IMMORTAL MIND
イモータル・マインド

Part 1 [Blue Sword]
8.「女教師と剣の道」その1

「いやはや、助かった」

 青白い光に包まれた暗い空間の中で、ビンスは笑った。
 まだ頭部から流血しており、衣類もめちゃくちゃだ。
 すぐ目の前では、金髪を肩までおろし、真っ赤なローブを羽織った青年が見下したような視線を向けていた。

「ったくよ、てめーはトロいんだよ。本当は助けるつもりもなかったけど、情報を持ち帰ってもらわなきゃ困るからな」
「ぶはは! 相変わらずのツンデレキャラだねぇ。ファロウからここまで移動するの、ホントは疲れたでしょ」
「……マジでぶったたくぞ、てめえ」

 ビンスは大笑いしながら回復魔法で自分の傷を癒しだした。

 その時、先にある大きな座椅子が光り、ビンスの傷が一瞬にしてすべて治ったどころか、破れた衣服までが元通りになった。

 赤いローブの青年がそれを見て舌打ちする。
 ビンスは、にっこりと笑みを浮かべた。

「ありがとう、ソルテスちゃん」

 椅子には、赤い髪の少女……ソルテスが腰掛けていた。
 彼女は無表情のまま、頷いた。

「ソルテス、“魔力”の無駄だ」
「おうおう、妬いてるのかい?」
「いっぺん燃えるか……?」

 青年は“魔力”を練りだした。
 ビンスはあわてて手をふる。

「いやいやいや、僕が悪かった。やめておくれよ。ここら一帯を火の海にされちゃ困るからね」

 青年は咳払いして、ソルテスのほうへと歩いていった。

「……それで、どうだったビンス・マクブライト。やつの『ゼロ』は」

 ビンスはにやけながらも、目を鋭くさせた。

「まるで、でたらめな力だよ。正直殺されるかと思ったね。でも、まだ使い方をよくわかってない感じだ。“魔力”にもむらがあったけど……仲間を一人殺したら一気に変わったよ。レベル五の『ドール』が一瞬でやられたわけだから、第三段階くらいまで行ったんじゃないかな」
「早いな」
「いやいや、あれは一時的なものだと思うよ。……でも今後、彼の『ゼロ』はどんどん成長するだろう。宝玉は、無事に破壊したようだ。あの分だと、たぶん“魔力”を使い果たしてブラックアウトだろうけれどね」

 金髪の青年は少し心配げに、ソルテスを見る。

「ソルテス、それでいいんだな……?」

 ソルテスは、彼を見ずに頷いた。

「うん。ありがとう、グラン」



 終業のチャイムが鳴った。

「おい、起きろよ隼人。ホームルームだぜ。また滝沢先生にひっぱたかれるぞ」

 机に突っ伏していた隼人は、ぐいぐいと肘をぶつけられ、上体を起こした。

「あ……」

 見慣れた教室。目の前には、笑顔を向けるクラスメイトたちがいた。
 隼人は、目をこすってのびをした。

「あー、よく寝た」
「隼人よう、お前、授業中ずーっと寝てるけど、それで夜に眠れなくなったりしねえの?」
「それはそれ、これはこれだよ。もし世界睡眠選手権があったら、俺は間違いなく優勝できるだろうな」
「そんな大会、ねえよ」
「だったら鈴木、お前が偉くなって作ってくれ。優勝賞金は、二人で分けようぜ」
「なんで賞金が出る前提なんだよ!」

 クラスメイトたちがげらげらと笑う。

 ホームルームが終わり、隼人が席を立つと、一人の少女が現れた。

「ちょっと折笠、待ちなさいよ」

 同じ剣道部の、森野真矢である。
 真矢は黒髪を揺らして言った。

「まさか帰るつもりじゃないでしょうね。今日こそ、決着をつけるわよ」

 隼人は、彼女の顔を呆然としながら見ていた。
 真矢が少し赤くなる。

「な、何見てんのよ」
「あっ、いや、悪い」
「それで、あんた今日も逃げ帰るつもりなの? ま、いいけどね。そしたら私の不戦勝よ」

 隼人はあごに手をやってから、言った。

「いや。勝負しよう」

 真矢は驚いて、一歩あとずさった。

「えっ!? 受けるの?」
「どうしてそんなに驚くんだよ?」
「だ、だって昨日まで逃げてばっかりだったじゃない」
「まあ、たまにはいいかもなって思ってさ」

 隼人はにっこり笑う。真矢は少し呆けていたが、眉間にしわをよせた。

「あんた、ナメてるわね。今日こそ、目にものを見せてやるんだから」

 二人は道場へと向かった。


「言っとくけど、一本勝負だからね。判定については打たれたほうの自己申告よ」

 袴姿になった真矢は、防具を着けながら言った。
 剣道は判定競技ではあるが、綺麗に一本が決まった時は、打たれた側のほうがよくわかる。
 勝つことにこだわりを見せる割に、真矢はその点においてはクリーンだった。

