IMMORTAL MIND
イモータル・マインド

Part 1 [Blue Sword]
9.「船上の告白」その1

 ベルスタの街道沿いに馬車が止まっていた。
 熊のような体躯に梟のような翼の生えた手を持つモンスター・オウルベア五頭が、それを取り囲むようにしている。

「それじゃあ、頼むわよ。タイミングをしっかりと合わせてね」

 馬車の中から、女性の声が聞こえた。

「いくわよ。いちにの……」
「さんっ!」

 大声とともに、馬車から飛び出してきたのはハヤトとルーの二人であった。
 ルーはすでに練っていた“魔力”を地面へと向けた。

「『ガスト』なの!」

 周囲にどんと突風が吹き、地面から土煙が上がる。オウルベアたちは驚いてうなり声をあげた。

 ハヤトはその風にあおられつつもオウルベアの一匹に近づき、短いナイフを刺した。立て続けに、すぐ近くにいるもう一匹にも同様の攻撃を加える。

「いいぞ、マヤっ!」

 次はマヤが飛び出す。彼女もまた、すでに“魔力”を練っていた。

「『ショック』!」

 マヤの腕から青白い電撃が起こり、ニ体のオウルベアに刺さったナイフへと直撃した。
 地鳴りとともに、オウルベアは真っ黒焦げになって倒れた。

 ハヤトはそのままオウルベアたちを通りすぎるようにして走り、背中の剣を抜いた。

「さあ、モンスターども! かかってきやがれ」

 ハヤトは気合いのかけ声をあげながら、剣をその場で振り回した。
 残りのオウルベアたちの注目が一点に集まる。

 待ってましたとばかりに、その背後から槍が現れ、一体の頭を貫いた。
 槍はそのまま突き上げられるようにしてオウルベアの頭部を破壊する。
 ミランダが歯を見せて笑った。

「よっしゃあっ! ロバート、しっかり狙うんだよ!」
「へいへい」

 ロバートが剣、ではなく弓を構える。狙いを定め、二本の矢を同時に放つと、片方はオウルベアの足に、もう片方は頭を貫いた。

「っと、悪い! 一匹しくじった」

 だが、彼が言い終わる前に、最後の一匹の腹に剣がぶすりと刺さった。

「かかってこいって、言ったじゃねえかよっ!」

 ハヤトが腕に力を込めながら跳躍する。オウルベアはまっぷたつになりながら、はじけるようにして消し飛んだ。
 こうしてオウルベアたちは全滅した。

「はっはー、大勝利!」

 ミランダが拳を突き上げた。
 ハヤトも剣を鞘に戻すと、彼女とハイタッチする。

「ルーも! ルーもやるの!」

 ルーが近づいてくるので、ハヤトはかがんで手を合わせてやった。
 流れで、歩いてきたロバートが手を出す。ばしんと手をたたく。

 最後に、マヤがちょっと恥ずかしげに近づいてきた。

「や、やったね……」

 ハヤトは笑顔で手を彼女にかざした。

「ああ!」

 二人は手のひらを打った。



 ファロウのほこらでの戦いから、数日。

 ほこらで宝玉を破壊し、封印を解除したハヤトたちは、次の宝玉が眠るザイド王国へと向かうことになった。

 ロバートたちから聞かされた話によると、ハヤトは先の戦いで、ビンスにとどめを刺す直前に意識を失ったのだという。ビンスもほぼ同時に姿を消したため、どこに行ったのかはわからないとの事だった。

 ハヤトは馬車に揺られながら考えていた。
 手段などははっきりしないものの、ビンス・マクブライトは生きているに違いない。
 「蒼きつるぎ」を前に彼が見せた、奇妙な余裕が引っかかっていたのである。
 ビンスは「『蒼きつるぎ』を見せてもらう」と何度か言っていた。
 何か明確な目的があって、自分を待ちかまえていたに違いない。
 そして、それを達成したからこそ、姿を消した。

 すぐに思い立ったのは、ソルテス……ユイである。
 彼女がどうして自分で出向いて来ないのかはわからないが、あの洞窟にしても、ユイがなんらかの目的をもって作ったものだったとすれば……。

 もう一つ、気になっていたのは自分がいた世界のことであった。
 森野真矢は、無事に危機を脱しただろうか。
 それにしても、どうして時折あちらに戻ることができるのか。そして、どうしてしばらく思い出せないのか。

 ハヤトは頭をぶんぶんと振った。
 とにかく、現在やらなければならないことがいくつかある。
 まず、マヤを護らなければならない。
 理由は定かではないが、マヤ・グリーンと森野真矢には何か関係があるようだ。
 ただ、そっくりなだけではない。
 マヤを護ることは、真矢を護ることにつながる。それだけは明確であった。

 そしてもうひとつが、「蒼きつるぎ」をしっかりと使いこなすこと。
 「蒼きつるぎ」は確かにとても強い武器なのかもしれない。
 だが、マヤのけがを治したように、その力にはまだ底があるように感じられる。
 何よりビンスが「未完成」と言っていた。「蒼きつるぎ」にはまだ成長の余地があるのだ。
 そもそも思い通りに出せるようにならなければ、またあんな悲劇を起こしてしまうかもしれない。
 「蒼きつるぎ」の技術を自分のものにしなければ。

 ハヤトは決意を新たにしていた。

「おいハヤト、難しい顔してどうしたんだい?」

 そこにミランダが現れ、ぐいとハヤトの首に腕をからめた。

「ちょっと、考え事ですよ」
「何さもう。もっと喜びなよ。このベルスタでオウルベア五体をああまで軽々と倒せるパーティなんて、そうはいないはずだよ。騎士団でも二十人以上はいるだろうね。要するにアタシたちゃ、超強いのよ」

