船長や船員を含め、おそらく乗船する全員が驚いた顔で固まっていた。 クラーケンを撃退するはずだった魔大砲「グレイト・クルーズ」が、完全に破壊されてしまったのだから、当然のことではあった。 男剣士は、ちょっと残念そうに言った。 「やっぱり必殺技の名前をつけるのは受けが悪いのかな。みなさん、期待を裏切ってしまってごめんなさい。でも僕ら、この船を沈めなきゃならないので」 「なにやってんだ、てめえっ!」 数人の船員たちが一斉に彼に向かっていく。 が、剣士は消えるようにして瞬時に彼らの背後へと移動した。 すでに剣は抜かれており、血がべっとりとついている。 船員たちは声をあげてその場に倒れた。 もう一度、彼は姿を消した。 『うぐっ!』 船長の声が辺りに響いた。ハヤトたちが視線をうつすと、船長室のデッキに男が移動していた。船長はその場に倒れている。 『きさま……一体、何を……』 『ははは』 男の声が、船長の拡声魔法ごしに聞こえる。 『船員の人たちにもさっき言いましたけど……船を沈めるんですよ。僕はリブレ・ラーソン。魔王ソルテスの手下です。魔王軍って言ったほうがかっこいいかな』 ハヤトは思わずバルコニーから身を乗り出した。マヤもそれに続くと、ミランダ、ロバートも騒ぎながら出てきた。 「魔王軍……! ビンスの仲間か!?」 通常では聞き取れないくらい離れた場所にも関わらず、リブレはそれを聞いてハヤトを見た。 『そうだよ、ハヤト君。止めてみせろよ、「蒼きつるぎ」の勇者様』 リブレは剣を払って血を飛ばすと、その場で二度、剣をふるった。 太いマストに線が入り、まっぷたつに斬れる。 マストが船べりを破壊しながら倒れ、一瞬にして辺りは人々の悲鳴に包まれた。 「なんなんだ、あいつは! 無茶苦茶だぜ!」 ロバートが叫ぶ。 ハヤトは剣を抜いた。 「みんな、クラーケンの方を頼む。あいつは俺がなんとかする」 「ハヤト、さっきのスピードを見たろ。たぶんあいつはビンス以上に手強いはずだよ。アタシら全員でかからないと」 「行ってくれ。クラーケンも相当やばいんだろ。ソルテスの手下は、俺がぶっ倒すから」 ハヤトは、ミランダの言葉を制して言った。 彼の表情は怒りに満ちていた。 ミランダはそれを見て、頷いた。 「無理すんなよ、ハヤト。あいつを倒したらこっちも頼むよ」 「わかってる」 「ミランダ、そうと決まったら急ごう。見たところ戦える奴はこの船には少なそうだからな」 ロバートとミランダは部屋に戻った。 マヤも神妙そうにしていたが、ふと、辺りを見回す。 「そういえば、ルーちゃんは?」 ハヤトも同じようにする。そういえば、掃除を始めてから一度も見ていない。 「あっ!」 マヤが指をさした先には、マストの上部につけられた見晴らし台に寄りかかって眠るルーがいた。 「あいつ……どうしてあんなところで寝てるんだよ!」 「私はルーちゃんを回収してくるわ」 「わかった。気をつけろよ」 「ハヤト君も……さっきの話の続きは、あとで」 「ああっ!」 二人は頷きあった。 ◆ リブレは、荒い息をはきながら壁にもたれる船長の肩に手をおいた。 「船長さん。さっきの、声をみんなに聞かせる魔法、もう一回やってくれませんか。ハヤトくんにもっといいたいことがあるんです」 船長のバッシュは斬られた腹を手で抑えながら、顔を背けた。 「バカめが。た、たとえ“魔力”が錬成できる状態だったとしても……貴様のためになど使わん。まさか本当に魔王が復活していようとはな」 リブレはちょっと困った表情をする。 「ベルスタでしっかり言ったって聞きましたけど? みんな、危機感が足りないんじゃないんですか」 「それは――きさまの方だ!」 女性の声とともに、リブレの背後に向けて斬撃が飛ぶ。 だが、彼はまたもや消えるようにして船長室の中に移動した。 剣は空を斬った。 「ちいっ!」 「ああ、びっくりした。……あなたか」 振り返ったリブレの表情から、少しだけ余裕が消えた。 全身に黒い服をまとった女は、両の手に握った二本の短剣を彼に向ける。 「リブレ・ラーソン……。墜ちたものだな」 「いきなり斬りかかるなんてひどいよ、アンバーさん」 アンバーと呼ばれた女は、額に汗をにじませながらリブレをにらみつけた。 「貴様、本当にあのリブレなのか……?」 「見りゃわかるでしょ。懐かしいね、みんなで旅をしていた頃を思い出すよ。アンバーさんも、最後までくればよかったのに」 「答えろ。ソルテスやグラン……お前たちは一体何をしようとしている」 「ええと、それを教えて僕が得することってあるのかな?」 「答えろと言っている!」 アンバーが身を低くし、リブレに向かう。 二人の剣がぶつかりあった。 「無駄だよ、アンバーさん。僕はあの頃の僕とは違う」 リブレがふっと姿を消す。 