもらえて……本当に嬉かった。だから、もう隠し事したくないの。あなたのことを、しっかり理解したい」

 マヤは、少し頬を染めながら言った。
 ハヤトは、多少驚きはしたが、素直にその気持ちがうれしいと感じた。

 この世界に来て、初めて自分のことを理解してくれようとしている人が現れてくれた。
 いや、こんな風に言ってくれる人は、元の世界にもいなかったような気さえする。
 きっと彼女だったら、大丈夫だろう。

「……別に隠してるわけじゃないよ。まだ確証が持てないだけなんだ。だから俺は、それを確かめるために旅に出ることにしたんだよ。ユイっていうのは……」

 その時、船が轟音とともに大きく揺れた。



 木製の小舟のようなものが、空に浮かんでいる。

「ああ、気乗りしないなあ」

 そこに寝転がる、一人の男剣士がつぶやいた。
 隣に腰掛ける魔導師風の女が、あきれたように肩をすくめた。

「また、それですの? ほんっとに、めんどくさい方ですわね」
「だってあんなにでかい船だよ? マストが何本もあるし、人もたくさん乗ってる」

 そう言って男は起き上がり、自分の乗る小舟から身を乗り出した。

 遙か下方の海に、大きな船が浮かんでいる。

「めんどうだよ。できれば、ザイドに着いてからの方がいいんじゃないかな」
「あなたはいつも、そうやって楽しようとするから、グラン君にソルテスを取られちゃったんですのよ」
「あーもう、うるさいな。グランとソルテスは関係ないだろ」

 剣士はいらついた様子だった。
 女は目を鋭くさせた。

「なんでもこの間は、ビンスが大けがしながらも任務を成功させて、ソルテスにそれをヨシヨシしながら治してもらったとか……」

 男はそれを聞くや否や、起きあがって腰の剣を抜いた。

「やるよ、レジーナ」
「わたくし、あなたのそういうところが好きですわ、リブレ」


 船はしばらく揺れたのち、ぴたりと止まった。

「なんだ、なんだ!?」

 乗客たちが次々と甲板へと出てくる。
 ハヤトとマヤは手すりにつかまっていた。

「大丈夫か、マヤ」
「ええ。一体、何があったのかしら」

 二人が辺りを見回していると、もう一度、同じ揺れが起こった。
 船が少し前へと傾く。

「クラーケンだ! クラーケンが出たぞーっ!」

 誰かの叫び声が聞こえた。同時に、船首から青く巨大な触手がぬるりと現れた。
 そこかしこから悲鳴が上がる。
 ハヤトは、状況がよくつかめなかった。

「マヤ、クラーケンってあの触手のことか!? 一体なんなんだ」

 彼女はちょっと青ざめていた。

「私も初めて見るわ……船を沈める海のモンスターよ。でも、大丈夫。たいていの船は対策してあるはずよ」

『みなさん、落ち着いてください』

 ほぼ同時に、辺りに声が響いた。
 船の中央に位置する船長室につけられたデッキに、男が一人立っている。

『当船船長のバッシュ・ルーズベルトです』

 バッシュ船長は手のひらに“魔力”を練りながら口を当てて話している。どうやら魔法で声を大きくしているようだ。

『クラーケンは確かにいくらかの船を沈めたことのあるモンスターですが、今回みなさまがご乗船下さっている「ザイド・アトランティック」号はこの五年で十ニ度、大魔術師の魔法ほどの威力を誇る魔大砲「グレイト・クルーズ」を用い、無傷で奴を撃退しております。少々揺れますが、撃退次第通常運行に戻ります。今しばらくお待ちください』

 船長の口調はあたかも「よくあることなので」といった風に落ち着いていた。クラーケンの出現は、この船にとっては大したことではないのだと、乗客たちも騒ぐのをやめた。

「ね」

 マヤが言った。
 同時に、客室の上にある大砲を、何人かの船員たちが動かし出した。

「魔大砲『グレイト・クルーズ』四号、発射準備完了!」

 同じように遠くから『グレイト・クルーズ』が発射できる旨を伝える声が響きわたる。どうやらいろいろな場所に設置されているらしい。

 最後に、クラーケンの触手付近に、一番門の大きな砲台が現れた。おそらくこれが主砲であろう。

『それではみなさま、船が揺れますのでご注意ください。「グレイト・クルーズ」、発射用意!』

 船長の合図とともに、例の空気がはじけるような“魔力”の収縮音が辺りに響く。全ての砲門から輝く“魔力”の塊がとび、主砲へと向かう。

 主砲がうなりをあげ、“魔力”をさらに増幅する。
 すごごご……と地鳴りのような音が響き、“魔力”が高まっていく。

「す、すごいな」

 ハヤトは目をみはった。“魔力”の錬成がまだうまく行っていない彼でも、思わず身がすくんでしまうレベルの巨大な“魔力”であった。
 あれをぶつけられたら、いかに強いモンスターでもひとたまりもないだろう。

『放て!』

 バッシュ船長が叫ぶ。

 だが、その直後のことであった。

 空から、細身の剣士が舞うようにして着地し、主砲のすぐ後ろへと立った。
 彼は、振り抜いた剣を鞘に納めて笑った。

「『秘剣・瞬き』……なんちゃって」

 主砲が、まっぷたつに斬れて爆発した。

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