「わかってるさ」
「じゃあ、いくわよ」

 二人は礼をし、床に張られたビニールテープのバツ印に竹刀を向け、そのまま腰をおろして蹲踞する。

「はああっ!」

 声を上げて、真矢が立ち上がる。隼人も同様にして対峙する。
 勝負が始まった。

 じりじりと間合いをつめる真矢。隼人はすり足で後ろに下がる。
 真矢は自分から仕掛ける剣道で試合のペースを掴む戦術を用いる。対して隼人は、相手の動きを見てから返し技を狙うタイプだ。
 勝負になれば当然、先に動くのは真矢のほうである。

 彼女の竹刀がぴくんと動いた。
 右足を大きく踏み出しながら、突き刺すようにして面を狙う。
 竹刀が隼人の目前に迫る。

 だが不思議なことに、隼人にはその動きが奇妙なほど遅く見えた。
 隼人は右足を横に踏みだし、面をかわしながら真矢の左胴を斬り抜くようにしてたたいた。
 隼人が得意としていた、相手の出鼻を狙う逆胴であった。

 隼人は、面を打ち損ねた真矢に剣を向けた。
 「残心」といって、この動作をもって技が成立する。

「……胴あり、一本ね」

 それを見届けた真矢は、悔しそうに竹刀をおろした。

 その時、道場の扉ががたがたと開かれた。

「おや、珍しいですね」

 眼鏡をかけた女性が入ってきた。



「西山先生、すみません。部活の前に道場をお借りしました」

 隼人はその場に正座し、床に手をついて礼をした。真矢もすぐに同様の動作をとった。
 剣道部の顧問・西山楓は、縛っておろした馬のしっぽのような髪をゆらしながら首をふった。

「いいえ、あなたたちは剣道部の部員ですから、わざわざそんなことを言う必要はありませんよ。それと隼人、その他人行儀な言い方をやめてもらえますか?」
「いえ、先生は先生なので。それに先生だってじゅうぶん他人行儀ですよ」

 楓は、少しだけ笑った。

「やれやれ。全く、君は相変わらずそういうところだけは、いやにまじめですね」

 西山楓は、隼人が小学生時代から通っていた道場の師範も務めている。
 隼人が現在の高校へ進学したのも、彼女の勧めが大きい。

「それで、いい音が聞こえたけれど……決めたのはどちらですか?」

 真矢が目を伏せる。楓は頷いた。

「森野さん、あまり意地を張らないで。彼はちょっと特別なの」

 真矢はそれを聞いて、ことさら悔しそうにした。

「折笠が特別なのはわかります……でも、私は……」
「ほーら、君の悪いくせ。思い詰めすぎです。どちらにせよ森野さんの実力が全国クラスであることには変わりありませんから、今のまま努力を続けてください。じきに敵なんていなくなります」

 楓は、隼人に視線をうつす。

「隼人。休みがちなあなたが来てくれたのは嬉しいのですが……少し、今の音が気になります」

 楓は道場に入ると、竹刀を一本取り出して左手で握った。

「打ち込んできなさい」

 隼人は、少し躊躇した。
 彼女はいつもこうやって、彼の太刀筋を見るのである。

「ほら、はやく」

 しかし、隼人は逆らわない。
 竹刀を正眼に構え、面を打ち込む。
 楓は、軽々とそれをはじくと、隼人の右胴をすぱんとたたいた。

「はい、防具をつけてなくても当たらなきゃ一緒。手をぬかず、本気で来なさい」

 隼人は頷く。
 西山楓に、うそは通用しない。

「やあああっ!」

 隼人は猛然と面を連打する。楓は下がりながら、左に右にと竹刀をさばく。隼人はフェイントを入れて胴を狙ったが、楓の竹刀がそれを阻んだ。
 小手から面のコンビネーション、鍔ぜりあいに持っていってからの引き面。大きく振りかぶってからの胴。
 楓はすべての攻撃を軽々と払いのけてしまった。

「ぐっ!」

 思わず、隼人はいらだった。
 やはり強い。
 だが、もう負けたくない。
 もう、間に合わないなんてことは……。





 間に合わない?
 いったい、何が?





「ほら、どうしたの」

 楓に言われ、隼人は現実に引き戻された。
 隼人は大きく気合いを入れた。

「おおおおおっ!」

 隼人の体から、蒸気のようなものが少し立ち上った。
 楓はそれを見て、少し目を細めた。

 どかん、と隼人が床を踏み込んで斬りかかる。
 逆胴狙いだ。
 楓はそれを、ふわりと跳躍してかわした。

「なるほど……そういうことですか」

 着地した楓は、驚く隼人と真矢をよそに、眼鏡のずれをゆっくり直した。

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