アンバーは前のめりによろける格好になる。 同時に、背後からリブレの蹴りが炸裂したが、アンバーは跳躍しながら双剣を十字に重ね、それを防いだ。 「相変わらず器用だね。さすがはオータム出身だ」 「お前たちはあそこで……魔王の島で何を見た! なぜこんな事をする!」 アンバーが再び斬りかかる。 だが、リブレはそれを軽々とパリーすると、アンバーの腕を蹴り上げた。 双剣の片割れが木製の天井に突き刺さった。 「もらった!」 リブレが剣をなぐ。アンバーはもう片方の短剣を前に出そうとするが、間に合わない。 しかしそこに、一人の少年が二人の間に飛び出すようにして現れ、リブレの斬撃を剣の峰で防いだ。 「うおおっ!」 ハヤトは、そのままリブレを突き飛ばした。 ふわりと後ろにとんで距離をとったリブレは、彼を見てにっこりした。 「きたね、ハヤトくん。初めまして」 それを聞いて、固まっていたアンバーの顔つきが変わる。 ハヤトは剣を正眼に構えた。 「ふざけたことしやがって。ビンスといいお前といい、魔王軍ってのは、おかしな奴しかいないのか?」 「いきなりきついな。ビンスみたいな奴と一緒にされるのは傷つくよ。あいつは正真正銘のくそったれなんだぜ」 「俺からすりゃお前も変わらねえ。お前たちはぶっ倒す。それだけだ」 「やめろ、新しい『蒼きつるぎ』の勇者」 背後からの女の声に、ハヤトは後ろを振り返った。 ハヤトは、思わず声を上げた。 「この男と戦うんじゃない。力を使うな」 「に……西山……先生……!?」 アンバーの顔は、西山楓そっくりだった。 ◆ ハヤトは戦闘中にも関わらず、思考が停止した。 自分の後ろに立っていた女は、剣道部顧問の西山楓にうり二つの女性だった。 「せ、せんせ……」 もう一度言いかけて、ハヤトははっとした。 よく似ているが、彼女の髪は暗い紫色で、瞳も透き通るようなエメラルド・グリーンだ。 違う。西山楓ではない。 マヤと同じだ。 「僕だったら、この場面でよそ見なんてしないけどなあ」 気がついた頃にはリブレが、目の前まで迫ってきていた。 ハヤトはアンバーに突き飛ばされ、危機を脱する。代わりに彼女が再びリブレと剣を打ち合わせる。 「アンバーさん、じゃましないでよ。僕はハヤトくんに用があるんだ」 「……やはりそういうことか。ハヤトと言ったな! この男の狙いは君にある! 決して『蒼きつるぎ』を出すな!」 ハヤトは少しばかり躊躇した。 この顔で言われると、妙な説得力がある。 しかし……。 「俺はこいつを倒さなきゃならない。ぶっ倒して……ソルテスのことを聞き出すんだ!」 ハヤトは、精神を集中する。 この男を倒さねば、どちらにせよ船は沈められてしまうだろう。 マヤも、ルーも、ミランダも、ロバートも。 仲間たちを、力を以て護らなければ。 「剣よ……!」 ハヤトの瞳が、蒼く輝く。 つばぜり合いしていたアンバーとリブレが、一瞬固まる。 二人は正反対の表情をしていた。 「そう来なくちゃね、勇者様!」 「おい、やめろっ!」 ハヤトの剣が、輝きを伴って大きく伸びる。 幅広の大剣・「蒼きつるぎ」が姿を現した。 同時に、リブレはアンバーを蹴り飛ばし、ハヤトへと向かう。 「さあっ! 見せてもらうぜ、その『力』!」 「言われなくても!」 「蒼きつるぎ」とリブレの剣がぶつかり合う。 衝撃が起こり、船長室の屋根が一瞬にして吹き飛んだ。 「うお! こいつは……!」 リブレの髪が大きく逆立つ。 ハヤトはありたっけの力を込めて、剣を押し出す。 「おおおおっ!」 ハヤトはつるぎを振り切った。 リブレはものすごい勢いで海上まではじき飛ばされていった。 ハヤトはそれを追いかけようと足に力を込める。 だがそこで、彼は右脚をつかまれ、床に押し倒された。 アンバーの顔が、すぐ目の前にあった。 「やめろっ、そいつを使うな!」 ハヤトにのしかかる彼女の表情は、なぜか悲しげだった。 「離してくれ! あいつを倒さなきゃ、船が沈むんだぞ」 「クラーケンもリブレも、私がなんとかする! だから……やめてくれ」 「何言ってんだ、どいてくれよっ!」 ハヤトが剣を掲げ、衝撃波でアンバーを突き飛ばす。 上空へ放り出されたアンバーは、体勢を崩しながらもなんとか着地した。ハヤトはそれにかまわず、リブレが飛んで行った方向を向いた。 そのとき、部屋の隅で傷つき、苦しんでいるバッシュ船長が見えた。 ハヤトは駆け寄って、彼に刀身を当てた。 「大丈夫ですか」 船長の傷が一瞬にして消える。バッシュは驚いた様子で自分の手の平を見た。 「き、君が勇者か。すごい魔法だな」 「さっきの男は俺がなんとかします。乗客の人たちには部屋に避難していてもらえるように言ってください」 そう言って、ハヤトは船長室を飛び出した。 アンバーは、その後ろ姿を複雑な表情で見ていた。 |