 彼女は誇らしげに力こぶをつくり、もう片腕でハヤトをぎゅうと抱いた。
 顔に柔らかいものが当たる。

「ちょ、ちょっと、ミランダさん! あたってます、あたってますよ!?」
「知ってるよ。なんなら触ってみるかい? 男はこの果実を触って成長するんだよ。契りはひとまず我慢してやるから、あんたもこれで成長しな」
「何なんですか、その理屈!」

 彼女は結局、ハヤトたちについてくることになった。
 ハヤトは一度「命の保証ができないから、無理してついてくることはない」と言ったのだが、ミランダはそれを聞いてなおさらやる気になったようだった。

「ミランダ。残念だがお前のデリカシーに欠けた発言に、ハヤト君はまたもやドン引きしているぞ」
「だから、よけいなことを言うんじゃないよっ!」

 ロバートに向かってドロップキックが飛ぶ。

 彼も、半ば強引にこの旅に同行することになった。
 自分たちをだましていたビンスが許せない、との事だった。
 もっとも、その台詞はミランダにほぼ強制的に言わされていたのだが。

「まったく、魔王の島に行くことになるなんて予想もしてなかったよ。でもまあ、だからこそ人生って面白いんだろうけどな。それにミランダの奴も放っておけないことだし……な」

 この、ファロウを出る前に彼が言ったこの一言だけは本音だと、ハヤトは信じている。

 ちなみに武器の弓は、実家から持ってきたものらしい。
 なんでも、本人は剣の方が好きで剣士を志望していたらしいのだが、ハヤトの戦いぶりを見て、自分の一族が本来得意としている弓矢に切り替えることにしたそうだ。

「もう、何やってるのよ! そろそろアルゼスの港に着くわよ」
「つくわよーなの!」

 御者席のマヤとルーが言った。



「ふ、船が満席!?」

 ベルスタ王国は、アルゼスの港。
 たどり着いた船着き場で、思わずマヤが叫んだ。
 目の前の受付に座る男はぶすっとした表情で「それはもう聞き飽きた」と言ったふうに耳をふさいだ。

「魔王襲撃の一件以来、国を離れる人が増えてね。まあ、気持ちはわかるんだけどねえ。逃げてどうにかなるような話なのかねえ」
「わ、わたしたちは逃げる訳ではありません! 『蒼きつるぎ』の勇者をザイドに向かわせる任務を遂行中の騎士団員です。王から勅命状も預かっています」

 マヤはちょっと頬を膨らませながらベルスタ王の勅命状を見せた。男はそれを見て驚いた様子だった。

「おおっ、じゃああんたらの中に噂の『ドラゴン斬り』の勇者が?」

 男はパーティを見回す。

 金髪の少女。美人だがどうやら騎士団の人らしい。
 頭に奇妙なアクセサリーをつけた子ども。違うだろう。
 弓を持った青年。戦い慣れた雰囲気はあるが武器が剣ではない。
 剣を背負う少年。ちょっと頼りなげで、自分でも倒せてしまいそうだ。おそらく違う。
 ばいんばいんのお姉ちゃん。美女だ。武器は槍だが……この中で一番強そうだ。

 男はミランダに言った。

「あんたが勇者かい? すごいね、『蒼きつるぎ』を見せてくれよ」
「アタシじゃない。勇者はハヤトさ」

 男は、ミランダが指をさす頼りなげな少年に目を向ける。

「お前が? 冗談はよしてくれよ」

 さすがのハヤトも、これにはかちんと来た。

「だったら、証明してみせますよ」

 ハヤトは剣を抜いて力を込める。
 全員の視線が一点に注がれた。
 だが、いくらやっても「蒼きつるぎ」は現れない。
 彼は悔しさで頭を垂れた。
 また、これだ。

「くそっ! いつも肝心な時に!」
「はいはい、芝居はいいから大人しく次の便を待ちなよ。近頃は不定期だから、たぶん一週間くらい先になると思うけど、もっと待ってる人もいるんだからね」

 ハヤトたちは顔を見合わせた。
 一週間も待てるはずがない。
 なんとかして船に乗らなければ。

「ハ、ハヤト君。なんとか『蒼きつるぎ』出してよ」
「出そうとしても出ないから困ってるんじゃないか! みんなはいいよな、この気持ちがわからないんだから」
「ハヤト、落ち着くの」
「どうする、やっぱり鎧をひん剥くかい?」
「ミランダ、おそらくハヤト君はまたしてもドン引きだ。そろそろ彼のことは諦めるべきだろう」

 ロバートのあごに強烈なアッパーがとんだ。

「で、でも、たしか前はそれで出たんですよね、ミランダさん?」
「そうだよ。こないだのほこらの時だって、みんなで服を脱がそうと引っ張ってたら出たじゃないか」

 マヤの耳がちょっと赤くなる。

「だ、だったら……」
「ちょっと待て! どうしてそうなるんだ」
「んー? ハヤトが裸になると、『けん』が出るってことなの?」
「今までの話をまとめると、そうなるね」

 思わずハヤトは後ずさりする。
 三人がじりじりと近づいてくる。

「ハ、ハヤト君……その……言いにくいんだけど……」
「脱ぎな」
「脱ぐの!」
「いやああああ!」

 ハヤトは逃げ出した。

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